それでも、日本人は「戦争」を選んだ

著者 :
  • 朝日出版社
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レビュー : 362
  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784255004853

作品紹介・あらすじ

普通のよき日本人が、世界最高の頭脳たちが、「もう戦争しかない」と思ったのはなぜか?高校生に語る-日本近現代史の最前線。

感想・レビュー・書評

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  • 日本の首脳陣たちが「もう戦争しかない」と思ったのは何故か。日清戦争~太平洋戦争の動乱と背景を解説。

    中高生への講義がもとになっているので、対話形式で進み易しい語り口で頭に入り易いです。日本側でもなく他国側でもなく、あくまでも中立の視点なので俯瞰的に近代史を捉えられます。
    かつて受けた学校の授業では、戦争による多くの犠牲のみに焦点が当てられ「戦争は悲しみの連鎖だ」「戦争は悪だ」といった狭い視野でしか学ばなかったように思います。しかしこの本では戦争は多くの犠牲を伴うものと十分知っていながらも「戦争しかない」という結論に至った“過程”を学ぶことができます。背景には、当時の世界における日本の立場や経済事情などを筆頭に「いかに自国の立場を優位にするか」といった思惑があり、それらが複雑に絡み合った結果ですが、一つ一つ要点を噛み砕きながら進行するので苦になりません。

    最後まで読み、時代の流れのなかで各国政府が「戦争を選ばざるを得なかった」理由が浮き彫りになります。そしてその余波は現代にも続きます。ではこの先、過去の経験を得た私たちは「戦争をしない」選択をし続けられるだろうかと問われると、個人的には全く自信が持てません。今後も世界情勢や政府の意向によって、戦争へ傾く時が訪れるかもしれないと内心不安に駆られます。
    と嘆いたところで何も始まらないので、広い視野を持つこと、多角的にものごとを捉えること、自分の望む未来のために一票を投じること、そして情勢は刻々と変化する、だからこそ学び続けることが大切だと思いました。

  • <内容紹介より>
    生徒さんには、自分が作戦計画の立案者であったなら、
    自分が満州移民として送り出される立場であったなら
    などと授業のなかで考えてもらいました。
    講義の間だけ戦争を生きてもらいまいした。
    そうするためには、時々の戦争の根源的な特徴、
    時々の戦争が地域秩序や国家や社会に与えた影響や変化を
    簡潔に明快にまとめる必要が生じます。
    その成果がこの本です。
    (本書「はじめに」より)
    ――――

    東京大学の加藤陽子教授が栄光学園の歴史研究部の生徒を相手に行った講義をまとめた本です。
    近代日本が直面した対外戦争(日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変と日中戦争、太平洋戦争)がどのような状況の中で起こっていったのかを、ち密な資料考証により明らかにしています。
    高校生を相手に話をしているのだと、軽く見ているとその専門性の高さに驚かされます。さすがに神奈川一の進学校の生徒(しかも歴史を好きで研究している部活の生徒たち)だけあって、既存の知識も豊富です。
    全く歴史の知識がない人の入門としての書籍ではなく、ある程度の歴史知識がある人が読むからこそ、驚きや新たな発見があるのではないでしょうか。
    「歴史から何を学ぶのか」という問いは歴史学を専攻している人だけでなく、すべての人間にとって必要な問いだと思いますが、「学ぶ」ためには当時の状況(判断を下した人が「なぜその判断を下したか」ということだけでなく、それを社会(民衆・大衆)がどのように受け止めていたのかということも含めて)を正確に把握していることが不可欠です。

    歴史を振り返って、「あの人が悪かった」と指を指すのではなく(戦争責任の所在を明らかにすることと、特定の個人を非難することは違うと思います)、同じような戦争の惨禍を繰り返すことが無いようにするためにも、未読の方にはぜひ一読をお勧めしたい一冊です。
    特に序章「日本近現代史を考える」は圧巻でした。

