- 河出書房新社 (2007年2月8日発売)
本棚登録 : 2702人
感想 : 521件
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (308ページ) / ISBN・EAN: 9784309018041
感想・レビュー・書評
-
最初から不穏な空気が漂っていた。
父母が、娘夕子をどんなに溺愛しても、夫婦の関係がうまくいかないと、娘の人生に大きく影響する。
芸能活動をしながらも、夕子の不安な感情を思うと切なかった。
悲しい小説だった。 -
綿矢さんは初読みでしたが、読みやすかったです。内容的にはさほど共感しなかったけど、こういうタレントさんいそうだなとちょっとリアルな感じもしました。後半にかけては内容が気になりサクサク読めました。
-
綿矢りささん3冊目かな。前2冊とも面白かったし、それ以前、ある短いエッセイを読んでその洗練された文章にいたく感銘を受けて以来注目している作家さんです。
が、この本はどうなのかな?最初からずっと違和感ありでどっかで展開しないかなと思いながら読んでも読んでも違和感、不快感。終盤になっても同じ。もう、やめようかなと思うぐらいに、少し腹が立つぐらいの読書。
結局なんだったのだろう、このストーリーは。現実離れしているようだし、事件(?)の後の周囲の対応、動向も違和感満載だし、ヒロインにもイライラ。とにかく楽しくない読書でした。
でも、次の綿矢さんに私としての名誉挽回を期待します。 -
綿矢りさってこういう物語が描けるようになったんだと。今までの作品とタイトルの付け方も違うし文体も違う。丁寧な描写と生臭さと希望も何も見えない終わり方が強く印象に残った。ただ最後に感じたのは芥川賞でデヴューを飾って一躍文壇のスター的取り上げられ方をされた作者本人の思いのたけとどこかで破滅してしまいたいという願望があったのだろうかとか勘ぐってしまった。多分この作品を生み出すのって苦労したんじゃないかな。
-
子供の頃からCMに出演していた容姿端麗な女の子が、高校生になって本格デビューし、人気が得られるも、そのうち恋をして…という話。
残るのは虚しさばかりといった感もあるが、10代で芥川賞を取って時代の寵児となった作者そのものの思い出・あるいは願望が投影されているのだろうか。 -
「夢を与えられる人になりたい」
という目標をよく聞くけれど、与える人もそれなりの苦労があるんだね~
TVで見ている子役に対して、
いつまでも変わらずに、そのままでいてほしい
成長するのは喜ばしいのだけれど、子供のままでいてほしいという
のは、見ている視聴者だけの思いなのであって
周りの環境の変化、自分自身の変化が激しいだろう芸能界で
生き残る子役さんたちの苦労も考えずに
そのままでいてほしいなんて思うのは、ちょっと残酷な気もしましたね
でもこの本の中に出てくるゆうちゃん、みたいなパターンは
今まで何例もあったような・・・・・
でも、こういうスキャンダルをチャンスにして
また復活出来るのも芸能界。
やっぱり芸能界って恐ろしいwwwww -
最初の5ページほど読んだだけで嫌な予感がしていた。だから読み進められなかった。
何とか読み終えた今、はあ、気が重い。
これが出たとき「これは、綿矢さん自身の話なのでは?」と訊かれ(もちろん、それは穿ち過ぎだ)、本人は否定したらしいが、そう読まれて仕方ない部分もある。
彼女自身、敢えてそこにシニカルに切り込んで、この作品を仕上げたという見方もできるけれど。
2004年の芥川賞受賞後、出版業界は彼女をヒロインに仕立て、カンブリア村上氏言うところの出版不況好転を願って、「綿矢先生、是非、次の作品はうちで」というオファーがたくさんあったに違いない。
P46:「この子は日本で一番きれいに咲き誇ることのできる花ですよ」と事務所の社長が夕子に言ったように。
さすがに
P144:「綿矢先生(夕ちゃん)は今ブレイクするときなんだ」或いは
P145:「あなたに来ている波は、今出版界(芸能界)のなかで一番大きな波だ」
註:()内が原文
とまでは言わなかったにしても。
『人の噂も七十五日』とはよく言ったもので、時が経てば経つほど話題性は薄れていく。
これは芸能界も当時の出版界も同じ。
結局、この次作を世に出すまでに3年半の歳月を要することになる。
その間、ストーカー被害に悩まされ、*実りのない恋に激怒し、どこかの誰かに「愛してる」と言われ、狂ったように引越しを繰り返した。(*文藝 2011年 08月号、本人談)
ところが書けない。
