- Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
- / ISBN・EAN: 9784299006950
作品紹介・あらすじ
ある朝、目を覚ますと手首から腕にかけて「神様当番」と太くて大きな文字が書かれていた!
突如目の前に現れた「神様」を名乗るおじいさんのお願いを叶えないと、その文字は消えないようで……?
「お当番さん、わしを楽しませて?」
幸せになる順番を待つのに疲れている印刷所の事務員、理解不能な弟にうんざりしている小学生の女の子、SNSでつながった女子にリア充と思われたい男子高校生、大学生の崩れた日本語に悩まされる外国語教師、部下が気入らないワンマン社長。
奇想天外な神様に振り回されていたはずが、いつのまにか主人公たちの悩みも解決していて……。
笑えて泣けるエンタメ小説です。
大人気ミニチュアアーティスト・田中達也さんがカバー写真を制作。
第1回宮崎本大賞を『木曜日にはココアを』で受賞した、青山美智子さんの最新作です。
感想・レビュー・書評
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1.あらすじ
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7時23分のバスに、いつも決まった顔ぶれの5人が並ぶ。
年齢も、性別も違う5人に神様が近づいてくる。
5人と神様との出会いが、自分を見つめ直すきっかけになり、それぞれが新たな一歩を踏みだしていく。
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2.感想
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青山さんの作品は6作目ですが、自分にはとても相性が良くて、とてもいい作品でした( θོثθོ )
作者のファンになってしまうと、もう、良い方向にしか作品を捉えることができなくなるのではないか?
と、考えさせられてしまいました。
5人の登場人物たちのお話は、どれも、じわりと心に残るものでした。1番からよかったです。日々を楽しく生きるって、とても大事ですよね。
その中でも、千帆ちゃんの話が一番好きかな…
真っ直ぐな弟くんがでてきますが、ほんと、バカで、最高です。そんな弟の良さに気づくことのできる千帆ちゃんもいい。
福永武志の話も良かった。最後、少し涙がでました。
こんな不器用な人も、どんどん少なくなっていくんでしょうね。
成功事例に基づくフレームワークとか、戦略みたいなものが、簡単に共有されるようになってきた現代では、お手本とするような人物にも、簡単になることができるようになるかもしれないですね。数年後、気がつけば、同じような人間ばかりになっていくかもしれないですが、そんな中、千帆ちゃんの弟や、福永武志ような人物が、消えないでいてほしいと願っています。
目の前にあるものを、どのように捉えるか、、、
性善説とか、性悪説の話しになってしまいそうですが、良い面を見ていくというのは、今を楽しく生きることにつながり、よりよい人生を歩むためには、大切ですね。
今回は神様がでてきますが、世の中、ちょっとしたお助け役がいると、楽しいですね。きっと、誰もが自分が歩みたいという道に進むことはできるけど、一人で進んでいると、気づかない間に違う道に進んでしまうのかもしれないですね。
今回の作品もとても良かったです。
心の目を成長させることができた気がします ^_^
全然別の視点で、青山さんが、ガンダムとか、スラムダンクとか、知っているのかと考えると、少し楽しかったです。ストリップも行ったことあるのかな…それも、また、ステキな感じですね。
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3.主な登場人物
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(1)水原咲良 OL
喜多川葵 友達
(2)松坂千帆 小学生
松坂勝 弟
水原咲良
(3)新島直樹 高校生
ひかり 花屋
(4)リチャード・ブランソン 大学非常勤講師
ひかり 大家の孫娘
新島直樹
(5)福永武志 零細企業社長
喜多川葵 事務員
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“神様、どうか私の願いを叶えてください”、その対象は異なれど、私たちは、そんな風に手を合わせて『神様』にお祈りすることがあると思います。あなたはそんな時、どんなことをお祈りするでしょうか?
