【文庫】 本能寺の変 431年目の真実 (文芸社文庫)

著者 :
  • 文芸社
3.74
  • (75)
  • (182)
  • (122)
  • (19)
  • (7)
本棚登録 : 1288
レビュー : 180
  • Amazon.co.jp ・本 (345ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784286143828

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 定説の矛盾を指摘し、新たな解釈を試みる。
    とても面白かった。
    定説では曖昧な部分の疑問にしっかりと答えていて、説得力がある。
    光秀を筆頭に、さまざまな人物の見方が変わる。
    だんだんと推測の度合いは高まるものの、根拠を示したうえで組み立てられるストーリーは魅力的。
    筆者自身が光秀の子孫、というのがまた驚き。

  • 以前に購入して本棚に入れて未読となっていたのですが、友人がFBで紹介していた(著者はその方の元上司だそうだ)のを機に読んでみました。

    以前に読んで読み物としては面白いもののさすがにややこじつけが過ぎるかな…と思った井上慶雪著『本能寺の変 秀吉の陰謀』よりは中庸というか、これなら確かにあり得るかもと思える説でしょうか。

    いずれにしても「歴史は勝者によって語られる」ことを考えると桶狭間にしろ本能寺にしろ明治維新にしろ、語られている「通説」にはどこかしら「勝者の側からの改竄…あるいは都合のいい解釈」や「あえて語られていない勝者側には都合の悪い部分の削除・隠匿」は大いにあるはずで、このような「通説見直しの試み」は興味が尽きないところがありますね。

    どう考えても通説で語られている本能寺の変の明智光秀の動機には無理がありますし、変後の秀吉と家康の行動も腑に落ちませんので、この明智憲三郎さんの考察はかなりいい線をついているのかもしれませんね。少なくとも通説よりははるかに腹に落ちます。

  • 本能寺の変という戦国時代の大事件を、明智家の関係者が丹念に「歴史捜査」をしたら、何が見えてくるのか。
    奇想天外な内容ではなく、誰と誰が、どんな判断で何をしたのか。後世に残るのは、勝者目線の記録のみ、という点を考えれば、光秀という人間が何を軸に生きていたのか、が推測できます。
    事実と思われていることにも、疑いを抱く目線は誰もか持っているべきであり、現在の報道問題とも繋がっているように思えます。
    最終的には、光秀にはチャンスはあっても、運がない男だったということでしょうか。

  • フォトリーディング
    本能寺の変

  • 本能寺の変のからくりについて明智の子孫が明かす!という触れ込みなので胡散臭いのを想定してたら、意外にも説得力があって面白かった。
    前半は文章上手くないなー、と読み進めづらかったですが、徐々に内容に引きつけられてすいすい読めるようになりました。
    なるほどなあ〜!

  • 最近漫画化されて面白いとの事で原作を読んだ。
    戦国時代を大河ドラマでやれば避けては通れない「本能寺の変」。通説といわれているものが軍記物をベースにしてまかり通っている事がよく解った。
    鯨統一郎さん、高田崇史さんのような小説風に仕上がっているわけでは無くノンフィクションのような調査結果を書いているため盛り上がりやテンポに欠けるが、新しい解釈であり面白い。

  • 本能寺の変の新説!
    と言われてもピンとこず、そもそも定説をきちんと理解してないことに気付かされる。
    そんな自分に対しても、非常にわかりやすく、定説はこう、誤り(意図的な)はこう、なので新説はこう。と論理的な説明で導いてくれている。
    またこのような新説にも、エンタメ性というかストーリーとして大事な人間性が非常に見える資料を揃えているところに作者のいう歴史捜査の真髄が見える。こういう改竄や誤解が沢山ある歴史を、これからも紐解いてほしいと願う。

  • たしかに、なぜあの本能寺の変の日、信長の守りは、あまりにも手薄だったのかに、ひとつの納得できる推理を示してくれた。光秀の謀反がなければ、その計画はうまく運んだのだろうか。家康も、上洛は相当警戒し、手筈を整えていただろう。家康が将来最大の脅威となることを、信長だからこそ予見していたのかもしれない。この推理が正しければ、家康は最大のピンチを、光秀を利用して切り抜け、さらに天下布武の布石まで打ったことになる。
    一方秀吉は、細川氏の家老から情報を得ていたが、主君の命を守るよりも、謀反後の天下盗りを選んで、着々と大返しの準備を進めていた。

