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Amazon.co.jp ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784198941178
作品紹介・あらすじ
三重県の山奥、神去村に放りこまれて一年が経った。最初はいやでたまらなかった田舎暮らしにも慣れ、いつのまにか林業にも夢中になっちゃった平野勇気、二十歳。村の起源にまつわる言い伝えや、村人たちの生活、かつて起こった事件、そしてそして、気になる直紀さんとの恋の行方などを、勇気がぐいぐい書き綴る。人気作『神去なあなあ日常』の後日譚。みんなたち、待たせたな!
みんなの感想まとめ
テーマは、田舎暮らしと人とのつながり、そして成長の物語です。主人公・勇気が神去村での生活に慣れ、林業や村の人々との関係を深めていく様子が描かれています。村の起源や悲しい過去、恋愛の要素も交えながら、勇...
感想・レビュー・書評
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神去なあなあ日常の続編
今回は林業と言うより【命のバトン】的な
スピンオフな感じでしたね
村のはじまり
好きな人と家庭を作る
大事な人との別れ
繁ばあちゃんの無駄な学習能力
とても大事だけど…でも忘れてしまう
自分と自然の繋がり、自分と他人との繋がり…
皆 働いてる仕事だって全て他人に繋がってるし
神去村は大変そうだけど、皆いい人達だ
自分は比較的ヨキみたいな兄貴肌な人が身近にいたら言いなぁ…と昔から思う
いそうでいない…
自分は子供の頃からプロレス好きですが
女房にも言われるが、【パパが推すレスラーって絶対、親分になるね!】
確かに団体の大きい小さい関係なく、旗揚げしたり
役職付くことになったり ほぼするな…
あと…俺が最近 この女優さん魅力増したね…とか
可愛い…綺麗と話題に出すと すぐ結婚が決まるような気もするなぁ…(すぐ結婚し…離婚し✕1になり…ナレーションなど上手くなりがち…)
まぁこれから物価高や食糧なども大変になるだろうし…皆で乗り切りましょう!!
※だから結局俺が何が言いたいかって言うと
【プロレスファンは普段交わらない団体抗争がはじまるとテンション上がりがちだけど、俺から見たら他団体同士で戦ってると言うのは、プロレス界が厳しい時に協力してお互いのファンを集め協力する…つまりYouTuberのコラボ企画みたいなモノだと思うし…勢い無くなってきてる団体は、鈴木みのるや大仁田厚を呼びがちだよね!】って事!!
(プロレス興味無い人ごめんなさい)詳細をみるコメント1件をすべて表示-
workmaさん大仁田厚!コラボ見てみたいかも!大仁田厚!コラボ見てみたいかも!2023/01/23
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前回から引き続き、三浦ワールドに沼っています。神去なあなあ日常の続編。
方言とか、村の神話とか地理とか。いや、絶対どこかにあるでしょう、神去村。いるでしょう、ヨキとか繁ばあちゃんとか!という世界観が本当に好き。今日もきっと木を切ってるわ〜ってにまにま再びです。
そして、あのとんちきなお祭りも再び!前回は特別祭だったみたいで今回は規模縮小ではあるけど、やっぱりとんでもない。
っていうのが続くと思っていたら、急ハンドルで神去村の悲しい過去のお話に。そういう死生観というか、ぐぅぅっときます。泣いた。
今回もしっかりがっちり沼らせて頂きました!-
とんちきなお祭りꉂꉂ(ˊᗜˋ*)ʬʬ
でも本当にあるかと思っちゃうんですよね。
しをんワールド最高!とんちきなお祭りꉂꉂ(ˊᗜˋ*)ʬʬ
でも本当にあるかと思っちゃうんですよね。
しをんワールド最高!2024/04/12 -
へぶたんさん
コメントありがとうございます♪
ほんと、とんでもない祭りですよね。でも、私も乗りたい気持ちもある!!とんちきなんだけど、現...へぶたんさん
コメントありがとうございます♪
ほんと、とんでもない祭りですよね。でも、私も乗りたい気持ちもある!!とんちきなんだけど、現実離れ過ぎず…?いや、どっかにあるんじゃないかってGoogle先生で検索してしまう三浦しをん!サイコーです!!←信者2024/04/12 -
2024/04/12