人間が集団生活を営む生き物である以上、普段ともにする人たちとの間には、何かしら不満が溜まりがちです。誰かが満足している一方で、誰かが不満に思って我慢をしている、そして、そんなバランスが崩れた時にケンカとなり、その関係は崩れてしまいます。一方で、ケンカという決着を見るわけにはいかない関係性も存在します。代表的なのは会社での人間関係でしょう。いくら無理難題を押し付けられても我慢する他ない日々。ここから逃げ出したいと思っても、誰もが宝くじの一等を引きあてられるわけではありません。転職だって家庭環境や年齢によっては躊躇せざるを得ないでしょう。そんな中で不満だけが募っていく日々というのは、なんとも苦しいものです。しかし、”神様、なんとかしてください”と漠然とお祈りを続けても残念ながら誰も助けてくれないのも現実です。そして、人は現実にただ耐える日々を送ります。雲が流れて雨が止むのを待ちます。ある意味でそれも人生と言えるのかも知れません。でも、
もし、『神様』がいるのなら。
もし、『神様』が私たちの前に現れたなら。
そんなファンタジー世界を描いた作品がここにあります。しかし、この作品に登場する『神様』はあなたが思うような『神様』ではないかも知れません。せっかく現れてくださった『神様』に早く自分の元を去っていただかないと、と願うことになるかも知れません。でも、そんな『神様』は、やはり『神様』です。この作品を読んだあなたは、きっとそこに明日を生きるための何かヒントを得ることができると思います。そこに何かきっかけを得ることができると思います。
「ただいま神様当番」、少しでも幸せな未来が訪れることを願う全ての人たちのための、そう、あなたのための物語です。
『私の順番はいつ回ってくるのだろうと、テーブルの隅で考え』ているのは主人公の水原咲良。『久しぶりに誘われた合コンが、頭数合わせだと気づくのが遅すぎた』と後悔する咲良。『誰からも連絡先を聞かれ』ず、『私を誘ってくれた梨恵でさえ、解散後の挨拶もなく』男子と去ってしまったという結末。『…なんか、楽しいことないかなぁ』と『いつのまにか口癖になっている気がする』咲良は、通勤で毎朝七時二十三分のバスに乗ります。『この発車時刻に合わせて、いつも決まった顔ぶれの五人が集まる』というバス停『坂下』。『ちょっと地味な男子高校生と、暗い色のスーツを着たおじさんと、どこの国かわからないけど飴色の髪の外国人男性、それに小学生の女の子』がこの後並んでいく『今日もいつもとそう代わり映えのない朝がきた』と感じる咲良。『きっと代わり映えのない仕事をして、代わり映えなく一日が終わっていくんだ』とも考える咲良。『ふう、とため息をついて下を向くと』、『バス停の台にCDジャケットらしきものが立てかけてあ』りました。『思わずしゃがみこむ』と、それは『キュービックのニューアルバム、初回限定盤』という驚き。『どこ探しても完売してたやつ。もうあきらめていた貴重な一枚だ』と『心拍数が上がった』咲良。『あたりを見回す。誰もいない』、『見るだけ…。ちょっと、さわるだけ』と手を伸ばす咲良。『…ラッキー』、『そんな言葉が口をついて出る』咲良は『私に回ってきたツキのように思』い、『さっとCDをバッグの中に押し込』みました。一方で『会社は相変わらず退屈で不満しかなく』、『帰りの電車でも座れなかった』という一日を過ごし帰宅した咲良。でも『バッグの中に「お楽しみ」が入っている』と気を取り直します。しかし、CDを取り出し『初回限定盤に』ついていた『ミュージックビデオを堪能』するも『不意に、ちりっと胸の奥が痛んだ』という咲良。『明日、同じ場所に戻しておこうか。でも開封しちゃったし…』と思いながら風呂に入り眠った咲良。そして、また『いつもと変わらない朝』が訪れたはずが『腕の内側に何か黒いものが見えた気が』して『パジャマの七分袖を肘まで上げ』ると、そこには『腕からはみ出さんばかりの大きな文字』で、『神様当番』と書かれていました。