東京プリズン

著者 :
  • 河出書房新社
3.06
  • (29)
  • (63)
  • (88)
  • (54)
  • (26)
本棚登録 : 821
レビュー : 141
  • Amazon.co.jp ・本 (441ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309021201

作品紹介・あらすじ

戦争を忘れても、戦後は終わらない。16歳のマリが挑む現代の「東京裁判」。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 降参、いや、難しい。
    もう一度、じっくり読んでみます。

  •  結局マリはどうしてアメリカへホームステイしにいったのだろう。しかもなぜアメリカ最果ての町だったのだろう。

     この大作を読み終えて思ったのは、そんな些細な疑問だった。

     もちろん、「東京裁判」に関する膨大なディベートの部分は読み応えがあったし、読みながら自分自身の歴史認識を改めて問い直す必要にも迫られた。
    「天皇の戦争責任」とはつまるところ何を意味するのか。どうして「終戦」といい「敗戦」とは言わないのか。広島、長崎の悲劇を盾にしながら、にも関わらず真剣に国のあり方や、国防について考えてこなかったのはなぜなのか。
     戦後の焼け野原から高度経済成長期を経て、日本は立派に復興した、といいながら、その精神性は明らかに戦前に比べれば退廃的になったし、自己中心的になった。
     アメリカから急いで輸入した個人主義や民主主義を、たいそう喜んで受け入れ、身にまとってきた。
     ほんの少し前までは敵国だったのに。「鬼畜米英」だったのに。
     あの変わり身の早さを、誰も深く考えなかった。考えることは傷口をえぐることになるから、あえて見ないふりをして、蓋をして、戦後民主主義を謳歌してきたのだ。

     私も、著者と同じくらいの年なので、学校の歴史の授業で第2次世界大戦後のことを学んではこなかった。明治維新、大正デモクラシー、朝鮮特需、くらいまでだ。
    「そして日本は戦争に突入していきました」のあとは「広島、長崎に原爆が落とされ、日本は無条件降伏しました」に飛んでしまう。

     そして、現在では、日本とアメリカがかつて戦争をしていたこと、しかも日本が負けたことを知識として知らない世代が現れている。
     少しでも興味を持って調べた人はそのことと原爆のこと、さらには、今問題にされている原子力発電の問題までつながっていることを知るだろう。でも、そうでない人は全部バラバラの知識のかけらしか持たないことになる。

     「憲法9条を守ろう」という。「改憲反対」という。「誰からもらおうといいものはいいのだ」とも言う。でもその「いいもの」の中身をきちんと検討してから受け入れたのだろうか。
     私はいつも憲法前文を思うと居心地が悪くなる。なぜ自国の平和を、他国の信義や公正に頼らなくてはならないのだろうと。そんなふうに人任せで大丈夫なのか。他国が、私たちの国の利益を優先してくれるという保証はどこにあるというのだろうか。
     「人はみな平和を望む」という。でも「平和を手に入れるために戦う」という一面だってあるのだ。

     終盤のディベートの部分を読みながら、私もマリと同じ気持ちになった。そして彼女の出した結論を、痛みを持って受け入れた。まったき善、完全な正義はどこにもない。人はみなある部分で間違いを犯す。と同時に正義も持つ。間違いは正していくしかないし、でもその間違いのせいで権利を侵害されるべきではない。

     そんなことをいろいろ考えさせてくれたのはとてもよかった。ただ、小説としては若干読み辛かったことも確かである。
     特に冒頭はいきなり面食らってしまった。これは幻想なのか? 夢なのか? 現実だとしたらどういう意味があるのだろう、と思いながら読み始めたのだ。
     作品自体の構造がこういう書き方を要求していたのかもしれず、だとしたらたしかに「小説として書くしかなかった」のだろうと思う。そしてそれは成功していると思う。
     思うけれども、慣れるまでは幻想のシーンは読みにくかった。象徴しているものを想像しながら読まなくてはならないし、出し抜けに現実が顔を出したりするので、つながりがわからなくなる。
     この部分だけは萩尾望都さんのマンガで読みたいなあと思ってしまった。マンガなら自由自在に行き来できる現実と幻想の狭間を、文字だけで想像するのは難しい。

     そして最後に残るのは、最初に書いた疑問だ。
     なぜ、マリはアメリカ最果ての町へホームステイに行かなくてはならなかったのか。
     母親は「それしか生きる道がなかった」と言うのだけれど、1980年の日本でいったいなにがあったのだろう。その描写は小説内には出てこないし、結局秘密も明らかにはされない。いろいろほのめかしてはあるが、ついにその理由は書かれない。
     そんな枝葉末節のことは、本編には関係ないのかもしれない。とにかくマリはたった一人でアメリカへ行かなくてはならなかった。1980年という、終戦後35年たった時代で、スペンサー先生は「まだあの戦争の傷跡は残っている」という。マリの疑問は私の疑問でもあった。戦勝国なのに、原爆まで落としたのに、なぜあなたたちが傷を負うのかと。敗戦国の日本では、そんなことは全くなかったことにされているというのに。
     このことを描くために、マリはアメリカへ行かなくてはならなかった。戦後の日本の歴史やあり方に無知な人間として。彼女は戦後の人間すべての代表なのだ。

     決して楽しかったり面白かったりするエンターテイメントの作品ではないが、非常に読み応えがあり、読み終わってからも折にふれていろいろ考えざるを得ない。
     まもなく67回目の敗戦記念日がくる。漠然とした曖昧さで、主語なしで「過ちは繰り返しませぬから」と唱えているだけでいいのだろうか。誰が、どんな過ちを犯したのかを、厳密に徹底的に明確にしなくては先へは進めないのだが、きっとそれはとてつもなく難しいことだろうと思う。「空気」が力を持つこの日本では。

