戦後沖縄の生殖をめぐるポリティクス 米軍統治下の出生力転換と女たちの交渉

  • 大月書店 (2014年2月1日発売)
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本 ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784272350407

感想・レビュー・書評

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  • 戦後沖縄の妊娠・出産について研究したいとただ漠然と思っている。そんな私だが、本書では戦後沖縄を生きた女性たちが当時の社会状況、彼女たち自身の家庭事情、夫や婚家との関係によって生き方を制限される中で、いかに結婚するかしないか、仕事を辞めるか否か、子どもをどれくらいまで持つかなどを「選択」して決めていたことがわかった。終章にあった荻野美穂の著書からの引用によれば、女性たちの一見して「自由」に見える「選択」には、過去の政治や歴史が刻印されているという。私も今後、戦後沖縄を生きた女性たちの語りから見られる社会的状況を深く掘り下げたいと思う。また、著者の澤田佳世は、女性たちのライフコースについて統計による量的把握と、女性たちの聞き取り調査による質的分析により、その傾向や当時の社会構造を丁寧かつ的確に観察していた。56人もの女性たちのライフヒストリーと真摯に向き合う姿が強く感じられた。

  • 国立女性教育会館 女性教育情報センターOPACへ→https://winet2.nwec.go.jp/bunken/opac_link/bibid/BB11293649

  •  少子化に関する文脈で「出生率の高い沖縄」と語られることはあるが、実態としては「単に遅れて少子化が進んでいるだけ」という見方もある。

     沖縄の人口は1880年の31万人から1944年に59万人へ増加している。65年で30万人増、しかも戦前には海外や他県への移民も多く、その上でこの数字である。
     沖縄戦で多くの死傷者を出して終戦時点で33万人まで減少した後、1950年には70万人へ激増している。戦前に65年かけて増えた30万人をたった5年で突破している。
     戦後5年間の人口増加率は15.2%であり、特に終戦直後の1年間は56%と爆発的であるが、これは主に復員兵や海外移民からの引揚者である。
     この5年間の激増、その後も他県よりは緩やかな出生率の減少というものが、いったいどういう経緯で起きたのかというのが本書の主なテーマである。

     多種多様なデータと現地での聞き取り調査からも多くの知見が得られるが、大きな要因の一つとして挙げられているのが、他県では戦後成立した優生保護法が、米軍占領下にあった沖縄では導入されなかったという点である。
     優生保護法にはさまざまな条項があるが、こと出生に関していえば、戦前は「母体に身体的な危険が及ぶ恐れがある場合」などに限られていた中絶が、戦後法改正において「経済的な理由」を追加し、事実上自由にできるようになった。
     一方米軍施政下にあった沖縄においては、中絶反対運動が強かった米国本国の事情もあってか、この中絶を容易にする法改正が行われなかった。もちろんヤミ中絶が問題になるほどに数は多かったのだが、それでも合法でない、あるいは高額であるということでアクセスできない女性は数多くいたため、中絶の比率は(暗数が多くて正確な比較は難しいが)他県に比べれば少なかったものと想像される。
     中絶をするにせよしないにせよそこで苦しむ女性たちを見つめてきた助産師達は、せめてそうした苦しみを少しでも低減しようと避妊の普及に努めるが、そこにも障害があった。
     性の話題がタブー視され公教育の中で教えられなかったというのもあるし、ヤミ中絶を割のいいアルバイトと考えていた産科医からの妨害もあった。

     進学や就職に伴う晩婚化、非婚化については沖縄に限ったものではなかろう。ただ、労働年齢人口における男性の少なさや米軍関係の雇用などといった事情はもちろん影響あっただろう。軍雇用員はとにかく給与が高く、「女性タイピストの初任給が村長の月給と同じだった」という証言もある。
     戦争で男性が喪われた家庭においては、高齢者や幼い子供たちを養うためには残された嫁や年長の娘が働かなければならないという事情もあったし、その一方で自分のために働く女性も登場した。外国の暮らしに憧れて米軍雇用者のメイドになったものもいる。

     もう一つ戦後沖縄の生殖事情を語る上で欠かせないのが、根強い家父長制による長男願望であろう。とにかく男子がいないことには家が続かない、長男の嫁は、次なる長男を産まなければ家族の一員として認められない風潮もある。女児を続けて出産したことで離婚をほのめかされた証言があるが、実際に離縁させられた女性もおそらくいたと思われる。
     だからたとえば経済的には子供は3人が限界と考えていたとしても、夫やその家族から「男子が生まれるまでは」と出産を余儀なくされる傾向が、他県よりもいくらかは強かったようである。そのため他県では男子でも女子でも夫婦の考える「子供の適正数(2、3人が主流だったようである)」に達すればそれ以上は生まなかったが、沖縄では多子兄弟が多くなる。
     また、「正妻が生めないなら妾を」という風潮もあり、夫が認知した婚外子の男女比は1.23と自然状態での比率1.06を大きく超える。妾や不倫で生まれた子が男なら認知し、そうでなければ認知しないという歪みがあり、当然そこにはシングルマザーを増やす要因がある。

     さて冒頭に掲げた「単に遅れて少子化が進んでいるだけ」についてであるが、本書10章のサブタイトル「女性の『連帯』と男性の『主体的無関心』」がすべてを物語っていると言ってよいのではないかという感もある。
     夫は自分の稼ぎをすべて自分で使ってしまい、家計は妻が働いて回しているという状況にあっても、三人の子供の育児の大変さを夫に訴えたところ、家事育児が大変なら仕事をやめればいいなどと言い放つ始末である。そうした無関心が、他に生き方を知らなかったその妻にとってはやむをえないと受け入れざるを得なかったとしても、その娘に対しては「自分と同じ思いはさせたくない」と考えるようになり、それは四半世紀後の出生数となって噴出するのである。
     沖縄の出生数が多かったのは、様々な理由はあるがひとつ挙げれば米軍統治下において中絶が合法化されず、日本復帰後にようやく認められるようになったわけで、そこからは沖縄の出生率は減少している。非常にざっくりではあるが復帰が遅れた分少子化も遅れて進んでいると見るのが概ね妥当であり、現代の沖縄に多子多産について他見が学ぶものは基本的にない。同じく少子化まっしぐらという下り坂トロッコに乗っているだけで、少子化を食い止めたいのであればより根本的に考え直さなければならないのではなかろうか。

     ちなみにであるが本書の定価は6500円である。ハードカバーで分厚いとはいえ、人口学の専門でもなんでもない私のような人間が気軽に手に取れるというのは、やはり図書館がもたらしてくれる貴重な恩恵であるなと改めて感じる次第である。

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著者プロフィール

沖縄国際大学准教授(総合文化学部社会文化学科)主要著作:『国際移動と〈連鎖するジェンダー〉――再生産領域のグローバル化』(共著,作品社,2008)『ジェンダーと交差する健康/身体――健康とジェンダーⅢ』(共著,明石書店,2005)

「2014年 『戦後沖縄の生殖をめぐるポリティクス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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