誰のために法は生まれた

著者 :
  • 朝日出版社
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本棚登録 : 188
レビュー : 12
  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784255010779

作品紹介・あらすじ

追いつめられた、たった一人を守るもの。
それが法とデモクラシーの基(もと)なんだ。

替えのきく人間なんて一人もいない――
問題を鋭く見つめ、格闘した紀元前ギリシャ・ローマの人たち。
彼らが残した古典作品を深く読み解き、すべてを貫く原理を取り出してくる。
この授業で大切なことは、感じること、想像力を研ぎ澄ませること。

【最先端の知は、こんなにも愉快だ! 中高生と語り合った5日間の記録】

映画を観たり戯曲を読んだりのあと、中高生との対話がはじまる。
さぁ、本当の勉強をはじめよう。
「教養どころじゃなく、自分の価値観とか、ぜんぜん、すごい変わる授業」
「人生の大事な一部分になりました」――生徒

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自由な言葉とはなにか、それはどのようにすれば機能するかをギリシャの人たちはとことん考えていた。われわれのように、憲法があるから、表現の自由で、言葉は自由だ、って、もうそこで考えを止めちゃって、ああ、自由だ自由だ、自由なはずでしょ、とかは、流石にギリシャの人たちは考えない。実質、言葉の自由が、どうしたら社会の中で実際に実現して、本当に自由なのか、この作品ばかりじゃなくて、いろんな作品にとことん書いてある。そしてこの場合も、ここでできあがった信頼関係は、新しい人間関係を作っている。新しい組織原理になって全体を解体して、ぜんぶ塗り替えちゃう。
――第四回(紀元前五世紀のギリシャ悲劇「フィロクテーテース」)より
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感想・レビュー・書評

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  • 諸富徹氏が新聞で、中高生向けに行われた講義をまとめたものの一冊として紹介していて、気をひかれたのだけど、読むかどうかちょっと迷った。というのも、同時にヒット作としてあげられていた「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」を以前読んだとき、すごく苦労したからだ。もちろん、非常に考えさせられる内容で、知的な刺激に満ちていたのだが、それだけに咀嚼するのが大変で、生徒さんたち(かの栄光学園)の賢さに降参という思いだったのだ。またあんなのだったらツライなあと、腰がひけてしまう。

    結論から言うと、確かにこれも難しいが、それ以上におもしろかった!何と言っても導入がうまい。溝口健二監督「近松物語」をみんなで観てから、それを取っ掛かりにしていろいろ考えていくというスタイルで、木庭先生と生徒のやり取りで講義は進んでいく。生徒さん(桐蔭学園)が賢いのは言うまでもないけど、いたって自然な感じの受け答えをしていて、そこがとても良かった。

    「近松物語」を私は知らなかったが、木庭先生の解説一つ一つに「なるほどなあ」と感心してしまった。「グルになって力を行使する側に、個人はいかに立ち向かうか」というテーマがここで提示されている。力の理不尽な行使によって、最も傷つけられ虐げられるのは(若い)女性と子どもであり、そこを描いた作品を読み解くことによって「法」「政治」を考えていこうとするのだ。

    四回目までの講義は、そうした作品をまず観たり読んだりしてから行われる。第二回のイタリア映画「自転車泥棒」は、昔観たとき、主人公親子があまりにもかわいそうで「二度と観たくない」と思ったほどだったが、指摘されてみると、確かにこれも「近松物語」と通じるものをはらんでいる。

    第三回第四回は、なんとローマ喜劇とギリシャ悲劇の台本を読んでから、というもの。ここは正直難しくて、読むのに時間がかかった。前置きなしに「法」「政治」という言葉か使われるので、意味するところをなかなかつかめない。しかし、こここそがこの一連の講義の主眼。本質的なことを鋭くとらえていく生徒さんたちの若く柔軟な頭脳がうらやましい。

    第四回はギリシャ悲劇が題材だが、ここでの講義には、うーんと唸る箇所が随所にあった。「デモクラシーはギリシャで生まれた」という受験的知識がどれほど空疎なものだったか、ほとんど愕然としてしまった。権力の横暴を許さないためにあるはずの民主主義が、かえって個人を抑圧するという逆説は、民主主義が制度疲労をおこしてきた現代の問題だと思っていたが、すでにギリシャの人たちはその病理に自覚的だったというのだ。この問題をどうクリアしていくか、それこそが民主主義の要諦であると。

    「まずかけがえのないもの(主に身体と精神)を侵害されている人を、暴力からブロックする。これはアプリオリなもので、どちらが正しいかを決める必要はない」
    遙か昔、こうした知見にたどり着いていた人たちがいたとは。一体自分は何を学んできたのかとわが身を振り返ってしまう。「多数決で決めたから」「選挙に勝ったから」正当であるという粗雑な論理がまかり通ることに、無力感を感じずにはいられないが、「それでもやっぱりおかしいよ」と言い続けなければと思う。

