【第158回 芥川賞受賞作】おらおらでひとりいぐも

著者 :
  • 河出書房新社
3.37
  • (116)
  • (157)
  • (199)
  • (99)
  • (33)
本棚登録 : 1851
レビュー : 320
  • Amazon.co.jp ・本 (168ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309026374

作品紹介・あらすじ

第158回芥川賞受賞作、第54回文藝賞受賞作。リズムあふれる文体で新しい「老いの境地」を描いた。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • R2.7.17 読了。

     出だしの東北弁と独り言に驚く。桃子さんの幼かった頃の話や桃子さんが周造さんに惚れて結婚した話や老後や死について考えていることなどなど。
    読みながら、自分自身も老いるし、いつかは死んでいくよなとあらためて考えさせられました。
    また、人類の歴史を東北弁で詩のように語っている部分があるのですが、その部分が味があって好きですね。
    最後は春風のような終わり方で良かった。

    ・「他人には意味なく無駄とも思えることでも夢中になれたとき、人は本当に幸せなのだろうとも思った。」
    ・「どこさ行っても悲しみも喜びも怒りも絶望もなにもかにもついでまわった、んだべ。それでも、まだ次の一歩を踏み出した。ああ鳥肌が立つ。ため息が出る。」

  • 読みながらばあばあ泣いてしまいました。
    素晴らしく響いた小説です。

    祖母の事、母の事、そして45億年前からずっと途切れなく続いていた生、そこから派生してきた雌達の、女達の事を思いました。
    愛する人とまたは愛してない人と結ばれ、子を産み育てを繰り返し、それを喜びとし、ときには疎ましく思い、死んでいった女達の事を。
    桃子さんも、私の知っている女達も、同じような孤独や哀しさを抱えているのかもしれない。
    そう思うとさみしいような、でもやっぱり心強いような気がします。
    ま、子供がいない自分が共感するのもおかしな話ですが(笑)

    私にとって小説を読むということは、他者の頭の中のかけらを覗くことで、そのまた違う他者の頭の中にもつながる何かがあるかもしれないという一縷の希望のようなもの。
    なので読みながら小説外の人々や物事に想いを馳せられるのはいい小説なのです。