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『文字が巨木を倒し、文字が森を鳴らし、文字が山を駆け降りる圧巻のオオヤマヅミさんの大祭(さてさて氏「神去なあなあ日常」のブクログ感想より引用)』の感動冷めやらぬ中、主人公・勇気の林業研修生としての任期は満了し『俺はたぶん、このまま神去村にいると思う』という不確定な言葉を残して、「神去なあなあ日常」は結末を迎えました。この作品で取り上げられていた林業研修生とは林野庁が2003年度から開始した『緑の雇用事業』によって林業分野の雇用改善を目指した制度です。関係される皆様の努力もあって、研修生の定着率は70%を超える実績(全産業平均(64%))を出しているようで、この結果、林業に従事している人の約三分の一がこの制度の出身者だそうです。そんな研修生の一人だった勇気。この作品はそんな勇気のそれからを描いていきます。
『俺はつい最近、二十歳になった。今年の春からめでたく、中村林業株式会社の正社員になった』という作品の始まり。『神去村には、なにもない。最初は神去村での生活がいやでいやでたまらなかったのに、俺はいつのまにか、林業に夢中になっちゃったんだ』と勇気が林業に生きていくことを決意したことで、それからの物語が始まりました。そして、この作品は『それで思いついた。村の言い伝えとか、住人たちのこととか、見聞きした話を記録してみるのはどうかなって』というように勇気がパソコンに入力した『日記というか、覚え書き』を元にして、7章の連作短編集のようなイメージで展開していきます。
雨で仕事が早じまいになったある日、ヨキの家の茶の間で羊羮を食べていた時でした。『むかーしむかし、神去村は水の底やったそうな』と突然語り出した繁ばあちゃん。『あの世からの電波でも受信しちゃったのかと心配になった』という勇気に、繁ばあちゃんは『神去村に言い伝えられとる、昔話をしたろと思うてな』と、かつて神去村が大きな池の底だった昔から、今の神去村ができるまでの物語を語ってくれます。この物語がとてもよくできた昔話でとても興味をそそられました。『どうしてこの村は「神去村」っていうの?』と尋ねる勇気に対して、『それは、さっきの話のつづきを聞けばわかるんや』と繁ばあちゃんは思わせぶりなそぶりを見せます。そして『あだると な話やけど、勇気ももう大人やからな。話したってもええ』と、語りはじめるところからこの作品が弾け出します。話を聞いた勇気が『なんなの、この性欲旺盛なひとたち』という『あだると』な昔話はここでは書きません、もとい書けませんが、この後も『でも抑えようがないのだ、この胸の高ぶりを!ついでに股間も暴れん坊将軍になりそうだが』などなど、散らばる下ネタ、お下品一歩手前な表現が頻出して、三浦さんのエッセイの世界観が顔を出します。
でも、流石に小説とエッセイはきちんと意識されている三浦さん。勇気が愛する神去村の自然を『湿った木の葉のにおい。風にざわめく黒い山々。鋭く透明な空気のなかで、風鈴みたいに、すりこぎみたいに、さまざまな声で鳴くムシたち』というような表現で魅せてくれます。また、そこに暮らす人々を『挨拶すると、それだけで人間関係がうまくいくことが多いし、なんとなく気持ちが晴れやかになることだってある。その挨拶の範囲が、神去村では広いんやと思う』という挨拶に焦点を当てた表現で神去村の人々の人間関係を巧みに描写していきます。
『村で生まれ、村で死んだひとは、みんな神去山の彼方へと魂が還っていくのだそうだ』という神去村。『この村のひとたちは、百年後を見据えて山に木を植えつづけ、先祖が植えた木を切りつづけて、生きてきた』というようにこの村に生まれ育った人々は昔から林業を生業として生きてきました。他の職業、例えば米作りであれば春に田植えをし、秋に刈り取ることで自分自身が半年かけて精魂かけて育てたものの成果を手にすることができます。でも林業はそうはいきません。苗を植え、伐採するまでに40年から50年。作品中でも出てくるような大木だと100年以上の月日に渡って親・子・孫にわたる手厚い面倒見が必要です。『自分が死んでも、あとを生きるひとが幸せでありますようにと祈って、神去村のひとたちは山の手入れをしつづける。その信頼こそが、愛ってやつじゃないのかなあ』と日記に綴る勇気。神去村での暮らしの中で、人々との関わりの中で、そこで生きていくために最も大切な心の有り様を体得していきます。
文字が山を語り、文字が村を描き、文字が人を繋いでゆく、神去村の物語。『山のうつくしさや恐ろしさに、どんどん気持ちが惹かれていっちゃったんだよなあ』と語る勇気を魅了した山に囲まれた村の自然、そして人々の優しさに私もすっかり虜になりました。『緑の雇用事業』の効果もあって、50年来続いてきた林業労働者数の減少にようやく歯止めがかかったというこの国の林業。この作品との出会いを通して、その実態を垣間見ることもできました。「神去なあなあ日常」とともに、一人でも多くの方に是非読んでいただきたい作品。生気に溢れ、読んでいて心躍る一冊、人の生命力を感じるとても素晴らしい作品だと思いました。 -
