京屋の女房

  • 潮出版社 (2025年1月4日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784267024498

作品紹介・あらすじ

江戸出版界の黎明期に、浮世絵師、ベストセラー作家、経営者、商品デザイナーと、今でいうマルチクリエイターとして活躍した山東京伝には、ふたりの妻がいた。前妻とは死別。後妻とは十七歳差。ふたりとも吉原の出身だった。後妻のゆりは、少々浮世離れした夫との暮らしに戸惑い、「出来た前妻」の影に嫉妬を覚えながらも、完璧な妻を目指して奮闘していく。京伝とふたりの妻にまつわる感動的な場面や、スカッとして笑える悪者退治の騒動など、読み応え満載の物語。大河ドラマの視聴と併せて、是非お楽しみください!!

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

物語は、江戸時代の出版界で活躍した山東京伝と彼の二人の妻、特に後妻のゆりの視点を中心に展開します。ゆりは、前妻の影に苦しみながらも、自身の居場所を見つけるため奮闘し、京伝との関係を深めていく様子が描か...

感想・レビュー・書評

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  • 浮世絵師・戯作者など、マルチな才能を持つ、江戸のベストセラー作家。
    更に、経営者・商品デザイナーとして活躍した「山東京伝」には、二人の妻があった。
    と言っても、先妻が病没した後に、後妻をもらったと言う事だけど、二人共に吉原の出であった。

    後妻のゆりは、「出来た前妻」の影に嫉妬を覚えながらも、良き妻を目指し、奮闘し、自分の居場所を掴んでいく。

    蔦屋重三郎
    曲亭馬琴
    恋川春町
    歌麿
    写楽
    十返舎一九

    江戸出版界を賑わせた重鎮達、勢揃いながらも、
    軽く読めた。

  • 山東京伝が吉原の女性を二人も妻に迎えたという話は知っていたが、京伝の詳しい人物像などは知らなかったので興味深かった。

    二人目の妻・ゆり視点と京伝視点で描かれる物語。
    現在放送中の大河ドラマでもすこし登場している京伝だが、本作の京伝もしなやかで、つかみどころがなさそうで、でも情が深い。
    ドラマの方では今後どのように描かれるだろうか。

    一人目の妻・菊との出会いから短い結婚生活の話
    二人目の妻・ゆりの、今はいない菊に対する苦悩と京伝への想い、そして自身の生い立ちに関する物語

    ゆりとの出会いのきっかけとなった若き侍の仇討ちエピソード、蔦重や歌麿、鶴屋などとの交流と享保の改革山東京伝が吉原の女性を二人も妻に迎えたという話は知っていたが、京伝の詳しい人物像などは知らなかったので興味深かった。

    二人目の妻・ゆり視点と京伝視点で描かれる物語。
    現在放送中の大河ドラマでもすこし登場している京伝だが、本作の京伝もしなやかで、つかみどころがなさそうで、でも場が深い。

    一人目の妻・菊との出会いから短い結婚生活の話
    二人目の妻・ゆりの、今はいない菊に対する苦悩と京伝への想い、そして自身の生い立ちに関する物語

    ゆりとの出会いのきっかけとなった若き侍の仇討ちエピソード、蔦重や歌麿、鶴屋、滝沢馬琴などとの交流と松平老中との闘いなどが描かれる。

    戯作はあくまでも趣味だと言っていた京伝が、やがて人気作家となり戯作だけでも暮らしていけそうなのだが、彼の本業はあくまでも煙草入れ屋。だが本業が絶好調なのも京伝人気があってのこと。
    一方の馬琴は戯作だけで生きているのは自分だけと大口を叩いて憚らない。
    馬琴はどの作品を読んでも図々しく皮肉屋に描かれるところを見ると、本当にそういう人だったのだろうか。
    だがゆりも菊も元吉原の女。馬琴の皮肉に頭に血を昇らせるようなへまはしない。

    ゆりも菊も相当の苦労をしたはずなのに、スレたり陰気だったりというところがないのが良い。
    きっと京伝も二人がそういう人だから妻に迎えたのだろう。
    最後はちょっと出来すぎの感もあるが、史実なのだろうか。だが苦界の女性たちにこんな明るい希望もあったという話があっても良い。

