戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗

著者 :
  • 朝日出版社
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本棚登録 : 504
レビュー : 48
  • Amazon.co.jp ・本 (480ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784255009407

作品紹介・あらすじ

この講義の目的は、みなさんの現在の日々の生活においても、将来的に大人になって社会人になった後においても、
交渉事にぶちあたったとき、なにか、よりよき選択ができるように、相手方の主張、それに対する自らの主張を、
掛け値なしにやりとりできるように、究極の問題例を挙げつつ、シミュレーションしようとしたことにあります。(「講義の終わり」により)

感想・レビュー・書評

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  • 東京大学の加藤陽子先生が、池袋ジュンク堂書店にて計5回にわたり行った中高生向け日本近現代史講義を一書にまとめたものである。
    「はじめに」によると、中高生向けの講義ではあるが中高年も読んでも構わないとのことであったので、意を強くして今回手に取ってみた。(笑)

    本書の「戦争まで」とは、「太平洋戦争が始めるまで」のことで、そのターニングポイントとなった3つの交渉事案をそれぞれの史料を丹念に読み込みその本来の意図を再現した上で、交渉の行方を辿り世界史的な観点に位置付けて、どうしてそのような選択がなされたのか、他にどのような選択肢があったのか等を問う内容となっている。
    その3つの交渉事案とは、①満州事変に対するリットン報告書と国際連盟脱退②日独伊三国軍事同盟の締結③日米開戦前の日米交渉、である。

    その前段として第1章では「国家が歴史を書くとき、歴史が生まれるとき」と題した講義を行って、「歴史」とはどのようなものか、国家や民衆は「歴史」に対しどのように関わってきたか、世界史の分岐点で人はどのような判断をなしてきたのか、という今後の講義への前振りがなされており、最初からなかなか面白くなっている。

    第2章では本講義の最初のターニングポイントである「満州事変に対するリットン報告書と国際連盟脱退」について取り上げられる。
    自分も高校時代等の知識から日本に不利な報告書が提出されたものかと思っていたら、実はリットンは日本の侵略を胸の内で確信しながらも報告書では外交上のバランスを優先させ、日本の行為に対し決定的な断定を避け、国際協調を前提とした自由貿易による利益確保を追求する「世界の道」を切に訴えていたということである。
    また面白かったのは国際連盟内での交渉で、後に強硬派となる松岡洋右が国連を脱退することにならないように粘り強く交渉していたということで、このあたりの後の変化については本書にも記述がないので気になったところであった。
    日本がどのような「道」を選択するのかは悩ましい問題であったが、一般的に選択肢を作成する際の実験で「偽の確実性効果」についての説明があり、現在もニュースとかで政治家の発言をみていると必ず「しっかりと」とか「確実に」という言葉を盛り込むのを聞いて胡散臭く感じていたので、今も昔もこういう言葉の操作を行うところは同じだなあと思ってしまった。いや、むしろ今の方が無責任で露骨かもしれない。(笑)
    また、国が進めていたナショナリズムの高揚が、以降歯止めが効かなくなり、国のトップがそれを怖れていく緒になっていることにも興味深い。

    第3章では「日独伊三国軍事同盟の締結」について取り上げられる。
    これも自分は高校時代等の知識から、日本はアメリカに対抗し、「バスに乗り遅れないため」の目的でドイツ・イタリア側に与したのかと思っていたら、その本心は、ドイツがイギリスに勝利することを前提に東南アジア等のフランス、オランダ、イギリス等の植民地(大東亜に含む)をドイツにとられないようにし我がものとするためであった、とのことである。
    面白いと思ったのは、条約文書で日本語と英語のニュアンスが微妙に違うこと、「大東亜」の範囲を日本も含め誰もが自分のいいように解釈していたこと、ドイツ・イタリアへの第3国(=アメリカ)の敵対攻撃で自動的に日本もドイツ・イタリア側に立って参戦すると解釈していたドイツであったが、日本は自由に選択できると考えていて齟齬があったこと、などであった。「大東亜」がどこの範囲を指すのかを誰も確信を持ていなかったことなどは、いまから考えるとジョークとしか言いようがない・・・。