『…なに、これ⁉︎ いやーっ!』と焦る咲良。その時でした。『お当番さん、みーつけた!』という声。『振り返ると、ニヤニヤした見知らぬお爺さんが床にちょこんと正座している』という衝撃。『キャーッ!』と『悲鳴を上げてとっさに枕を投げつけた』咲良。『ど、泥棒!』と叫ぶ咲良を指差す老人。『…そうだ。泥棒は私だ』と思う咲良に『わし、神様』と言うその老人は『お願いごと、きいて。わしのこと、楽しませて』、さらに『楽しませてくれないと、お当番が終わらないよぉ。お当番が終わらないと、消えないよぉ』と続けます。そして、その日から勾玉の形になって左手の中に収まった神様の当番をする咲良の毎日が始まりました。
五つの短編から構成されるこの作品。青山さんお得意の連作短編として緩やかに繋がりを見せながら五人の主人公が順に登場します。そんな物語の共通点が、『坂下』というバス停から毎朝乗り合わせる五人の主人公の元に訪れる『神様』です。『神様』という言葉から連想するイメージは人によって多種多様だと思いますがこの作品に登場する『神様』は、『神様』の概念がもっと厳格な国に行けば発禁本になるかもしれないというくらいに俗世間の人間っぽさに満ち溢れています。『お爺さんは小柄で痩せていて、額からてっぺんに向かってつるつるで、頭の両脇に白い毛がもわもわと生えていた』というのが最初の短編の主人公・咲良の印象。それは他の主人公でも変わりません。一方で、人間でないことの証明をするかのように『ぱっと小さくなって勾玉みたいな形になった。私の左手のひらに、勾玉がしゅうっと入り込んでいく』と左手の中に収まる『神様』。この『勾玉』という形の比喩の表現が五人五様に異なります。小学生の千帆には『おたまじゃくしみたいな形』に、高校生の直樹には『マップアプリのピンマーク』に、そして英語教師のリチャードには『クエスチョンマークのような形』とそれぞれ違って見えます。これらはいずれも各短編の主題とも結びついていくもの。同じものを違う表現で、というよりは、それぞれの主人公に合った、それぞれの心に見えるものの形に変化したということなのだと思います。とても細かいですが、こういった表現の工夫の積み重ねが作品への没入感を格段にあげているようにも感じました。
『問題は、神様をどうやって楽しませたらいいのかということだ』と、五人の主人公たちはそれぞれに課せられたある意味での難題に真剣に向き合っていきます。それは左手の中に収まっている『神様』が、『ちょっと、無茶すぎませんか。勝手なことばかりしてっ!』というように、主人公の意思を無視して、勝手に手を挙げたり、スマホに意図せぬ言葉を打ち込んで送信したり、と早く『神様』を満足させないと『このままではまともな日常が送れない』と主人公たちを焦りの境地に陥らせるものだったからでした。しかし、主人公たちが考える『まともな日常』とは何なのでしょうか?五人の主人公たちは、それぞれに悩みを抱えていました。『楽しいことはみんな、私の目の前を素通りしていく』と考えるOLの咲良、『リアルにまるで希望が持てない』と考える高校生の直樹、そして『えらくなりたい』と考える社長の武志。全員に共通して言えるのは、自身の心の内には”こうしたい”、”こうなりたい”という漠然とした願いが確かに存在していたことです。しかし、彼らはその願いに向かって自分から足を踏み出そうとはせず、その願いの先にいる自分と、現在の自分を比較して、現在の自分が置かれている立場に不満ばかりが募る、そんな日々を送っていました。『私はただ話しかけられるのを待っていた。楽しいことを、運が回ってくることを、ずっとずっと動かずに待っていた』という彼ら。でもそんな彼らの姿を見て、”馬鹿だなあ”、”意気地なしだなあ”などとは、言えない自分がここにいることに気付きます。人間は常に幸せを願います。しかし、一方で人間は飽きっぽい生き物です。