  •  すいません。Give upです。東京裁判とかベトナム戦争が関係しているようだけど、世界観についていけませんでした。約120pで脱落です。最後まで読むと面白いのかな?・・・・とおもっていたけど、皆さんのレビューを見る限り、このまま最後まで行くようですね。やめといて正解かな。

  • 全てが曖昧だった気がする。幻想なのか現実なのかの表現の曖昧さ。自分語りなのか東京裁判なのか、テーマの絞り込みの曖昧さ。結局、何が言いたかったのかよくわからなかった。

  • 結構楽しみにして読み始めたのだが、導入部分から意味不明でストーリーについていけず。ある程度の耐性はある方だと思っていたが、ここまで拒否反応してしまうのも珍しい。結局、40~50Pぐらいで挫折してしまったんだが、自分がオカシイのだろうか?

  • 16才のアメリカ留学してる少女が時空を越えて様々な事を経験思考するお話。始めはちょっと戸惑うが中盤からは物語に入り込め、終盤のディベートはもう興奮。天皇の戦争責任や日本とアメリカや神とか脳をフル回転して読了。さて、自分はと考えさせられた。

  • 壮大なテーマであり、大作であることはたしかだと
    思いますが。物語の展開。ちりばめられた謎の
    ほったらかし感。ストーリーの必然性。
    テーマに対しての論理展開の浅さ。どれをとっても
    私にはわかりませんでした。

  • 「東京プリズン」(赤坂真理 河出書房新社 2012/7/6)をやっと読了した。

    この書物を、発行月内に”読んだ”と報告できることがちょっと誇らしい。



    もの凄い小説である。

    1980年中学卒業後、母親の意向でメイン州の高校に留学した主人公は、英語に苦しみアメリカの文化に違和感を覚えながら日々を過ごす。

    半年後、全校公開デイベートが行われる。デイベートでは肯定側、否定側2人づつのチームがそれぞれ立論、反対尋問、最終弁論を行い、審判が裁定を下す。

    論題-「日本の天皇には第2次世界大戦の戦争責任がある。」

    主人公マリ・アカサカは肯定チームに指名される。デイベートの完遂が進級の条件として与えられる。





    私にはまだこの小説について感想や所見を述べる能力がない。

  • そうか、ここでは十七歳になると、自分で運転して学校に行くのか。これもまたひとつのカルチャーショックだった。日本の学校では、免許や乗り物は、危険なものとしてとにかくティーンエイジャーや学生から遠ざけられていたから。そういうものに乗るティーンエイジャーは、反社会的存在ですらあった。日本はバイクや車を造って外国に売るのを国策のようにしているにもかかわらず。 (P23)
    「戦時中の話を読むと、ベートーヴェンを聴いていたら憲兵に取り締まられたとか言う話があってさ、それもおかしいよね、同盟国なのにさ」
    「言われてみればそうね。西洋のものは区別がつかなかったんじゃないの?」
    敵をそこまで知らない者たちが、よくも戦争などしようと思ったものだと感心する。 (P77)
    この「法廷」はアメリカ人の大好きな野球《ベースボール》を思わせる「ゲーム」でもあった。同じフィールドで、攻守をがらっと入れ替える。思えばそんな変なルールを持つスポーツはない。ある時間帯しか点を入れられない構造のルールなんてものはめったにない。翻って、日本人が野球を、あるいはビール片手に楽しむナイター中継を、これぞ日本人の娯楽でありスポーツであるかのように愛しているのはなぜなのか。私は母国の男たちが「ナイター」というものをどれほど愛しているかを思った。アメリカのものだったからだろうか?日本人は野球を、法廷に近いなどと思ったことがあるだろうか?そう思ってもまだ好きだろうか?それとも野球と法廷が似ているなど、私の妄想なのだろうか? (P346)

  • 自伝と東京裁判、さらにアメリカと日本各論、戦前戦後の日本人の意識変革分析などを織り交ぜる着眼はとても興味深かったのだが、作風なのだろうか、リアルと幻想がシームレスで織り込まれるために悪い方向に幻惑してしまう。修辞のつもりだろうが多用される指示代名詞、無駄な倒置法、作為的な体言止めを繰り出すものだからどうにも読みづらい。はっきり言って文章がへたくそなのだ。英語での憲法原文や、アメリカ人気質など、興味深い点は多いのだけれど。
     度々飛躍する幻想ないし夢描写であっても小説ならばのロジックが入りそうなものだが、ユングやフロイトあたりを持ち出して解釈しても、意味が不明な箇所が多すぎる。他人の夢の話ほど退屈なものはないのだ。

全141件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

人間の知覚の限界に迫る『ミューズ』で野間新人賞、『東京プリズン』では、少女の目で「戦後」を問い、毎日出版文化賞、司馬遼太郎賞受賞。小説の他に、『愛と暴力の戦後とその後』『モテたい理由』など評論も話題。

「2019年 『箱の中の天皇』 で使われていた紹介文から引用しています。」

東京プリズンのその他の作品

東京プリズン Kindle版 東京プリズン 赤坂真理
東京プリズン (河出文庫) Kindle版 東京プリズン (河出文庫) 赤坂真理

赤坂真理の作品

東京プリズンを本棚に登録しているひと

ツイートする