柴田さんと高橋さんの小説の読み方、書き方、訳し方

  • 河出書房新社 (2009年3月13日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309019178

柴田さんと高橋さんの小説の読み方、書き方、訳し方の感想・レビュー・書評

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  • 一番魅かれたのは、高橋さんのはしがきと、柴田さんのあとがき。

    はしがきで、小説を、書く、読む、訳すという作業が、小説の気体、液体、固体とたとえられていたのには、妙に納得できたというか、なるほど、そういう感じが感覚的に捉えやすいなと感じ入りました。

    小説の書き方は、高橋さんを柴田さんがインタビュー。小説の訳し方では、柴田さんを高橋さんがインタビュー・・・のはずが、殆ど高橋さんが主導権を握っている印象。対談をまとめられたものなのだけれど、途中、どちらの発言なのかが混同したのは、「小説の訳し方について」の章。どなたが発言したのか、なんて最終的にはどうでもよいことなのだけれど、語りまくる高橋さんの言葉を補完に徹する柴田さん。これって、作者気質、訳者気質の表れなのかしら?いやいや、そんなことはないはず。

    「訳し方」の章では、翻訳することはいかなることかではなく、アメリカ近現代文学を訳すこととは、どうアメリカを、アメリカ人の生活スタイルの変遷を捉えるか、につながるのだ、という話のように受け取りました。

    とにもかくにも羨ましい対談です。・・・が、作家の名前だとか、作品のことを知らないので、内容のほとんどは何のことを言っているのかわかりませんでしたけど。XX論的なやりとりが続いて、実際に作家たちは、そんなことまで意識して書いているのだろうか?という疑問も。描き出したいことを、表現したい方法で、本能的に、あるいは、作為的に紡ぎだしているのが小説だと思うのです。

    小説の読み手としては、あまり難しいことを考えず、疑似体験ができることを最大の喜びとして、これからもぼちぼち読書を続けていきたいと思います。

  •  まいったなぁ。
     実は半分も理解できていないんじゃないかって思っている。
     この両者、どちらもそうとうに頭が良く、対談している内容が時々「何? 何? 何を話しているの?」とチンプンカンプンになってしまうこともしばしば。
     まぁ、読んでいて、自分自身も頭が良くなったような錯覚には浸れるけど。
     柴田さんって、村上春樹氏と対談している時はわかりやすいのに、やはり相手が高橋源一郎氏だと、対応が違ってくるんだなぁ、とこの点は面白かった。
     色々な作家の色々な小説が紹介されているので、いずれこの本で推薦されていた作品を読んでいきたいな、と思っている。

  •  まだまだわからないことだらけだけど、面白かった。小説ってなんて奥深いんやろう、小説家って、どれだけのことを考えてるんやろう。なーんて月並みな言葉しか浮かばない。。
     海外文学ももっと読もう。

  • #アメリカの作家がやるように「アメリカ」を発見しようと試みて失敗したのが『ゴーストバスターズ』。そこで「やっぱり僕は日本を発見するしかないのかも」と思い、日本の近代文学から考えたのが『日本文学盛衰記』。というくだりは、源一郎読者には腑に落ちる説明。

    #エイミー・ベンダーなどの00年代以降の潮流にも触れつつ、アメリカで十万部単位で売れる純文学はアーヴィングかオースターぐらい、というせつない話も。壁の向こうの庭で起きている面白いことを、一人がよじ登って下の子供たちに報告する、という柴田君の翻訳者のイメージ可愛すぎ。

  • 小説のコードの話、とても良く分かるなあ。現代の作家のありようは、コード通りに書くか、まったく書かないか、「コードがあるよ」と書くか、基本的に三通りしかない。そしてこれはミステリにも通じる話なわけで。

  • 日本とアメリカの文学論という感じ。話題にのぼる小説をもっと読んだことがあったら、より面白く読めるのかなぁ。

  • 小説の世界や文学に決まりはないのだな。

  • 現代の先端をゆく作家と翻訳家の対談なので、どんな深イイ話がでるかと期待していたら、自分には難しすぎる話題がほとんどだった。見方によっては二人の間にしか通じない、暗号的なものを使って語り合っているようにも見える。
    しかし、言葉の端々に「ことば」の本質にかかわる何かが見え隠れする。翻訳というのは言葉の置き換え作業ではなく、あたらしい意味を付加する作業なのだとか(例えば英語で書かれたテキストを日本語に翻訳すると、そのテキストには英語本来の意味にくわえて日本語的なニュアンスも含むことになる)、ひらがなとカタカナと漢字で書かれたテキストがあったとしても、必ずしもそれは日本語ではないよ、とか、正しい日本語と(意図的に)破壊された日本語があるとか、アメリカの作家は文体よりも「Voice=声」を重視するのだとか。
    文章の持つ「声」ときくと、いっしゅん首をかしげるけれども、それはたぶん、言葉、あるいはもう少し長い塊として文章や段落が持つリズムや抑揚のことで、音読すればわかりやすいのだろうけど、言葉の持つ音楽的側面なのだろう。おそらく言葉を使う人の数だけバリエーションがあるはずで、言葉のフィンガープリントと言ってもいいかな。作家的にはその「声」が際立っていることが大事であるらしい。とはいえ、これもかなり抽象的な話で決してわかりやすいとは言えない。

    あとは近代から現代の小説の特徴をざっくり語っているとか、海外に紹介したいニッポンの小説30冊×2人分を紹介するなど、興味深い試みもある。

    結論として、国内・国外作品ともに相当量読み込んでいる上級者向けの対談ですな。

  • 特にまとまった感想はなかった。読みやすかった。

  • ・「読んだ瞬間に『この言葉はおかしい』、これは日本語ではない、という小説でなければだめだと思っていました。」
    小説の異化作用。あらためてなっとく。

    ・「コード」があると知りながら知らないふりをするか、あるいは「コード」ありますよと正直に書いちゃうか。

    ・トップダウン型とボトムアップ型で、日本人はトップダウンがとても苦手な民族ではないか説。たしかに。

    現代小説にあんまり追いつけてないなぁ…。

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