    第五回は、実際の最高裁の判例。現在のあり方が、「最も弱いもの、虐げられたものを守る」という法の精神からいかに遠いか、情けないほどよくわかる。

    全体を通して、対話形式なので読みやすいが、決して中高生向けにかみ砕いた内容なんかじゃない。生徒の一人が、講義の感想として「教養になるかなぐらいの気持ちで参加したけど、教養どころじゃなくて、自分の価値観とか、ぜんぜん、すごい変わる授業だった」と言っていた。本気の学者の迫力は通じるということだろう。


    むむ、と思った箇所の覚書。

    ・政治は集団のゴタゴタした利益交換を払拭するためのものだったはずなのに、利益志向に固執して他のことをまったく考えなくなっている。敵味方思考は究極の集団思考だ。その集団への帰属原理のうち、最も強力なのは血と土、血縁とテリトリーだ。
    集団を排除する正しい政治的決定に対してさえ例えば人権のためにノーを突きつけるのがデモクラシー。そのノーを突きつけるとき、土地に貼りついて連帯し、有力者の子分が入り込んできてかき回すのを排除するために、メンバーを血縁とテリトリーで閉鎖する。団結して自由を守るためだ。しかしこれが政治を駆り立てて、敵味方思考を経て、むしろ民衆が戦争に向かわせる。利益志向と並ぶデモクラシーの病理だ。

    ・デモクラシーの精神というのは、単に厳密な議論で物事を決定するというだけでは足りない。その前に厳密に調査してデータを取ったり、データの信憑性を吟味したりとか、二重三重に厳密にする。だからここから歴史学や哲学が生まれる。
    デモクラシー万歳で安住するようなのはデモクラシーではないということです。デモクラシー自身について徹底的な病理分析の手を緩めない。これがデモクラシー。

    ・ポイントがいくつかある。第一に連帯が大事だということになります。しかし第二に、やたらと肩を組んで、その辺の飲み屋さんで演歌かなにか唄っちゃう、とかいうのは、連帯でもなんでもない。なにせ、グルと正反対でないといけないのだから。大事なことは完璧に一人ひとりが削ぎ落とされて、孤立して、一人になっている、ということだ。ほとんど追い詰められていると言ってもいい。だけど人間は、よくよく見てみると、それぞれは孤独な一人だ。そうなって初めて本当の連帯が可能になる。

  • いきなりおさん茂右衛門の人情話を軸に説明が始まりびっくりした。
    この辺りは学生時代に専攻した分野だったので。
    ただ、当時は法学については全くの門外漢で、人の気持ちについては検討したけれど、デモクラシーへの意識は向かなかった。
    今の立場の私には、とても興味深くおもしろい。

  • 筆者の問題意識は、いまの日本の「法」がその本来の目的を果たしていないということにある。その本来の目的(だれのために法は生まれた)というのは、ワルイ「徒党」を解体して追い詰められた個人を守ること。
    今まで「法」をそういう見方で見たことなかったから新鮮だった。どちらかというと社会の秩序を守るためにあるもんだと考えてた。だから法に正しいとか正しくないとかはなくて、その社会によって正しい正しくないは決まるんだと思ってた。
    でも本書が呈示するような見方で法をとらえると、正しい法と正しくない法というのがわりと明確に線引きできるような気がする。絶対にブロックせねばならないもの(体、精神の自由)を守れる法は正しい。でもでも、そのブロックせねばならないものというのが時代や文化によってまちまちなんだよな。そうすると正しい法は何なのか、という問題は何を守るのが正しいのか、という問題になってくる。

  • 20190105 基本的人権とはという教科書的な解説ではなくて、そこにたどり着くために古典を元に考えさせる構成。出来上がった本を読むのも良いが講義に参加しているつもりで考える事。この本をきっかけに考える人が増えて来たら政治も変わって行く予感がする。

  • 中高生に木庭顕先生。おもしろい企画ですね。

  • 映画、喜劇を素材にして、タイトル通り法とは誰のために生まれたのか思考する試み。教養とは、こういうことだよと教えてくれる。自分が無知だということに改めて気づかされる。

  • 東2法経図・6F指定 320.4A/Ko11d/Nakada

  • 法学部時代を懐しみながら読み進めた。学部入学時に読み、学部卒業時に再読することで自身の学びを振り返ることができるだろう。

  • もひとつ。

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著者プロフィール

一九五一年、東京に生まれる。一九七四年、東京大学法学部卒業。東京大学名誉教授。専門はローマ法。著書に、三部作『政治の成立』(一九九七年)『デモクラシーの古典的基礎』(二〇〇三年)『法存立の歴史的基盤』(二〇〇九年、日本学士院賞受賞、以上東京大学出版会)、『ローマ法案内――現代の法律家のために』(羽鳥書店、二〇一〇年/新版、勁草書房、二〇一七年)、『現代日本法へのカタバシス』(羽鳥書店、二〇一一年/新版、みすず書房、近刊)、『[笑うケースメソッド]現代日本民法の基礎を問う』(二〇一五年)『[笑うケースメソッドⅡ]現代日本公法の基礎を問う』(二〇一七年、以上勁草書房)、『法学再入門 秘密の扉 民事法篇』(有斐閣、二〇一六年)、『憲法9条へのカタバシス』(みすず書房、二〇一八年)ほか。

「2018年 『誰のために法は生まれた』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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