書いては破り書いては破りの繰り返し。悩み、もがき、苦しみ抜いた3年。
そして「一人称の限界を感じ、三人称に挑戦」(本人談)。
だが、そこは出版界も同様。
3年以上も経ってしまっては話題性も薄れ、そのせいか、内容のせいか、部数も「蹴りたい背中」の127万部に対し18万部と激減。
もちろん部数が作品の良し悪しを決めるものではないが、この作品が受賞の翌年にでも発表されていたら、少なくとも「蹴りたい背中」の半分くらいまでは届いたのではないか。
そうすれば河出書房新社もホクホクだったろうに。
P303:「信頼の手を離してしまったからです。信頼だけは、一度離せば、もう戻ってきません。でも……そうですね、別の手となら繋げるかもしれませんね。人間の水面下から生えている、生まれたての赤ん坊の皮膚のようにやわらかくて赤黒い、欲望にのみ動かされる手となら」
「でも、今はもう、何もいらない」
夕子(綿矢りさ)は見えない何かと決別、或いは諦観してしまう。
結局、次作「しょうがの味は熱い」で、再び一人称に戻すことになる。
ただし、そこでは、もう一人の男性視点での一人称も加えるという試みに挑む。
試行錯誤を重ねながらの「しょうがの味は熱い」のラストの場面。
「この部屋を出て行こう。一人暮らしの自分の部屋に戻ろう」
明るく開き直り、というか再び決断し、「自分の書きたいものを書こう」という方向へ向かう。
その結果、次の作品「勝手にふるえてろ」では、存分に弾けまくる一人称視点への回帰。
こんな時系列を勝手に思い浮かべながら「夢を与える」を読めば、この作品の立ち位置は結構興味深いものがある。
かなり穿った見方なのは分かっているけれど、ね。
内容は、芸能界でよくあるチャイドルの転落物語。新鮮味は全くないですね。
これが発表されたのは2006年ですが、今ではテレビ番組で、昔子役で頑張っていた子が実は裏ではすごいことをしていた、なんて話を暴露するのが当たり前の状況だし。
実際、芸能界とか、RQの世界とか、こんなものです。
ストーリーも、次はこうなるよな、だから彼はこうするだろうし、母親と父親はこうなるに決まってる。
と誰もが思う予想通りの展開。
唯一、多摩君との話が心を少し軽くしてくれるのだけれど、それも、あっという間。
救われない物語でした。
彼女にしか書けない美しい日本語、巧みな比喩はいったい何処へ消えた?
いくつか所々に散見されるものの、おそらく現在2012年までに発表された彼女の作品の中では最も長い小説にもかかわらず、綿矢さん独特の表現や、話し言葉や、比喩は少ない。
三人称視点で、なおかつこういったストーリーでは彼女の素晴らしい感性による表現力は発揮できない気がする。
この文体で、このストーリー展開で、途中に
「で、夕子の下のふせんも俺が取ってあげるよ、ってか。正気か。」
などという文章を挟みこめるはずもないし。
一人称視点の長所は、感情描写がしやすく、語り手への感情移入もさせやすい。
短所は、読者が語り手に共感できなかった時に拒絶されやすい。
読者の感情移入しやすい人物が、悩み考えながら何かをする小説に向いている。
三人称視点の長所は、主人公と関わらない場所でも他の人物も書けるし、他の視点ほど読者を選ばない。
これを冷静に判断すれば、綿谷さんの作品は、内なる心の葛藤を表現する文章でこそ、彼女独特の感性を発揮し、美しい日本語、巧みな比喩、或いは口語が書けるわけだから、一人称視点に向いているのは明らかだろう。
彼女の作品を時系列で追っていくと下記の様になります。
*◎などは、私の個人評価(未は未読)
1.◎ インストール 『文藝』2001年冬季号
2.◎ 蹴りたい背中 『文藝』2003年秋季号
3.〇 You can keep it . 河出文庫収録 2005年10月
4.× 夢を与える 『文藝』2006年冬季号
5.△ しょうがの味は熱い 『文學界』2008年8月号
6.◎ 勝手にふるえてろ 『文學界』2010年8月号
7.未 自然に、とてもスムーズに 『文學界』2011年1月号
8.未 かわいそうだね? 『週刊文春』2011年2月10日号~
9.〇 亜美ちゃんは美人 『文學界』2011年7月号
10.未 トイレの懺悔室 『文藝』2011年夏季号
11.× 憤死 『文藝』2011年秋季号
あらためて見ると、2011年になって、突然雪崩のように作品を起こし続けているんですね。
註:初の三人称に挑戦と書いたが、実際は「You can keep it . 」も三人称。ただ、この作品の場合は「インストール」文庫化に当たり、彼女がそれまで書き溜めていた作品を再構築したのではないかと推測される。でなければ、本人が「夢を与える」について語った時、「一人称の限界を感じ」と言わないだろう。