  • へー、というのも多少あり、何より感情的ではないこと、戦争という過去の営みを冷静に分析する意志、合理的であることへの信念みたいなもの、同時にだからこそ「わかり易くなくてはならない」という姿勢、好きです。
     形式として、中高生との対話授業の活字化、というのが、そういう意志が込められている。考える素材がゴロゴロしていて、結論に飛びつかない、ある意味、価値付けるような結論がないのも、正しいことだと思う。何につけ安易に結論を求めるのは、ハウツー本的な、つまり自分で考えることの放棄。要は普通に、何でだろう、誰が儲かるんだろう、何がしたいんだろう、と考えることが大事だ、ということを、別に全く感情的にならずに、そっとつぶやいているような本。

  • 東大の日本近現代史の先生が、中学・高校生に日清戦争~太平洋戦争までの近代の日本の戦争について講義し、それを纏めた本。
    学生さん達は、栄光学園の歴史研究部のメンバーが中心なので、たぶん私より日本史詳しいな。。とはいえ、講義形式で書かれていることで非常に読みやすくなっています。

    まずはタイトルが凄い。
    著者も言っているように、日本の戦争については書店に刺激的なタイトルの本が並んでいます。大抵が「日本は悪くない」と言っていて、個人的にも「軍部主導の戦争」「日本はやむなく戦争に巻き込まれた」という感覚が少しあったのですが、そこにぶつけてくるようなこのタイトル。歴史学者の本気を見たような思いです。

    読み進めるにあたって個人的に気をつけていたのが、「今後、日本人は戦争を選ばずにいられるのか」ということ。単に「戦争反対」と叫ぶのではなく、過去に「それでも」戦争を「選んだ」リアリティを知った上で、それでも不戦を選び続けられるのか。
    感じたことは、妙に守りの薄い意思決定ができてる箇所(レバレッジ・ポイントのような…)があって、そこで決定的な選択がなされると、たとえ日露戦争のように国民感情が後ろ向きだったとしても、戦争に突き進んでしまうということ。国際連盟脱退も、別に脱退一辺倒だった訳じゃなかったんですね。
    それでも太平洋戦争直前は、戦争に向けた選択が積み重なったり、他国の思惑も重なったりと非常に暗澹たる気持ちになります。
    (ABCD包囲網の話は、中学受験でも扱うくらいなので、敢えて触れなかったものと推察)
    日本人に戦争を「選んだ」自覚があんまりない理由も、最後にちょっと触れられていました。

    良著です。

  • 「歴史を学ぶとは?」という、歴史を知る面白さについてからこの本の序章は始まります。
    そして、終始一貫してそのスタンスが貫かれており、時代の中で必死に生きてきた人々の頭に触れる様な、一方でその目論見の甘さに触れられる様な本でした。
    歴史を解釈することこそ、歴史という学問の面白さであり、それは今と過去の対話、つまりコミュニケーションを唯一可能とする方法であると私は思います。
    歴史を解釈するとは、勝手なことを言うという事ではなくて、ある物事や事件の特殊性と普遍性をどこで線引きするかという、その線引きの仕方なのだと思います。
    この本が発刊されたのが2009年という事もあり、序章ではその近い過去の事例として2001年の同時多発テロ後のアメリカの行動を引き合いに出して、1930年代における日中戦争時の日本の対中国に対する行動と比較しています。
    これは今のイスラム国問題にも続いている事です。つまり、「テロとの戦い」という認識の仕方、一方が秩序を守る側でもう一方がその枠を壊そうとする犯罪者という非対称的な捉え方を行っているという事です。
    「テロとの戦い」は実質的には「戦争」であるのに、そうではなく「鎮圧」や「治安維持」というスタンスでアメリカが動いています。その意味では当時の日本の中国(国民政府、蒋介石)に対する軍事行動がまさに似ているのです。つまり、警察が取り締まるかの様に相手を認識する。
    ただ、私はここでの問題点(つまり戦争行為者の認識の違い)とそこから派生するある種の可能性(善し悪しは別として)に気付かされました。
    本書ではルソーを引用し「戦争」の本質に関する考察があります。「戦争の最終目的というのは…相手国の土地を奪ったり…相手国の兵隊を自らの軍隊に編入したり…そういう次元のレベルのものではない…相手国が最も大切だと思っている社会の基本秩序…これに変容を迫るものこそが戦争だ」(p.42)
    というものです。
    となると、現在のイスラム国はそれを行っていると言えるのではないでしょうか。つまり西洋諸国の普遍的だとされる価値観に対する攻撃を行っている、そういう意味ではまぎれもなく「戦争」を彼らの意識では行っているということになる。もちろんこちらの捉え方との差はあるとは思いますが。
    そうなると、「戦争」が主権国家同士において行われる行為だとする場合、イスラム国は「戦争」を主体的に行う実行者として「戦争」行為によって自らを国家という位置づけにすることが可能となるのではないだろうか。
    国家が生まれて戦争が生まれるというよりは、「戦争」を通じて国家もまた生まれるというある種の可能性(善し悪しは別として)に気付かされたのでした。
    こうした本の読み方、捉え方もまた一つの解釈ではあるのですが、それだけこの本が提示する普遍性はその線引きが深く面白いのです。