  • 大河ドラマ《べらぼう》ロスだったので、ドラマでは古川雄大さん演じる山東京伝と2人の妻をモチーフにした本作を手に取りました。

    後妻(先妻とは死別)のゆり視線でのスタート。

    京伝先生は妻を2回とも吉原から迎えています。
    中盤までは最初の妻、吉原の遊女・菊園との日々と結婚から死別までが描かれています。

    菊園は、ざっくりいうと遊女たちの教育係とマネージャーの兼務といったところ。
    置屋(組織)では重要なポジション(女性管理職?)ではあるが吉原の遊女であるゆえ身を引こうと、ある重要な仕事を終えた後、
    「湯屋にいってきますね、伝蔵(京伝)さま。」と言い残し忽然と姿を消してしまいます。

    京伝先生の必死の捜索が身を結び、再び彼の前に現れた菊園は
    「なぜおれの元から消えたのだ」と問われ
    「ちょっと長風呂だっただけでござんす。」

    くーっ。粋だねえ。

    蔦重、歌麿、馬琴等、べらぼうでお馴染みの人々もバイプレイヤーで華を添えています。



    『まことの切れ者はね、相手を警戒させないし、緊張させないんだよ。能力がない者のほうが、虚勢を張り、己が居る立場をひけらかして偉ぶるものさ』


    京伝先生は《能ある鷹は爪を隠す》というか、売れっ子作家だったのに心優しくえらぶるところが全くなかったらしい。しかと覚えておきます。

    本編ではチラッと出てくるだけだが現代でいう
    『割り勘』システム。

    これは京伝先生が、奢り奢られで仲間同士に上下関係ができるのを避けるため、常に平等・対等を心がけて人数割を行っていたのが始まりだそうで《京伝勘定》と呼ばれることも。当時は収入の多い者が、気前よく全員分一括支払いをするものだったらしいです。ゆえに、京伝はケチだとも言われたとか。

    なんやかやで黄表紙が読みたくなる作品。
    でも、滝沢馬琴や十返舎一九と違って、山東京伝って彼の作品そのものを見つけるのが案外難しい。

    学校でも(少なくとも高校日本史レベルまででは)
    今でいう、コミックみたいなものだからなのか、山東京伝を教科書で習ったという記憶はないかな?(黄表紙の物語と挿し絵はそれぞれ戯作者と絵師に分かれていたが、京伝先生は画と内容を1人で創作していました。)

    解説書とか論文とかを読みたい訳じゃないんだよねー。
    同人誌とかKindleにはあったけど要修正らしいし。


    本作は、その他、出版に関するエピソードもたくさんあって楽しい物語でした。



  • 戯作者の山東京山は、吉原から2人の女房を迎えているが、菊は病で亡くなり、後妻に入ったゆりは、家のそこここに漂う菊の気配を感じ、引け目を感じてしまう。その葛藤が描かれる。

    戯作の裏話のようなエピソードと、2人の女房の物語を描いて、想像と、史実の部分をうまく組み合わせ、飽きさせない展開だ。今の大河ドラマとも重なるので、とても楽しめた。
    それにしても、山東京山の、粋で惚れ惚れするような男っぷりが、これでもかと描かれる。読んでるこちらも惚れてしまうくらい、江戸の粋人の見本のような人物だ。

    そして、相変わらずの、馬琴の面憎さ(笑)女房のお百も登場する念の入り用だ。あちこちの小説に書かれるが、どの馬琴も相当なもの。本当に嫌なやつなんだなと思ってしまう。木内昇のが一番辛辣だったけど。
    歌舞伎役者のように顔の整った若い武士の仇討ち話や、ゆりの出生や家族のドラマもあって、最後まで面白い。

  • 25.3.8の日経新聞の縄田一男さんの書評で興味を持った。江戸時代、戯作者山東京伝とその後妻ゆりの話。吉原界隈の話だけど読後爽やか。著名な戯作者、浮世絵師が多く出てきて楽しい。ゆりが前妻お菊への嫉妬から解放されていく姿が心地よい。

  • もう最高!いまちょうど大河ドラマの「べらぼう」にハマっているので、なんともタイミングよく読めました。これを読むと山東京伝役が古川雄大さんというのがもうぴったりで、頭の中では少し老けた古川さんを妄想しながら読んでいました。
    京伝の吉原出身の前妻と後妻がなんともよくできた奥さんで、読んでいてスカッとする瞬間が何回もあった。
    とにかく話に引き込まれて一気読み。
    最後まで驚きの展開で飽きさせない筆致が素晴らしい。

  • 最後は少し出来すぎ感はあるが、ハッピーエンドで読後が気持ちいい。
    人に嫌なことを言われて、凹んでいては駄目だと思った。巧くかわすことが幸せに繋がる。それにしても、馬琴とその妻は最低過ぎる。

  • 面白かった!!夜中まで読むのをやめられなかった。お菊さん、ゆりさん、京伝、相四郎、京屋の奉公人、みんな大好き!

