雷電本紀

著者 :
  • 河出書房新社
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レビュー : 9
  • Amazon.co.jp ・本 (435ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309009162

感想・レビュー・書評

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  • しんどい読書になりました。

    天明の大飢饉。
    飢饉と流行り病に苦しむ庶民を、その圧倒的な強さと存在感で励ました相撲人・雷電為右衛門。
    そして、そんな彼を支えたタニマチの鍵屋助五郎。

    雷電は、身体が大きいだけではなく、膂力が強く、柔軟で、反応の速さにも秀でていた。
    それだけではなく漢学の素養もあり、情に篤い人でもあった。
    信濃の貧農の子として生まれた彼が、身体が大きいだけではない、このような魅力にあふれた相撲人になったのか。
    それは書かれていない。
    そこが読みたいじゃない?
    熱心に読んだけど、書いてない。

    子どもの頃は相撲なんて大嫌いだったけど、身体が大きいから相撲に駆り出されていた。
    そこからポーンと相撲取りになっていて、いきなり圧倒的に強い。
    子どもが相撲取りに抱き上げてもらうと、魔除けになって、病気などにも強い子になると言われ、雷電のまわりには子どもを連れた親が押し寄せる。
    それを嫌がることなく、にこにこ抱き上げる姿は、鬼気迫る土俵上の姿とは別人のようである。

    が、それ以上話が広がらないのだ。
    せっかくの魅力的な人物なのに。

    そればかりか、雷電のタニマチ(後援者)の鍵屋助五郎の波乱の人生のほうがよほどドラマチックである。
    彼の物語部分は面白かったし読みやすかったが、如何せん主人公の雷電の物語がつまらん。
    特に取組相手と決まり手が綿々と綴られているところは、本当に退屈でした。

    なんか、滅茶苦茶江戸時代に詳しいおじいちゃんが、問わず語りに語っているのを聞いているみたい。
    知りたいことは教えてくれない。
    かと思えば、同じことを何度も言う。
    時の流れも行ったり来たり。

    庶民はみんな情に篤くて、侍は全員腐っている。
    飯嶋和一の小説はみんなそうだけど、これは特に鼻についた。

    本自体も誤字や誤植が多くて、読みにくく、難行苦行の読書でした。
    ああ、しんどかった。

  • 相撲の取り組みの描写はとても緻密。
    しかしここまで緻密だと、
    まるで「この描写をもとに劇画化しろ」とでも言わんばかり。
    雷電が非常に強い力士であったことはよくわかった。
    ただ強いだけでなく、もっと魅力あるパーソナリティの持ち主であったのだろうと想像するが、ここは取り組みの描写ほど緻密ではなかった。本当に知りたかったのは雷電の人間としての魅力だったので、この点、不満だった。

  • 義理のお母さんが相撲が大好きなんだそうで、チケットがなかなか取れないらしい。最近は朝青龍が引退したしなぁ、良くも悪くもああいう人がいないとニュースにならんなぁ、程度に思っていたので、人気が衰えないのに驚いたわけです。
    考えてみると、相撲というのは多分100年前も200年前も多分今とあまり変わってないわけで、江戸時代の様子をそのまま見れるって、スゴイんじゃね?バカ殿が江戸時代の様子を頑張って再現したりするまでもなく、昔の様子がそのまま分かるんだろうし。そしてあんな大男がどったんばったんやってるんだよね。スゲー迫力だよね。日本人なら死ぬまでに一度くらい見ておくべきか。などと、相撲協会の人みたいな事を思う。

  • 飯嶋和一に外れなし、と言われるこの人の本を読んでみたいと思って、外れなしなら何でもいいだろう、ということでこの本を読んでみることにしました。
    小説なんだか事実なんだかわからないくらいのディテールの詰め方、情景があたかもそこにあるような描写等、読み始める前は名前しか知らなかった雷電が、あたかも近所に住んでいるような錯覚すら覚えました。
    他のも楽しみです。

