東京プリズン

著者 :
  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (441ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309021201

作品紹介・あらすじ

戦争を忘れても、戦後は終わらない。16歳のマリが挑む現代の「東京裁判」。

感想・レビュー・書評

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  •  結局マリはどうしてアメリカへホームステイしにいったのだろう。しかもなぜアメリカ最果ての町だったのだろう。

     この大作を読み終えて思ったのは、そんな些細な疑問だった。

     もちろん、「東京裁判」に関する膨大なディベートの部分は読み応えがあったし、読みながら自分自身の歴史認識を改めて問い直す必要にも迫られた。
    「天皇の戦争責任」とはつまるところ何を意味するのか。どうして「終戦」といい「敗戦」とは言わないのか。広島、長崎の悲劇を盾にしながら、にも関わらず真剣に国のあり方や、国防について考えてこなかったのはなぜなのか。
     戦後の焼け野原から高度経済成長期を経て、日本は立派に復興した、といいながら、その精神性は明らかに戦前に比べれば退廃的になったし、自己中心的になった。
     アメリカから急いで輸入した個人主義や民主主義を、たいそう喜んで受け入れ、身にまとってきた。
     ほんの少し前までは敵国だったのに。「鬼畜米英」だったのに。
     あの変わり身の早さを、誰も深く考えなかった。考えることは傷口をえぐることになるから、あえて見ないふりをして、蓋をして、戦後民主主義を謳歌してきたのだ。

     私も、著者と同じくらいの年なので、学校の歴史の授業で第2次世界大戦後のことを学んではこなかった。明治維新、大正デモクラシー、朝鮮特需、くらいまでだ。
    「そして日本は戦争に突入していきました」のあとは「広島、長崎に原爆が落とされ、日本は無条件降伏しました」に飛んでしまう。

     そして、現在では、日本とアメリカがかつて戦争をしていたこと、しかも日本が負けたことを知識として知らない世代が現れている。
     少しでも興味を持って調べた人はそのことと原爆のこと、さらには、今問題にされている原子力発電の問題までつながっていることを知るだろう。でも、そうでない人は全部バラバラの知識のかけらしか持たないことになる。

     「憲法9条を守ろう」という。「改憲反対」という。「誰からもらおうといいものはいいのだ」とも言う。でもその「いいもの」の中身をきちんと検討してから受け入れたのだろうか。
     私はいつも憲法前文を思うと居心地が悪くなる。なぜ自国の平和を、他国の信義や公正に頼らなくてはならないのだろうと。そんなふうに人任せで大丈夫なのか。他国が、私たちの国の利益を優先してくれるという保証はどこにあるというのだろうか。
     「人はみな平和を望む」という。でも「平和を手に入れるために戦う」という一面だってあるのだ。

     終盤のディベートの部分を読みながら、私もマリと同じ気持ちになった。そして彼女の出した結論を、痛みを持って受け入れた。まったき善、完全な正義はどこにもない。人はみなある部分で間違いを犯す。と同時に正義も持つ。間違いは正していくしかないし、でもその間違いのせいで権利を侵害されるべきではない。

     そんなことをいろいろ考えさせてくれたのはとてもよかった。ただ、小説としては若干読み辛かったことも確かである。
     特に冒頭はいきなり面食らってしまった。これは幻想なのか? 夢なのか? 現実だとしたらどういう意味があるのだろう、と思いながら読み始めたのだ。
     作品自体の構造がこういう書き方を要求していたのかもしれず、だとしたらたしかに「小説として書くしかなかった」のだろうと思う。そしてそれは成功していると思う。
     思うけれども、慣れるまでは幻想のシーンは読みにくかった。象徴しているものを想像しながら読まなくてはならないし、出し抜けに現実が顔を出したりするので、つながりがわからなくなる。
     この部分だけは萩尾望都さんのマンガで読みたいなあと思ってしまった。マンガなら自由自在に行き来できる現実と幻想の狭間を、文字だけで想像するのは難しい。