  • 「軍記物依存の三面記事史観」というのは、日本史の特徴としてどうしてもあると思う。秀吉について、ここの記述が真実ならば、相当に悪。秀吉の膨張政策の「失敗の本質」をこそ、実は帝国主義時代の日本が真っ先に省みるべき歴史であった。歴史は面白いが、そのひた隠しがのちのち人民を殺すこともある。真実を探る、学ぶというのは難しい。

  • 2017年9月

    明智光秀の子孫が、本能寺の変の謎を考え直した本。
    歴史捜査という視点から、なぜ本能寺の変が起こったのか、そして光秀の企みが失敗したのかなどを考え直している。

    無意識に刷り込まれていた、信長に対しての恨みで謀反を起こしたという通説が違ったのではないかと考えさせられる

  • 専門の学者ではないからか、ところどころの書き口や細かい推測の断定部分にツッコミを入れたくなってしまうが、本能寺の変から徳川政権樹立までの不可解な部分が納得の行く説明で辻褄があっていて面白い。

    ・本能寺の変は信長による家康討ちの計画
    ・信長の唐入り高宗に不安をいだき、かつ土岐氏再興の悲願があった光秀は、計画を利用して信長を討った
    ・光忠の謀反に家康が加担していた
    ・細川藤孝は光忠の謀反計画に加わっていたが裏切った
    ・長宗我部元親が光秀とつながっていた
    ・秀吉は信長の長期政権構想を潰すために、光秀謀反の計画を知りながら決起を待っていた。
    ・家康は封建制度の終着点である報奨の為の土地を求めての海外進出を避け、国内のみで土地を回した。

  • 学者でもないのに、よくお調べになったと感心しました。私は、その資料に対応することができないので、その内容は真実かどうかわかりませんが、それなりの資料に裏付けられている感じがします。しかし、少し、本当かなと思うこともあります。でも、このことは、専門家が検証をして、答えを出してほしいと思います。また、黒人の人がオランダから連れてこられたことは知っていますが、このような証言をしているとは知りませんでした。何もしゃべらない人と思っていました。

  • 明智光秀と徳川家康と細川藤孝が最初に本能寺の変を計画して、細川藤孝が途中に羽柴秀吉に鞍替えするという話は読み進めていくとなるほどと思う。新しい考え方でなかなか面白い本でした。

  • 作者の言う本能寺の変の新しい説が納得できた
    最初はまた根拠の薄い自分勝手な議論の様に感じたが、読み進めるとなるほど同意できる説明がたくさんあり、最後には一つの説として議論に値すると感心してしまった
    もっと研究が進んだ時点で最新の考えを聞いて見たいと思った

  • 今まで見た説の中でも一番信憑性が高いのではと思わせる内容です。そして、歴史は繰り返すというのを改めて感じました。

  • 私が仮に20年前に読んだとしたら、オカルト日本史書籍と思ったかもしれない。
    でも、今は我々が学んで信じて来た日本史が、教科書が、まるで違う内容に変更になったってものが出て来ている。
    時の権力者が、歴史書を自己都合でプロパガンダに利用する事など当たり前の事だ。
    過去二回の世界大戦はもちろん、現代でも近隣諸国でも日本ですら起きている事だ。
    にも関わらず、日本史にはロマンを求めてしまうのか、無理な話も納得して記憶してきたのだが、それが覆されている。
    この作者が、本当に明智の子孫なのか(武将の子孫って胡散臭い人たくさんいるよね)、歴史書の引用や解釈は本当に正しいのか、推測ばかりの文章を信用して良いのか?…などたくさん疑問はあるが…
    私にこの書籍の信憑性を判別できる知見はもちろんないので、エラい歴史学者様(;^_^Aの反論を知りたいところ。
    そのエラい歴史学者様方の説明より、この作者の言い分は今迄習ってきた日本史よりしっくり来る解説の様な気もする。
    最後は太平洋戦争の話にまで踏み込んでいるが、明治政府以降、尊皇思想に基づいて楠木正成が反逆者から尊皇の英雄と祭り上げられている事をみても、たしかに可能性はあるとも思える。
    とりあえず、今迄気にしてなかった本能寺の変に興味を持たせてくれたので星4つで。明智光秀のマイナスイメージも減ったので、作者の使命に協力出来たかも?

