東京プリズン

著者 :
  • 河出書房新社
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本棚登録 : 821
レビュー : 141
  • Amazon.co.jp ・本 (441ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309021201

感想・レビュー・書評

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  • 『「戦争と戦後」のことを書きたい・・』という帯に書かれた作者の言葉に魅かれて、読んでみました。

    1980年アメリカでホームスティしながら暮らす16歳のマリと、2010年の東京にいる現在のマリ。話の展開は二つの時代を行き来し、空想や幻想の世界とも思える内容で、前半はなかなか話の中へ入っていけませんでしたが、後半になってやっと、そのテーマが理解できました。
    1981年4月マリのハイスクールで進級をかけた最終弁論が行われました。
    論題は『日本の天皇には第二次世界大戦の戦争責任がある』。
    マリの役目は、それを肯定する立場を論証することでした。16歳の女子高生が、戦後の東京裁判を始めます・・・。

    実際の東京裁判では、A級戦犯28人が起訴され7人が死刑となりました。その中に天皇ヒロヒトは入っていない。本当の戦争責任者は天皇ではないか。というアメリカ人の考えがよくわかりました。

    もう逝去された昭和天皇は、はたしてどんな気持ちで第二次世界大戦にのぞみ、ポツダム宣言を受諾されたのでしょう。今となっては真実は誰にもわかりませんが、日本人それぞれが命にかえても守ろうとした天皇陛下を処刑になどすれば、日本の国自体の崩壊を招くと、アメリカ側が考えたような気がします。

    アメリカが日本を足がかりとしてアジアへの進出を考えていたのなら、慈愛に満ちたキリスト教的な考えのもとで「天皇ヒトヒトは無罪」としたのでしょう。でも一般のアメリカ人は、そうは思っていなかったのです。

    戦争を知らない世代には、重すぎるテーマだと思いました。この本のストーリー展開も少しわかりずらいところもあり、自分自身、すっきりとした回答がだせないところが、なんだかもやもやとした読後感となって残りました。
    私の読解力では、少し難しい内容でした。

  • 日本の中高生が天皇の戦争責任について
    こんなに考える事があるだろうか。
    アメリカの中高生についても
    こんなにこんなに考えているとは想像もつかない。
    日本が戦後史に蓋をして来た結果だろうか。

  • えっとですね、この本を読むのに1週間以上かかりました
    途中、ちょっと風邪気味で、読むペースも遅かったのもありますが
    とにかく、この小説の世界に入るのが難しかった
    最初はファンタジーなの?なんなの?と戸惑ってばかり
    内容は,興味深いものなんだけれでも、
    やっと慣れて来たと思うと、舞台が今と昔に行ったり来たり
    頭の中の不思議な生き物というか人?が現れて来たりで
    最後まで読まずにはいられなかったけれども、なんだかつらかったです

  • 同世代の著者として、これまでの作品を追っかけてきた…
    そのためか、本書も、感覚的にうなずきながら読んだ。
    これは…アメリカに留学した少女が、
    「東京裁判」をめぐるディベートをするという物語。

    ―なぜこんな大きな国と無謀にも戦ったかは、まだいい。
     日本人がなぜ、昨日まで敵であったアメリカをこんなにも
     ころっと愛したかだ。それは論理で説明できない。

    しかし、ディベートは論理を競わせること…否応なく、
    主人公は論理的思考をめぐらせ…そして、破綻してゆく…
    実は、そのことこそ、本書が小説でなくてはならないことだろうし、
    さらには、戦後日本が抱え込んだ破綻なのだろう。

    本書は、東日本大震災以降にまとめられたもの…
    広島、長崎の原爆を受けながら、福島原発の事故を招いた、
    日本という国、日本人ということ…を、一人ひとりが、
    真摯に受け止め、立ち返っておくことは不可欠と思う。

    物語の主人公は、天皇の戦争責任を肯定する側となるが、
    ディベートが進むほど、劣勢に追いやられる…いや、
    破綻してゆくのだ…しかし、肯定否定を離れ、
    見えてきたものがあった…最後の言葉は、あまりに重い…

    ―どう負けるかは自分たちで定義したいのです。
     それをしなかったことこそが、私たちの本当の負けでした。
     もちろん、私の同胞が犯した過ちはあります。
     けれど、それと、他人の罪は別のことです。
     自分たちの過ちを見たくないあまりに、他人の過ちにまで
     目をつぶってしまったことこそ、私たちの負けだったと、
     今は思います。

