理不尽な進化: 遺伝子と運のあいだ

著者 :
  • 朝日出版社
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本棚登録 : 538
レビュー : 56
  • Amazon.co.jp ・本 (448ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784255008035

作品紹介・あらすじ

99.9%の生物種が消える?
生存も死滅も運次第?
この世は公平な場所ではない?

「絶滅」の視点から生命の歴史を眺めるとどうなるか。
進化論が私たちに呼び覚ます「魅惑と混乱」の源泉を、科学と人文知の接点で掘り当てる、進化思想の冒険的考古学!


「生き残りをかけた生存競争」「ダメなものは淘汰される」「環境に適応しなければ」……こういった物言いを、私たちは毎日のように耳にします。

ここでは、「進化論」(ダーウィニズム)が、世の中を説明する根本原理、あるいは自然法則のようなものとして使われています。現代において進化論は、科学理論の枠を超えて、この世界を理解するための基本的なフレームワークになっているといっても過言ではありません。

しかし、進化についての私たちの常識的なイメージが、生物進化の実相とかけ離れているとしたらどうでしょうか。実は、進化論という名のもとに、私たちがまったく別のものを信じ込んでいるのだとしたら?

本書は、「絶滅」という視点から生命の歴史を眺めながら、進化論という史上最強の思想が私たちに呼び覚ます「魅惑と混乱」の秘密を明らかにしていきます。生命の歴史が教えるのは、地球に出現する生物種の99.9%以上が絶滅してしまうという事実。
この驚くべき事実から出発して、本書は、おもわず息をのむような、生物進化の「理不尽さ」という眺望にたどりつきます。それは、私たちがふだん信じている、「生き残りのサクセスストーリーとしての進化論」とは、まったく異なる認識です。

それだけではありません。超一流の専門家たち、たとえばリチャード・ドーキンスとスティーヴン・ジェイ・グールドがどうして激しく争わなければならなかったのかも、この眺望のもとで理解可能になります。そして、私たち素人と第一線の専門家がともに直面する共通の課題が浮かび上がってくることでしょう。

科学の時代における哲学・思想のありかたに関心をもつすべての人、必読の書です!

感想・レビュー・書評

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  •  これは進化論を扱っているのですが、理系の本ではなく、はっきりいって哲学書のようなものです。しかもユーモアに富んでいます。不思議な本です。

     これまで地球上に出現した生物種の99.9%までが絶滅している、しかも絶滅した生物は遺伝子が悪かった(適応能力が劣っていた)のではなくたまたま運が悪かったのだ、従って生物の進化というのは自然淘汰(=適者生存)だけでは説明できないのだということから話が始まります。

     ここで著者は「適者生存」という言葉がトートロジーではないかという疑念を持ち出します。この言葉は「適者が生存する」ということだが、では何をもって適者と判断されるのか? それは生き残ったことをもってではないのか? であれば「適者生存」とは「生き残ったものが生き残る」という同義反復であり、いわば「独身者は結婚していない」というのと同じことではないかと断じます。その後、進化論主流派のドーキンスと反主流派のグールドの争いを通じて、議論は進化論に留まらず「科学とは何か?」という方向で深まって行き「宗教・芸術論」や「人間論」にまで達します。

     本書には重要な示唆がちりばめられています。
    ① 私たちが日常出会う「進化論」は、単に科学的な進化論のアイデアを「言葉のお守り」として用いた誤解に満ちたものである。
    ② ダーウィンの登場によって進化論が社会に普及したが、それはむしろダーウィン以前の「発展的進化論」の蔓延であった。
    ③ 適応主義をめぐってグールドが「なぜなぜ物語はいらない」といったのに対してドーキンスは「なぜなぜ物語こそ必要だ」と反論した。ところで、進化論における適応主義はパングロス主義のような盲目的信仰ではなく入手しうる最善の科学的方法論であった。この点でグールドに論争での勝ち目はなかった。
    ④ 進化論のハードコアは自然淘汰と生命の樹という二つの仮説でありこれらが連動しているので、自然淘汰説は必然的に生命の樹という歴史理解の領域に足を踏み入れざるを得ない。
    ⑤ ガダマーは「説明と理解」の枠組みを破棄し、それを「方法と真理」という別の区分をもって代えた。何故なら、「理解」とは「説明」と対立するような学問的方法論ではないからである。
    などなど。これだけだと何のことだか分からないでしょうけど、本書を読むとよくよく腑に落ちます。