  • 日本史上の大きなミステリー、本能寺の変。
    この出来事を扱った小説は、これまで複数の作品を読んできました。

    この本の著者は、明智家の末裔。
    自らの先祖が関わったこの出来事を、長年に渡り調べた結果をまとめた一冊です。

    まず、定説と言われている事柄について、何が根拠になっているかを調べ、その問題点を指摘しています。
    そして、より情報の上流となる文献を調べ、それを積み重ねることで、本能寺の変を起こした明智光秀の動機と、変発生後の諸将の動きを、解説していきます。

    読んでまず驚いたのが、本能寺の変に関する「定説」が、かなり恣意的に作られた文献に基づき、構成されているということ。
    特にこの後天下を治めることになった豊臣秀吉が、プロパガンダ的にこの出来事を利用していたのだと、理解しました。

    どの文献を重要視するかについては、この本自体も批判の対象になり得るかと思います。
    しかし当時、日本に来ていたキリスト教宣教師たちの記録を参考にしているあたりは、客観性という意味で信頼度が高いと感じました。

    2009年発行の内容を文庫化するにあたり、加筆修正されたとのこと。
    この本の内容が新たな「定説」とはなってはいないとは思いますが、書かれているストーリーで読み解くと、納得出来ることが多いのも事実だなと、思いました。

    反論もある内容かとは思いますが、織田、豊臣、徳川の三者の関係について考える上でも、興味深い一冊でした。

    『昭和天皇伝』伊藤之雄
    https://booklog.jp/users/makabe38/archives/1/4167900645
     
     .

  • こういう歴史の本初めて読んだか、とても面白かった。


    現在の明智光秀に関する定説は、改竄された資料が証拠として用いられてて、大きな矛盾が多い。そこには、明治維新以降、秀吉を正当化して中国大陸に侵攻するための教育が国策としてあった。

    光秀の子孫が、本能寺の変近辺についての従来の定説にとらわれずにゼロベースで歴史捜査(操作ではなく)をし、推理する本。

    不確定な部分を推測を元に断定してしまう箇所はたくさんあったけど、全体として十分にありえそうだと思った。

  • 最後まで読んで、結局、史実がどうだったのかは分からないが、少なくとも教科書にあった野望説や怨恨説が稚拙に感じた。当時のこの国にとってのソーシャルインパクトであったと思う。2018再読

    作者の子孫としての執念を感じさせる1冊。今迄信じていた史実を根底から覆して、うーんと考えさせられた。細かい箇所で疑問もあったがこの話大いにあると思う。

  • 光秀の謀反、あの「怨恨説」は本当なのか? 信長は、なぜ、あれほど無防備だったのか? 家康の奇怪な行動、その裏には何が? 明智光秀の子孫が本能寺の変に潜む謎を解き明かし、驚愕の真実を明らかにする。

    我々が普通に知っている本能寺の変は、吉川英治や司馬遼太郎、NHKの大河ドラマによって刷り込まれたもの。それらは往々にして秀吉や家康が都合のいいように記した軍記物を基にしているという。さもありなんである。膨大な資料を引用しながら謎を解き明かす姿勢に惹きこまれる。イエズス会宣教師らの記録をやや信用し過ぎのきらいはあるけど、私にとっては新鮮な指摘が多かった。本を書いた動機以外は子孫ゆえの贔屓?も感じられなかった。
    (B)

    • g2altさん
      著者は元三菱電機の技術者。知人にどんな人ですかと聞いたら、厳格な人です
      著者は元三菱電機の技術者。知人にどんな人ですかと聞いたら、厳格な人です
      2015/09/10
  • ★2015年8月1日読了『本能寺の変 431年目の真実』明智憲三郎著 評価B+
    評価は分かれるかもしれないが、私は読んでいて楽しかったので、◎を付けます。
    冒頭は少々自説を何度も繰り返すしつこさが鼻につくが、おそらく2/3に余分なものをそぎ落とせば、かなりスッキリした良い本になるのではないかと感じました。

