藻屑蟹 (徳間文庫)

  • 徳間書店 (2019年3月8日発売)
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  • 本 ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784198944476

作品紹介・あらすじ

一号機が爆発した。原発事故の模様をテレビで見ていた木島雄介は、これから何かが変わると確信する。だが待っていたのは何も変わらない毎日と、除染作業員、原発避難民たちが街に住み始めたことよる苛立ちだった。六年後、雄介は友人の誘いで除染作業員となることを決心。しかしそこで動く大金を目にし、いつしか雄介は…。満場一致にて受賞に至った第一回大藪春彦新人賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 赤松利市『藻屑蟹』徳間文庫。

    第一回大藪春彦新人賞受賞作。

    これまで読んだ震災小説は被害に対して視線を向けた同情的な作品が多かったのだが、本作は震災に乗じてカネに群がり、巨額のカネに翻弄される男たちや、多額の補償金を手にした原発事故の避難民の暴挙を描いたかなりブラックな作品である。ブラックな作品でありながらも、見事な結末。この結末があったからこそ、作品全体のレベルが上がっているように思う。

    この世の終わりかと思った福島第一原発事故の被害者補償には何か心に引っ掛かるものがあった。放射能という目に見えないものに追われ、故郷を放棄せざるを得なかった悲しさは解るが、あれほどまでの莫大な補償金は必要だったのだろうか。そこに住んでいたというだけで、不便ながらも衣食住と多額の補償金が提供され、朝からパチンコに興じ、夜な夜な歓楽街を闊歩する原発避難民……補償金はどんぶり勘定もいいとこで、その殆どが税金で賄われた。

    福島第一原発事故をテレビで見ていた主人公の木島雄介はこれから何かが変わると確信するが、何も変わらぬ日々と、街に住み始めた除染作業員や原発避難民に苛立ちを感じていた。6年後、友人の誘いで除染作業員となった雄介は現場で動く巨額のカネを目にする……

    本体価格640円
    ★★★★★

  • 東日本大震災というか福島第一原発に関する話。全体としてはフィクションだが背景がどこまで事実に基づくのかはわからないけど、現場を知っている人が書いたかのような迫力がある。

  •  人間とはまったく厄介な生き物だ。本書を読んでつくづくそう思った。
     「一号機が爆発した。セシウムを大量に含んだ白煙が、巨象に似た塊になって、ゆっくりと地を這った」
     本書の書き出しであるが、読み終えた後、あらためてここを読んでみると、著者の物語を紡ぐ巧みさにあらためて気づかされる。
     2011年、起こるべくして起こった原発の爆発は、原爆のときのような即死者こそ出さなかったものの、人々の日常を大きく変えていった。本書は、爆発によって産み出されたもやもやとしたものによって、いつしか人生を変えられていく人々の様子を、高いところで浮いている権力者でなく、地面の上で生きている普通の人々に焦点を当てて描いた小説である。故郷を奪われた人、降って湧いた補償金で高額な買い物をする人、それを嫉妬する人、身近な人の死と引き換えに金を受け取ったという罪悪感に苛まれる人、不幸な人災を商売の好機としか見ない人、そして、自分の信ずるものを変えまいとする者は、どのような道を選んだか。かろうじて平穏に保たれていた日常が破壊された結果、見えないところに仕舞われていた人の様々な本性が露わになっていく様子を、著者は淡々と描いている。
     釣りをする場面がある。釣ったヤマメを捌き、はらわたを川に投げると、藻屑蟹がそれをハサミで掴む。その蟹も人にとっては、旬が来れば食されるべき存在である、或いは、あった。再び、印象的な文を引用する。
     「釣り場の近くに、夥しい量の、蕗の薹や土筆が、生えていた。汚染され、誰にも見向きもされず、生えていた」
     本書執筆当時、作者の住所は「路上」であり、書く場所は漫画喫茶だったと、あとがきにある。本書は(私の嫌いな)「感涙必至」という言葉で形容される物語では全くない。文学部は要らないなど公然と言い放つ者には、本書は向かないだろうが、私は本書を強く薦める。

  • どこか知らない世界のフィクションだと思いたい。
    でもこれが日本で起きてる現実を描いた物語なのだと思うと辛く目を背けたくなる。

    あの震災、原発事故はここまで人を変え、分断してしてしまっていたことを私は全く知らなかった。偽善的なのかもしれないが、私は近くて遠い安全な場所に身を置くことで、被災者や避難者の方々に心を痛めたり、除染作業員に感謝や敬意を示す気持ちだけを持っていた。想像力の無さと無知から、みんながそうだと思っていた。そう思い込むようにしていたと思う。

