マインド―心の哲学

  • 朝日出版社
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本棚登録 : 253
レビュー : 19
  • Amazon.co.jp ・本 (410ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784255003252

作品紹介・あらすじ

よく知られている理論、しかも影響力のある理論が、そもそも全部誤っているという点で、心の哲学は、哲学のなかでも類を見ないテーマである。本書の目的のひとつは、そうした誤った理論へ導かれてしまうやみがたい欲求から、真実を救い出すことにある。これまでにも他の著書、とくに『心の再発見』でこの課題に取り組んできた。だが、本書こそが、心の哲学というテーマ全体への包括的な入門書の試みである。

感想・レビュー・書評

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  • 心の哲学について、歴史的な変遷から著者の主張まで幅広く書かれている入門書。と言っても、その情報量は非常に多く、網羅的に書かれている点で読むにはそれなりの時間と覚悟が必要。
    ただ、基本的には一般向けで平易な文体で書かれているため、この分野の書籍にしては読み易いものとなっている。
    唯物論や二元論の主張とそれらに対する反論、著者の見解である生物学的自然主義の考え方など、理論的に概説されており、心身問題、意識、志向性、自己同一性など、心の哲学に興味のある人にとって良い導入となる一冊。

  • 心の哲学の第一人者らしい著者による『心の哲学』の入門書。翻訳されたものではあったが、文章から分かりやすく説明しようという意図が伝わってきてとてもよかった。
    肝心の説明している中身についてだが、入門書とはいえやはり内容を理解するのに苦労した。
    心が二元論的に捉えるのは間違っているが、因果論に捉えるのも間違いでどちらも半分合ってて半分間違っているというような表現があるのだが、このあたりは混乱してしまっている。著者の立場は心、意識といったものは生物学的事象でしかなく(ここはうなずける)が、一方で物理現象に全て還元できるわけではない。というものだが、ここが一番混乱した。そのせいで二元論と因果論との区別まわりが怪しくなってしまった。

    とはいえ、全体として丁寧に説明はしているので、一回読んだだけでは消化しきれる量ではないというだけだったのだと思う。

    結論としてはよい入門書だと思う。

  • (むずかしい)

  • 言語哲学の大家であるJ.R.Searleが、人生の総決算として自身の考えを書き記した本。言語の働きを解明しようとしたら、心の問題を避けて通ることはできない、というのが、昨今の分析哲学の潮流となっているみたい。著者は、本書において、これまで独立に扱われてきた「物理世界」と「精神世界」の関係性を究明し、それらを統一的に扱う必要性を強調している。
    本書では、著者の主張に関連する50人以上の著名な哲学者・心理学者の思想を整理し、それらの1つ1つに対して賛否を論じている。読んでいて、理解できたことはそれほど多くはないが、著者の問題意識だけは伝わった(と思う)。

  • 悩んでいるときには読まない方がいいかも・・・。

  • 心の哲学の入門書にしてサールの代表的著作。デカルトから始まる心身二元論の系譜とその問題点を整理しつつ、心というものが哲学上どのように扱われてきたのかが把握できるようになっている。また語彙も平易であり、翻訳もこなれているため入門書としては十分な出来。が、肝心のサールの主張がどうにも飲み込めず、有名な「中国人の部屋」にしても志向性の話にしても、いまいち自分の中では消化しきれない。個人的な感覚としては、ダニエル・C・デネットが『解明される意識』で述べている「意識の多元草稿モデル」の方がまだ納得できたのだが。

  • 哲学/人間よりすぎてあまり興味を持てなかった。進化生物学に興味が出た。

  • タイトル通り、心の哲学についての筆者の講義録。
    心の哲学に関するほとんどすべてが網羅されていて、基本的な知識があれば「ああ、このことか!」と結びつくのも楽しい。
    (でも、基本的な知識がないところはすごく難しかった、恥ずかしながら)
    しかし、現在問われることの誤謬はデカルトからはじまり、回答は古代ギリシャ時代に提示されているなんて、哲学は因果な商売である。

  • デカルトの心身二元論以来、精神と物質、意識と身体の相互の関係は哲学の一つの大きなテーマになっていた。著者は意識を物理的存在としての脳細胞とその神経回路が構成するシステムであるとの立場を取っていて、これは自分も素人ながら、同じ考えを持っていて同感するところが多かった。

     問題は意識が脳で構築されていたとしても、それがすなわち意識の必要条件になるわけでも必ずしもないことである。囲碁は19路に白黒の構成があればいいが、これは碁盤が木であろうが、ディスプレイであろうが、紙であろうが何で出来ているかに依存しない。同様に意識もその構成が、電子回路で出来ていても同じことが実現する可能性があることである。かといって、脳に変わる意識の構成物質が見当たらないことも事実である。

     また意識では一人称の意識ということも問題になり、またその一人称も自我に目覚めた一人称と自我の意識のない一人称の問題がある。また三人称としてもわれわれは壁一枚隔てて向こう側にいるものが意識を有する者であるかどうかを判断する能力があるかという問題もある(中国語の部屋)

     筆者は恐らく同意しないであろうが、地球表面の構造に意識感じることもあるだろうし、またそれを意識と呼べるのではないかという疑問もある。つまり、惑星レベルの大きさの知覚生物が地球を観測したときに夜間に煌めき、時を置いて表面が幾何学的に変化し、接近すればミサイルを持って抵抗し、衛星を飛ばしてこちらを観測する物体はそれ全体として意識性を感じるのではないかということである。

     これらはカントの意識の統一性という論とも絡んでくるだろう。カントは原典では読むことは自分ではとうてい無理だが、和訳で精読する必要があるが、まだ自分はその巨峰を昇る段階には来ていない。

  • ※本書はメンタルヘルスや宗教に関する本ではありません。 どちらかというと、科学哲学的な内容です。意識とはなにか。自分はどのようにして意識をもって思考しているのか。機械(人工知能)に自己を自覚する意識を与えることはできるのか。こんなことを考えたことある人は結構いるのではないでしょうか。私も物心ついたころから、何度となく、この手の疑問について考えてきました。自分ひとりで考えていると、なんだかまとまりなく様々な考えや思いが浮かんでは消えるだけなのですが、本書を読むと、かつて自分が考えたこと、考えなかったこと、いろんなテーマが分類され、体系的に記述されており、読んでいて非常に知的好奇心をそそられる内容でした。とりいそぎ、この本を出発点として、積年の疑問を再考してみようと思っています。この本は何度も読み返す必要のある良書だと思います。

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