- Amazon.co.jp ・本 (136ページ)
- / ISBN・EAN: 9784255010366
作品紹介・あらすじ
バイアスという名の病と、うまく付き合っていくために。
医学はそもそも科学だろうか?——かつて若き研修医だった著者はその後の医師人生を変える1冊に出会い、普遍的な「医学の法則」を探し始める。事前の推論がなければ検査結果を評価できない。特異な事例からこそ治療が前進する。どんな医療にも必ず人間のバイアスは忍び込む。共通するのは、いかに「不確かなもの」を確かにコントロールしつつ判断するかという問題。がん研究の歴史を描いてピュリツァー賞も受賞した医師が、「もっとも未熟な科学」の具体的症例をもとに、どんな学問にも必要な情報との向き合い方を発見する。
Small books, big ideas. 未来のビジョンを語る。
人気のTEDトークをもとにした「TEDブックス」シリーズ日本版、第10弾。
本書の著者、シッダールタ・ムカジーのTEDトークは以下のTEDウェブサイトで見ることができます。
ww.TED.com(日本語字幕あり)
「私は、医学がこんなにも法則のない、不確かな世界だとは思ってもみませんでした。小帯、耳炎、糖分解などと、まるで取りつかれたように身体部位や病気や化学反応に名前を付けていったのは、自分たちの知識の大部分は本当は知りえないものなのだという事実から身を守るために、医者が生み出した仕組みなのではないかと勘ぐるほどです。こうしたおびただしい数の情報によって、より本質的な問題が隠れてしまっています。それは、情報知と臨床知との融合です。この2つの領域にある知を融合するための道具立てを見つけられないか——そうした模索が本書のきっかけです。この本の中で『医学の法則』と呼んでいるものは、実際には不確かさ、不正確さ、不十分さにまつわる法則です。このような『不』の力が働く知の分野なら、何にでも当てはまります。それは不完全性の法則なのです」(本書より)
感想・レビュー・書評
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著者はがんの専門医であり、研究者である。意欲的に著述も行っており、近年では『病の皇帝「がん」に挑む ― 人類4000年の苦闘』(早川書房)(文庫版は『がん‐4000年の歴史』(ハヤカワ文庫NF))(原題:The Emperor of All Maladies A Biography of Cancer)は話題を呼び、ピュリツァー賞を受賞した。
本書は、各界の著名人がプレゼンテーションを行うことで知られるTEDでのトークが出発点になっている。但し、このTED Booksというシリーズは、トーク自体を元にしているというよりも、そこから派生してさらに膨らませた内容となっているようである。
本書の原題は"The Laws of Medicine"。
ムカジーは医師として診察に当たる際、非典型的な事例、一般的な傾向に当てはまらない事象に多く遭遇してきた。医学は膨大な知識を積み重ねて発展してきた。教科書的な知識が重要なのはもちろんだ。だが、「通例」から外れた患者がやってくることは珍しくない。すべてのデータが揃うわけでもなければ、患者自身が何らかの理由で隠している情報もある。情報が不完全、不十分、不確かな中で、できる限り完璧に近い結論を出すにはどこに気を付ければよいのか。本書はそうした思索のまとめである。
これは医学に限らず、人がさまざまな場面で、非典型例に接した場合にも応用しうるものだと著者は言う。これらは、不確かな世界を生きる上で、心に留めておくと役立つであろう「法則」である。
本書に挙げられている「法則」は3つ:
・鋭い直観は信頼性の低い検査にまさる
・正常値からは規則がわかり、異常値からは法則がわかる
・どんなに完全な医療検査にも人間のバイアスはついてまわる
いずれも具体例を挙げて説明されているので、興味のある向きには参考になるだろう。
130ページ程度の薄い本で手軽に読めるのも美点である。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
医師は、病気を体系的に理解していると思っていた。実際のところ、理解は不完全だという。
患者についての事前知識が不足していたり、新薬の効果の個人差を見落としていたり、判断や解釈にバイアスがかかっていたりするからだ。
ムカジー医師は「不確かさ、不正確さ、情報の不完全さに直面したときの意思決定が、医学の未来にとって決定的な役割を担い続ける」と主張する。
日々、医師は、法則のない、不確かな世界で最適と思われる判断を下しているのだと知った。
p18
医学教育を受けて多くの事実を教わりましたが、事実と事実の隙間に埋もれた行間について教わることはほとんどありませんでした。
p19
私は、医学がこんなにも法則のない、不確かな世界だとは思ってもみませんでした。
p30