幸せが実現してもすぐそれに慣れてしまい、また不満を抱きます。常により良い生活への思いを募らせる生き物。それが、今の人間社会を作ってきたことは間違いないと思います。しかし、一方で、現状がそれほど酷いものでないと感じた場合には、次の一歩を踏み出すことの方を恐れがちです。しかし、その一歩とは必ずしもハードルが高いものではないのかもしれません。ちょっとした心の持ち方を変えるだけ、ちょっとしたモノの見方を変えるだけ、たったそれだけのことでも随分と人生が前向きになる、そのことを教えてくれたのがこの作品に登場した『神様』でした。『毎日顔合わせる人を全否定しても、自分がつまんなくなるだけ』、人の『表情をイヤミだととらえることは簡単だけど!でも、違う…きっと私がそういう色眼鏡で見ていただけ』、これらは他人がどうこうというよりも、どこまでいっても自分の心の持ちよう次第とも言えます。そう、私たちが幸せになるために必要なこと、それは
『私を楽しませるのは私』
ということ。良いことばかりではない人生を、どのように生きていくか、どのように上向きに変えていくか、それは全て自分次第ということ。あまりに当たり前のことと言えるかもしれません。でも、当たり前すぎてなかなか気づけないことでもあると思います。『神様当番』という一見、突拍子もない設定のこの作品。読み終えてなんだか気持ちがとっても楽になった、そんな自分を感じます。難しいことじゃなくていい”最初の一歩”、そう、そうなのかもしれない、そんな風に思いました。
つまらないと感じる日常、少しの勇気が持てない自分、そして満足できない人生。私たちは何かしら悶々とした不満を抱きつつも毎日を生きています。でも、楽しいと思う日常には、勇気を持てる自分には、そして満足できる人生とするには、”最初の一歩”がまず必要です。人は変化を期待する一方で変化をとても恐れます。現状がほどほどと感じているのであればなおさらです。そんな時、『誰にも頼まれてないけど。誰にも褒められるわけじゃないけど。一円にもならないけど。この世をおもしろがるのって、こんな小さいことからでも充分いいのかもしれない』という、少しの、ほんの少しの”最初の一歩”を踏み出すこと。それこそが、その先に待つ未来へと私たちを導くものなのかもしれません。
「ただいま神様当番」。優しく穏やかに語られる物語の中で、気づきの機会と、”最初の一歩”の大切さを教えてくれた、とても印象深い作品でした。 -
図書館で青山美智子さんと金原ひとみさんの小説を2冊ずつ借りた。我ながら極端な取り合わせだと思う。
青山さんは人と人との縁をかけがえのないものとして描く。一方の金原さんは縁を全く信用してない(ように見える)。
正反対だが、それぞれに少しずつ自分の中の違う部分が救われていて、そこがおもしろい。
連作短編集。OL→小学生→高校生→大学非常勤講師→零細企業社長と5人の間で引き継がれる神様を楽しませる当番。
神様当番たちは、他人(神様)を楽しませるつもりで行動していて、いつのまにか自分が楽しくなっている。幸せってそういうものだよね。 -
『鎌倉うずまき案内所』が良かったので、こちらの作品も読んでみた。
再生の物語という点では同じなのだが、これまた設定が面白い。
同じバス停を利用する五人の男女が、代わる代わる『神様当番』になるのだ。ある朝突然、左腕に『神様当番』という大きな文字が浮かび上がり『わし、神様』と言うお爺ちゃんが現れる。『神様』は五人それぞれにお願い事をし、その願いが果たされるまでは『神様当番』は終わらないらしい。
幸せになりたくても自ら行動出来ない女性、弟に振り回される小学生少女、SNSで繋がった女の子に格好良く思われたい男子高校生、学生たちの乱れた日本語とやる気のない授業態度にうんざりしている外国人講師、ワンマン過ぎて社員たちが一斉に辞めてしまった電気工事会社社長。
『神様』が彼らにお願いするのは、結果的には彼ら自身が望むこと。