  • なるほど、大河ドラマと一緒に楽しめる本だ。次々に戯作者、絵描きの人物描写がとても活き活きしていて豊か。中弛み感もあったけれど、後半の展開に驚いた。

  • 山東京伝の前妻菊と後妻ゆりの物語。ゆり視点で書かれているが京伝のお人好しで人情に厚い才人ぶりと妻への愛で満たされている。こんな男と相思相愛、羨ましい限りです。
    それにしても滝沢馬琴の厚かましさいやらしさは腹立たしい。

  • 終盤なんとか盛り返した

  • 京屋の女房

    著者:梶よう子
    発行:2025年1月20日
    潮出版社
    初出:「公明新聞」2022年10月2日~2024年6月30日(日曜版)
    (2025.4.5に読了)

    梶よう子は、今年2月に「吾妻おもかげ」という、菱川師宣が絵師となっていく若き日々や「見返り美人図」でその名を上げていく姿を描いた時代小説を読んで面白かった。本書も新聞かなにかで紹介されていたので、それをろくに読みもせずに借りて読むことにした。すると、これも江戸のアーティスト系の小説だった。京屋というのは、山東京伝が経営する煙草入れ屋の屋号であり、その先妻と後妻の二人の女房の物語。

    山東京伝は、父親の家業である家主業を継ぐ長男だった。しかし、北尾政演という絵師になり、それなりに活躍をしていた。ただ、家業を継ぐこともぼちぼち本気モードにならねばとは思っていた。ところが、絵師ではなく、戯作者、とりわけ今日でいう漫画の元に近い黄表紙の作者(文も絵も)として才能を発揮。とりわけ、蔦屋重三郎のプロデュース作品によって江戸一番の売れっ子戯作者となった。ただし、松平定信が徳川の実験を握ってからは、狙い撃ちにされ、手鎖50日という辛い罰に処せられたりもした。

    全6章で構成される長編小説で、最初の2章は先妻である「菊園」が女房。吉原の番頭新造(花魁について世話をする娼妓)で、京伝といい仲だった。番頭新造は、女郎として年季が明けていたが、宛がないので残っていたためにしていたが、京伝が身請けして女房にした。絵師や戯作者としても売れていた京伝だが、家主業も継いでいる。ただ、どうもその商売が自分には合わないため、それは妹の婿にゆずることにして、自分は好きな煙草に絡んで煙草入れ屋を開業することにした。菊園は張り切って準備をし、開店早々、商品も売れに売れた。ところが、急逝してしまう。

    相思相愛だった女房に去られ、もう所帯を持つ気にならなかった京伝だが、8年間の独身生活の後、女房として間違いないと思える17歳年下の「ゆり」と一緒に暮らし、やがて結婚をする。ゆりは、菊園のことを詳しく知り、彼女のことを心から尊敬し、同情した。しかし、自分だって同じように京伝の女房として尽くしたいと考え、負けないような女房になろうとする。

    **************
    (読書メモ)

    ゆり:20歳で吉原へ、妓楼は大見世の玉屋、玉の井、年季明け2年前に夫に身請けされて三月になる、父親は醤油屋の番頭だが富くじで借金、18歳の時に死ぬ、売られる年に20歳違いの妹、父親は不明、母は酌婦、今は母妹とも行方不明
    京屋伝蔵:京屋の主人、戯作者・山東京伝、絵師・北尾政演(まさのぶ)、
    相四郎:伝蔵の8歳下の弟、23歳で武家の外叔母の養子に、丹波篠山青山家に仕えたが致仕、山東京山という名で戯作者を目指している

