東京プリズン

著者 :
  • 河出書房新社
3.06
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レビュー : 141
  • Amazon.co.jp ・本 (441ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309021201

作品紹介・あらすじ

戦争を忘れても、戦後は終わらない。16歳のマリが挑む現代の「東京裁判」。

感想・レビュー・書評

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  • そうか、ここでは十七歳になると、自分で運転して学校に行くのか。これもまたひとつのカルチャーショックだった。日本の学校では、免許や乗り物は、危険なものとしてとにかくティーンエイジャーや学生から遠ざけられていたから。そういうものに乗るティーンエイジャーは、反社会的存在ですらあった。日本はバイクや車を造って外国に売るのを国策のようにしているにもかかわらず。 (P23)
    「戦時中の話を読むと、ベートーヴェンを聴いていたら憲兵に取り締まられたとか言う話があってさ、それもおかしいよね、同盟国なのにさ」
    「言われてみればそうね。西洋のものは区別がつかなかったんじゃないの?」
    敵をそこまで知らない者たちが、よくも戦争などしようと思ったものだと感心する。 (P77)
    この「法廷」はアメリカ人の大好きな野球《ベースボール》を思わせる「ゲーム」でもあった。同じフィールドで、攻守をがらっと入れ替える。思えばそんな変なルールを持つスポーツはない。ある時間帯しか点を入れられない構造のルールなんてものはめったにない。翻って、日本人が野球を、あるいはビール片手に楽しむナイター中継を、これぞ日本人の娯楽でありスポーツであるかのように愛しているのはなぜなのか。私は母国の男たちが「ナイター」というものをどれほど愛しているかを思った。アメリカのものだったからだろうか?日本人は野球を、法廷に近いなどと思ったことがあるだろうか?そう思ってもまだ好きだろうか?それとも野球と法廷が似ているなど、私の妄想なのだろうか? (P346)

  • 自伝と東京裁判、さらにアメリカと日本各論、戦前戦後の日本人の意識変革分析などを織り交ぜる着眼はとても興味深かったのだが、作風なのだろうか、リアルと幻想がシームレスで織り込まれるために悪い方向に幻惑してしまう。修辞のつもりだろうが多用される指示代名詞、無駄な倒置法、作為的な体言止めを繰り出すものだからどうにも読みづらい。はっきり言って文章がへたくそなのだ。英語での憲法原文や、アメリカ人気質など、興味深い点は多いのだけれど。
     度々飛躍する幻想ないし夢描写であっても小説ならばのロジックが入りそうなものだが、ユングやフロイトあたりを持ち出して解釈しても、意味が不明な箇所が多すぎる。他人の夢の話ほど退屈なものはないのだ。

  • 作者の自伝的な小説。最後の留学先でのディベートは圧巻!恐らく実際に作者の留学時代の事実ではないだろうが。

  • 天皇、戦争、アメリカと日本の関係について私("I")を主語に物語っていく。

    1980年代にアメリカ留学中のアカサカ・マリは留学先のアメリカの学校で与えられた「天皇の戦争責任」に関するディベートという課題の中で所謂玉音放送を英語で訳すことになる。
    そこで「堪へ難きを堪へ、忍ひ難きを忍ひ」と言う有名な言葉の主語は誰なのかという疑問につきあたる。

    I=朕なのか、それともWEなのか。WEだとすると、それは天皇家なのか大本営なのか、日本国民なのか、そこに"朕"は含まれるのか。

    "天皇に戦争責任はない"という陣営でのディベートをすることになったマリは混乱する。

    そして日本国憲法第9条。
    原文にあるRenunciation of War.
    作中の人物、アンソニーはRenounceを「自発的にやめる」と訳す。

    <blockquote>私はこのとき、ショックのあまり失笑した。なんてことだ。「自発的にやめる」と、他人の言葉で<u>私たち</u>が言うとは! そのうえそのことさえ、アメリカ人に教えてもらうまで知らないとは!</blockquote>