主人公・平野勇気が前作で両親に騙されて神去に来てから一年、自然と林業を愛する青年となった彼の神去での後日譚。
神去村での日常やちょっとした事件、前作で恋した直紀とのその後など、雰囲気は変わらず、気になっていたことはしっかりと回収してくれて楽しめた。
清一、ヨキの過去、つまり神去村に何があったのかは衝撃的だったし、神去村の住民の死生観なんかは興味深かった。勇気よかったね。
ほんと三浦しをんさんの作品は読ませるのが上手だなぁ。 -
面白かったー‼︎
ヨキや清一さんの苦しい過去も明らかになり、
勇輝の恋愛事情もどんどん進み、
「夜話」というに相応しいドキドキ展開。
続編があればきっとまた読みたくなるシリーズ。 -
読後、ほっこり。
秋の夜長のおすすめ本です。
前作は奇想天外コメディ(私は勝手にそう思ってる)だったのに対し、この続編は、切なくも心温まるお話たくさん。
そして面白くて全然気づかなかったけれど「古事記」や古来からの習俗がさらりと入っていたそうな(解説より)。
神去村の歴史、前作で知ってる人達の切ない過去の出来事、勇気くんの恋の行方...。様々な「愛」が溢れてました。勇気くん、よかったね。 -
『神去なあなあ日常』の続編
三重県の山奥にある神去村に放り込まれ、林業に従事してきた平野勇気の、一年後の物語。
勇気が架空の読者向けに、神去村のエトセトラを語る形で進行する構成なので最初は?となるが、読んでるうちに慣れてしまった。むしろそれが、三浦しをんさんの茶目っ気に感じられて、親近感がわいた。
前作は、わりと林業にフォーカスした内容だったが、今回はズバリ!神去村がテーマ。
村の起源やそこに住む人々の魅力がぎっしり詰まった一冊。未読の方は、順番に読んで、神去村に心酔する読書タイムを味わって欲しい。
以下、目次
第一夜 神去村の起源
第二夜 神去村の恋愛事情
第三夜 神去村のおやかたさん
第四夜 神去村の事故、遭難
第五夜 神去村の失せもの探し
第六夜 神去村のクリスマス
最終夜 神去村はいつもなあなあ
ただ唯一、何となく物語のカラーにそぐわない感じがするのが、直紀さんの想い人が義兄の清一さんであること。
今回も、個人的にそこが消化不良気味だった。
う〜ん、私だけかなぁ。
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続編読み終えました。
主人公が林業、田舎での暮らしの中で大切にしたい事を見つけていきます。
本当に必要な事は何か人との関わりで成長していく姿にあたたかい気持ちになります。
大人にはなったけれどもまだそれを知らずに歳を取ってしまう人が大半だと思うので、それを見つけた主人公の暮しは眩しいです。 -
続編もまたまた面白い、というより楽しかった。
神去村に来て一年が経ち、20歳になった勇気は、益々神去村に魅了され山の仕事に打ち込んでいく。
『神去村なあなあ日常』は、山の美しさと恐ろしさの中で、勇気が成長していく話だったが、続編の『神去村なあなあ夜話』は、神去村の勇気とゆかいな仲間たちの話といった感じだ。
ヨキも相変わらず破天荒で面白く、繁ばあちゃんもいい味を出している。
横浜育ちの勇気の感覚とはかなりズレている村の人たちの個性的なキャラの中で、非の打ち所がない中村林業のおやかたの清一と、勇気が思いを寄せる直紀さんの凛としたかっこよさが、全体的をビシッと締めてる気がする。
勇気がパソコンに記録として書いているという体で語られる物語だが、小気味良いテンポがとても心地よくて、ワクワクしながら話に吸い込まれていく。
自分も神去村にいるかのような違和感のなさ、安心感が不思議である。
三浦しをんさんの筆力ってやっぱりすごい。
続々編はもう出ないのかなあ。
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神去村や登場人物達の事が更に深く知れる一冊。村に馴染んでいく勇気、温かい村の人たち。癒された。
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『神去なあなあ日常』の続編。再び主人公の勇気と神去村の人々に会えて嬉しかった。前編に続き、山奥の村での日常が描かれているのだが、雄大な自然、村の人たちの温かさや信心深さ、勇気や村で唯一の子供である山太の純粋さ、ノコ(犬)の可愛さに触れると自然と清々しい気持ちになる。神去村の人たちも頑張ってるのだから自分も頑張ろうという気にもなった。きっかけは横浜で親や担任に半ばそそのかされる形だったが、今ではすっかり村に溶け込み、受け入れらている勇気。更なる続編が出たら良いのになぁと思う!
