文学の歴史をどう書き直すのか: 二〇世紀日本の小説・空間・メディア

著者 : 日比嘉高
  • 笠間書院 (2016年11月22日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (252ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784305708236

作品紹介・あらすじ

文学の歴史を書き直すために、何に出会い、どう書くか。
さまざまな切り口がいざなう、近代日本文学研究の可能性。

既存の思考の呪縛のうちにある、「文学研究」を取り囲む〈枠〉と格闘し、どうもがいたか。「空間」「文学史」「メディア」をテーマに、全11章で考えていく書。

【 小説は何をどのように書いてもよいと、鷗外が言ったとき、彼は「夜の思想を以て」と付していた。ここまで私は、文学研究は何をどのように書いてもよいといい、文学研究と隣接領域との交通の重要さを主張したわけだが、しかしそもそも「文学(研究)」の内/外という物言い自体が、既存の思考の呪縛のうちにある。「文学」と「研究」がその姿を変えないまま「外」といくら交渉を重ねても、一時しのぎの意匠が増えていくだけだろう。
 本当に新しいものは、見晴らしのきく昼の世界においては見つからない。わかりきったルーティーンの作業と、それに慣れきった思考が支配するのが昼の世界である。鷗外は役所勤めでへとへとになった自分を一度眠らせ、深夜に起き出して原稿を書いた。「昼の思想と夜の思想とは違ふ」(「追儺」五八七頁)。昼の怠惰な明澄さを眠らせ、文目も分かぬ「夜の思想」にいかに分け入るか。そこで何に出会い、どのように書いていくのか。もちろん、夜の冒険は昼の冒険よりも格段に難しい。】……本書「空間・文学史・メディア 何に出会い、どう書いていくのか」より

文学の歴史をどう書き直すのか: 二〇世紀日本の小説・空間・メディアの感想・レビュー・書評

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  •  都を遷されて衰微著しいから琵琶湖疏水を建設し内国博覧会を開催し平安遷都千百年を紀念しよう。道路を拡張し市電の路線を変更して京都を拡大しよう。身体によって京都に臨み身体でもって京都を知覚しているわたしは京都の街の上を転々と追い立てられ浮浪し彷徨う。軽やかな興奮に弾むわたしは詩人のようにも闊歩する。檸檬は、奇怪で幻想的な城の上に置いた。

    『この慣習(南北方向の移動について、あがる(北へ行く)、さがる(南へ行く)と呼び習わしていること──引用者)がもたらす空間の認識が一般的な街におけるそれと異なるのは、街のマッピングが「点」や「エリア」の集積としてではなく、南北/東西それぞれに固有の名を持った線分が伸び、それが直交しあうことによって創り出される方眼紙のようなマトリクスとして現れることにある。』21頁

  • 文学研究は綱領や規約はどこにもない。しかし文学研究は<枠>の中にある。この<枠>を明らかにして「文学」、「文学研究」を縛り付けているものを把握し、文学研究と隣接領域の交通の重要性を指摘する図書。テーマ別としては「空間」、「文学史」、「メディア」に分かれる。
    特に「空間」は京都の作品が中心。個人的に気になるのは菊池寛の「身投げ救助業」。琵琶湖疎水等近代化が進む当時の岡崎という空間をとらえつつ、作品を考察している。驚いたのは菊池寛が京都府立図書館に通っていたということ。知らなかった…

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