    「戦後処理のまずさが今の社会の閉塞(へいそく)感につながっているという思いがずっとあった」と著者はインタビューで語っている(http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/doyou/CK2012071402000221.html)。

    第二次大戦の反省を、敗戦の反省をどこか棚上げにしていたことが、つもりつもって今の日本社会の閉塞感に繋がっているのではないか。


    <blockquote>"I'll let you go back to your study."
    アメリカ人のこういう言い回しも、私には笑っちゃうほど面白い。でも笑ったところで相手には伝えにくい。外国にいたり外国語が不十分だったりするときに感じるフラストレーションとは、つまるところ、こういう小さなことを伝えられないことだ。人の心の基本的なところは、こういうような小さなことで出来ている気がする。(P.185)</blockquote>
    という箇所には深く共感した。

    自分は英語を充分に使うことができないけれど、それはこのような小さなことが気になって喋りださないからだと思う。どっからみてもアジア丸出しなんだから、多少壊れた英語だろうと喋ってしまえば、それなりに伝わるだろうに。

    日本は憲法を自分たちの言葉(日本語)で考え直すべきではないか。
    ・・・ちょっと左な結論になり自分でも自分の意見に戸惑ってしまうが。

    英語を日本語に訳すときで零れ落ちた"小さなこと"がボトルネックになって、戦後の日本は民主主義や資本主義、自由経済を充分に理解できていないまま60年以上も経ってしまったように思える。

    <blockquote>「意義を認めます」
    スペンサー先生が言った。
    スペンサー先生が私たちの異議を認めてくれる!
    それはごくふつうの一瞬だった。しかしそのとき私は、民主主義と言うものに触れた気がして打たれた。感動でありショックな体験だった。ああ、民主主義というのはきっと投票や多数決のことじゃない、それはおそらく私たちの血肉から最も遠いというくらいにかけ離れた概念なのだ、と。そのことが骨身に沁みてきた。(P.268)</blockquote>

  • 久しぶりに読み応えのある本だと感じた。
    一部書評では、天皇の戦争責任をテーマにという記述もあるが、どう見ても、死者との交流をめぐる本であり、亡くなった英霊たちへのメッセージなのではないか。

  • 赤坂真理さんが「戦争と戦後」についてすべての日本人の問題として書いた大作「東京プリズン」を読了。今の日本・日本人が抱える問題に関して敗戦、天皇の戦争責任の免除、戦勝国アメリカとの同盟国とならざるを得なかった事実がどう影響しているのかを存分に考えさえてくれる大作だ。明確には触れてはいないが、天皇の戦争責任関しても考えさせらえる要素があることを隠していない本作は問題作でもあろう。

    話の筋としては、第二次世界大戦後の東京裁判関連の翻訳サポート業務に関わっていた経験を持つ母親に送りこまれる形で、アメリカの片田舎に留学した女子高生が進級をかけるという形で第二次世界大戦における天皇の戦争の有無に関するディベートへの参加をもとめられ、その準備の過程で湧き上がってきた疑問,思い・ディベート本番でのやり取りとのなかでアメリカ人というもの、アメリカの持つ痛み、闇の部分にも触れながら日本人、日本が抱える問題に関しても思いをはせながら、ディベートにおいて勝ち負けには寄与しないがしっかりと自分の主張を見事に展開するというものだ。

    作者からの定義というか投げかけは、ある民族や国家というものがあれだけの大きな損害を受けひしがれたのちに、あれだけの損失や傷を60年ー70年で忘れ去ってしまうことは本当はありえないだろう。ではそれでも忘れたようにふるまっている日本人はなぜそうできているのだろう?というものだ。

    それらの問いに直接の解は小説では示されない。しかしアメリカの片田舎で天皇の戦争責任について考えることになった少女が踏み込むベトナム戦争によって受けたアメリカ人の傷、アメリカ人の多くが帰依しているキリスト教におけるキリストに対する思いなど、自分の立場・自分の歴史のみによりどころを求めて議論を展開するのではなく、相手の懐に入り相手が論理を展開するもととなる素地に思いをはせながらディベートをする少女の経験・思い・考えを読み込むことで、答えは示さないが、深く考えることを求められ自分なりの考えを持つことに導かれる構造を持っている力のある小説だ。

