紋切型社会――言葉で固まる現代を解きほぐす

著者 :
  • 朝日出版社
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本棚登録 : 812
レビュー : 95
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784255008349

作品紹介・あらすじ

新しい書き手。自由な批評。


「柔軟剤なしのタオルと同じ。読むとヒリヒリ痛くて、クセになる。」

……重松清さん

「世に溢れる陳腐な言葉と格闘することはこの世界と格闘することだ。」

……白井聡さん

「育ててくれてありがとう」「全米が泣いた」「国益を損なうことになる」

「会うといい人だよ」「ニッポンには夢の力が必要だ」「うちの会社としては」……
日本人が連発する決まりきったフレーズ=定型文を入り口に、
その奥で硬直する現代社会の症状を軽やかに解きほぐす。
言葉が本来持っている跳躍力を取り戻すために。
初の著作、全編書き下ろし。

感想・レビュー・書評

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  • CINRA.NET の「フジワラノリ化論」やcakes.mu の「 ワダアキ考」で知ってから、面白い人だなあと気になっていた武田砂鉄さん。去年Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した初の書き下ろし本『紋切型社会ー 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)をようやく読みました。すごく読み応えがあった。

    まず、緑の中を走り抜けてくポルシェのごとく真っ赤な装丁に、意気込みを感じる。
    「これはこうだから」というような一言で何か物事を雑に(または上から乱暴に)片付けられてしまった時にモヤ〜っとのこる、「いや、それはそうだけど…」という違和感や不快感をしつこく掘り下げて論考する。かといってモヤモヤを払拭して「スッキリ!」させようなどとはそもそも思っていないようなスタンスで、モヤモヤしたままなんとか自分の着地点を見つけようとする。言葉と思考の丁寧で地道な作業に誠実感を感じ、勝手に好感を持ちました。

    今世の中にはびこる言葉の現象から現代社会の問題点を紐解いてゆく、という諷刺的内容の論旨。特定の発言者を引合いに出すことは少ないけど、たまに実名が登場する。糸井重里の「なるほど。わかりやすいです。」的な「認め合い」はズルい、とか。(でもきっと「いいまつがい」は好きなんじゃないかなという気がする。)
    曽野綾子や林真理子などの発言をひっぱり出し、「それは違う」とパキッと言い切る。ツイッターで、「曽野綾子さんについては、定期的に暴言が放たれるので、ついつい「もういいよ」という対応になりがちですが、その都度「違います」と言うべきだと思うので、また書きました」と言っているように、ある種の乱暴な発言に対しては、意識的に追及し、闘っているようです。
    たとえば、「戦争を知らない」から派生する「今の若い人は、本当の貧しさを知らない」というような言葉遣い。「「戦争を知っている」には耳を傾けつつも、「戦争を知らないくせに」には、もっと好戦的に臨んでいくべきだ」と言っています。
    また、cakesでの深澤真紀さんとの対談では、「自分が経験していることを相手は経験していない、という時に、その一つで“未経験”ではなく“未成熟な存在”として規定してしまう。これって、結婚や出産の話題には特についてまわりますね。この手のことは今までに何度か味わってきていますが、これに慣れてはいけない。毎回、根に持つようにしています。「そうかー、ボクもそのうち分かるのかなぁー」なんて絶対思わない。子供がいれば分かるのかもしれないけれど、いないなら、いないなりのことを思う。」と。
    こういうことをきちんと言ってくれる人がいてよかった、と思う。

    「あらゆる“こうでなければならない”から、言葉は颯爽と逃れていかなければならないと思う。」
    同感です。

  • 紋切り型な言葉が、自由を奪っている。日本を「ニッポン」と表記する、そこに潜む狙いにもっと敏感になるべき、と思った。性犯罪者が、アニメ好きだとわかれば、その因果を問うのに、カントに傾倒していると言われても、そこに因果は問わない。英語には、語尾というものはない。月曜に増える自殺を減らすためには、「情熱大陸」の代わりに「ザ・ノンフィクション」を日曜夜にながすべきだ、という話。いろいろとうなずかされることも多いが、時々文章をこねくり回しすぎて、分かりにくかった。著者の主張からすべば、「文章は分かりやすいことが目的ではないはず」となりそうですが。

