- Amazon.co.jp ・本 (269ページ)
- / ISBN・EAN: 9784198937751
作品紹介・あらすじ
水守響呼は、妖怪や幽霊の姿を見ることが出来る不思議な力の持主。「竜宮ホテル」で猫耳のひなぎくと生活をスタートさせた。穏やかなクリスマスをむかえる竜宮ホテルに、またも珍客が? 街角の歌うたい愛理と、謎のたびをする魔法使い佐伯老人の物語!
感想・レビュー・書評
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『きっと人間たちは…魔法なんてない、全部科学で説明できることだって思ってる』
科学技術が進んだ現代社会。『人間の世界には魔法はないんだよ』と言い切れるくらいに、この世のことは次々と科学の力で説明されるようになってきました。もしタイムマシンがあって、例えば江戸時代の人が現代社会に現れたとしたら、鉄の塊が空を飛ぶのを見上げ、天守よりも高く聳え立つビル群を目にし、そして江戸の屋敷にいる人が京の都にいる人と画面を通じて気軽に会話できる、そんな光景を目にしたとしたら、それは妖術の為せる技だと思うかもしれません。もちろん、現代社会にだって解明されていない事ごとは沢山存在します。しかし、それは単に私たちが江戸の世から来た人と同じであって、遠い未来社会には、全てが科学の力で説明される、そんな時代が来るのかもしれません。
…とすらっと美しくまとめたこの出だしの文章。しかし、本当にそうなのでしょうか?科学技術が発達した現代社会にあっても、この世には不思議な事ごとがあまりに多すぎるように思います。そもそも科学の力で説明できているように感じる事ごとだって、本当にその説明は正しいのでしょうか?一見、説明できていると感じる事ごと。『ほんとうは、人間の世界には、人間に紛れて暮らしている魔法使いや魔女がたくさんいて、そういうひとたちが機械を動かしたり、夜の街に明かりを灯したりしている』。それこそが真実ということはないのでしょうか?
…と叫んだら、恐らく私は危険人物と見做されるだけでしょう。現実の世界とは味気ないものです。しかし、私たちは小説を読むことができます。そこでは、いろんな”もしも”を経験することができます。そこでは、『魔法や奇跡』が当たり前に起こっても構わないのです。『一瞬でも笑いや幸福がそこにある、それが大事なのだ』と、小説が存在する意味を語るこの作品の主人公・響呼。そんな響呼は『妖精から授かった祝福の力によって、異界の住人たちを左の目で見ることができる』力を持ちながら、一方で作家を生業としています。そんな風に不思議な力を持つ作家が主人公となるこの作品。そんな作品の中に展開するまさかの事ごとを目にした時、それでもあなたはこの世に魔法なんてないと言い切れるでしょうか?
さて、「竜宮ホテル」の続編として刊行されたこの作品。『今回は丸ごと一冊クリスマスです』と語る村山早紀さん。『冬のひととき、あのホテルにつかの間滞在して、登場人物たちと同じ時を楽しむような、そんな気持ちになっていただけたらな、と思って描きました』とおっしゃる通り、全編に渡ってクリスマス色に彩られた非常にカラフルな色彩が目に浮かぶような作品に仕上がっています。そんなこの作品は異なる主人公に光が当てられる〈第一話〉と〈第二話〉、そして最後に〈エピローグ〉が作品をまとめる連作短編の形式をとっています。
村山早紀さんの作品というと、なんと言っても『風早(かざはや)の街』が舞台となります。その中でも「竜宮ホテル」は、不思議な出来事の度合いの強い作品でした。そんなこの続編の第一話は〈死神の箱〉という短編。読者は「竜宮ホテル」の雰囲気感へ一気に入っていくことになります。
『十二月初めのある早朝、数晩続けての徹夜の末、ついに物語は書き上がった』と担当編集者にメールで原稿を送ったのは主人公の水守響呼(みもり きょうこ)。『終わったあ…』とのびをしながらベッドの上に目をやると『猫耳の少女と二匹のくだぎつねたちの』姿がそこにありました。『ひなぎくを起こさないように、音を立てないように、そっと、カーテンを開ける』と『真珠めいた色の薄明かりに包まれている』『霧の朝』がそこに見えます。『海のそばに建つこのホテル』から何度も見た夜明け。『魔法や不思議なことが始まりそうな、そんな予感さえ感じさせる、謎めいた、深く美しい霧だった』といつもより濃い霧の景色を見てそう響呼は感じます。