    重蔵:京屋の番頭
    杉吉:小僧、10歳
    五助;
    太市:手代
    お仲:女中頭、五歳の娘、実母と長屋住まい

    滝沢:曲亭馬琴、京伝の6歳下
    鶴屋喜右衛門:地本問屋「仙鶴堂」


    第1章 朱塗りの煙管

    寛政12(1800)年、年明けの春。
    京橋1丁目にある、煙管、煙草入れ屋の「京屋」には、通りまで客が溢れる。正月2日の初売りからこの状態が続いている。この時期、京屋名物の景物、つまりおまけがつく。夏場なら役者絵入りの団扇が付くことが多いが、この時期の京屋では1枚の摺物が客にプレゼントされる。開店当初はそれを包み紙していたが、絵と文字が摺られた内容が面白く、包まずそのまま欲しいという要望が増えたためそのまま配っている。それは、主人による新作である。

    主人の名は伝蔵、当代一の戯作者である山東京伝でもある。さらには、絵師として北尾政演の画号をも持つ。嫁いで3月になるゆりにとって、初めての年明けセールとなる。その段階では、まだ店頭で客の対応をすることは認められていない。第1章の後半になると許され、客あしらいが案外うまいとの評価を得ていく。

    京伝は40歳、ゆりは17歳下。ゆりは20歳の時に吉原の大門を潜った。父親は番頭として勤め、娘時代は人並み以上の生活をしたが、富くじにハマった父親が借金をし、ゆりが18歳の時に死んだ。母親は酌婦をしたが、ゆりが20歳のときに父親が分からない妹を産んだ。禿を経て芸事を積んだ遊女と違い、ゆりは部屋持ちになるのがやっとだった。幸いなことに、妓楼が大見世で品の良い玉屋だったのでよかった。玉の井と名乗っていたが、伝蔵に見初められてみうけされた。

    伝蔵には死んだ先妻がいた。しかし、ゆりは詳しい話は聞いていない。

    京屋には、曲亭馬琴、地本問屋の鶴屋喜右衛門、弟で戯作者を目指している相四郎などが出入りする。山東京伝は、故人となった初代蔦屋や、喜右衛門の取り立てにより売れっ子となった。2代目の蔦重をついだ番頭は、手堅い商売をするのでイマイチだった。

    ゆりは、ある日、馬琴に言われた。伝蔵は羅宇部分が朱色の古い煙管を自分の部屋で使っているが、10年以上も使っている感じなので、やめるように忠告した方がいいと。気になったゆりは観察してみた。すると、そこには菊の花が描かれていた。もしかすると、先妻の名は菊だったのかも・・・死んで8年?

    案の定、そうだった。伝蔵が告白した。菊は扇屋で菊園と名乗っていた新造だった、そして、あの煙管は菊が嫁いできたときに贈ったものだ、とも。


    第2章 朱塗りの煙管

    四方赤良(よものあから):大田南畝、戯作者、本名・大田直次郎、御家人(直参の幕臣)
    恋川春町:戯作者、狂歌、本名・倉橋格(いたる)、駿河国小島松平家家臣、黄表紙のパイオニア、江戸地本の礎をつくる、
    安東喜次郎:安房(あわ)出身の浪人、菊園が掏摸と間違える
    轟文平:喜次郎の仇敵

    天明6(1786)年、晩秋。
    吉原「大文字屋」で狂歌の会「吉原蓮」に参加の、京伝(26歳)、蔦重(初代)、喜多川歌麿。他の会員が来るまで、京伝と歌麿に発破を掛ける蔦重。京伝は、まだ実家暮らしで、戯作のことは弟しかしらない。画のことに関しては両親も知っている。父親は家主稼業。こんなに吉原に出入りできるわけがない。常に蔦重が設定。戯作を出版するたびに接待していた。

    蔦重と京伝が出会ったのは、そこから遡ること4年。真冬。師匠の北尾重政と兄弟子が蔦重に招かれ、通油町の見世を訪れた。京伝も付き添いでいたが、その場で大田南畝に絵を褒められた。京伝が参加できたのは、実は南畝からのリクエストだった。以後、付き合いが続く。

    南畝と春町が現れた。すると春町から、松葉屋でいい仲になったばかりの女郎が身請けされるという話を聞いた。すぐさま駆けつけて問いただすと、真実だという。50両で。

    ふられた京伝は松葉屋を出て、大文字屋に戻る気がしない。扇屋という大見世があり、一番の遊女として名を受け継いでいる花扇(はなおうぎ)という花魁がいる。一人の女郎から声をかけられた。掏摸にあったのでは?確かめると、そうだった。心当たりもあった。諦めかけると、花魁道中が始まった。鶴屋の大淀だった。しばし見とれていると、隣に掏摸とおぼしき男がやはり見とれている。騒ぐのは野暮だ。どうしたものか・・・