  • 食わせ者の著者の渾身の独演会──そんな読後感で巻を閉じる。こういうへそ曲がりの跳ね返りは嫌いじゃない。けれど難しい。「嫌いじゃない」と言っている自分さえもが彼の手間を惜しまぬ「解体作業」を「渾身の独演会」と呼んでしまう。一つの「芸」だとどこかで思っている。各トピックを綺麗に、毎回ほぼ同じボリュームにまとめ上げる手管、物書きとしてのテクニック自体が既に「紋切り型」に通じるマニエリスムと呼び合うものがないかと意地悪く思ってしまう。ストップ高のポトラッチのように、圧力鍋の中で行き場を探す蒸気のように、表現はもはや打破すべき対象を実は既に見出せなくなっており、ほじくり残した「差異」を探して右往左往しているのではないか──そんな漠然とした思いがふつふつ湧いてくる。だからこそ著者のような威勢のいい若い物書きを、兎も角も応援したくなるのだ。

  • ★言葉の強度★著者のことは知らず何の本かも分からなかったが、書店で偶然目にして立ち読みでほとんど一気に読んでしまった。言葉が成り立つ文化や政治の背景を読み解く強度に引き込まれた。ライターとして、何をして何をしないかの意識がはっきりしているのだろう。

    「わかりやすいです」に収斂してしまう安易な承認に対する違和感、「禿同」も一方通行の同意という意味では近いだろう。「情熱大陸」での時代がかった問いかけは、ノンフィクションから最も遠いところにある。「誤解を恐れずに言えば」は使いがちだなあ、と苦笑。ゼクシイに載っている結婚式の挨拶のパターンは本当に罪だと思う。どうしてこの漢字でこの音になるのという子供の名前も、たまひよに書かれているからOKという点でもリクルートの罪は深いなあ。

  • タイトルを見た途端、「そう!そうだよね~」と勝手に想像した内容とはかなり違っていた。著者は若手のライターらしいが、現状への憤りが前面に出た前のめりのスタンスで、これはこれで新鮮に読んだ。

    よく見れば副題にあるとおりで、これは巷にあふれる紋切型の言葉を切り口に、柔らかさを失っていく現代社会にパンチを浴びせようとしたもの。あらゆることが想定の枠内に落とし込まれていくネタとして扱われるとき、言葉もまた、その場でのおさまりだけがいい、どこにも届かないものになる。そのことへのいらだちが、やや荒っぽい文体で語られている。こういう書き方ってあまり見ないように思う。「新しい書き手」という帯の惹句もわかる気がする。

    次の三章がおもしろかった。

    05「若い人は、本当の貧しさを知らない 老害論客を丁寧に捌く方法」
    事実さえゆがめていく勝手な「メモリー」がなぜこうまで氾濫するのか。マスコミは作家批判をしないけど、曾野綾子はまったくひどい。

     15「”泣ける”と話題のバラード プレスリリース化する社会」
    多くの人がこれに乗っかかりつつ、そのアホらしさもわかってるんだろう。又吉推薦本がこれほど売れるのは、背後に誰かの計算があるように見えないからだろうな。

     17「逆にこちらが励まされました 批評を遠ざける『仲良しこよし』」
    これも「文化人村」ではあまり誰も言わないけど、アイドル好きを公言する男性論客たちにはうんざりする。それって「ボクって賢いだけじゃなくて、こんなこともわかる柔軟な人間なのよ」ってアピール?

