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Amazon.co.jp ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784296121816
作品紹介・あらすじ
配慮なき意思決定により泥沼の抗争と化した成田空港開港。農民、過激派が一体となって権力に挑んだ「成田闘争とはいったい何だったのか」。本書の主人公ともいえる反対運動の先頭の立った戸村一作(反対同盟委員長)は敬虔なクリスチャンであったが、ある日、豹変したかのように過激セクトと手を結び、流血の惨事を繰り返す反対運動の先頭に立つようになった。何が彼を変え、呉越同舟であった過激派各派がまとまることができたのか。
「成田闘争」は、クリスチャン・戸村一作を闘争のシンボルとして担いで闘争に参加した農民たちと、農民たちへの支援に集結した中核派をはじめとする過激各派の、日本政府に対する「成田の乱」だったのではないか。日本政府、空港公団は新空港の建設を”大義の御旗“として、反対派農民の意向を無視し、空港建設を推し進めた。成田闘争は若きクリスチャン・天草四郎を担いで徳川幕府に抵抗した「島原の乱」に通じる戦後最大の反乱ともいえる。
本書は、佐藤内閣の杜撰な意思決定から暫定開港、反対同盟分裂に至るまでの軌跡を豊富なエピソードに基づいて活写するドキュメント。一枚岩ではない当局の思惑、反乱者たちの内紛、裏切り、公団側の分裂工作、相次ぐ衝突による犠牲、対話への道など、波乱万丈の物語である。
筆者は1966年から78年の暫定開港まで12年以上にわたって成田空港問題を取材し続けてきた唯一のジャーナリスト。紛争現場で負傷し、学生の死を目の当たりにするなどまさに現場ですべてを見てきた記者で、現役生活の大半を成田取材に費やしている。
みんなの感想まとめ
成田空港開港に至るまでの激しい闘争を描いた本書は、反対運動の先頭に立ったクリスチャン・戸村一作の変貌を通じて、時代背景や権力に対する抵抗の姿を浮き彫りにします。政府の乱暴な施政によって引き起こされた成...
感想・レビュー・書評
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成田開港前後からの騒乱は自分自身も記憶にあるが、なぜこんなことが、という疑問を持っていた。
第2の国際空港があの場所が適切だったのかどうかあいまいなまま、空港建設が発表になるという政府の乱暴な施政、時代としかいいようのない過激派の存在。そんな背景でこんな大騒乱になってしまったのだろうか。地元の方々、特に農民の方を思えばこんな経過を辿る必要は無かったのではないか、という点が残念。
本書の主人公でもある戸村氏は地元に生活するクリスチャンだという。地域への思いから反対派の先頭に立つことになるが、来る者拒まずのような姿勢でいつの間にか過激派の暴力を受容するようになる。これは氏の思いとはかけ離れていただろうに。
今の日本で成田空港がないのは考えられない。政府の愚策が起因であったとしても、この記憶は残していかないといけないな。 -
10・8羽田での山崎博昭さんの死を、いまさらいまだに轢死だと主張、「当時、自分は確信してそう記事にした」と、本書の主題とは無関係なのにことさら強調し、
「赤(社青同解放派)、青(社学同)のヘルメット」という露骨な誤りや、東山薫さん事件の民事訴訟と刑事告訴を混同している、など明らかなミスも目立つ、はっきり言って残念な本。
しかも、内容はこれまで各所で語られてきたことばかりで、本書には目新しい内容がまったく見当たらない。
唯一、「山崎博昭さん轢死説というデマを広めた一人がこの本の著者・牧久 であり、60年近く経ったいまでもなお、そのデマにしがみついている」ということだけが本書で新たに知れたことだ。
ならばなぜ、いまさらこんな本を書いたのかといえば、80代なかばになった著者自身のためなんだろう。昔の自分は日経新聞の記者として頑張りました、という自己満足と自己弁護、思い出。それは「自分はこういう記事を書いた」といった回顧/懐古の記述や引用が多いことからも感じられる。
だからこそ、かつて自分が広めた山崎博昭さん轢死デマも、本書には全く無関係で不要なのに敢えてわざわざ混入させ、自分は間違ってないと言い張る必要があったのだろう。
牧久、文章は読みやすくて悪くないんだけどな。でもこの作品は駄目だ。
この本を読んで、三里塚問題を理解したつもりになってほしくない。これで何か思ったところがあるなら、次に別のまともな本を一冊読んでほしい。新本で手に入る本があまりないという問題はあるけど、どれを選んでも少なくともこの本よりはマシだろう。 -
成田の乱??
成田空港といえば、海外へ飛び立つ玄関口、わくわくするイメージしかないですけど???
その成田空港開港までに、こんなに激しい闘争が繰り広げられていたこと、ほんとに、全く知らなかった。
火炎瓶とか、要塞とか、激突で死者が出るとか。
革マルとか内ゲバとか。
成田という、世界への扉が建造される裏で、文字通り泥と血にまみれた死闘があったんだ、、、、
・・・想像するに、敗戦を経て戦後民主主義へ転換した記憶がまだまだ色褪せていない時代に、突然(もとの候補地では反対が大きく難しいという判断から候補地が変更になったらしい)、戦前同様(?)一方的高圧的なやり方で土地を追われることが決まり、法的根拠はといえば、闘うにつれ泥縄式に為政者の都合に合わせた立法が行われるような有様で、それらに対する異議申立ては、暴動というか、争乱というか、文字通り身体をはるという方法しか考えられなかったのかな?と思う。
今となっては、、、、
・・・今となっても、当事者の人たちや起こったことをどのように理解するべきなのか、よくわからない。
ただ、全く知らなかったこんなことが少し前の時代にあった、ということを、そして、今もまだ完全解決に至っていないということも、知った。
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成田闘争がよくわかる
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過去の国鉄民営化における松崎明のルポは読み応えがあり、今回も何か新たな発見がある事を期待して読んだが大きく外れた。三里塚闘争を「ボタンの掛け違え」史観で見ては、その本質が見えて来ない。また事実誤認が多くて読んでいてイライラした。60年安保を闘ったブント(共産主義者同盟)が、その後、方向性を見失ない革共同に一部が吸収されたのは事実だが、ブントが中核と革マルに別れた訳では無い。また羽田弁天橋の闘争で山﨑君が学生の運転する車に轢かれた所を目撃したとか、これは読んで目眩がした。何故、「成田空港」はその敷地内に今でも農家があるのか、戸村一作が何故、既存の左翼勢力と分かれて新左翼を受け入れたのかが書ききれていない。救いは読みやすかった事のみ。
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