神無き月十番目の夜

著者 :
  • 河出書房新社
4.12
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感想 : 24
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  • Amazon.co.jp ・本 (339ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309011561

感想・レビュー・書評

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  • 江戸初期に常陸国で起きた「生瀬騒動」の顛末を描いた物語。戦国末、各地に割拠した土豪支配地が滅亡していく様を生々しく描き切っている。江戸幕府の一極支配が進展する過程では、この様な事例は全国で多数起こっていたのだろう。そう思わざるを得ない臨場感がこの作品にはある。
    読後感は重過ぎるほど。胸に迫る。人間の尊厳などというものは何処にも無い。しかし、"人と人とが争い合うという事はこういう事なのだ"と思う。目を背けてはいけない。そう思わせるだけの強さがある。史料を基にした創作作品ではあるが、歴史を学び、歴史を知る事が如何に大切なのかを改めて感じた。

    追記
    …読後感は白土三平の『カムイ伝』に近い。権力の持つ理不尽さ。どうしようもない虚無感。次々と死んでゆく無辜の民。その怨念すら歴史の狭間に埋もれていく。
    映画ならローランド•ジョフィ監督作品『ミッション』ですね。

  • 仮説だろうけど凄まじく、救いのない話

  • 重厚な文章、圧巻。中心人物と思しき藤十郎のゆくえに関する謎はメインではない。

    彼の初陣から小生瀬に生きる者たちの生活、土着信仰、それらが時代がかわったことで転換をしなければならなくなったことでおこってしまった悲劇がメインなのだろう。

    そのために彼らの生き方や生活がかなりのページを割かれて描かれていた。

    踏み躙られる伝統、膨れ上がる怒りと反発。戦の無惨さを知る藤十郎の思い。面子を重んじ、民の反撃を恐れる者たち。それぞれが全く噛み合わない。

    平穏に生きるということはとても難しいことなのだなと思った。

  • 関ヶ原の戦い後、小生瀬(茨城県北部)の村人が突然姿を消し、鳥や野犬に食べ荒らされた状態で発見される所から話が始まる。

    それまで自治が認められていた豊かな村に、徳川の検地が入る。
    戦より生きる事を選ぼうとする肝煎りと、戦を知らない若い世代とのギャップ。
    どんどん不幸な結末へと向かっていく物語に、何度も読むのが苦しくなった。読み終わってもなお、心が重い。

    普段相手にされない者ほど、聞かれると秘密を漏らす。
    豊かで誇りを持って生きている者は、よそ者を温かく迎える。
    なるほど、と思う人間描写が沢山あった。

    「一村撫で斬り」
    実際にあった事件を元に書かれた小説だが、本当に恐ろしい話だ。

  • 慶長七年(1602年)、今の茨城県北部で起きたらしい、一村まるごとの大虐殺事件。
    古文書に数行記されただけのこの事件を、倒叙法で書ききった小説。

    関ケ原からまだ2年。
    幕府が開かれる前の徳川の治世は、まだ流動的な部分が多々あった。
    常陸の北部は元々、南下してくる伊達政宗から水戸の佐竹氏を守るための要衝だったため、半農半兵の騎馬の民が住み暮らしていた。
    彼らの生活は、年貢を納めるためだけに生きているような百姓とは全く違うもので、ことが起こったときには命を賭ける代わりに平時は租税率も低く、集落ごとに自給自足できるくらいの経済力はあったのだ。

    それが、関ケ原以降の徳川体制への移行に伴い、伊達氏の進攻もなくなったその地も、徳川直轄の蔵入れ地へと組みこまれることになった。
    生活のレベルが下がることは容易に想像できたが、今さら謀反を起こしても徳川に勝てるわけもなく、蔵入れ地やむなしと思い定める当地の肝煎り石橋藤九郎と、騎馬衆としてのプライドをかけ自主独立を守りたい村の若者たち。
    さらには取りたて米を増やすことでこれまでより多くの収入を得たい新たな領主と家老たちと、騎馬衆と波風を立てずに徐々に取り込んでいきたいと思う家臣たち。
    それぞれの思惑が複雑に絡まり、事態はどうしようもなく悲劇に向かって転がり落ちていく。

    島原の乱を書いた『出星前夜』もそうだったけど、虐げられた人々がやむなく蜂起し、それが徹底的に弾圧される様子が実にリアル。
    そして、主要人物が途中で姿を消してしまうところも相変わらず。
    だから読んでいてカタルシスを得られることはない。

    けれど読んでしまうよね、彼の作品は。
    いつも思うけど文章も決してうまくない。
    だけど事実がもつ圧倒的なリアリティ。この迫力。
    苦しいほどに覆いかぶさってくる無力感。

    “(戦の酷さを目の当たりにしたことのない)者たちが、一番始末が悪い。酷たらしいことを平気でやるのはそんな連中だ。そもそも人は畜生より始末が悪い。何だってやるぞ。ところがな、戦の際にひどい目にあうのは女と子ども、それに年寄りだ。いつだってそうだ。いつだって弱い者ばかりが最も悲惨を味わう。戦絵巻など、文字どおり勝った者の作り上げた絵空事ばかりだ。よい戦など、この世にはない。戦というものを知った時にはもう何もかもが遅いのだ。”