  • 普段、東大で歴史の授業をしている著者が、高校生に日中戦争から、太平洋戦争までについて、資料に基づいて「授業」した内容の本。


    大学の先生だけあって、幅広い知識をもとに、高校生にわかりやすく解説しています。

    文体も授業形式になっているので、読みやすい。
    もちろん、ある程度の予備知識があれば、なお読みやすいのではないかと。

    最近、いろいろ思うところがあり、日本近現代史についての本を読もうと。

    とある、ホームページで知ったこの本。
    読んで良かった。


    戦争に至るまでの背景、その後のこと。
    各国の思惑。
    いろいろな要因が絡まって、日本はずるずると戦争に至ってしまった・・・。

    自分は、そんな印象。

    印象に残ったのは、いろいろありますが。
    当時、凶作で生活にあえいでいた農家。

    本来なら、農家を救済する政策を打ち出すのが政党。
    しかし、当時の政党はそういう政策を打ち出さずに、農家が望む政策を打ち出したのが、軍部・・・。

    う~む。

    そして、満州への移住政策。
    不毛の大地。
    誰も行こうとしない。

    そこで、国や県は、村の道路整備・産業振興のために特別助成金、別途助成金を出す。
    そのかわり、村ぐるみで移住すれば、という条件つきで。

    助成がなければ、村営が厳しい村々が、結果的に移住する。
    しかし、結果多くの犠牲者を生み出すことになる・・・。

    中には、見識のある村長さんがいて、助成金で村人の命を安易に扱おうとする国・県のやり方を批判し、分村移民に反対する村長さんもいました。

    大下条村の佐々木忠綱さ村長です。

    満州からの引き揚げ。
    「ソ連軍進行の過酷さ、開拓移民に通告することなく撤退した関東軍を批判しがち」だけれど、筆者は、「分村移民をすすめる際に国や県がなにをしたかということ」を思い出さなければならないと述べます。

    「特別助成や別途助成という金で、分村移民創出を買おうとした施策は、やはり、大きな問題をはらんでいたというべきでしょう」。


    まさに、そうだと思います。

    この分村移民と助成金の仕組み。
    今の原立地自治体と交付金の関係に通じるものがあります。


    「あとがき」にもありますが、筆者の「結局のところ『あの戦争はなんだったのか』という問い」

    自分もずっと考え、そういう本を読もうと思います。

  • 加藤陽子が、日清戦争から太平洋戦争終結までの歴史を、高校生との対話を通して行われた授業をまとめた一冊。

    栄光学園高等学校の生徒のレベルの高さに、驚きつつも日本の未来に微かな希望がもてる一冊でもあった。

    加藤陽子は、大東亜戦争を講義する前に、国民を戦争に動員するための社会契約及び、戦争終了後に於ける敗戦国の国体改造という現実を解説。
    それによって、日本国憲法の原理及び、現在の日本の歴史的位置づけを、再定義している。
    こういった解説は、一般的に講義する人間の歴史観に左右されるのであるが、加藤陽子はここでE.Hカーを持ち出す。
    フラットな視線で歴史と対話するスタンスは、加藤陽子自身の宣言であり、栄光学園生徒との意識共有をはかることを目的としているのだろう。