    第4章では「日米開戦前の日米交渉」について取り上げられる。
    最終段階ではハル・ノート提示に行き着く交渉であるが、交渉途中で日本の南部仏印進駐によりアメリカは戦略物資の全面的禁輸に踏み切ることになってしまう。日本はというとその前の北部仏印進駐の際のアメリカの手心を加えた一部禁輸措置などの経験から楽観視していて、南部仏印進駐でアメリカがそういう挙に出ることを見誤ってしまっていた。一方のアメリカでも南部仏印進駐後に対日穏健路線であったローズベルト大統領とハル国務長官が休暇や葬儀参列等により政治決定から除外されていて、強硬派路線の委員会が対日全面禁輸を決めてしまったという話には驚いてしまった。重大局面でそんな偶然のボタンの掛け違えってあるものなんだな・・・。
    また伝説?となっている、在米大使館員の無能力のせいで日本の真珠湾攻撃前に国交断絶文書(=宣戦布告)をアメリカ側へ提出するのが遅れたという話(いわゆる騙し打ち論)も日本海軍や外務省がわざと暗号文書を発送するのを遅くしたということで、やっぱりそういうことだったんだなあ。

    最後の第5章ではこれまでの講義の総括的な話となっている。
    現代に起こっている事象に対する、歴史から学ぶということの視点をわれわれに教えてくれているとともに、中高生がここまで学んだ成果というものを実感させてくれる。

    これまで加藤教授はたびたび受講の中高生に当時の視点でどういう選択があったのか、当時はどう考えていたのかなど、時には現代の視点で、また時には関東軍参謀になったつもりで、あるいは参謀本部の計画立案者になったつもりで回答を求めているが、こうした視点は当時の立場からみる政治選択の理由を明らかにするとともに、複雑に利害がぶつかる政治選択の行方をも考えさせてくれる。
    自分もこれまで近現代史はともすれば責任論に収斂されがちであったのを歯がゆく思っていて、現実の政治の場でどのような選択がなされた結果だったのかを総括する必要があると考えていたので、今回はとてもよい勉強になった。
    あと加藤教授は中高生のどのような回答に対してでも、必ず「はい、そうですね。」のような返しをしていて、議論を肯定的に深化させていたのが興味深かった。
    学校での近現代史教育が疎かになっている昨今、加藤教授には引き続きこうした取り組みを継続してもらいたい。

    最後は「おわりに」から。
    「学問は歴史に極まれり」(荻生徂徠)
    全く同意見だ。

    • だいさん
      今の教育方法は私の時代とは大差がある(はず)
      中高生(中学生!) に対して
      オープンな場所でこのような歴史講義を行える 教育者は す...
      今の教育方法は私の時代とは大差がある(はず)
      中高生(中学生!) に対して
      オープンな場所でこのような歴史講義を行える 教育者は すごいと思えるし
      また参加する子供たちも なみじゃないと思える
      相手の意見をいきなり否定せず 真摯に立ち向かうことが
      教育に必要なんだろうな
      2016/10/27
    • mkt99さん
      だいさん、こんにちわ。
      コメントいただきありがとうございます!(^o^)/

      そうですね。自分が中高生の頃といまとでは教育内容も異なる...
      だいさん、こんにちわ。
      コメントいただきありがとうございます!(^o^)/

      そうですね。自分が中高生の頃といまとでは教育内容も異なるだろう上に今日では様々なノイズがあるため、加藤先生のような方には是非ともこのような講義を続けてもらいたいですね。

      まあ、そもそも自分の時代はちょうど近現代史のあたりが受験シーズンと重なったり、年度末だったりして、そこまで行き着くかどうかの瀬戸際にあって、授業は超スピードで駆け抜けていったものですが・・・。(笑)

      今回の講義は申し込み制だったようで元々意識の高い中高生が受講していたようです。そんな中高生へ宿題を出して自分の力で下調べをさせたりするところも教育熱心なわけですが、イレギュラーと思えるような質問にも全てきっちり(かどうかはわかりませんが)その場で回答しておられたのはさすが東大教授と唸らされてしまいました。
      2016/10/29
  • 中高生を前に進められた講義をもとに著された著作。リットン調査団報告書、日独伊三国軍事同盟締結、日米交渉においてなぜそのような選択を日本がすることになったのかが描かれています。サブタイトルは「歴史を決めた交渉と日本の失敗」。表紙に書かれているのは「「かつて日本は、世界から「どちらを選ぶか」と三度、問われた。より良き道を選べなかったのはなぜか。日本近現代史の最前線。」とされています。

  • リットン調査団、日独伊三国同盟、日米交渉。世界から日本に突きつけられた3つの局面で、日本がそれぞれどんな状況下でどんな選択をし戦争に突き進んでいったのか。中高生向けの講義をまとめたもの。