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三重県の山奥、神去村で林業に勤しむ勇気。勇気を見守る村の人々、恋しい直紀さん。村に伝わる伝説や過去の出来事を散りばめつつ、しをん節で軽やかに面白く日常を語ってくれる。
クリスマスを山太に体験させてあげたいという、勇気の優しさよ!もみの木じゃなくて、松の木でも、サンタクロースじゃなくて獅子でも、その真っ直ぐな気持ちよ!
無条件であたたかい気持ちになり、
村のみんな事が大好きになってしまう。
ヨキ、清一さん、繁ばあさん、
みんな最高!
とくに繁ばあさん、好きだなあ。
勇気の書きためてる文章に
パソコンで勝手に作り話打ち込んでたりして、可愛い。
小説なんだから、
リアルに存在してないとわかっていても、
全員の風貌が浮かんで、
脳内に神去村ができあがってしまった。
情景もしっかり浮かんで。
しをんさんの技術なんだけど、
読みやすく、見事に描ききってくれるから、ドラマや映画がすでに完成してるイメージ。
そして、ユーモアのセンスが好きだ。
安心して、ほっこりできて、
笑えて。
良きヨキお話でした!
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"神去なあなあ日常"の続編。
山仕事にも慣れてきた勇気が、神去村の起源にまつわる言い伝え、20年前に村を襲った悲劇のことなどを記録する形でストーリーは展開する。
勇気が恋心を抱く直紀との関係は、周りの人たちがヤキモキするくらい、遅々として進展を見せないが、最後は無事付き合うことになった。
また、普段の態度からは想像もできないような悲しい経験を学生時代にした清一とヨキのことを綴った章では涙が止まらなかったが、亡くなった人の気配を身近に感じられたり、山と密接に関わって暮らしている村人たちの神様を信仰する気持ちもなんとなく理解解できた。
それにしても、清一の息子、山太がいい子過ぎる! -
「神去なあなあ日常」の続編、2冊両方読むことをお薦めします。しっかりつながりのあるお話です。
林業に慣れはじめた主人公「勇気」の素敵なその後・・・・林の中で、逞しく働く姿が目に浮かぶようです。チェーンソーを扱うことにも、もう慣れたでしょうか?
そして、愛しい彼女との仲を周りの人々は、応援してくれます。・・・・勇気は
さぞかし幸せでしょう! -
おもしろかった。『神去なあなあ日常』の後日譚。神去村の細かい信心とか、ヨキや清一の家に両親がいないことの理由など、神去の山で淡々と語られる。繁ばあちゃんのキャラが素晴らしい。山太のクリスマスは大爆笑した、赤松の和風の飾りのついたツリー、そして木彫りのロボはものすごく羨ましい。”木工と個別課題の部屋”という個人的愛読ブログがあるが、そちらの作品を思い出し、大量生産の超合金ロボ(それもまた嫌いではないが)にはない、山の恵みを感じる。すばらしく優しい気分になれる一冊。
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以前読んだ『神去なあなあ日常』の後日譚
主人公勇気くんの文章力が上がっているなぁと感じながら、神去村の昔話やヨキ、ミキさん、まさかの山根のおじさんの話など、前作では知ることのできなかった村の方々の一面や過去に触れ、実際に勇気くんは存在するのでは?