心不全になると体に水分が溜まり、水分が肺に送り出されます。心臓の筋肉が酷使されるために心臓から雑音が聞こえるようになり、ついには脈が乱れて死に至ることもあります。
p31
このように、観察に観察を重ねた結果、病態生理学(pathophysiology)-病気に侵されたときの身体機能を研究する生理学-が打ち立てられ、現代医学が発展する土台になりました。
p37
悲しみにも半減期があります。たとえそれを測るための器具はなかったとしても。
p59
もし事前に得た情報を使えなければ、その後の確率についてはばかげた判断をするしかありません。
絶対的な知識なんてない。あるのは条件付きの知識だけだ。歴史は繰り返す-それは統計的なパターンも同じこと。過去は未来を知るための最良の手引きなのです。
p79
突然変異は脳や神経の発達に関係する遺伝子に集中しています。そうした突然変異の多くが神経系の構造の発達異常、つまり脳の回路形成に異常をもたらすようです。
p80
病気のモデルの多くは過去の知識と現在の知識との寄せ集めです。こうしたモデルは、病気を体系的に理解しているかのような幻想を生み出します。しかし、実際には不完全にしか理解できていません。何事も驚くほどうまくいっているように見えるのは、逆方向に動く惑星を見るまでの話です。私たちは、正確な値を説明するための規則をたくさん作り出してきましたが、いまだに生理機能と病気を深く、統一的に理解するには至っていないのです。
p102
あらゆる科学は人間のバイアスの影響を受けます。
p133
新しい医療技術が現れても、バイアスがなくなるわけではありません。むしろバイアスは増えるでしょう。研究を理解するのにいっそう人間の判断や解釈が求められるようになり、バイアスの入り込む余地がさらに増えるからです。ビッグデータもバイアスの問題を解決しません。単にもっとも些細な(あるいは、より深刻な)バイアスの源が増えるだけです。 -
医学的な話かと思いきや、データをどう解釈するか、どういう視点からどういうデータに着目するか、についてのお話。普段データとにらめっこすることが多いので、とても為になった。
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がんの歴史に関する本でピュ-リッツァーを受賞した著者が、医学の不確定性について考察したエッセイ。医学には法則と呼べるものは無いが、著者は3つの経験則があると考えている。
1.鋭い直感は、信頼性の低い検査にまさる。
2.正常値からは規則がわかり、異常値からは法則がわかる。
3.どんなに完全な医療検査にも、人間のバイアスはついてまわる。
この3つのルールは医学に関するものだが、経験則という観点では、いつも理論通りにはいかない競馬にも応用できそうだ。それはともかく、内容はとても面白かった。 -
原題は "The Laws of Medicine"、『医学の法則』。法則は3つ。
法則1 鋭い直感は信頼性の低い検査にまさる
法則2 正常値からは規則がわかり、異常値からは法則がわかる。
法則3 どんなに完全な医療検査にも人間のバイアスはついてまわる
それぞれの法則の意味するところが、各章で説明される。例えば、法則1は、検査をしても疑陽性(病気ではないのに病気という結果になる)となることがそれなりの確率であるから、やみくもに検査しても仕方がなく、様々な情報から鋭い直観から病気を見抜き、それを確かめるために検査をするべきだという話。法則2は、効果のない薬に例外的に効き目が現れる患者といった特異な症例は、異常値として無視されがちだが、実は病気の理解を前進させることがあるという話。
医学というのが、まだ十分に熟した科学ではなく、未成熟で発展途上のものなのだということが、よく分かった。
比較的薄い本で、また簡明な説明で、あっという間に読み終えられた。 -
『病の皇帝「がん」に挑む』(文庫版は『がんー4000年の歴史』)や『遺伝子 ‐ 親密なる人類史‐』の著者シッダールタ・ムカジーが医学の歴史について書いた本。TEDブックスという形式で、本としては短い。特に彼の他の二冊の本と比べると驚くほど短い。それはたぶんよいことだ。
本書は他の科学と比べて不確かな部分がまだまだ多い医学について「医学の法則」を探って、紹介するもの。その法則とは、
1. 鋭い直感は信頼性の低い検査にまさる
2. 正常値からは規則がわかり、異常値からは法則がわかる
3. どんなに完全な医療検査にも人間のバイアスはついてまわる
まとめると「事前知識、特異な症例、バイアス。この3つの医学の法則がどれも人間の知識の限界や制約に関わっていることは示唆的」だということ。お医者さんであれば、実感を持ってその通りというのかな。医学もますます統計学が重要な分野になっているということだろうか。Evidence Based Medicineというものと現場の医療との関係にまつわるお話でもあるかもしれない。 -
移動中に読ませていただきました。