    腕を掴んで問いただすが、掏摸ではなかった若い侍の安東喜次郎という者だった。そこへ、さっき声を掛けてきた菊園が来た。食事に誘われたので、3人で目の前にある松屋へ入る。伝蔵は馴染み客なので主人が深々と頭を下げる。この人が伝蔵とは、と驚く菊園。喜次郎は浪人で、母を幼くして亡くし、父と祖母に育てられたのだが、それも賊に殺された。仇敵は轟文平で吉原にいるとの話だった。大淀に見とれていたのは、許嫁に似ていたからだった。

    京伝はひと肌脱ぐことにした。幽霊話をでっち上げ、その噂話を広めた。菊園のところに幽霊が出て首を絞めるというもの。それを退治してくれたら10両払う、と。そして、轟文平はひっかかった。絶対の自信を持つ轟の隙を見て、喜次郎は見事な一太刀で仇を討った。しかし、それは首を落としたのではなく、髷を落としたのだった。しかも、大勢の野次馬の前で。轟は番所へ。これから裁きを受けることになる。喜次郎は2年間、離れていた許嫁に報告の文を書いた。


    第三章 押しかけ女房

    よね:京伝の妹、黒鳶式部(くろとびしきぶ)として戯作者も、18歳で早逝
    平沢常富:久保田佐竹家の江戸留守居役、朋誠堂喜三二、狂歌師
    鶴屋喜右衛門:地本問屋、鶴喜
    菊園:扇屋の番頭新造、年季は明けている
    相四郎:京伝の弟、実家にいる

    喜次郎の一件を題材に書こうとする山東京伝だが、そのプロットにおいて蔦重と意見があわない。花魁の花扇が京伝に会いたいという。行くと、菊園もいる。自分は菊園に気がいっていることを思い知る京伝。花扇は、それを察知して場を設定したのだった。花扇の計らいで、二人は盃を交わした。

    <寛政元(1789)年>

    老中が田沼意次から松平定信になった影響が出ている。
    春の浅い頃、京伝は絵師・北尾政演(まさのぶ)として絵を描いた黄表紙が絶版、画工の京伝も過料を受けた。題材は江戸城内での刃傷沙汰。
    蔦重も、朋誠堂喜三二が書いた戯作で過料、絶版、喜三二は筆を折る。

    7月。
    新作の原稿がなかなかできない京伝、最速する蔦重。
    菊園のなじみになって3年になる、京伝。
    恋川春町が死んだ。自害だった。蔦重が知らせに来た。

    3ヶ月以上たち。
    京伝がいる扇屋に、喜多川歌麿が入ってきた。無断で。歌麿は松葉屋に出入りしているはず。歌麿と話をしていて、自分はどう仕事や女と向き合うかを自問自答し始める。喜三二も、春町も、大田南畝も、武士としての録があるからできた。自分の実家に戻れば生活には困らない。では、なんのために戯作を書くのか?

    蔦重と鶴喜も来た。
    締め付けが厳しくなって、これからどうするかという作戦会議をすることになったが、その前に、蔦重が京伝と菊園の結婚を勧める。まさに戯作者の女房としてぴったりだと。菊園は番頭新造ですでに年季も明けている。裏を返せば、いくところがない。京伝の実家が受け入れてくれれば、結婚ができるから、自分がそれも含めて段取りをはかろうと蔦重。

    京伝が返事をしないでいると、菊園が入って来て、やめてくれと言った。自分は街場の女房には向いていない、と。

    3人が帰り、二人になり、翌朝に湯屋に行った菊園は帰ってこなかった。扇屋の主人に行き先を聞いてもわからないという。しかし、菊園は本気で京伝のことを思っていたらしい。だからこそ、もう吉原から足が遠のくのではないかと心配していた。妹が死に、実家に帰って家業を継がなければいけないと考えて居るのだろうか、ちゃんとした実業を持ちたいと思っているのだろうか、戯作を執筆していても上の空になることがある・・・そんな心配をしていたという。

    菊園がいない扇屋に足を運ぶのが億劫になった京伝は、文机を実家に移した。

    <寛政2(1790)年>

    京橋の実家で正月を祝った京伝。新物は飛ぶように売れた。蔦重と鶴喜、なぜか歌麿もやってきて、お礼を言う。結局、宴会になった。新しいアイデアを思いつき、みんなを納得させる蔦重。