    要旨は以下の通り。
    明智光秀がなぜ織田信長に謀反したのか、それがどうして成功してしまったのかは、歴史の謎ではある。現在、世の中一般に認められている信長の油断説。偶然説。黒幕説。冤罪説が大きな流れではあるが、それはどれも羽柴秀吉のお伽衆の大村由己に作らせて、光秀討伐後10年の1582年に世の中に流布させた惟任(これとう)退治記がおおもと。これは、いわば勝者による歴史のねじ曲げと都合の良い解釈である。その後、川角太閤記(江戸時代初期 甫庵太閤記より少し前)、甫庵太閤記(1612)、明智軍記(1693)、綿考輯録(1746年肥後細川家家記)へとその勝者の歴史が受け継がれ、吉川英治の新書太閤記、司馬遼太郎の国盗り物語にもその解釈は利用された。さらに決定的なのは、東大史料編纂所の重鎮で、日本歴史学会会長を務めた高柳光寿氏の著作「明智光秀(1958)」でそれらが定説となった。

    しかし、それらは豊臣秀吉のための歴史解釈に過ぎない。一つ一つの根拠を探るとただの推測に過ぎない歴史的根拠のない軍記物が多い。勿論、それらに反証できる歴史的事実が新たにでてくる訳ではないが、様々な日記、歴史資料を丹念にあたるとこれまでとは違う歴史的状況が見えてくる。即ち、本能寺の変は、織田信長が、明智光秀に命じて、京に呼び寄せる徳川家康一行を討伐する策略であったはずが、逆に明智光秀と徳川家康、細川藤孝が企てた謀反であり、その謀略に羽柴秀吉も気がついており、その知らせをしっかり中国地方でいち早くキャッチして、行動したと言うのだ。つまり、織田信長は自らの策に溺れて、逆に討たれてしまったという新説を著者は主張する。

    その状況証拠をいくつも積み重ねて、これまで謎とされてきた説明のつかない点を合理的に説明していく。
    ①なぜ信長の警護はその日極端に手薄だったのか?
    ②なぜ、信長は光秀を突然、家康の饗応役から解任したのか?
    ③なぜ、信長は甲州遠征の帰りに、長い時間をかけて家康の所領を視察して歩いたのか? 
    ④家康の命がけの伊賀越えは本当だったのか?
    ⑤なぜ、本能寺以降に家康が織田の所領となった穴山梅雪に与えられた甲斐・信濃を天正壬午の乱でどさくさに紛れて奪取しても物言いがつかなかったのか?
    ⑥なぜ、斎藤利三の娘・福は家康に大切にされ、春日局に取り立てられたのか?
    ⑦なぜ細川藤孝は、秀吉、家康に大切にされ肥後細川家は特別の扱いを受けたのか?

    それらの状況説明が本当だとすれば、面白い歴史がまた見えてくるわけで、事実はまだ闇の中としても、非常に興味深く面白く読ませてもらった。

  • 本能寺の変には諸説色々あるようだが、今回は信長の家康暗殺計画に乗じて、土岐氏再興を願った光秀が謀反を起こしたという論説。信憑性のある当時の史料から、証拠を洗い直し蓋然性という基準で定説とは異なる「歴史捜査」を行った結果だというのは非常に説得力がある。

  • 978-4-286-14382-8 337p 2014・9・5 初版2刷

  • 久しぶりに読んだ歴史物。

    子どもの頃に大好きだった日本史が思い出されました。

  • 時の権力者に操作された歴史を捜査する、
    歴史操作に挑む歴史捜査!
    しかし、Three Sides to Every Story、
    この説もまた一説、 真実は藪の中。

    ちょっと気持ちが乗りすぎて、その人が
    そうするはずはない、こうあったはず
    という押しが強く感じる雰囲気もあるが
    残された情報の食い違いや背景や関係を洗い出す
    ところなど、歴史ものと刑事ものを
    あわせて読んでいるようで楽しめた。