うーむ、堅すぎて、かつ長すぎてつまらないレビューになってしまった。反省。
ということで、あまり悩まずに「綿矢さん、書きたいものを書いてください。あなたは時代と日本語に選ばれた天才なのだから」という強引な終わり方にします。-
koshoujiさんこんにちは。
未読だった「夢を与える」を借りてきて、先にkoshoujiさんのレビューを拝見しました。
一人称と三人称...koshoujiさんこんにちは。
未読だった「夢を与える」を借りてきて、先にkoshoujiさんのレビューを拝見しました。
一人称と三人称の考察が面白くて、借りてきた本を読み終わる前から「やっぱり綿矢さんは一人称だよね!」と思っちゃいました(笑)。
まだ20ページ過ぎたあたりなんですが、どうも三人称だと、らしさが消えて、あまりよくない意味で「普通」になっちゃいますよね。
とはいえ、数少ない綿矢作品、楽しみながら読みたいと思います♪2013/01/21
-
-
アイドル(ん?チャイドルかな?)ていうありそうでなさそうな設定に初めは引き込まれて読んだけど、後半からだだ滑り。バッドエンドだとか後味悪いとか、もはやそういう次元じゃなかった。蹴りたい背中も結局はなにも解決せずに終わるけど、ハツと夕子ではどん底加減が決定的に違うから、とことん救われない。もったいない。リメイクして文庫落ちしないかなあ。
-
ゆうちゃん…おばかすぎるよ。
読後感最悪でした。
愛した相手を求めて、信じ続ける気持ちは理解できるけれど、これはいかん。
素直でいい子だったのに、これでは悲しすぎるね。 -
-
最初は毒親の話か……?と毒親育ちの私は警戒しておりましたが、綿矢先生特有の柔らかく、時に激しい文面に惹き込まれ、あっという間読み切りました。
綿矢りさ作品は殆どあっという間に読んじゃっています。
夕子の産まれる前の母の執念が恐ろしく……
そんな母の子だからこそ、愛に生き、そして母にまもられすぎた故に知らなかったこと……
よく夕子は捻くれず、真っ直ぐ純粋に育ったな……と思います。
最後の方は悲しい場面が増えますが、読み終えても夕子を応援する私がいました。
悲しい話ではあるものの、誰かの背中を優しく撫でたくなる気持ちになる話でした。 -
表現力の素晴らしさから、最初からとても引き込まれた。特に、最初の方の、赤ん坊の可愛さを表す表現!話の展開も、最初の方は、どんな風に転がって行くのか、予想出来ずにワクワクしながら読んだ。18年間?の物語、色々なことがあって飽きなかった。最後にしっかり伏線回収しているのも凄い。作りがしっかりした作品だと思った。
-
実は初期の綿矢りさ作品を読むのは、これがはじめて。
ひとりの少女(夕子)が、生まれる前~高校を卒業するころまでを書いた本で、必然的に結構長い。
客観的視点で書かれているので、夕子がどういう子なのか言い切り型で書いてあるのだけど、恋をするまで夕子の意思というのは殆ど伝わってこなくて、夕子が何を考えているのか謎だった。おそらく、夕子自身も自分が何をしたいのかわからないまま、周囲から求められる仕事にひたすら応じていた、ということなのだろう。
夕子が恋をしてから(彼のことをなぜ好きになったのかも、よくわからなかったが)、彼と恋への執着で他の人の話を聞かなくなったあたりが妙にリアルなのと、それ以前のふわふわした世界観とのコントラストがはっきりしていたなぁ。
夕子が恋をしてからの話は読んでてすごくつらくて、本を読み終わったときは「やっと終わってくれた」と思った。求めても求めても得られない物への執着は、他人事であってもつらいのだ。
ただ、その後も夕子の人生は続いていくから、やはりそれはつらいなと思った。
芸能人として忙しくなっていく夕子、事務所の人達とのやりとりを読むのは結構楽しく読めた。人気がでて、上向きのところだったからだろうか。
読みながら、私が子供のときに10代で活躍していたいろいろな芸能人のことが頭をよぎった。
最近、昔の金田一少年の事件簿(ドラマ)を見たけど、出演していたともさかりえさんは「第2シーズンは自分のつらい顔を見るのがこわい」ということを書いていて、きっとこの頃、彼女にとってしんどい時期だったんだろう、そしてそれは彼女自身が40代になっても忘れられないほどのしんどさだったんだろう・・・と、思った。
華やかな世界、人から羨ましがられるような世界にいても、当然ながらつらいことはある。そんなこと、誰でもわかっている。でも、そこを目指す人が多いのはなぜだろう?考えてみたけど、私にはわからなかった。 -