  • どんな内容なのか知らないまま図書館で借りたので、アッチの世界へ行ったり、コッチに戻ったり、の話に面食らいました。
    青息吐息で読み終えた感じ。

  • 作家 下重暁子 裁判に行く前に読みたい

  • 主人公の切迫した息遣いがダイレクトに伝わって来る

    15歳でなぜかアメリカの中学校に入れられた少女の苦悩、果てしなき自問自答と襲いかかる過去の亡霊と幻影の数々、16歳で卒業試験に課せられた模擬ディベートの異常な体験、天皇の戦争責任と日本の戦後史について総括、などなど著者その人の自分史と実体験を生々しく想起させる主人公の切迫した息遣いがダイレクトに伝わって来る1冊である。

    天皇の戦争責任のありやなしや、をテーマとするかつての敵国でのディベートに余儀なく臨んだ主人公が、「東京裁判」のやりなおしを命じられた生贄のような立場に立たされて四苦八苦する場面がこの作品のハイライトであるが、解答不能の難問にそれでも答え続けていく中で、私たち日本人がおのれの本性と来歴を問わずに現在まで呆然と生きてきた異常さが明るみに出されるのである。

    小説という形式の中にあまりにも言わんとする多くの要素を持ち込んだために、時として進路が混沌とし、主人公も著者もその場に佇んではまた力を振り絞って歩き始めるのだが、多少の未熟さを併せ持ちながらも必死に生きようとする「彼ら」に思わず「大丈夫だからね」と声を掛けたくもなるのである。

  • 読みながら、小説というものの野蛮さを感じた。そして、ひょっとするとそれこそが小説の本質ではないかとも思った。
    本作は現代に作家として生きる女性が、「東京裁判」の模擬裁判を通じて過去の自分を救おうと、そして実際に東京裁判に関わった母を救おうとする話。
    また、「日本神話VSアメリカ神話」の様相も呈している。
    さらに、男系に対して女系天皇を肯定しているようにも思える。
    総括して、著者はアメリカ、日本、どちらの立場にも与していない。ただ、自身の身体感覚を手がかりに論を進めている。その誠実さに感動した。女性が主人公であることを必然だと思った。
    ただ、途中、骨格がはっきりしすぎていて、いくら幻想的な要素を取り込んだとはいえ退屈さは免れない。自在に時空を行き来できすぎていて、「必然」を感じることができない部分があったことも否めない。その点、この作品を持ち上げすぎるのは良くないのではないかとも思った。

  •  80年代にアメリカに渡った少女が、戦犯を裁いた東京裁判を擬似体験しながら、天皇制や戦後処理の真実を学んでいく私小説といったらいいだろうか。
     著者自身と思われる主人公とその母親の視点が入り交じり、時間や空間、現実と夢が突然転移しながら話が進むので、全貌がわかるのは読み終わってからだった。事前情報無しで、いきなり手にとって読み始めると戸惑う人も多いはず。
     日本だけでなくアメリカがベトナムで犯した戦争のタブーも臆面もなくほじくり返しながら、現代っ子やアメリカ人から見た天皇像について議論を戦わせるシーンは新鮮だったが、物語がどこに落ち着こうとしているのかの方が気になって集中できなかった。

  •  米国に留学している1980年の「私」に、作家をしている2009年の「私」が語りかける。不意に視点が行き来する、時空を超えた対話を軸にしながら、留学先の高校でのディベートの授業を迎える。テーマは「天皇の戦争責任」。
     母、死したヘラジカ、ベトナムのシャム双生児、そして大君が語る言葉を浴びつつ、一度は敗れた過去のディベートに決着をつける。
     タブーともいえるこのテーマに踏み込み、胸がすく「言葉」を語り得る著者の筆力は凄まじい。折口信夫アニミズムっぽい天皇論はなんとなく曖昧に終わっちゃっても、「私」の物語は完結し得ている。
     ドキドキハラハラするような場面はないのに、読んでる間ずっと心臓はバクバクしてました。久々に小説を「読んだ」気分です。
     

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著者プロフィール

人間の知覚の限界に迫る『ミューズ』で野間新人賞、『東京プリズン』では、少女の目で「戦後」を問い、毎日出版文化賞、司馬遼太郎賞受賞。小説の他に、『愛と暴力の戦後とその後』『モテたい理由』など評論も話題。

「2019年 『箱の中の天皇』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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