     全体を通じて、著者の読みの深さに驚かされました。著者は膨大な量の文献をしっかり読み込んでいます。著者が微妙な概念を的確な言葉で表現することで、不明瞭なイメージにはっきりとした輪郭が与えられていきます。ただ、全体の纏めに相当する「私たちの『人間』をどうするか」という最後の節だけはあまりにも観念的・形而上学的な論の運びについて行けませんでした(著者のいわんとすることは理解できるものの、大風呂敷の過剰な議論に感じてしまう)。

     著者が「本書の主目的は進化論を解説することではなく、私たち自身の進化論理解を理解するという点にある」と書いているとおり、本書は「進化論」の本ではなく「『進化論』論」の本です。少々難解ですし、「ええっ? それはちょっと飛躍し過ぎでは?」と首をひねりたくなるような強引なところもなきにしもあらずでしたが、「科学とは何か? その人間との関係はいかにあるべきか?」ということを多面的に考えるうえで一読の価値はあると思います。

  • ・僕はダーヴィンの「進化論」とは、外部環境が変化した時に、その変化に適切に対応した生物が生き延びるという「適者適存」の理論だと理解していたが、これが大きな勘違いだと分かったことは大きい。きりんのはなが長いのは、サバンナで遠くに外敵(ライオン)がいるのを見つけやすいと同時に、高い木にある葉っぱを食べられるように、きりんが「進化」したからだと思っていた。
    第一章 絶滅のシナリオ
    ・ビジネスの社会においては、進化論な考え方は僕も含めてみんな大好きで「進化しない企業はつぶれる」「外部環境に適応せよ。さもないと市場から淘汰される。」「わが社のDNAは・・・」といった文脈の中で使われることが多いから、あたかも進化論を自然科学の原理原則のように漠然と考えていたことも大きいと思う。
    ・絶滅への3つのシナリオは
    ①弾幕の戦場(field of bullets)
    ②公正なゲーム(fair game)
    ③理不尽な絶滅(wanton extinction)
     ・理不尽な絶滅とは、ある種の生物が生き残りやすいという意味ではランダムでなく選択的だが、通常の生息環境によりよく適応しているから生き残り易いというわけではない絶滅。突然のルールの変更。
    で③が最も影響力があるシナリオ(ラウプ)

    ・地球上の生命体の99.9%は絶滅するのだ。その理由で最も有力なのは③の理不尽な絶滅。

    第二章 適者適存とは何か
    ・適者適存とはあくまでも結果としての適者適存にすぎない。条件は
    ①個体的に性質の違いがあること
    ②その性質の違いが残せる子孫の数と相関すること
    ③それらの性質の違いが次世代に伝えられること
    ・だれが生き残るのか?それは最も適応したものである。では誰が最も適応したのか?それは生き残ったものである。適者適存はそれ自体にトートロジーの概念を含んでいる。
    適者は事後的に定義されざるを得ないということは、自然選択の母集団が(予めきまった方向の変位や組み換えではなく)「ランダムな変異や組み換えでしかない」という積極的事実に対応している。適者を結果論的トートロジカルに定義したことが、ダーウィニズムの最大の経験的テーゼ。
    ・ダーウィン以前の進化論は、ラマルクであり「用不用説と獲得形質の遺伝」を唱えた。キリンの首が長いのは、先祖のキリンが高所の葉っぱを食べるために首をのばす努力を続けて、その努力の成果が多くの世代に渡って伝えられたため。
    ・ダーウィン以前は進化=進歩であり、進化を予め決められた方向への前進であるとみなしていた。いわゆる発展的進化論。一方で、ダーウィンの考え方には進歩も定向進化の考え方もない。そして、この考え方はスペンサーの社会進化論へと繋がる。社会進化論は産業革命後のイギリスを参考にしている。
    ・ダーウィンの考え方は、生命の樹(tree of life)。進化の方向性は予めきまっているわけではなく、予見不可能な偶然性に支配されているもの。