フランス人の血をひく美しい少女、夕子が幼児時に雑誌モデルからテレビタレントとしてデビューし身体も中身も成長していくお話。
幼い頃から大人に囲まれてチヤホヤされて育ってきたのに、素直で優しい子に育っていく夕子。ただ一つだけ、自我をとおしたことで見事に道を踏み外していく。「え、これで終わりなの?」というラスト。もう少し救いがあっても良いのでは。 -
別れ話を切り出された恋人を無理に引き止め結婚、産まれた子をチャイルドモデルにした母。順風満帆で人気を集めた娘「ゆーちゃん」。
こういったアイドルの話は、だいたいのラストは予想がつくものの(そして実際に予想通りの終わり方ではあったものの)芸能界で生きる少女がどう変化していくのか気になり、最後のページまで一気読みでした。さらに「ゆーちゃん」のその後も読みたくなるくらい、全く飽きない展開でした。
冒頭は、無理に男をつかまえる計算高い女(ゆーちゃんの母親)の語りであるため、ちょっといらつく女、と思ったけど、すぐにゆーちゃんの物語となり、目が離せなくなった。
芸能界のことや、芸能人の心情が事細かに描かれていて、すごいなと思った。
中学時代のゆーちゃんの男友達、多摩のほのぼの感が唯一の癒しでした。
あと文章がきれい。「インストール」や「蹴りたい背中」よりも、さらに洗練されている感じを受けました。芥川賞受賞後の第一作、まだ22歳か23歳くらいでこれだけの内容を書けるとは…。綿矢さんとは同じ歳なので、いつもながら精神年齢に雲泥の差を感じました。 -
単行本が出たころに、新聞で書評を読んで、あのころは綿矢りさが芥川賞で騒がれていて間もなくて、『蹴りたい背中』は中学生ながらに不思議な気持ちを持って、これ読みたい読みたいと思いながらもずっと読めず、いつの間にか文庫も出て、ついに図書館で単行本を借りて読んだのですけど、もう10年近く経っている。
時がずいぶん過ぎてしまったんだなぁ、というのがいちばんの感想で、この本の旬は確かにもう少し前だったのかもしれない。
核家族という名前の宇宙船の息苦しさや、密接な人間関係のときの鋭い目線が、女独特のきつくにおう身体、が、面白いのだと思う。
漫画の「溺れるナイフ」を思い出した。あっちはハッピーエンドだけど、少女くささ女くささとか、不良少年が好きと思うあたり、「ヘルタースケルター」よりも近いのかなと。
そういえばこれもナイフも小松菜奈だ。 -
今60ページ程読み終えたけど
正面言って最後まで読む自信がない。
冒頭部分、幹子が結婚に漕ぎ着けるまでは文章も生き生きとしていて面白かったんだが、その後徐々に...。
難解なわけじゃなく、退屈。ストーリーで読ませようとしているだけで、引き込まれるような表現がないせいかも。 -
一気に読みきりました。綿矢りさくらい若くてこんなに書ける女性の作家はいないような気がします。あと芸能人として普通ではない人生を送るヒロインの名前が「夕子」っていうのが潔いです。若い作家って、思い入れをこめて主人公に今風の名前を付けることが多いから。
-
フランス人と日本人の間に生まれた夕子ちゃんが、
子役デビューして大人になるまでのお話。
それ以上、語るべき内容が見当たらないのが哀しいところです。
綿矢りさのデビュー作を読んだ頃、私は、この人が同い年とは思えなかった。
たかだか20年弱の人生で、これほどまでに差がつくのかと、愕然とした。
デビュー作以来、綿矢りさの作品には触れていない。
あの頃の煽動を期待して読んだ。
冒頭何行か読んで思った。「これは、本当に綿矢りさの書いた文章か?」
最後まで、その思いは消えなかった。
残念です。
他の作品で、またあの感動を思い出させてほしい。 -
2001年『インストール』文藝賞受賞デビュー、2004年『蹴りたい背中』芥川賞。そして、2007年、『夢を与える』。ここには、あの清新で鮮烈な綿矢りさのイメージはない。うんとプロの作家に変貌したという感じだ。もし、これが彼女のデビュー作なら、若いのになかなかに上手い作家だと評されただろう。その代り、それほど注目されることもなかっと思われる。この時期は作家、綿矢りさにとっては、脱皮し、あらたに変貌を遂げていく重要な時期なのだと思う。物語は、やりきれない暗さに満ちているが、また実によくできた小説でもある。
著者プロフィール
綿矢りさの作品

お勧めですか?
お勧めですか?
うーん。
時間があって「夢をあたえる」が苦なくよめたなら、お勧めします!
うーん。
時間があって「夢をあたえる」が苦なくよめたなら、お勧めします!