『楽しませて』『最高の弟が欲しい』『リア充になりたい』『美しい言葉でお話がしたい』『えらくして』
もっと言えば『楽しむ』って何? 『最高の弟』とは? 『リア充』って?…という根本的な追求になるわけで、五人それぞれにとっての『楽しみ』であったり『最高の弟』であったり『リア充』や『美しい言葉』、『えらい』の形を見付ける話。
第三者から見ればささやかだったり当たり前だったり、はたまたちょっと違うかも?と思うかも知れない。でもそれで良い。幸せや楽しみ喜びは人それぞれ。大切なもの、生き方も人それぞれ。
スマートに何でもこなしているように見える人も、可愛い彼女がいる格好良い男子も、はたまたあまり関わりたくない面倒そうな人も、端から見るのとは違ってそれぞれ頑張ってるし苦手なことも悩んでいることもある。
そうした当たり前のことが描かれているのも良い。
同じバス停を使う乗客たちという狭い世界の話なので脇役に同じ人物が出てくることもある。彼らも色んな描かれ方がされていて良かった。特に喜多川葵は魅力的なキャラクターだった。
五話それぞれ何かしら共感するところや応援したくなるところがあり、ベタな展開ながら気持ち良く読めた。最後のワンマン社長など最初は嫌なオジサンだったのに、だんだん応援したくなった。
まんまと作家さんの術中にはまり軽く感動もさせられて、良い読後感となった。 -
心がほぐれる一冊。
ちょっと不思議な設定のこの物語。
随所に自分と同じ感情を見つけた。
遠い昔抱えていた感情だったり、現在進行形の感情だったり。
そのたびにちょっと涙がにじんで心がキュッとさせられ、でも青山さんの柔らかい言葉に心ほぐされ最後は背中を撫でられている気がした。
そしてキュ-トな神様。
この神様が何回笑わせて、心をほぐしてくれただろう。
何回気づきの言葉をプレゼントしてくれただろう。
どんなに心が曇っていてもちょっと周りを照らしてみれば自分でいくらでも快晴な心を作れる…神様がくれた時間は自分を見つめる時間。 -
誰もいないバス停で並んでいると、今一番自分が欲しいものが落ちている。「おとしもの」とメモされて。思わず自分の物にしてしまうと、神様が現れ‥‥というお話。
とても軽くサラッと読めるな‥‥と思いながらページをめくっていると、最後の章でいきなりググッと深くなっていき、気持ちも持っていかれました。
各章の主人公たちが神様に翻弄されて意に反した行動をとってしまうのだけど、結局それは本当に自分がしたかったこと、自分自身でさえ気付いていなかったけど‥‥いや、本当は自分でも気付いていたのかもしれないこと。でも、なかなかできないんですよね、それが。ちょっとひねくれちゃったり、流されちゃったり、虚勢を張っちゃったり。
そんな自分に気付かせてくれて背中を押してくれる神様、うちの近所のあのバス停にも来てくれないかなぁ?と思っちゃいます。
‥‥結局、神様は自分の中にいるのかなぁ? -
お当番さんみ~つけた!
小柄で、ひょこんと正座をしている。
頭のてっぺんはつるつるなのに、脇は綿菓子みたいにフワフワの毛。にしゃあっと笑っている。
いつのまにか。主人公たちの腕には太字で“神様当番”と書かれてしまっている。
これは神様の仕業。
神様は「お願いごと聞いて」と甘えたり、
ああなりたい!こうなりたい!と言い
主人公たちを困らせる。
どうしよう!?この腕の太字は・・・・
この5人の主人公、毎朝同じ停留所で
バスを待つ。いつも会話など余りない。
だが、ひょんなことからお互いを知る。
「えっ!「ウソ!?」「私だけじゃなかった」「今オジさんのところにいるの?」
・・・・みんな必死で隠していたのに・・・・
神様は、つまらなそうな日々を過ごしている人の元へやって来て、主人公が充実感を感じた頃にいつのまにか、神様は
現れなくなる。
寂しさを感じてしまう主人公は、神様に
ありがとう、と言いたかったのでは?