そんな響呼は遅めのお昼をホテルの『コーヒーハウス「玉手箱」』のカウンター席でとりました。『響呼先生、出席するんでしょ?』と隣に座った『売れっ子少女漫画家の月村満ちる先生』が訊きます。『ホテル風早での、クリスマスパーティーですか?』、『あら、忘れてたの?響呼先生、出席するんでしょ?…忘れちゃった?』、『ええといまいち、記憶になくて…あのう、パーティっていつでしたっけ?』、『だから今夜』という二人の会話。『ひなぎくちゃんと今夜は街にご飯でも食べに行こうかと思って』いた響呼は戸惑います。しかし、『出欠の葉書に、「連れ一名」って自分で書き込んでたわよ?』と続ける 満ちる。そんな二人のやりとりを聞いて『うんうん、とカウンターの中にいる愛理が楽しげにうなず』きました。ホテルのオーナーから『店を任されている』愛理。『足下からかわいらしく包装された、大きな包みを取り出し』ました。『小公女みたいな天鵞絨のワンピース』をひなぎくにプレゼントするという愛理。『靴はわたしが』と言う 満ちるに、結局響呼はパーティへ行く準備を始めることになりました。そして愛理にも手伝ってもらいながらの身支度中、『元旅の魔法使いこと、佐伯老人』が『古い大きなトランクを提げ』て現れました。『パーティにいいような首飾りやブローチ』を持ってきたと言う佐伯は、トランクを開けて愛らしいブローチを取り出します。『こんな高価そうな物』と言う響呼に『昔、わたしの妻が舞台に立つときに胸元にかざっていた物です』と言う佐伯は『もう一度光に当ててやってください。その方がネックレスも、そしてきっと妻も、喜びます』と続けます。そのブローチを『うっとりとして』見入る ひなぎく。そんな時『あら、これは?』と 満ちるがトランクに手を伸ばしました。『まるで血でも滲んだように、脂染みて赤い液体がしみこんだような色をした、どこかまがまがしい、古く小さな木彫りの箱』を見て響呼は寒気を感じます。『箱から部屋の中へと立ち上る、邪気を放つ妖気のようなものを感じた』響呼。そして『ぴん、と黒い耳を二つ真上にあげて、気味悪そうに、箱の方を見つめ』る ひなぎく。『寄せ木細工ね…なかなか…開かないわねえ』と箱を開けようとする 満ちる。そんな 満ちるから『箱を受け取り、そっとトランクにしまい込』んだ佐伯は『開ける必要と定めにあるものだけが、この箱を開けられるのだそうですよ』と語ります。『箱の中に「いる」ものがそれをきめる』と続ける佐伯。思わず『中に ー この箱の中には、いったい何が入っているんですか?』と訊く響呼に『死神です。この箱には、死神が入っています』と答える佐伯は『昔、東欧のある街の夜市で、わたしはこれを手に入れました』とその箱について語ります。『代々の持ち主に死を呼ぶ箱だという』その話に『なんで、そんな箱を…?』と訊く響呼。佐伯は『面白い、と思ってしまったんです。ほんとうにそんなことがあるのなら、それもまたいいかな、と』、そう言うと『疲れたような顔をして』佐伯は出て行きました。そして、クリスマスパーティへと赴く響呼と ひなぎく。そんな夜に、『不吉ナモノガアラワレタヨ』と寄せ木細工の『箱』が巻き起こす、まさかの出来事に二人は巻き込まれていきます…というこの短編〈死神の箱〉。「竜宮ホテル」の主要な面々が顔を覗かせながら、クリスマス色に満ち溢れたファンタジー世界が展開する好編でした。
前作「竜宮ホテル」から一貫して主人公となるのは作家の水守響呼です。『きれいでかわいらしいメルヘンや癒し系のファンタジーを書いている作家』というその設定はどこかこの作品の作者である村山早紀さんを思わせるところがあります。この続編「魔法の夜」では、そんな響呼がますます村山さんご本人なのではないか?と思わせるような描写が多々登場します。小説に登場する主人公を作家とする場合、かつ、その主人公を第一人称として作品を展開する場合、そこにはどの程度、作者本人の考え方、生き方が投影されるものなのでしょうか?この作品はそんな視点からもとても興味深いものを感じさせてくれます。それは冒頭の記述から始まります。『十二月初めのある早朝、数晩続けての徹夜の末、ついに物語は書き上がった』という瞬間、『死闘は甘美な勝利に終わり、わたしは口元に笑みを浮かべつつ、原稿をメールに添付して、担当編集者あてに送った』という表現は、作家のリアルな作品完成の瞬間の感情をまさしく言い表していると思います。全ての作家さんが徹夜、徹夜での作業ということもないと思いますが、村山さんは夜に取り組むことに拘られてこんな表現も盛り込まれます。