    石橋藤九郎を探し出すため行われた虐殺は、戦うすべを持たない年寄りや女子供しかいない「カノハタ」の全ての命を踏みにじる。それは、フセインを探して空爆を繰り返したアメリカを簡単に思い起こせるほどに似通った構図だった。

    数年前、秋田出身の佐竹さんに会ったことがあります。
    も、もしかして、秋田のお殿様だった佐竹氏のご子孫ですか?
    「はい。分家ですが。そして、もともとの本家のご先祖様は茨城の水戸の人なんですけどね」

    ほ、本物や!
    今私は歴史の生き証人を見た!キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!
    …いや、生きてないけどね。っていうか生まれてないけどね。
    でもまあ、そのくらいテンションあがりましたよ。
    やっぱり本州の人って身近に歴史があっていいよなー。

    その集落の北に大子や袋田があり、古来より砂金が採れた場所ということは…常陸太田市の旧金砂郷村辺りが事件の舞台ではないかと思います。
    友だちの配偶者さんがそこの出身で、たまにおみやげ(天狗納豆)を頂いたりもしたので、今度この事件のことを何か知っているか聞いてみようと思いました。
    身近に歴史があっていいなー。

  • ん~~
    なんてムズカしい。
    なんか普段使わない方のノウミソ、
    いっぱい使った感じ。

    ただでさえ、日本史弱いし、
    漢字いっぱい並ぶと
    余計アタマに入ってこないし…

    でも、いろいろ考えちまったなぁ~

    日本人の性格って
    江戸もイマもそうたいして変わんないかも、
    線引きしたがる人種かも、
    日本人て戦うの好きなのかも、とか。

    でも、なんか虚しくて、悲しくて。
    それがよかった。

  • 江戸初期、百姓一揆を起こして全滅させられた村を舞台にした、歴史小説。史実だが殆ど資料がないので、作家の脚色が多いが、真実に迫る描写。

    幕府の蔵入れ領になり厳しい検地と重い年貢が課されることになった小村。その村で育ち、若き頃武勲をあげた村の英雄である藤九郎は、庄屋(肝煎)となるが、百姓に情深く、役人たちの圧政との板挟みになる。それが後半になって悲劇を呼ぶ。

    出だしからかなり濃密な描写。戦闘シーンも臨場感たっぷりで、ひさびさに本格的な歴史小説に会ったという気がした。ロマンチックなタイトルなのに、凄絶。

    冒頭で一村亡所にされた後の村を訪れた役人たちの場面からはじまり、蜂起の首魁とされた藤九郎の所在不明がミステリーとなる。その謎は佳境になって明かされるが、そこに本作の着眼点はない。何があっても生き延びねばならない、という信条の若きリーダーと、しかし、仕事の糧を理不尽に奪われ怒りが抑え切れない百姓たち。役人たちの私利私欲の横暴と、それへの制裁。

    登場人物の大半が死んでいく物語だが、読後感はたしかに悪くない。
    ただ志の違う者どうしが話し合いで解決することの難しさを感じてしまった。

  • やや難しくとっつきにくかったが、読んでいくととてもおもしろかった。

  • 有り体にいえば百姓一揆。しかし、なぜ彼らは蜂起したのか?
    なぜ、村は消滅したのか。それがこの物語の全てであり、悲劇です。

    凄惨な終わりから始まる物語ですが、間には悪夢の前の穏やかな村の姿も描かれています。
    それだけに、徐々に暗部へと転がり落ちる様は読んでいて痛々しく、息苦しい。
    恐らく主人公級ともいえる登場人物である藤九郎は、生来より生き物を慈しむ穏やかな性格。しかし伊達軍との戦で親友を失い、敵の騎馬を3騎も落とす大活躍をする。その戦で戦うことで得るものなどなにもないと改めて知った彼は、小生瀬の山村で百姓として生きることを決意するが、幕府の体制支配を前にして決断を迫られる。
    どのように生きることになろうとも、死よりも生を尊いと信じる藤九郎の姿は、誠実の一言に尽きます。彼の存在だけが、この物語の救いかもしれない。

    かなり重たい読了感ですが、どういうワケか後味は悪くない。というのも恐らく作者の筆力が神懸かっている所為かと思われます。
    史実のミステリーをこれだけ書き切るとは…。
    歴史小説、ノンフィクション系好きにはたまらない一冊です。

  • 様々な場面でもっと意見が交わされていれば、疑いの目でみなければ、こんな悲劇は起こらなかったと思いたい。

    何かで紹介されており、ホラーと勘違いして借りてきた本だったけれど、こんな出来事があったのかと衝撃を受けました。

    直次郎の弟、助かっていたらいいのにな

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著者プロフィール

小説家。1952年山形県生まれ。1983年「プロミスト・ランド」で小説現代新人賞を受賞しデビュー。88年「汝ふたたび故郷へ帰れず」で文藝賞受賞。(上記の二作は小学館文庫版『汝ふたたび故郷へ帰れず』に収録)2008年に刊行した単行本『出星前夜』は、同年のキノベス1位と、第35回大佛次郎賞を受賞している。この他、94年『雷電本紀』、97年『神無き月十番目の夜』、2000年『始祖鳥記』、04年『黄金旅風』(いずれも小学館文庫)がある。寡作で知られるが、傑作揃いの作家として評価はきわめて高い。

「2013年 『STORY BOX 44』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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