  • 雷電為右衛門の伝記。

    雷電が登場する頃、主だった力士はすべて諸大名に召抱えられ、土俵入りから勝ち名乗りに至るまで、すべての様式は洗練され、整えられ、かつて賭博の道具でしかなかった辻相撲から出発したとは思えないほど、安全で高尚な小金もちの趣味に合う江戸勧進大相撲に仕立て上げられていた。
    それに対し、百姓上がりの雷電の持論はこうだ。相撲は手に何も持たず、何も身につけず、生まれたばかりの赤子同然で取るものでございます。世人が身に帯びたありとあらゆるもので渡りを為すのと異なり、相撲人はそれらの一切を剥ぎ取り、残ったこの身だけで勝ち負けを競うものであります。身分も家の財も、生まれ育ち、学才や素養、ありとあらゆる世俗の衣を脱ぎ捨て、最後に残った己が身での勝ち負けでございます。他になんらの助太刀も望めず、相手も我が身も生まれたばかりの赤子同然、素手で立ち向かわざるを得ません。相撲場の外とは異なり、何もごまかしようが無いのでございます。己と己、剥き出しの戦かと存じております。そのため、日夜己を虚しくして身を鍛え、心を砕き、修羅さえ燃やして精進しておるのでございます。相撲た結果、死力を尽くし、どのような事態になっても双方その覚悟にて相打つのが本望。生半可に手心を加え、それがゆえに傷を負い、再び土俵にあがれぬ、あるいは死に至る様な事が起こりましたなら、後ろめたさばかりが残りますが、双方身一つ、素手で渡り合い、死力を尽くして攻防を繰り返した結果ならば、どのような結果がおとずれようと、己自身にも、また、相手方にも悔いはあっても、後ろめたさはございません。

    そんな雷電が将軍の上覧相撲をとることとなった。雷電が庶民にとって人気だったのは、自分達と同じく、本来住むべき田畑を追われるようにして離れ、必ずや悲惨な命運をたどるはずの者だったが、逆に将軍家に最強の力士と認められ、立身を果たすという絵空事を、現実のものとして見せてくれるに違いないという願いからだった。雷電は将軍家の御前で、すべての不当な屈辱や敗北を晴らしてくれるに違いないと、人々が敏感にかぎとっていたからだ。

  • すごい男たちの人生!とてもよかったです。

  • 風俗としての江戸の相撲の描写は大変興味深い。雷電自身の描き込みが少ないのが物足りないが、「巨人を見る庶民」を描くという点で「始祖鳥記」の萌芽が。やっぱりこの作者の小説は「始祖鳥記」で完成したのだ。

  • 江戸時代の力士、雷電為右衛門のお話です。
    相撲については全く知識がありません。かろうじて横綱が一番強いということは知っているくらい。
    あの若貴全盛期にも見ることはなかった相撲。なによりあの巨体が苦手なもので。。。
    よく知らないので相撲っているシーンはあやふやな想像しかできませんでしたが、それでも迫力十分!
    読了後、相撲を見たくなりました。
    飯嶋さんの筆力はほんとうにすごい!

    江戸中期、庶民の娯楽であった相撲。
    各藩のお抱え力士たちが拵え相撲をし、藩の役人の横槍で勝ち負けが「預かり」になることなど日常茶飯事の頃、ただ一人正面からそんなものを粉々に粉砕していく雷電。
    その鬼のような強さとうらはらに、土俵をおりた雷電は貴腐の区別なく赤子を抱いてやり、飢饉の村々へ出かけ四股を踏み続けます。

    物語は雷電自身の語りはなく、とりまく周囲について描くことで雷電の人となりを浮き彫りにしています。
    恵まれた体格であることにあぐらをかかず精進し、真っ正直に相撲う雷電に触れ感化されていく周囲の力士。
    ふとした出会いから雷電を贔屓にしていた鉄物問屋の鍵屋助五郎。
    かれらとの関わりや人生をとおして雷電が描かれています。
    年代が飛び飛びして前後の脈絡を捉えるのはちょっと手間でしたが、それでも一気に読みました。

    ところどころで泣かされるシーンがあったのですが、一番心に残ったのは雷電の父親。
    天明年間の飢饉の続くころ、農家の一人息子だった雷電は相撲年寄りの誘いをうけて角界入りします。
    この時代、ようやく働き手となった息子を手放す百姓などいません。それでも親はこのまま村に残ることは子のためによくないと断腸の思いで息子を預けます。
    この無償の愛には心を打たれました。

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著者プロフィール

小説家。1952年山形県生まれ。1983年「プロミスト・ランド」で小説現代新人賞を受賞しデビュー。88年「汝ふたたび故郷へ帰れず」で文藝賞受賞。(上記の二作は小学館文庫版『汝ふたたび故郷へ帰れず』に収録)2008年に刊行した単行本『出星前夜』は、同年のキノベス1位と、第35回大佛次郎賞を受賞している。この他、94年『雷電本紀』、97年『神無き月十番目の夜』、2000年『始祖鳥記』、04年『黄金旅風』(いずれも小学館文庫)がある。寡作で知られるが、傑作揃いの作家として評価はきわめて高い。

「2013年 『STORY BOX 44』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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