     そして最後に残るのは、最初に書いた疑問だ。
     なぜ、マリはアメリカ最果ての町へホームステイに行かなくてはならなかったのか。
     母親は「それしか生きる道がなかった」と言うのだけれど、1980年の日本でいったいなにがあったのだろう。その描写は小説内には出てこないし、結局秘密も明らかにはされない。いろいろほのめかしてはあるが、ついにその理由は書かれない。
     そんな枝葉末節のことは、本編には関係ないのかもしれない。とにかくマリはたった一人でアメリカへ行かなくてはならなかった。1980年という、終戦後35年たった時代で、スペンサー先生は「まだあの戦争の傷跡は残っている」という。マリの疑問は私の疑問でもあった。戦勝国なのに、原爆まで落としたのに、なぜあなたたちが傷を負うのかと。敗戦国の日本では、そんなことは全くなかったことにされているというのに。
     このことを描くために、マリはアメリカへ行かなくてはならなかった。戦後の日本の歴史やあり方に無知な人間として。彼女は戦後の人間すべての代表なのだ。

     決して楽しかったり面白かったりするエンターテイメントの作品ではないが、非常に読み応えがあり、読み終わってからも折にふれていろいろ考えざるを得ない。
     まもなく67回目の敗戦記念日がくる。漠然とした曖昧さで、主語なしで「過ちは繰り返しませぬから」と唱えているだけでいいのだろうか。誰が、どんな過ちを犯したのかを、厳密に徹底的に明確にしなくては先へは進めないのだが、きっとそれはとてつもなく難しいことだろうと思う。「空気」が力を持つこの日本では。

  • 降参、いや、難しい。
    もう一度、じっくり読んでみます。

  • 赤坂真理さんが「戦争と戦後」についてすべての日本人の問題として書いた大作「東京プリズン」を読了。今の日本・日本人が抱える問題に関して敗戦、天皇の戦争責任の免除、戦勝国アメリカとの同盟国とならざるを得なかった事実がどう影響しているのかを存分に考えさえてくれる大作だ。明確には触れてはいないが、天皇の戦争責任関しても考えさせらえる要素があることを隠していない本作は問題作でもあろう。

    話の筋としては、第二次世界大戦後の東京裁判関連の翻訳サポート業務に関わっていた経験を持つ母親に送りこまれる形で、アメリカの片田舎に留学した女子高生が進級をかけるという形で第二次世界大戦における天皇の戦争の有無に関するディベートへの参加をもとめられ、その準備の過程で湧き上がってきた疑問,思い・ディベート本番でのやり取りとのなかでアメリカ人というもの、アメリカの持つ痛み、闇の部分にも触れながら日本人、日本が抱える問題に関しても思いをはせながら、ディベートにおいて勝ち負けには寄与しないがしっかりと自分の主張を見事に展開するというものだ。

    作者からの定義というか投げかけは、ある民族や国家というものがあれだけの大きな損害を受けひしがれたのちに、あれだけの損失や傷を60年ー70年で忘れ去ってしまうことは本当はありえないだろう。ではそれでも忘れたようにふるまっている日本人はなぜそうできているのだろう?というものだ。

    それらの問いに直接の解は小説では示されない。しかしアメリカの片田舎で天皇の戦争責任について考えることになった少女が踏み込むベトナム戦争によって受けたアメリカ人の傷、アメリカ人の多くが帰依しているキリスト教におけるキリストに対する思いなど、自分の立場・自分の歴史のみによりどころを求めて議論を展開するのではなく、相手の懐に入り相手が論理を展開するもととなる素地に思いをはせながらディベートをする少女の経験・思い・考えを読み込むことで、答えは示さないが、深く考えることを求められ自分なりの考えを持つことに導かれる構造を持っている力のある小説だ。

    昨今、自衛隊の存在の憲法への明記、日米地位協定が抱える問題点、集団的自衛権に関する論議など様々な議論がメディアを賑わせているが、これらの議論は戦後処理における天皇の戦争責任に関する日本人の本心、アメリカの同盟国としてしか国際社会に戻れなかった日本の国政の在り方、その国政に大きく(ほぼ内政干渉に近い形で)プレッシャーを与えその方向をコントロースしてきたアメリカの存在との距離感みたいなもろもろの問題の根源にあるものを議論・消化せずに意見をたたかわせているような気がしてならない。

    この本を読んで強く思わされたのは、戦争に負けた日本としてのいままでの国家のあり方を再度しっかりと見直し、これからの50年、100年の行くべき方向性を考えるべきとう事だ。そのことにしばらく時間を割いてみたいと思う。もちろん小説は読み続けるが。

    そんな戦争をわすれても戦争は終わっていないんだということを痛烈に考えさせられる物語を読むBGMに選んだのがMiles Davisの”Tribute to Jack Jonson"だ。
    ひとところに収まらないマイルスが凄い。
    https://vimeo.com/59238431