    一月あまりがたち、梅の香りが漂い始めた春、弟の相四郎が興奮して京伝を呼びに来た。行ってみるとびっくり、菊園が来た。

    実は、正月明けすぐに、京伝は歌麿に3枚続きの錦絵を描いてくれるよう頼み込んだ。蔦重も面白がって扇屋の3枚続きの情景を版行した。花扇を中心に、遊女たちが勢揃いした豪華な錦絵となった。3枚のうちの1枚には、衝立の陰にいる男女が描かれる。男の羽織には「京」と「傳」の紋。遊女の衣装は菊模様。見る者が見るとすぐ分かる。人捜しに錦絵を使った。それを見て、来てくれた菊園だった。

    惚れた女と女房が一緒でどこが悪い。別でなければいけないという世間のならいを気にする自分がどうかしていた、と京伝は目覚めた。
    「ちょっと長風呂だっただけでござんす」と菊園。

    両親は、吉原の芸妓であることも咎めず、詮索もせず、身寄りのない菊園を嫁として受け入れた。


    第四章 京蔵慟哭

    滝沢左七郎:曲亭馬琴、京伝の6歳下
    勝川春朗(しゅんろう):後の葛飾北斎、勝川春章の弟子

    秋になり、実家の家主業の仕事を覚えるのもあり、忙しい京伝。しかし、そこに蔦重と鶴喜が来て、新作をせっつく。もう出来ないといいつつ、新作を渡す。これが最後だ、といいつつ。戯作にはお金が出ない、稼業にならないからだ、と京伝。

    蔦重と鶴喜は、書と画には潤筆料が出るが、確かに戯作には出ない。京伝には画料のみ。これまでの貢献も含めてと、20両を差し出した。その変わり、蔦重と鶴喜の専属いなってくれとのことだった。

    新作は江戸から遠い大磯が舞台だと京伝は菊園に言った。

    滝沢左七郎が訪ねて来た。弟子にしてくれといいう。勝手に師匠と呼びます、と滝沢。以後、3日に1度ぐらい来るように。書いたものを見せるでもなく、ただただいろいろな書物の話をする教養あるやつだった。しかし、版元を紹介してくれともいうわけではない。酒を下げて来たが、下戸なので飯を食わせてくれと厚かましい面も持つ。菊園は冷や飯なのでと、鰻を出すも、ご飯には漬物を載せて熱い出しを注げと言った。

    滝沢は京伝に、当たり前の教訓話が書きたいのでは?とも言った。

    <寛政3年年明け>
    京伝の新作が3冊、刊行された。飛ぶように売れた。
    『仕懸文庫』『錦之裏』『手段詰物娼妓絹籭(きぬぶるい)』
    行事の検閲も通っている。これなら問題ないと蔦重も言っていた。

    正月の挨拶に、蔦重、鶴喜、歌麿が来た。
    今後の方針で、歌麿には女を描かせると蔦重。また、大坂の版元とも提携し、販路を開いたともいった。もっと書いてくれと言われる。戯作者が足りないと。滝沢のことが脳裏をかすめる。

    3月の桃の節句、嬉しさで涙を流す菊園。
    京伝は、家主稼業は会合が多くて戯作が書けないので、妹の婿に譲ることにした、自分は煙草入れ屋を開業すると言った。

    町役人が来た。
    結局、手鎖(てじょう)50日となった。
    遊女の振る舞いを描いたことが禁令に触れた。潤筆料と引き換えに戯作を売ったことまで責められた。

    父親も不行き届きとして屹度(きっと)叱りを受けた
    蔦重は重過料と版木没収の上、絶版。
    検閲をした行事2名も重過料。

    苦しい生活が始まったが、お菊の献身でなんとか暮らす。
    5日に1度、手鎖の封印をチェックされるために出向く役人とも、親しくなっていく。気分転換に浅草に出かけると、本屋の前で山東京伝の話をしている男2人がいた。一人は京伝に期待しているという言いよう。また戯作を書く気になってきた。あと5日という時、役人にもこれからのことを話した。