    第三章 なぜダーウィニズムはそう呼ばれるのか
    ・素数ゼミ。
    ・適応主義。適応の目的は、遺伝子の保存およびその増殖のため。でもパングロス主義のように足は半ズボンをはくためにあるのではない。。
    ・荒野に石がおちており、その理由をきかれたら、ただそこにあるからという。では、精巧な腕時計ならどうか。これは誰かの企みだと思う。そして誰かとは神のことだ。ダーウィンはそうではなく、その理由を過去の歴史に求めた、ボトムアップのアプローチなのだ。本質はエンジニアリングであり、アルゴリズムである。
    ・ダーウィンの革命性は生物進化が自然淘汰というアルゴリズミックなプロセスの結果であることを見出した点にある。
    ・進化論とは自然淘汰のアルゴリズムをリバースエンジニアリングにより解読すること
    ・進化論が行うリバースエンジニアリングによって中心的役割を担うリサーチプログラムが適応主義である。
    ・遺伝子の保存および増殖の根源的な計画の単なる断片あるいは局面とみなす自然淘汰説。
    ・スカイフック(神)とクレーン(歴史による実証)

  • 「ワンダフル・ライフ」に心躍らせ、「パンダの親指」に唸った経験の持ち主は多いことだろう。そんなグールドがどこで誤り、それをどのようにドーキンスが超克していったのか、それを素人でもわかるように解きほぐして解説している内に、進化論そのものがはらむ現代性や問題点など(いや、逆か、われわれが進化論に対して抱く問題点か)についても語り、大きなうねりとして科学の一つの分野を物語ってくれる本。400pはあっという間。でも、文体に多少好き嫌いはあるかも。

  • くどい。筆者自身の「内輪ウケ」というか、「自己ツッコミ」が多すぎて、何を言いたいのか・・・??しかも、つまらないツッコミなので・・・。内容だけなら、こんなに分量がいらない。水増し書とでもいうべきか。

  • 生物の歴史において、99.9%が絶滅してきた事実に想いを馳せ、生き残った0.1%に光をあてるのでなく、進化を捉え直すタイトルに惹かれて読んだが、予想したコンテンツと違い、期待外れだった。進化論者の主流派が唱える適応主義に反旗を翻した米国の古生物学者グールドを中心に議論が展開されていく。概念の定義化や冗長な論旨に疲れを覚えるが、著者が組み立てたい主張への熱意は伝わってくる。学説の対立に興味ある人以外は読み続けるのが難しいと感じた。

  • サイエンス

  • 面白いんだけど、くどすぎるのと、余計な横文字=ビジョンとせず、ヴィジョンだったり、がマイナス要因か。多分、ページの1/3あれば、要点は伝わるし、そこだけあれば、良かったかも。

    生物種の99%以上は、絶滅する。
    その理由の大半は、運。
    他者とガチンコ勝負したり、環境の激変で誰もが生き残れない状況での絶滅よりも、環境の激変により、たまたま生き残るために有利な条件が変わったことで生き残れた。あるいは、絶滅した。

    でも、進化論の説明では、今ある生物種は、適応のたまものであり、過去から今に至る道筋は一本であったかのように、説明してしまう。
    これは、ほかにありえた可能性をすべて消し去ってしまう。
    要は、たまたま、運が良くて生き残っているだけなのに、優秀だったから、残った、と勘違いしてしまう。


  • 進化論に関する解説書かと思いきや、進化論に関連した随筆だったようだ。
    グールドの再評価が異常にボリュームが大きく、理不尽な進化という理論の説明が尻すぼみになって良く理解できなかった。

  • 理不尽な進化: 遺伝子と運のあいだ

  • 進化論がどうしてここまで学問的なとらえられ方と違う使われ方をするかから始まってグールド論まで。読ませちゃうからすごい。でも、科学的でありたい人ばかりじゃないあたりの話がもうちょっとほしいと思うのはどうしたものか。

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著者プロフィール

吉川 浩満(よしかわ ひろみつ)
1972年、鳥取県米子市生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。国書刊行会、ヤフーを経て、文筆業。
著書に『理不尽な進化』『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』、共著書に『脳がわかれば心がわかるか』『問題がモンダイなのだ』(ともに山本貴光との共著)、翻訳書に『マインド』『先史学者プラトン』などがある。

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