居るのはつらいよ: ケアとセラピーについての覚書 (シリーズ ケアをひらく)

著者 :
  • 医学書院
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本棚登録 : 154
レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784260038850

作品紹介・あらすじ

京大出の心理学ハカセは悪戦苦闘の職探しの末、ようやく沖縄の精神科デイケア施設に職を得た。「セラピーをするんだ!」と勇躍飛び込んだそこは、あらゆる価値が反転するふしぎの国だった――。ケアとセラピーの価値について究極まで考え抜かれた本書は、同時に、人生の一時期を共に生きたメンバーさんやスタッフたちとの熱き友情物語でもあります。一言でいえば、涙あり笑いあり出血(!)ありの、大感動スペクタクル学術書!

感想・レビュー・書評

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  • 人が生きていく上で必要な「居場所」。
    それを提供するデイケアは患者の「回復」や「進歩」「成長」を促すものではなく、ただシンプルに「いる」を可能にする、セイフティネット。

    ただ、ひたすらに「現状維持」をする施設。
    患者さんにとっては、安心感を与えてくれる場所であり、「変わらない」ことに価値がおかれる。

    ただ、そこでは看護師や臨床心理士がじわじわと気持ちを蝕まれてやめていく。

    彼らは「不変」に耐えられなくなるのだと思う。病気でない人間にとって、「成長」「前進」のない場所は苦しい。(デイケアではないけれど、わたしも過去に経験があるからわかる)。

    ケアを必要とする患者さん、病んでしまう職員。「いる」を支える大変さ。

    読み物として軽く楽しく読めるから、専門家だけではなくていろんな人が読んだらいいなと思う。

    心理士の方々、頑張ってください。

  • ケアとセラピーの世界への案内書、またはひとつの青春のおわりをめぐるエッセイ。最後に投げかけられるテーマはいままさに私をさいなむ実存的不安に深く関わる話。自身の内側からすら聞こえてくる「会計の声」がつらいよ。

    《僕らは誰かにずっぽり頼っているとき、依存しているときには、「本当の自己」でいられて、それができなくなると「偽りの自己」をつくり出す。だから「いる」がつらくなると、「する」を始める。逆に言うならば、「いる」ためには、その場に慣れ、そこにいる人たちに安心して、身を委ねられないといけない。》(p.57)

    《だけど、彼女たちは裸足だった。医療事務ガールズは精神障害的な難しさと、生身で向き合っていた。自分が何に巻き込まれているのかわからないままに、親密な関係という最も傷つきやすくプライベートなものを提供していた。彼女たちがわりあい早く転職してしまうこと、あるいは妊娠・結婚して退職してしまうことの背景の一つに、そのつらさがあったのではないかと思う。あるいは彼女たちが、夜ごと過剰にクラブに通っていたのは、日々生じ続けている傷つきを癒したかったからなのかもしれない。だからだろう。ヒガミサは無愛想だった。ヒガミサは運転するとき、音楽を大きな音で流していた。何かを遮断しようとしていたのだ。自分に迫りくる、よくわからないものから身を守るために、裸足をクラブミュージックで包み込んでいたのだ。》(p.118)

    上間陽子『裸足で逃げる』がオーバーラップする。

    《遊びは中間で起こるのだ。主観と客観のあわい、創造と現実のあわい。子供と母親のあわい。遊びは自己と他者が重なるところで行われる。それはすなわち、人は誰かに依存して、身を預けることができたときに、遊ぶことができるということを意味している。》(p.154)

    《ふしぎなことだと思う。去っていった人についてはほとんど話にならないのに、亡くなった人についてはさかんに物語られる。記憶がデイケアで生き続ける。それはユウジロウさんがその後もメンバーのままだからだと思う。僕らのコミュニティの一部であり続けるからだと思う。他のコミュニティのメンバーになった人と違って、メンバーのまま亡くなったユウジロウさんは、その後もメンバーであり続ける。》(p.230)

    《僕はとてもうれしかった。シンイチさんは敗北したわけではなかったからだ。最大限の最終回は、トモカさんに「シンイチさんがいない」という現実を贈った。それは動揺と痛みをもたらしたのだけど、トモカさんはそれをしっかりと受け取った。喪失を否認するでもなく、躁的に防衛するのでもなく、喪失を悲しみ、そして苦しんだ。そうすることで、彼女は現実にしかと触れた。》(p.263)

    《誰かに「大丈夫」と言ってもらえないと安心できない人に対して「大丈夫だよ」と言ってあげるのではなく、「大丈夫」と言われないと不安になったり、落ち込んでしまったり、傷ついてしまったりする自分と向き合うのがセラピーです。傷つけないのではなく、そこにある傷つきに触れるんです。そうやって、「自分で大丈夫と思えること」を目指すんですね。》(p.275)

    《「それでいいのか?」の声に僕らは抗うことができないということだ。いや、それ以上に市場を生きる僕ら自身が「それでいいのか?」と問うてしまうのだ。このとき、「ただ、いる、だけ」は変質する。そこにこそ、真犯人が姿を現す。(…)真犯人は僕の中にいる。》(p.323)

  • 2019年読んだ本、ベスト5間違いなし。

  • ケアとセラピー。再び出てくる傷ついた治療者の話。コミュニティと癒しの問題。居場所(トポス)と所属の意識がやっぱり課題感強い。前作同様、読み物として素直に面白く、合間合間に勉強になる知識が挟んであって巧妙。

  • もともと不思議の国のデイケアという名前で精神看護に連載されていたものが土台にあるようだが、最後まで読むと本書が同名で出版されなかった理由がわかった。
    本書はデイケアを題材にとっているがデイケアに限定された話ではなく、まさしく「居る」ことについての論考であり、ケアとセラピーについての論考だ。

    デイケアに限らず作業所や入所施設に勤める人でも、一見、何だそんな当たり前のこと、と思うようなことが書かれている。でも、それがこんなに明晰な言葉で語られることは今までなかったんじゃないかと思う。ケアについて書くことはその人の生き様を描くことなしには難しいが、それを成書にするにはプライヴァシーという越え難い壁がある。だから、私達がなんとなく大事にしてきたものがようやく、ようやくケアという言葉になって世に出てきた、という感じがある。それを可能にしたフィクションなのに現実に肉薄した描写には、ただただ脱帽。

    他方、アサイラムとか会計とかの話は、重要な論点だけど紙幅が足りなかったんじゃないかなーという感は否めない。

    クライエントと日々を過ごす支援者にはとてもオススメ。軽妙な、ややもすると寒い文体だけどとても読みやすい。

    ここまで書いておいて星を4つにしたのは、なんとなく、薄っすらとだけど、文章から人を小馬鹿にしたような雰囲気を感じたから。主観でしかないけど最初から最後まで気になったので考慮させてもらった。

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著者プロフィール

十文字学園女子大学人間生活学部講師、博士(教育学)、臨床心理士、白金高輪カウンセリングリーム

「2018年 『心理療法家の人類学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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