    京伝は、蔦重にある噂を流してくれと頼んだ。京伝が煙草入れ屋を始めるらしい、その資金を稼ぐために書画会を催すらしい、と。

    夏に鎖が解けたが、その前にすでに1作、書いていた。滝沢に代筆を頼んだ。桃太郎の話だった。9月、台風が来た。滝沢の長屋も被害にあい、京伝のところに来た。代筆をしてくれた仲だからと、喜んで引き受けた。

    煙草入れ屋の開店準備。蔦重が、三国志を題材に書いてくれと言ってきた。噂を頼んだのは、京伝の作戦だった。戯作者として筆を折ると世間で思わせておいて、新作をだして驚かせる。だから売れる、という。

    秋、煙草入れ屋は開店した。売れに売れた。
    しかし、お菊が倒れた。


    第五章 仇討始末

    重蔵:京屋の番頭
    太市:手代
    杉吉:小僧、10歳
    五助;
    お仲:女中頭、五歳の娘、実母と長屋住まい
    太助:式亭三馬
    お百:馬琴の妻

    寛政12(1800)年、ゆりと京伝の寝間
    すっかり事情を知って、お菊の苦労を思い、一方で嫉妬するゆり。いまさら私にはお菊のしたことに対抗するようなこともできないし。

    翌朝早くに来客が来た。ゆりには起こされず。懐かしむ伝蔵はそれを思いつかず話し込んでいた。来たのは喜次郎だった。手代に鶴喜と歌麿を呼ぶように指示した伝蔵。

    喜次郎は、仇討ちの後、許嫁と結婚し、婿入りして保積喜次郎となっていた。遅れて現れたゆりは、寝間で聞いた話を思い出し、喜次郎という人物に思い当たった。

    京屋では、読書丸という袋入りの薬を売り出した。限定20。袋の絵は北尾政演(伝蔵の画号)。筆を折ったのでは?と驚く客。この日は直筆入りをサービス。殺到した。機嫌をよくして蕎麦を振る舞う伝蔵。

    そこに式亭三馬が紛れ込んでいた。伝蔵の弟の相四郎が声をかけた。ゆりを含めて3人で話し込む。厚かましく話す三馬。滝沢馬琴の悪口も出る。そして、伝蔵が喜次郎たちと話し込む部屋に勝手に行こうとする。その時、その座敷には写楽なども来たという話が相四郎から出る。写楽の正体は複数人による工房ではないか、と話をしはじめると、奥から歌麿が出てきて意見を述べる。本当は、酒と肴の請求に来たのだったが。初代蔦中の偉大さについて話す歌麿。

    お使いに出た帰り、母親のお道が妹を生んで引っ越した長屋に立ち寄った。今やどこにいるのか母と妹。すると、近所の足袋店の女将が声を掛けてきた。どうやら、妹はゆりが生んだ子になっているようである。そして、去年の秋、ゆりのことを聞きに侍が訪ねてきたという。その頃に伝蔵のところに嫁ぐことが決まった。誰だろう。相四郎か?

    伝蔵は喜次郎が滞在する座敷に入り浸り、寝間にも来ない。夜中まで話をし、酒を飲んでいる。ある日、ゆりが廁へ行くとお菊の幽霊を見る。錯覚だとそこに現れた伝蔵。その日以来、伝蔵は喜次郎の座敷ではなく、仕事部屋に籠もって新作にいそしんでいる。

    自分は京屋の女房としてどうなのかと、悩むゆり。3月なのでお菊の弔いもかねてひな飾りを出そうと思い、お仲に指示した。お仲はゆりのことをとても評価していて、お菊さんにも引けを取らないというような調子で言った。

    馬琴が現れ、厚かましくも伝蔵の仕事部屋に入ってしまう。
    そこへ、身だしなみが悪く、悪態をつく女が現れる。ケンカ越しだった。滝沢馬琴の女房のお百だと分かった。亭主はどこだと上がり込んで勝手に家捜ししようとした。番頭が少し怒って阻止しようとしたが、ゆりは収めようとする。そこに馬琴が現れた。

    実は、京伝の新作は絵手本で、それを最初に読んでもらうために馬琴を呼んだのだった。馬琴はそれを見て、やはり京伝にはかなわないと改めて思ったらしく、画と文を預からせてほしいと頼み込んできた。上方へ行きたいが、お金がないので、北尾政演の絵と山東京伝の文を売りつつ上方滞在費にしたいとのこと。蔦重が上方に販路を開いて名が売れているからこそできることだった。