    この内容を理解し、投げかけられた問いに対し各自がネットや文献を駆使し調べて答えを探っていくとはなんという意識高い中高生!!
    こんな若者達が素直に成長していけば日本の未来も捨てたもんではないと思わせてくれる。是非中高生に向けて学校の授業に取り入れて欲しいのと同時に大人も読むべき一冊。

    戦争という決断を下しめ、昭和天皇でさえ抗えなかった”時の勢力”とは何だったのか。

    フェイクニュース溢れるポスト・トゥルース時代。情報を読み解くリテラシーを養うにはやはり「教育」以外の何物でもないことを本作で改めて背筋が凍るほど痛感した。

  • リットン調査団、三国同盟、日米交渉の3つの局面から、太平洋戦争への経緯を解析する。外交の話がメイン。結果的には上記3つ全てでルートを誤っており、それだけ多くの教訓を含んでいる。中高生への講義形式なので平易な解説が試みられている点安心して読めるが、しっかり理解して読み進めないと(時折出される設問に)ついて行けない内容でもあった。米国が世界の警察を放棄するような動きを見せる昨今、日本外交における責任と重要性は以前より増しつつあり、過去の失敗を学ぶ意義もより見出だせそう。

  • 何故日本は戦争をしたのか。
    前作と共に読むべき本。

  • 満州事変後に世界に公表されたリットン報告書は、一方的な日本非難ではなく、実は満州における日本の権益に配慮して書かれたものだった。日独伊三国軍事同盟は、アメリカへの牽制でなく、欧州を勝ち進んだ後にアジアに回帰するドイツへの牽制。同盟を進めた日本の軍人たちの本音と目的は、ドイツに敗けた国々がもつアジアの植民地と権益を日本が獲得すること。バスに乗り遅れるから同盟を急いだわけではなかった。
    真珠湾攻撃は米国の罠や陰謀でなく、日米交渉においてアメリカは最後まで日本と交渉しようと努力した。日本の失敗は自国の安全保障についてリスクをとる気もないまま、受け身の姿勢(被動者)で戦争に突入してしまったところにある。

    一次史料を駆使し、中高生たちを相手に近代日本が世界と切り結んだ3つの事例を講義した本書は、厚みと奥行きのある立体的な歴史に触れることができる。同時にその内容は目から鱗が落ちることばかりだった。歴史家の凄みと矜持を見せつけられた気分だ。

    なにより読み応えあるのが、交渉の難しさと選択肢を形作る厳しさをこの本は教えてくれること。ベストな選択ができるように掛け値なしに相手とやりとりする困難さ。相手の主張とそれに対する答えを、俗論やバイアスに歪められることなく、選択肢としてどのように目の前に形作るのか。その厳しさと可能性を本書は示してくれる。学生だけでなく社会人でも役立つことだろう。優れたビジネス書としても読めて素晴らしかった。何度も読み返そう。

  • 面白いし、分かりやすい。聴講している高校生達は本当に賢いと思うし、高校生とは思えないほど。私も歴史を勉強して、思考に深みを持たせたい。

  •  『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』同様、高校生への講義を元にしているので読みやすい。本書では国際連盟脱退、三国同盟締結、太平洋戦争開戦直前の日米交渉頓挫の三点に絞り、なぜその時々の日本がそのような選択をしたのかという過程を描いている。
     随所で筆者は、当時の国民の教育水準が不十分であり、また支配層からの正しい情報共有がなされていなかったため、国民が好戦的に思いこまされていることを天皇自身の言葉も引用して批判的に述べている。そのとおりだと思うし、特に高校生に伝える言葉としては正しいと考える。ただ、戦前日本又は現代世界のポピュリズムに関する本を何冊か読んだ後だからか、それだけなのかと一抹の疑問も感じる。では当時より教育水準が高く報道の自由も民主主義も進んだ現代では、国民も国家も合理的な判断ができるのだろうか。
     本書で扱う三点の一点目。リットン報告書が割と日本にも配慮した内容だったし、松岡全権は本国の訓令に従った自分の主張に説得力がないことを自覚して本国に妥協を呼び掛けていたのに、内田外相は中国の対日妥協と直接二国間交渉に期待をかけていたため松岡の主張を突っぱねたとのこと。
     二点目。三国同盟には、「大東亜共栄圏」(これ自体は後付けのスローガンだったが)が日本の勢力圏であることを認めさせ、ドイツのこの地域への進出を牽制する必要があったこと。またドイツと中国(蒋介石)の連携という現実を背景に、ドイツを仲介した日中講和もあり得たが、日本が汪兆銘政権を承認したことで崩れたこと。
     三点目。南部仏印進駐で米の対日全面禁輸が行われたが、その後も日米交渉自体は続いており、双方とも首脳会談を含め戦争回避の可能性を真剣に考えてはいたこと。しかし交渉の期限切れを迎えてしまったこと。悪く言われがちな野村吉三郎大使に対し、筆者は好評価を与えている。