  •  所々に論理展開が強引な部分があり、依拠する出典資料にも偏りがある。歴史学の資料とするには力不足だが、考える材料としては面白い。天下布武の先が見え始めていた天正10年、信長傘下の有力武将たちは緊張状態にあったことは間違いないだろう。二年前の佐久間父子の追放は彼らの心に暗い影を落としていただろうし、学識のある明智光秀などは「校兎死して走狗煮らる」の故事も頭にあったに違いない。
     忠誠心という江戸時代の価値観が彼らの心を満たしていたと考えるのは早計で、戦国の世においては、武功を挙げつつ現実的に生き残りを図ることを考えていたとみた方がよい。そして、歴史は常に勝者のプロパガンダであることを考えると、秀吉がつくった光秀ストーリーを鵜呑みにせず、当事者たちがどのような状況に置かれていたかを考えることには価値があると思う。
     67歳にもなって家臣団の面前で侮辱されたからと衝動的に行動するくらいなら、彼は織田家No.2の地位を射止める前に挫折しているだろう。そのような話は人口に膾炙しやすい噂話(筆者の言う「三面記事」)に過ぎず、有力武将たちは一定のパワーバランスを構築して自らの存在意義を保とうとしていた、と考える方が自然だ。筆者は、明智光秀にとっての同盟相手は東海道の徳川家康、四国の長曾我部元親であったと想定する。
     では謀反のきっかけは何だったのか。秀吉が関係者を処刑してしまったので、現代からは推測するしかない。しかし、本能寺の変後、光秀は短期間で近畿地方の中心部を平定し、家康は信濃・甲斐を強奪し、長曾我部元親は織田信孝の四国征討軍が自然解散したことから窮地を脱し、四国を平定することができた。ごく短期間で大返しを実現させた秀吉も含め、利を得たものは事前準備があったと考えるのだ自然だ。利を得たものの真相に目を向けないように戦後処理を行った秀吉の手際の良さが、結局のところ冴えていたということなのではないか。

  • 非常に興味深いと思いました。勝者によって作られた歴史と、事実との違いは当然あるでしょう。それを丹念にたぐって、本当の事実を浮かび上がらせる。おもしろかったです。

  • 本能寺の変、利休切腹など、歴史上の事件の真相について。個人的に恨んでという低レベルな行動はありえない、というけれど、赤穂浪士は個人的な恨みから起こした刃傷事件と考えたら、個人的な恨みで一族を危険にさらすことがないとは言えない。
    しかし、この本のように時系列を追っていけば、別の理由も浮かんでくる。その明らかになる経緯と真実がとても面白かった。

  • なるほどね。

    明智家の方が書いたということで、ついバイアスがかった目で見てしまいがちですが、内容は決して先祖を敬う思いに流されず、事実を積み重ねていこうという姿勢に終始。逆に言えば、明智家の者と言うとで、より客観的に分析しなければという思いに駆られたのであろう。

    「言われてみれば」と言う内容が多い。その後の徳川幕府で起きた出来事の源流をこの辺りに求めることが出来るとはねぇ。

  • 明智光秀の子孫が書いた、本能寺の変にまつわる新説。私には検証のしようはないけれど、成る程その方が今の定説より納得いくなと思うところが多くあり面白い。「歴史捜査」と銘打って検証していく過程も面白い。戦国時代の武将たちが、イメージアップや権力集中の為に情報操作を行っていたとはびっくり。戦国時代の情報戦と言えば、忍びによる情報収集のイメージだったから。「惟任退治記」は秀吉の天下取りの為に書かれたのか。織田信長が立てた家康暗殺の為の計画を、光秀と家康が乗っ取り逆に信長を討ち、計画を知っていた秀吉がそれを上手く利用して天下を取る。戦国時代って、ただ武器を持って戦っていただけではなくとってもスリリングでダイナミックで面白い時代だったんだな。

著者プロフィール

1947年生まれ。明智残党狩りの手を逃れた光秀の子・於寉丸の子孫。慶應義塾大学大学院修了後、大手電機メーカーに入社。情報畑の経験を活かした「歴史捜査」を展開し、精力的に執筆・講演活動を続ける。

「2019年 『完全版 本能寺の変 431年目の真実』 で使われていた紹介文から引用しています。」

【文庫】 本能寺の変 431年目の真実 (文芸社文庫)のその他の作品

本能寺の変 431年目の真実 Kindle版 本能寺の変 431年目の真実 明智憲三郎

明智憲三郎の作品

ツイートする