    伝蔵はさらに、京伝としての新作の戯作が出来るとゆりに報告した。ずっとペンディングになっていた喜次郎の仇討ちもの。やはり幽霊が絡むことに。水滸伝とも合体したような話にし、教訓話にはしないという。これで蔦重から言われていた宿題が片付くことになる。


    第六章 婦唱夫随

    長次:保積家に出入りを許されている鳶頭
    近江屋二八:山谷で女衒を束ねている

    喜次郎がいるだろうと男が店に来た。荒っぽさがあり、店座敷に座り込んでいるので客が恐がって帰る。自分が相手をするとゆり。足を濯がせ、上にあげて茶を出す。案外、気が優しそうな男だった。保積家に出入りを許されている長次だと名乗る。ゆりに身内のことをなぜか尋ねる。そして、妹の名前はおたこきか?と聞く。なぜ知っているのだ、と衝撃を受けるゆり。

    喜次郎が湯屋から戻ってきた。実は、伝蔵が喜次郎に頼んでゆりの母親と妹のたきの行き先を調べてもらっていた。ある程度調べると、喜次郎の国元とだったため。おたきは、安房(あわ)の鋸山の麓にある村で暮らしている。お道の姉夫婦に育てられているが、会いたいなら銭を出せと言われたという長次。強欲で通っている夫婦だった。

    お道は、死んだ父親が借金を遺したからと嘘の説明をしてゆりを女衒に売った。借金もあるにはあったが、既に男がいて妹をはらんでいて、その男からゆりを売ったお金をくれたら一緒になってやると言われたため、ゆりに許嫁との結婚を諦めさせてまで売り飛ばしたのが真相だった。しかし、結局は騙され、姉夫婦を頼った。そして、3年半で死んだ。事後自得だとゆりは思った。

    喜次郎と長次は戻っていった。伝蔵はおたきを養女にしてもいいと言った。いま、7歳。思い立ったゆりは喜次郎に手紙を書き、妹に会いたいと伝えた。しかし、返事には時遅しとあり、すでに箱根に当時に出たという。それは嘘だが嘘ではないとゆり。

    こう推測した。夫婦は女衒におたきを売り、そのお金で箱根に行ったのだろうと。吉原ならいい値で売れる。品川宿あたりでもそこそこ。なんせ私の妹だから器量よしだろうから。近江屋二八に訪ねれば、売られたかどうかの情報は入ると伝蔵に言った。

    新作の戯作が出来上がった。今日中にどうしても読んでくれと京伝。それは黄表紙ではなく読本だった。字ばかりだし内容も難しい。無理だと言ったが、どうしてもと言われて、夜通しで読んだ。『復讐奇談安積沼(あさかのぬま)』。感動して涙を流したまま寝込んだ。

    翌日、長次が来た。近江屋二八のところに夫婦とおたきが来るらしい。ゆりは自ら出かけることにした。2人で近江屋へ。二八とは久し振りの再会。しばらくいると、おたきが来た。襖の陰から見ていても、妹かどうか判断がつかない。他人を連れて帰る訳にはいかないと諦めて席を立とうとしたとき、ぐっとなにかに引かれた。少女が髪を結んでいる鹿の子絞りの布。あれは自分が幼い頃にしていた兵児帯(へこおび)と同じ。母親は字が書けなかったが、「ユリ」とだけはなんとか縫い付けていた。「ユ」の文字が残っていた。古くなった兵児帯で作ったに違いない。間違いない、連れて帰ろう。二八は、強欲夫婦のことはオレに任せろと言った。

    京屋に来たおたきは、朝から走り、家のことは何でもするから折檻はしないでくれと言った。どれだけ酷い使われ方をしていたのか想像がついた。妹だけど娘になるんだと言ってあげた。

    歌麿が、錦絵を持ってきてくれた。探したらあったという。お菊を探した時の絵だった。今度は私を入れて描いてください、とゆり。

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著者プロフィール

東京生まれ。フリーランスライターの傍ら小説執筆を開始、2005年「い草の花」で九州さが大衆文学賞を受賞。08年には『一朝の夢』で松本清張賞を受賞し、単行本デビューする。以後、時代小説の旗手として多くの読者の支持を得る。15年刊行の『ヨイ豊』で直木賞候補となり注目を集める。近著に『葵の月』『五弁の秋花』『北斎まんだら』など。

「2023年 『三年長屋』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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