    昨今、自衛隊の存在の憲法への明記、日米地位協定が抱える問題点、集団的自衛権に関する論議など様々な議論がメディアを賑わせているが、これらの議論は戦後処理における天皇の戦争責任に関する日本人の本心、アメリカの同盟国としてしか国際社会に戻れなかった日本の国政の在り方、その国政に大きく(ほぼ内政干渉に近い形で)プレッシャーを与えその方向をコントロースしてきたアメリカの存在との距離感みたいなもろもろの問題の根源にあるものを議論・消化せずに意見をたたかわせているような気がしてならない。

    この本を読んで強く思わされたのは、戦争に負けた日本としてのいままでの国家のあり方を再度しっかりと見直し、これからの50年、100年の行くべき方向性を考えるべきとう事だ。そのことにしばらく時間を割いてみたいと思う。もちろん小説は読み続けるが。

    そんな戦争をわすれても戦争は終わっていないんだということを痛烈に考えさせられる物語を読むBGMに選んだのがMiles Davisの”Tribute to Jack Jonson"だ。
    ひとところに収まらないマイルスが凄い。
    https://vimeo.com/59238431

  • A級戦犯のクラス分けについてや、枯葉剤作戦、パールハーバー奇襲の正当性?(『宣戦布告から一定の期間を経て攻撃する』という規定の一定の期間という曖昧な定義がそもそも破綻していた)など、興味深いところは多々あったものの、説明文としても散文としても中途半端という印象。
    やはりこの人は短編か、せいぜい中編が、私としては好み。
    ただ、この作品でもやっぱり感性は好きだなぁと思うところは多々あって、例えば
    『私はそこで抱きすくめられて溶けそうになる。私の体は私のものだし私の心も私のもの、けれど私の欲望が誰のものか、私にはわからない。私は抱かれて、私のかたちを確認する。抱かれなければ、私は誰?いや本当は、抱かれたらさらに混乱する。わかっている。でも。抱かれることは、安楽。でもそれを得るのに何かを捨てた。何をなのか、よくわからない。わからないふりしているのかもしれない。いつかそれに、復讐される、そんな気もする。』
    の部分とか、ああ、赤坂さんだなぁと思う。
    結局母親の過去に関して何もあきらかにされることはないので(あきらかにされているところすら妄想との区別がついていない)、すっきりはしない。
    赤坂真理の「女性の弱さと愚かさを恐れずにえぐり出せる」というところを秀逸として評価している私としては、日本とアメリカの罪と罰、勝ち負けよりも主として上記のようなものを中心に据えてほしいと欲に、どうしても駆られてしまう。
    途中までは「この人ってこういう具体的な文章も描けるんだ」と思ったけど、中盤くらいから置いて行かれた感じがした。無論半生記である故に結末がつかないのは仕方ないところではあるけど。
    実験的小説と言ったところか。

  • 主人公の脳内?にしか登場しない結合双生児が・・・なんかこう・・・近親相姦じみてて・・・正直萌えましたね・・・

  • 小説という武器を使って、天皇と日本、戦争と暴力の出自をむき出しにする、その手腕に脱帽。ある意味著者のバイオロジーを剥き身にして晒す。「愛と暴力の戦後とその後」とパリティにして読むと腹に落ちる。
    読者に新たな日本人観、世界観の構築を促す力作。

  • 現実と夢の間を行ったり来たり。この間の行き来についていけない。
    戦後総括の論理展開は納得できる、知らなかった話もちらほらあり、改めて考えさせられる物語だった。

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著者プロフィール

人間の知覚の限界に迫る『ミューズ』で野間新人賞、『東京プリズン』では、少女の目で「戦後」を問い、毎日出版文化賞、司馬遼太郎賞受賞。小説の他に、『愛と暴力の戦後とその後』『モテたい理由』など評論も話題。

「2019年 『箱の中の天皇』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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