と思ってしまうほど、一つずつの話が丁寧に書かれていた。
私はお婆がまさかの文章力を持っていたことに笑ってしまいました。
考えすぎず肩の力を抜いて読める小説だったように思います。 -
2020(R2)6.25-6.28
『神去なあなあ日常』のスピンオフ的位置付けの続編。これを読むと、主人公の勇気が暮らす神去村の世界観が深まると同時に、勇気の、軽い感じを残しつつも、地に足をつけて生きていく逞しさを感じられる。
相変わらず、勇気の描写は単調で、横浜育ちの都会っ子が、どうしてこんなに易々とド田舎の生活に順応していくのか、葛藤はないのか、そのあたりはカットされている。そこが主題でないのだね、きっと。
前作と今作を通した主題は、今作の終わりに出てくる。それは、神去でも横浜でもどこでも同じことなんだろうけど、勇気は、神去で暮らしたからこそ、それを実感することができた。神去で変わった生き方が恋にもつながったのだろう。
勇気の、ヨキの、山太の、清一の、直樹の、そしてお茶目な繁ばあちゃんのその後が知りたい!
と思わせるところが、三浦しをんワールドな気がする。 -
前作「神去なあなあ日常」に続作になるため、続けて読んでみたのだが、「やあ、みんな。ひさしぶり!」の調子で始まったのには、正直に言うと拍子抜けした。
確かに前作においても、全体の軽さは否めなかったし、締めくくりで勇気の記録とはっきり書かれていた。
当然、この作品も勇気の記録ということで続けられることは予想していたが、前作と少し雰囲気が変わっていると感じたのは、気のせいだろうか。誰にも見せないと書いておきながら、明らかに読者を意識している文体となっているのが、可笑しい。
今回は、タイトルに「夜話」がついている。それは勇気が記録を夜中にこっそりと記しているからであると、理解している。だから第一章ではなく第一夜、第二夜と進んでいく。やはり作者が女性であるため細やかな演出だなぁと感心してしまう。
第一夜にて神去村の起源を繁ばあちゃんが語る。「大昔、このあたりは大きな池で、神去山の半分くらいまで、水に沈んでいた。冷夏の後、飢饉で人がたくさん死んだ年があって、春まで生き残った人びとは『池の神さん』である蛇神に訴えた。蛇神は、族長の美しい娘を妻にできるのなら、お前たちの願いを聞いてやると答えた。」と話が続いていく。まさに日本昔話で聞いたような説明だなぁと思っていたところ、巻末解説で「古事記」に『三輪の神』と呼ばれている挿話があると記載されており、前作「なあなあ日常」から持っていた感覚は誰しも感じることであったかと、そして、作者がそれを狙っていたことも確信が持てた。
また、第四夜においては、勇気は苦手な山根のおっちゃんに神去村の大惨事について尋ねる。「二十年前も、大峰講のメンバーが村から奈良へ向かった。マイクロバスを借りてな。そして・・・帰りしに事故に遭ったんや。奥深い山道で、飛び出てきた鹿でも避けようとしたんかいのう。バスは谷底に転落し、乗っていたもんはみんな亡うなった。村のもんが十六人。それから、運転手。清一の両親もヨキの両親も・・・・」
この時、ヨキは小学生、清一は高校生だった。「お袋のことは、指を見ただけでわかった。親父は腹のあたりで確信を持てた。ほんまに親しいひとのことは、そんな些細なところも、よう覚えとるもや。」と言った時の当時のヨキ少年の空の心情を考えると、この虚しさと悲しみが、今の豪快なヨキを作ったのだろうと思えてならない。幼き少年にとって、強くなることが生き抜いていくことだと思ったのではないだろうか。記憶はだんだん薄れていくものであるが、「いまもたまに夢を見る」と呟くヨキが、本当のヨキのような気がした。
また、村の同年齢で生き残ったのは、ヨキの妻であるみきの両親、腹痛を起こしていけなかった巌さん、そして山根のおっちゃん。
この人たちの心情はいかようなものであったのだろうか。閉鎖された村の中で生きていくのに、ヨキや清一たちとは違う辛い思いで、時を過ごしたのだろう。
私の神去村の「なあなあ精神」の解釈は、「神の自然の力には、あらがえない。であれば、自然、神と共存していこうという精神。それは、今までに自然が絡む沢山の苦しみを経験した結果、この精神にたどり着いた」である。
山太のクリスマスパーティーや勇気と直紀の恋の行方など、人とのつながりについての描写もかなり面白く、声を上げて応援したり、ほっとしたりと、やっぱり前作同様ほのぼのした気持ちで読み終えることができた。 -
なあなあ日常のその後ということもあり、引き続きの日記調ではあるが、神去村、林業に慣れて来た感も伝わる書き方に変化していた。神去村の人たちの魅力を存分に感じたし、ばあさんがパソコン使えるようになっていたり、ほっこりしました。
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