  • 日本が歴史上戦争で負けたのは2回だけ。と、昭和天皇が白村江で負けた天武天皇に習おうとしたのは、天皇制の深遠さを感じさせるエピソード。全体的には「交渉とは何か?」「認識とは何か?」について教訓的な所があり、考えさせられた。ただし、史料を都合よく引用し、主観的に解釈していると思える部分もある。が、歴史学はそういう事から逃れる事はできないので仕方ない。また、肝心の南部仏印進駐と全面禁輸のところが、想像とか仮説に留まっており、解明されていない点が残念。また、日独伊+中提携の汪兆銘政権承認の方針転換所も原因がよくわからないので説明が欲しかった。あと、犬養は満州国を承認しないから殺されたとあるが、満州国は犬養内閣の国策(閣議決定もしている)なわけで、承認しないという事はありえないと思うのだが。

  • ●→本文引用

    ●次に、日本と戦っていた中国が、三国同盟をどう見ていたかをお話ししましょう。(略)1940年8月4日の蒋介石日記を読んでみましょう。(略)日本が南下したい、石油を取りたいと思っているときに乗じて、中国に有利な条件を日本が出すなら、それで講和するのは悪くない、と述べています。(略)これは当時、部内で「桐工作」と呼ばれた和平工作の一つです。講和案のの内容が蒋介石まで届けられていましたし、昭和天皇もその成否を非常に気にかけていました。(略)蒋介石のもとで作戦を指揮していた軍令部長の徐永昌が、9月29日に蒋介石にこう提言していました。(略)日本軍と中国国民党軍双方が死力を尽くして戦えば、漁夫の利をしめるのは共産党だ、こういって蒋に停戦を薦めます。
    ●確かに日本軍が、中国軍を戦闘という面で圧倒していたのは事実です。1944年、戦争が終わりに近づく頃、日本軍の兵隊は、中国大陸の海岸線を千キロ以上も行軍して、アメリカ軍が使いそうな中国側の飛行場をすべて潰してまわります。これを大陸打通作戦というのですが、この作戦によって、中国側が蒙った地域社会の変化や国家の仕組みの変化が、非常に大きかったということが最近の研究でわかっています。端的に言えば、蒋介石の国民政府軍が、この日本軍の作戦によって疲弊させられ、戦後の共産軍との内戦において不利になったということです。
    ●総体として見ると、アメリカは1941年4月段階にも、資源を共有しませんか、船舶を貸与してくれませんか、資金援助してあげますよ、と日本に呼び掛けていた。一緒に共産主義に対抗していきませんか、中国との戦争をやめませんかといって、「世界の道」を、日米諒解案として示していました。

    →後付けの知恵を承知で言えば、結局のところ、日本は大局、日中戦、欧州の第二次世界大戦後の世界情勢、自由主義対共産主義を見据えていなかったのだろう。「ラストバタリオン-蒋介石と日本軍人たち」でも指摘されていたが、日中戦争を対共産主義で国民党政府と停戦していれば、アメリカと戦うことも無かっただろう。

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プロフィール

加藤 陽子
1960年、埼玉県大宮市(現、さいたま市)生まれ。1989年、東京大学大学院人文社会学系研究科修了(文学博士)。現在、東京大学大学院人文社会学系研究科(日本史学)教授。専門は日本近現代史であり、特に1930年代の外交と軍事を中心に研究を続けてきた。
著書『徴兵制と近代日本1868-1945』(吉川弘文館、1996年)、『満州事変から日中戦争へ』(岩波新書、2007年)、『昭和天皇と戦争の世紀』(講談社、2011年)、『模索する1930年代』(山川出版社、2012年)、『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(新潮文庫、2016年)、『戦争まで』(朝日出版社、2016年)などがある。

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