『自分の経験からして、一日と半、三十五時間くらいなら寝なくてもなんとかなるとわかっている』というその表現。『いやそれを推奨するわけではないけれど、たとえば〆切り前に寝ないで元気に小説を書いていられる時間が大体それくらい』という記述は、そこに響呼ではなくて村山さんご本人の姿が浮かび上がります。また、村山さんの作風と重ねる響呼の台詞を通して、こんな表現も登場します。『わたしはかわいい癒やしの世界だけを描きたい作家じゃないですよ』と語る響呼は、『ときどき自分が、癒やし製造機みたいに思われてるんじゃないかと思うときもありますけど』と自身の作風をネタに会話を続けます。この辺り、これはまるで村山さんのエッセイを読んでいるのではないか、そんな風に不思議な気分にもなるほどに、この「魔法の夜」という作品は作家・水守響呼、そして、その後ろにいる村山早紀さんの存在を色濃く感じさせる作品だと思いました。
そんな作家を感じる作品とはいえ、それ以上にこの作品は『魔法や奇跡』が身近に存在する『風早の街』を舞台にした物語です。『先祖から受け継いだ、あやかしを見る』左目を持つ響呼。そして『妖怪の隠れ里から来た』と猫耳を持つ ひなぎくなど、『風早の街』を舞台にした作品の中でも、不思議感が色濃いこのシリーズ。この「魔法の夜」に収められた二編も、不思議色は満載です。『この箱には、死神が入っています』という寄せ木細工の箱が登場する〈死神の箱〉では、『ああ、なるほど、ひなぎくはモンスターだから、その特殊能力でアポロが見えるのか』と『光のらいおん』というまさかのライオンの霊までもが登場します。また、〈雪の歌 星の声〉では、『幽霊としてあちこちさすらいながら自由に暮らしている』という元アイドルタレントの桃原ことりが登場します。『街を歩いていると、大概みんな見えないか、見えてもぎょっとした顔をする』ことに『幽霊だからってそこまで嫌がることないのにねえ』と口を尖らせる ことり。『ちょっと死んで化けて出てるだけじゃない?ねえ、先生?』と親しく語る様は、もう幽霊という次元で説明する域を超えています。こんな風にレビューで抜き出して書くと、”意味わかんない!”と普通はなるはずです。私だって初めて村山さんの作品を読んだ際には、そのファンタジー度の強さに面食らいました。しかし、今はそんな思いも吹き飛んだ、というより『風早の街』という世界ではもうなんでもあり!と感じさせる包容力の大きさにすっかり魅せられていることに改めて気づきました。
そして、このエッセイが入り混じったかのような作品で村山さんが語るのは、ファンタジー世界を綴られていくご自身の小説執筆への強い想いでした。『マジックを見せても、ピエロの芝居で笑わせても、それは永遠に残るものじゃない』というエンターテインメントの現実。しかし『一瞬でも笑いや幸福がそこにある、それが大事なのだ』と語る響呼は『永遠でないということは、宇宙に一度も存在しないのと同じではない』と続けます。『小説もそんなものかも知れない』と言う響呼。『わたしが物語を書いて、それで読んでいる間幸せになったり、笑ったりしてくれるひとたち。その気持ちはきっと永遠ではないし、本を閉じれば忘れてしまうものかも知れない。けれど、その本を読んだ時間に意味がなかった、そんなことはないのだ』と続ける響呼の台詞の向こうには、村山さんの姿がふっと浮かび上がるのを感じました。私は村山さんの作品と出会って、小説の中に現実には存在しえないもの、現実には起こりえないことが、普通に存在し、起こる瞬間を見てきました。日常経験できないそのことは普段、私が使わない脳の領域を刺激する事で、それは驚きとなり、喜びとなり、そして涙という物理的な存在となって姿を現します。読書は趣味の世界です。嫌いな作品を無理して読む必要などありません。ファンタジーなんて…とおっしゃる方もいらっしゃると思います。でも、もしそんな思いを抱いていらっしゃる方の中に、それに触れずして、いわば食わず嫌いでそうおっしゃっている方がいるとしたら、それはあまりにもったいないことだと思います。村山さんの『風早の街』を舞台にした作品群は、そこに魔法や奇跡を見るものです。そんな世界にはいっ時でもあなたを幸せにする、そんな魔法の世界がきっと待っていると思います。