    言い回しにわかりにくいところがあったりして、決してなめらかに読める文章ではないが、この違和感は「買い」。どんどん暴れてほしい。
    (著者のせいではなかろうが、誤植が目につく。「新しい書き手」のデビューならば、そこはちゃんとしてほしいなあ)

  • 「乙武君」「全米が泣いた」「なるほど。わかりやすいです。」「会うといい人だよ」「誤解を恐れずに言えば」など、目の付けどころ、章題が面白そうだったので購入。

    自分を若手で少数派という立場に置いて、無意識に権力を行使してくる多数派(わかりやすくいうと「老害」や「マスゴミ」と呼ばれるあたり、その他まわりを囲んでいる常識派とかそういう空気)を切り捨てていくという文章。私もそういうのを読んでスカッとしたかったんだな、と思われてきてやや醒めてくる。章題で示す語句に辿り着くまでの例として出してくるエピソードがちょっとクドい。クドいと、書き手のユーモアを示すための文章なのに笑えなくなって、ただただ書き手と読み手である私の性格の悪さばかりが思われてくる(性格の悪さは、書き手には必要だと思っているけれど)ので勝手につらくなる。

    11章「会うといい人だよ」において、既存媒体vsインターネット世論の構図について、
    「ネットはいつまで既存を既存としておくのだろうか。まさか、新鋭っぷりが衰える、ないしは一通り馴染んでこれ以上の成長ができないという疑いが生じても、既存を既存のままにおいておけば、新鋭のままいられるという算段を持ってしまっているのだろうか。」という一文が出てくるのだが、これはそのままインターネット世代の書き手代表とされているであろう著者にブーメランとして刺さってくる言葉だと思われるので、色々凄いなと思った。

  • 膝を打つ。
    この著作を名刺代わりにできるのは素晴らしく羨ましいことだ。
    というより、勝手に自分の名刺にしてしまいたいくらいだ。

    本気でよかれと思っている目がキラキラしたあの人たちや、すでに得たものを手放すつもりなどさらさらないままにソフトな態度でこちらを包むそぶりをする人たちや、に対抗するには、この文体しかない。
    まさに情緒纏綿とした皮肉。

    はじめに
    「乙武君」………障害は最適化して伝えられる
    「育ててくれてありがとう」………親は子を育てないこともある
    「ニッポンには夢の力が必要だ」………カタカナは何をほぐすのか
    「禿同。良記事。」………検索予測なんて超えられる
    「若い人は、本当の貧しさを知らない」………老害論客を丁寧に捌く方法
    「全米が泣いた」………〈絶賛〉の言語学
    「あなたにとって、演じるとは?」………「情熱大陸」化する日本
    「顔に出していいよ」………セックスの「ニュートラル」
    「国益を損なうことになる」………オールでワンを高めるパラドックス
    「なるほど。わかりやすいです。」………認め合う「ほぼ日」的言葉遣い
    「会うといい人だよ」………未知と既知のジレンマ
    「カントによれば」………引用の印鑑的信頼
    「うちの会社としては」………なぜ一度社に持ち帰るのか
    「ずっと好きだったんだぜ」………語尾はコスプレである
    「“泣ける"と話題のバラード」………プレスリリース化する社会
    「誤解を恐れずに言えば」………東大話法と成城大話法
    「逆にこちらが励まされました」………批評を遠ざける「仲良しこよし」
    「そうは言っても男は」………国全体がブラック企業化する
    「もうユニクロで構わない」………ファッションを彩らない言葉
    「誰がハッピーになるのですか?」………大雑把なつながり
    おわりに