    しかし、災害だらけのこの国では、このようなことは至る所で起きているのだろう。

    思い返してみれば私自身も、今回のコロナ禍において補償金をたくさんもらった知り合いのお店の話を聞いた時、「ずるい」と思ってしまったんだった…

  • 東日本大震災、福島原発を発端とした主人公の心情が鮮やかに変わっていく。金自体は単純なのだけど、それにまとわりつく人の業をまさに極めて切り取ったようなお話でした。最後のセリフでこの作品が終わるのか…終わった気がしない。読後にしばし放心。人間のダークサイドの本質を見た。

    【読了時間:2時間55分 / 6日】

  • 東北で大震災、津波が起こり、原発が爆発した。その光景をテレビで見ていたパチンコ店の店長、木島は世の中が変わると思った。彼はその変化に期待し、愉快な感情さえこみ上げた。

    そして、数年後、彼に訪れた大きな変化。彼は崩壊した原発の利権に携わることになり、大金も手に入れた。身近な人が亡くなることもあった。自分じゃ理解できない事件にも巻き込まれた。

    変わったのは木島だけじゃない。避難民たちは賠償金額の大小に嫉妬し、一喜一憂する。「立入制限区域に住んでて良かったね」、「他の地震の被害者じゃなくて良かったね」、「家族が死んで良かったね」。陰ではそんな言葉さえも飛び交う。

    タブーとも言える原発避難民の格差や闇、批判を正面から描かれた作品だが、原発事故をカネのために利用することに躊躇する主人公が存在することで、バランスが保たれ、エンターテイメントとして成立している。

    「原発乞食」という言葉が強烈な印象を残す。

  • 苦しい小説だった。
    いろいろなものにがんじがらめにされて、息苦しかった。
    でも、最後、主人公の怒りに満ちた思いが噴出したとき、涙が出た。
    心の中で拍手喝采した。

    読んで良かった。
    薄い文庫1冊だけど、濃密な読書時間だった。
    たくさんのことを学んだし、私には起こりえない人生を疑似体験できた。
    これぞ読書の醍醐味。

    この赤松利市さんという作家のことを知ったのは、今月号(2019年4月号)の『ダ・ヴィンチ』の、『らんちう』という新刊についてのインタビュー記事。
    「住所不定・無職」で、〈会社経営者からホームレスまで経験した〉人が、「私の63年を舐めるなよ」と語るのを読み、ぜひともこの人の話を聞いてみたい、この人の書いたものを読んでみたい、いや、読まなくては、と思った。

    読んでみて、改めて、この作品がデビュー作であることに驚く。

    東日本大震災を題材にした作品はあまたあれど、赤松さんは実際に除染作業員を経験した人なので、ただ取材して書いたのとは違う、それぞれの立場にいる人たちの心の叫びが、生々しく伝わってくる。
    だからこそ読んでいて苦しくなるのだ。

    私はこれからもこの人の話を聞いていきます。
    赤松さんが大藪春彦新人賞を受賞し、こうして作品を読ませていただけるようになったことに感謝します。

  • 福島原発事故後のメディアがあまり報じない現実。
    地震や津波に直接被災していなくても心が壊されてしまった人達もいたんだな・・・。

  •  誰も、その土地に住んでいる者などみていない。金を流し、汚物を流す。物の流れで判断される。結果として流れを持つ者は糾弾され、持たざる者は忌み嫌われる。この流れが恣意的なものであれば、差別や忌避も自然的に発生するものではない。その差を生み出すのは人為的なものだ。

     急激に強く結ばれた連帯は、解けるのも早い。一度結ばれたものは分かれるだけに飽き足らず、分断されてしまうのは何故だろうか。
     流れだけを見ずに、岸の岩に住む蟹に気付いて欲しいと思う。それを嫌っていてはいけない。押し流されてしまうのは自分たちなのだ。

  • 心を鷲掴みにされる感覚。内臓を蟹に掴まれたヤマメの気分。フクシマ事故や被災者について描かれているけれど、人間とはなんなのか、ということを深く突きつけられる。あつい魂がこもっている。夢中で読んでラストにはぐっときた。最後まで読んでもう1度、始めから高橋の爺さんとの日々を読むと、たまらない気持ちになる。刺身うまそう。はー、読んでよかった。こんな思いができるなんて。赤松利市さんが書き続ける限り読み続けるぞい。

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著者プロフィール

赤松利市
一九五六年、香川県生まれ。二〇一八年、「藻屑蟹」で第一回大藪春彦新人賞を受賞しデビュー。二〇年、『犬』で第二十二回大藪春彦賞を受賞。他の著書に『鯖』『らんちう』『ボダ子』『饗宴』『エレジー』『東京棄民』など、エッセイに『下級国民A』がある。

「2023年 『アウターライズ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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