  • 小説という武器を使って、天皇と日本、戦争と暴力の出自をむき出しにする、その手腕に脱帽。ある意味著者のバイオロジーを剥き身にして晒す。「愛と暴力の戦後とその後」とパリティにして読むと腹に落ちる。
    読者に新たな日本人観、世界観の構築を促す力作。

  • 第1章の前に、「私の家には、何か隠されたことがある。そう思っていた。」との文が置かれています。
    「私の家」と同じように、日本にも、何か隠されたことがあります。
    これは私の予想ですが、日本には何か隠されたことがある、と肌で感じることができたのは、筆者の世代が最後なのではないかと思います。

    この小説は最終的には、主人公が留学(させられた)先のアメリカの田舎の学校で、「アメリカンガヴァメント」という授業の担当教員から命じられて、東京裁判のやり直しをディベートとして演じ(させられ)る、という場面で終わります。
    主人公が母によって留学させられる理由は結局はっきりしないのですが、母は自分ができなかった、あるいはうまくやれなかったことを娘にやり直させたいのだろうと思います。

    天皇というのも一つの役割で、異なる個人によって受け継がれ、時の権力者たちによって繰り返し利用されています。
    自らが天皇を利用している主体だということを忘れて、自分自身のコントロールを天皇の判断に任せ、自分の責任を放棄したことで破滅したのが大日本帝国軍部でした。
    戦後に天皇を利用したのはアメリカでした。アメリカによって天皇を再び祭り上げさせられ、平和憲法を持たされ、同時に新たな軍隊を持たされ、そしてさらにそのことを忘れようとしているのが、今の日本人です。アメリカに対して完全に去勢された存在です。

    日本にある「何か隠されたこと」とは敗戦です。
    触れないようにして、忘れようとしても、ふとした時に思い出させられて、日本人は苦しみます。あるいは、いつしか本当に忘れてしまって、その欠如のために自らを見失い、日本人は理由のわからない苦しみに襲われます。

    ベトナム戦争や東日本大震災も取り上げられます。これらも、日本人にとっての敗戦と同じく、民族の負い目の経験です。

    ここまで長く書きましたが、膨大な数のテーマが扱われた小説なので、私には拾い切れません。
    ちょっと長すぎ、詰め込みすぎの感もありますが、そのために、多くの人が自分の琴線に触れる文に出会える本だと思います。

  •  すいません。Give upです。東京裁判とかベトナム戦争が関係しているようだけど、世界観についていけませんでした。約120pで脱落です。最後まで読むと面白いのかな?・・・・とおもっていたけど、皆さんのレビューを見る限り、このまま最後まで行くようですね。やめといて正解かな。

  • 全てが曖昧だった気がする。幻想なのか現実なのかの表現の曖昧さ。自分語りなのか東京裁判なのか、テーマの絞り込みの曖昧さ。結局、何が言いたかったのかよくわからなかった。

  • 結構楽しみにして読み始めたのだが、導入部分から意味不明でストーリーについていけず。ある程度の耐性はある方だと思っていたが、ここまで拒否反応してしまうのも珍しい。結局、40~50Pぐらいで挫折してしまったんだが、自分がオカシイのだろうか?

  • 16才のアメリカ留学してる少女が時空を越えて様々な事を経験思考するお話。始めはちょっと戸惑うが中盤からは物語に入り込め、終盤のディベートはもう興奮。天皇の戦争責任や日本とアメリカや神とか脳をフル回転して読了。さて、自分はと考えさせられた。

  • 壮大なテーマであり、大作であることはたしかだと
    思いますが。物語の展開。ちりばめられた謎の
    ほったらかし感。ストーリーの必然性。
    テーマに対しての論理展開の浅さ。どれをとっても
    私にはわかりませんでした。

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著者プロフィール

1964年、東京都生まれ。作家。95年に「起爆者」でデビュー。著書に『ヴァイブレータ』(講談社文庫)、『ヴォイセズ/ヴァニーユ/太陽の涙』『ミューズ/コーリング』(共に河出文庫)、『モテたい理由』『愛と暴力の戦後とその後』(講談社現代新書)など。2012年に刊行した『東京プリズン』(河出書房新社)で毎日出版文化賞・司馬遼太郎賞・紫式部文学賞を受賞。

「2015年 『日本の反知性主義』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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