と思う。
神様よ!私の元へは来ないでね。
いくら悩みがあっても、それは誰でもに
潜んでいると思う。
ずっと。短編集ばかり読んだ。
また長編を読んでみよう。
2021、12、3 読了-
ゆうママさん、こんにちは。神様当番は主人公が神様に奉仕するんだね。逆だと思ってた。神様が主人公に奉仕するんじゃないんだね~面白い。何を要求さ...ゆうママさん、こんにちは。神様当番は主人公が神様に奉仕するんだね。逆だと思ってた。神様が主人公に奉仕するんじゃないんだね~面白い。何を要求されるんだろう?読んでみたくなりました。
そうそう、結構前からいいね♡マークを押したが誰だか分かっていたけど、最近は隠されているよね。ちょっと残念だけどこの方がわだかまりもなさそうね。2021/12/05 -
ポプラさんこんばんは★
隠されていた?わだかまり?
どういうことでしょう?
教えて下さい。何のことだか・・・・ポプラさんこんばんは★
隠されていた?わだかまり?
どういうことでしょう?
教えて下さい。何のことだか・・・・2021/12/05 -
最近、いいねをクリックしても・されても誰からのか分からないよね?自分だけかな?なんか変な機能ボタン押しちゃったかな?1か月前くらいからの症状...最近、いいねをクリックしても・されても誰からのか分からないよね?自分だけかな?なんか変な機能ボタン押しちゃったかな?1か月前くらいからの症状です。2021/12/06
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青山美智子さんの心温まる連作短編集。
最新の「お探し物は図書室まで」を先に読んでいたので、こちらを読んで今のところはコンプリートかな。
「お探し物は…」が本屋大賞にノミネートされていたけれど、正直なところ、こちらの方が私には良かった。
「猫のお告げは樹の下で」のミクジのように、神様当番を押し付けるジャージ姿の神様に愛嬌があって、たまらん。
今回は、心にモヤモヤを抱える、「坂下」という名のバス停を同じ時間に利用する人たちがターゲット。
その面々もバラエティに富んでいるのだが、モヤモヤも然りなのだ。
「松坂千帆(小学生)」の話は、定番といえばそうなのだが、話の持って行き方がさすがなのだ。ハンカチのご用意を。
「福永武志(零細企業社長)」で、神様が最後につぶやく言葉は、何ということもないのに心に響く。
「世の中っていうのは、たいがい、誰かのおとしものでできてるんじゃよ。最初から自分のものなんて、何もないんじゃ」
今回も青山さんに、心の穴を塞いで頂きました。
2021.6.8 -
最近無敵の青山美智子さん、おもしろくない話に出会わない。読むと勇気付けられる、元気が出る、私もがんばろうって前向きになれる、いい話しかない。
青山美智子無双はいつまで続くのだろう。
著者プロフィール
青山美智子の作品






Manideさんのおっしゃる通り、
『良い面を見ていくというのは、今を楽しく生きることにつながり、よりよい人...
Manideさんのおっしゃる通り、
『良い面を見ていくというのは、今を楽しく生きることにつながり、よりよい人生を歩むためには、大切』ですよね!
読む度にこんな気持ちになれる青山美智子さんの小説が私も大好きです♪
これからもよろしくお願いします!
コメントありがとうございます ( ¤̴̶̷̤́ ‧̫̮ ¤̴̶̷̤̀ )
こちらこそ、これからもよろしくお願いします。
い...
コメントありがとうございます ( ¤̴̶̷̤́ ‧̫̮ ¤̴̶̷̤̀ )
こちらこそ、これからもよろしくお願いします。
いろんな見方や、いろんな意見があるのは、全然よいことだと思っていますが、共感というのは、とても嬉しいものですよね。
こっとんさんのコメント、とても嬉しいですね。
青山美智子さんの作品は、登場人物に光を当てていく感じが、とても好きです。
人それぞれにストーリーがあって、それぞれに光が当たっていると思うと、この世界はステキですね。
(*☌ᴗ☌)。*゚