  • こういうテーマって難しいんですよね。それをあらためて感じました。
    紋切り型表現のようなものを取り上げ、その不自然さを指摘し、その紋切り型表現によって隠されたものを暴き出したりする…。そう書くとかっこいいんだけど、そういうのって往々にして「紋切り型表現を批判する紋切り型の姿勢」にはまりこみがちで、そこを脱却するのは非常に難しい。この本も、その「紋切り型を批判する紋切り型」の典型例のように感じました。
    おまけにたちがわるいのは、流麗な書き手であると思われたいのか、話題があっちこっちに飛びまくっていること。ドラえもんからアメリカ、イラク、そしてドラえもんに戻ったあと、会社という組織論に流れたりする。話の展開のつながりがよくわからないので、「結局、何を言いたかったの?」と思ってしまいました。こういうのは、よほどうまくやらないとひとりよがりになりがちですよ・・・。
    まあ、最初のほうでかなり幻滅して、後半はかなりの飛ばし読みになってしまってので、ひょっとしたらだいぶ改善しているのを読み取れてないのかもしれないけど、文章の端々から漂うナルシシズムは全編同じなので、きっと同じようなことになっているのでしょう。
    文章を書くのってほんとに難しいんだよねえ、とこの本を反面教師として感じました。(2018年4月3日読了)

  • ☆☆☆☆現代社会の様々な事象に現れる『紋切り型のフレーズ』、その言葉を操る人々や社会そのものを、武田氏がエッジの効いた言葉で暴き出していく。そして、そのことをとおして言葉の力とそれを生み出す志のようなものを読者に伝えている。
    今まで自分が読んできた数々の本とは言葉に対する感性が違う。言葉の運びが描かく論の展開が、予想を越えた軌道をとって素早く飛び回り、著者の主張を訴えてくる。
    読み始めてしばらくは、このリズム感と主張の軌道に馴染めなず戸惑いも覚えた。
    それでも、「言葉」というものが単なる、表現のツールではなく、伝達のためだけでない存在であることを感じさせられもした。そうやって武田氏のかなり理屈っぽく社会を捉えた言葉は、私が描いていた社会観を切り裂きながら、異なった社会を覗かせてくれた。
    最後に、武田氏の原形が感じられた部分の文章を引用します。
    【誰がハッピーになるのですか?】
    〜〜『言葉で固まる現代を解きほぐすために鋭利な言葉を執拗に投じ続けた人たちの言葉は今なお消費されないし、奮い立たせる言葉として神通力を持つ。人の気分をうまいこと操縦する目的を持った言葉ではなく、その場で起きていることを真摯に突き刺すための言葉の存在は常に現代を照射し続ける』〜〜
    これは、私が気づいていなかった言葉の力でもある。
    2016/11/22

  • フローベールに『紋切型辞典』というのがあって、その時代感覚が今の我々とは随分違っていて、その違いを面白がるという趣で読んだ。書かれた当時は、思考の伴わない反射的な言葉づかいへの批判だったのだろう。

    本書は現代の思考停止の表れである決まり文句、ストックフレーズ、陳腐な表現を集め、そうした言葉が、見かけの穏やかさに反して、いかに抑圧的暴力的排他的な作用を持っているか、つまりは読み手を舐めているか、を明らかにする。

    こんなひどい言葉なのに、積極的ではないにせよ一定の共感を支持を集めており、むしろ無難で正しい言葉とされてしまうところに、我々は今、相当やばいところにいるなってことがわかって、ひんやりとする。

    こうした事態は、社会的なコミュニケーション全般に起きていることであり、言葉の問題だけに留まるものではなく、私の関心で言えば、デザインの分野にも起きていることだろう。

    発せられた言葉が社会を「泳ぎ渡る」とか「泳ぎきる」という表現が何度か表れる。独特の表現だなと思う。言葉には命があって、環境が悪いと死んでしまうけれど、なんとかうまく生き延びて、しかるべきこところまで到達してほしい、という感じ、言葉を世に問うときの感じをうまく表見する例えだなと関心した。死んでもかまわない、そもそも生きているかどうかを問わない、そういう無造作で雑な舐めた言葉づかいに対する違和と怒りが込められているように思った。

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著者プロフィール

1982年東京都生まれ。出版社勤務を経て、2014年よりライターに。著書に『紋切型社会――言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社、第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)、『芸能人寛容論――テレビの中のわだかまり』(青弓社)、『コンプレックス文化論』(文藝春秋)、『日本の気配』(晶文社)などがある。

「2019年 『往復書簡 無目的な思索の応答』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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