    例えば、日清戦争の項では、東アジアにおける西欧列強の進出と、華夷秩序のほころびから、外交問題・民衆・思想家・議会と内閣など、日清戦争に至る経緯を多角的に解説することで、一元的な歴史観で捉えない注意を払っているのも好感が持てる。


    本書は全編を通して、明治維新以降、日本のターニングポイントとなった、様々な事件に対する理解を深めることができる一冊となっている。
    個人的には、この時代を扱った書籍は、毎回同じポイントでため息が出る。

    永田鉄山惨殺事件、熱河事変、ミッドウェイ海戦だ。
    このあたりも、本書できちんと取り上げているだけではなく、歴史的文脈としてとらえているあたりが好感をもてた。

    また、知識不足で知らなかったのだが、日中戦争に突入していた時期、国民党政府の戦略家にいた「胡適」という人物。
    国民党政府が日本に勝つためには、二〜三年は負け続けて、日本の兵站を伸びきらせた上で、ソ連やイギリス・アメリカの参戦をひきだし、最終的に一挙に挽回するという、大胆な戦略を上申したという。

    オセロで序盤勝ちすぎたがために、有効的に駒を置く場所が無くなり、終盤でほとんどひっくり返されるというのを見た事があるが、そんなイメージが浮かんだ。

    全体的に非常に整理されてますし、文章も丁寧ですので、日本の近代国家の歩みを理解する上では非常に頼もしい一冊だと思います。

  • 著者の語り口そのままに名講義を聴くことができる良書。
    ベストセラーなので、訂正箇所を以下のHPで確認できるところなど出版社も丁寧にフォローしてくれています。
    さすがの加藤先生も年月日を間違えることはあるでしょうが、それにしても大勢の方に読まれる、ということは、このように完璧な作品に育てることになるのですね。著者にとって、また書物にとっても実に幸福なことだと思います。
    http://www.asahipress.com/soredemo/teisei.html

  • ぐいぐいと加藤氏に引き込まれて、今度は批判的に再読したい

  • 積ん読で2年近く肥やしになっていたベストセラー本をいまさら通読。そのタイトルから太平洋戦争へと突き進んでいった政治の強権と、日本の病んだ精神について語られているのかと思い込んでいたが、そうではなかった。植民地主義をとる国際的な動きの中での大日本帝国の相対性や、日清戦争から始まる時系列、経済的要請などを冷静に分析しながら、戦争を選んでいった「合理性」に目を向けて無茶な戦争へ至った理由を探っている。

    太平洋戦争時、たとえばフィリピン戦線などの話を読むと、兵站というものが一切考慮されていないような、精神論(竹槍で飛行機と対峙するなどとが典型とされる)と人間をいささかも尊重しないファシズムがまかり通っていたことに愕然とさせられ、それがすべてと勘違いさせられてしまう。結果、あの時代とのつながりようのないギャップに、いまを生きる自分とは別の世界、非合理の別次元として近代日本を捉えてしまう心持ちになる。だが本書を読むとそこに生きる民がいて、天皇を最上位に掲げながらも行政・立法・司法も当然そんざいしていた近代日本を、いまと地続きのものとして捉える契機となり、目を開かされた。

    高校生に向けた授業を書籍化したということだが、自分の知識が偏見に固まり、その程度にあったことを知る。ベストセラーの理由があるように思う。

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著者プロフィール

加藤 陽子
1960年、埼玉県大宮市(現、さいたま市)生まれ。1989年、東京大学大学院人文社会学系研究科修了(文学博士)。現在、東京大学大学院人文社会学系研究科(日本史学)教授。専門は日本近現代史であり、特に1930年代の外交と軍事を中心に研究を続けてきた。
著書『徴兵制と近代日本1868-1945』(吉川弘文館、1996年)、『満州事変から日中戦争へ』(岩波新書、2007年)、『昭和天皇と戦争の世紀』(講談社、2011年)、『模索する1930年代』(山川出版社、2012年)、『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(新潮文庫、2016年)、『戦争まで』(朝日出版社、2016年)などがある。

「2017年 『歴史を学び、今を考える ー戦争そして戦後』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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