『人間は、魔法を使えないかもしれない。けれどきっと、ささやかな願いや、美しい祈りを未来に伝えていくことは出来る』。私たちはファンタジー世界から離れた現実の中に生きています。しかしそんな現実世界には様々な言葉が溢れています。『言葉は、傷を覆う薬になり、凍える体をふんわりと包む、優しい羽毛になるのかも知れない』というその言葉の力。そんな言葉が魔法や奇跡を作り出してくれるこの作品。クリスマスの夜には奇跡が起こる、それはまさしく私たちになくてはならない言葉というものが現実世界に見せてくれるいっ時のファンタジーの世界なのだと思いました。
同じ舞台設定にも関わらず、前作「竜宮ホテル」に比べて、かなり雰囲気感を異にするこの作品。幾分あっさりと展開するその内容が、逆に村山さんのエッセイを読んでいるような、そんな気にもさせてくれた作品でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
竜宮ホテル第2弾。
クリスマス前のお話。
最近ホテル内に現れる若くして死んだアイドルの幽霊が現れるようになる。彼女の話かと思ったけど、彼女は伏線だった。
一話、ホテルで働く佐々木さんの過去について。
二話、同級生だった愛理の話 -
とっても、素敵すぎて。ちょっとセンチメンタルな、幸せな、読後感。
クリスマスのサンタさん、やっぱりいるよね。 -
ひなぎく。私はマジシャンー魔法使いだ。魔法使いは嘘をつく。そういう職業だ。だから、だまされてはいけないのだよ。
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主人公の響呼さんは、小説家で、この時代でもまだ神秘と不思議と魔法が息づく、風早の街に住んでいます。
前巻で、突然猫耳の女の子が押しかけてきて、しかも彼女は自分を「お姉様」と呼ぶ。なんのこっちゃ!?と思っていたら、彼女は響呼さんにとって、とっても大切な人の思い出を運んできてくれたのでした。
今回は、二人が竜宮ホテルですごして、あっという間に初めてのクリスマスがやってきた。素敵なクリスマスを過ごせるかな?というお話でしたが、響呼さんという主人公が、小説家であるがゆえに、まるで作者のクリスマス時期の多忙っぷりを見ているようで、もうほんと、私たち読むだけですみませんって気になってしまいました笑。
それにしても、この本も、日本の何処かを(架空の)舞台にして描いているし、別に響呼さんも、他の竜宮ホテルの面々もクリスチャンではありませんが、クリスマスってなぜか人に優しくしたいと思う時期ですよね。
それは、昔自分が子供の時に、優しくしてもらった思い出が沢山あるからかもしれないな。私も含めて、そういう子供はとても幸せですね。
愛理さんという動物霊に好かれやすい女の子が本作にもでできますが、彼女はほんとに優しい人なのに、実母に虐待されていた過去を持っている。
その後預かってもらった親戚の家が、温かかったのか、彼女はとても明朗快活な女性になって、生き生きと暮らしています。
大切な誰かを愛することが、難しいということは、とても悲しいことだし、なぜそうなってしまうのか分からない、分からないということは、とても傲慢な気がする、と響呼さんも言っていました。
傲慢…そうですね、結局幸せってことだからね。でも、人に分け与えることができるだけの、何かがあるなら、それで充分じゃないかと思いますね。
響呼さんの場合は、自分の書く小説なんでしょうね。望まれて美しい夢物語を沢山書いている。その中で彼女も葛藤しています。
私はこれだけじゃないのに…と思うこともある…ということを霊のことりちゃんも言ってましたけど、私から言わせれば、誰かに必要とされるだけで、すごーく幸せだと思います。
いつか、忘れられてしまう儚い思い出も、本も、タレントも、今はとても輝いてる。そして、誰かは、もしかしたらずっと覚えてくれているかもしれない。そんな人がたった一人でもいてくれたら、いいなぁ。
私にとって、そんな何かってあるかな。そんな風に、自分の中をもう一度見直してみたくなりました。 -
「竜宮ホテル」の続編です。
主人公の水守響呼に村山先生の姿を重ねつつ読みました。
クリスマスの時期に読むと、しっくりくるかもしれません
相変わらず妖怪猫耳少女ひなぎくちゃんは可愛いです。
ゆっくりと流れる時間の中で、ファンタジーな世界が広がる感じに、ほっとします。
誰もが幸せでありますように。
作者の思いが込められている気がしました。 -
【収録作品】第一話 死神の箱/第二話 雪の歌 星の声/エピローグ 魔法の夜