    芥川賞のニュースを見たときは、私には関係ない本だなあと思っていたので、普段なら絶対読んでなかったです。
    出会わせてくれたブクログに感謝です。

  • 早くも「今年一番の収穫かも」と思わせる傑作と出合いました。
    昨年の文藝賞受賞作。
    作者は63歳の新人、若竹千佐子さんです。
    どんな作品かと言うと、「老いるのも悪くないかも」と思わせてくれる作品です。
    なんて書くと、お涙頂戴の感動物語だと思われるかもしれません。
    のんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのん。
    全力で否定します。
    東北弁が唸りを上げて炸裂し、柔毛突起どもが暴れまくるのです。
    何のことか分かりませんね?
    順を追って説明いたしましょう。
    主人公の桃子さんは75歳。
    既に最愛の夫を見送り、2人の子供を育て上げ、都市近郊の新興住宅街で一人ひっそりと暮らしています。
    代わり映えのしない毎日ですが、桃子さんの頭の中には様々な人格が棲みついていて(これを「柔毛突起」と呼んでいます)、しょっちゅう井戸端会議を開いています。
    しかも、東北弁で。
    何故、東北弁かというと、桃子さん自身が岩手県の出身だからです。
    桃子さんは田舎にいたころ、農協に勤務していました。
    農協の組合長の息子と縁談も決まっていましたが、東京五輪のファンファーレに押し出されるようにして故郷を飛び出したのです。
    そして、既に他界した夫と運命的な出会いを果たすのです。
    老境にある桃子さんは、愛とは何か、自分の人生とは何だったのか、としきりに問い詰めます。
    手垢の付いた回答を引き出すと、柔毛突起どもが途端に暴れ出します。
    「おめだば、すぐ思考停止して手あかのついた言葉に自分ば寄せる。何が忍び寄る老い、なにがひとりはさびしい。それはおめの本心が。それはおめが考えたごどだが。」
    いや、このやり取りが実に愉快で、痛快なのです。
    ほぼ全篇、こんなふうに賑やかな東北弁で饒舌に語られます。
    取り立ててドラマチックな展開はないですが、頬の緩む場面あり、吹き出す場面ありで、「ああ、この世界にずっと浸っていたいな」と惜しむような思いでページを繰っていくと、最後は「あれ? 俺、もしかして泣いてる?」ってなるんだから、実に鮮やかな手並みと言うほかありません。
    それに若竹さんたら感性が実に若々しくて、擬音の使い方も思い切りがいいし、はみ出すことを恐れない、とういうか積極的にはみ出していくんですね。
    作中の冒頭で紹介される、ジャズを聴いているうちに丸裸になって踊っていたなんてエピソードは、これは若者の感覚でしょう。
    ほんと脱帽です。
    これだけの才能があれば、もっと早くデビューできたのではないかと思ってしまいますが、若竹さんの中では本作を著すまでに一定の年月が必要だったんでしょうね。
    まさに「機が熟した」というべき、その一瞬を捉えて放った閃光のごとき作品です。
    若竹さんがこれからどういう作家人生を歩まれるかは分かりません。
    ただ、この作品を世に残せただけでも、生まれてきた甲斐があるというもの。
    羨ましい限りです。
    これから日本は高齢化社会の長い長い下り坂を下って行きます。
    下り坂なんて書いたら、「失礼な」と思われる向きもあるでしょう。
    あのさ、そういう「常識」をいったん脇へ置こう。
    下り坂はネガティブだっていう思考が前提にあるから、そう思うんよ。
    そうじゃない。
    下り坂の先には、確かに雲はないけれど、道々、野に咲く花や味わい深い石を見つけられる悦びがあると思うんだ。
    さあ、希望を持って老いよう。
    桃子さんと一緒に。
    ※蛇足ですが、本作は、今度の芥川賞ノミネート作。
    ぜひ受賞して欲しいものです。

    • 5552さん
      はじめまして、こんばんは。
      5552と申します。
      こちらの作品、芥川賞取りましたね!
      正直全っ然興味がなかったのですが、あなたのレビュ...
      はじめまして、こんばんは。
      5552と申します。
      こちらの作品、芥川賞取りましたね!
      正直全っ然興味がなかったのですが、あなたのレビューを読んで俄然興味が出てきました。
      いつか読んでみようと思います。
      レビューありがとうございました。

      突然失礼しました~。
      2018/01/21
  •  いろんな自分が、ふとしたきっかけで、心に湧いてくるっていうの、分かる。
     過去に行ったり、現在に戻ったり、桃子さんの心の中に行って、と忙しいのに、読んでいて迷子にならない。東北弁の効果なのか、暗い気持ちにもさせない。素晴らしい。
     最後、孫娘とのやり取りがあって、ストンと終わる。ここがすごくいい。
     
     
     

  • あいすかだね。おらなんとよんででどでしてしまった。桃子おめよいんでねがったべ。なんぼへづねがったべが。

    うん。こんな感じ。
    想像以上にはっちゃけていた。怒涛過ぎてついていけなかったような気がする。だけど嫌いじゃないの。だけど重くて…。なんともはや…。もう少し経ったらまた読みたい。

    祖母、母、私、娘の関係と似ていて、ある程度の年齢に達した女なら、たぶんみんな桃子さんや、桃子さんの娘の気持ちがわかるんじゃないかな。桃子さんはそれしかなかった。自分は母としてしか生きていけなくって…と、きちんとわかっているから、直美もきちんとわかってくれているよ、きっと。と思った。

    うわばみみたいな、夫も子も丸呑みしちゃうような騒々しい愛が波のように押し寄せてきた。最後はやっぱりこわくって、さやかみたいにこわさを感じてしまった。これを読んで、少しこわいと思った私は、まだまだひとりで逝く覚悟も、実母のことも受け入れることができないんだと思う。

    桃子も直美もさやかも、たくさんのおらも、何となくわかるのですが、読むのがよいでねがったのです。親の年代でもこういう風に考えている人がいると知れて、そこはとてもよかったと思った。

    地元の読書会でこれが課題になっていて参加者を募集していた。私はまだいいかな…と思って参加しなかったけど、たぶんかなり盛り上がったと思う。

  • 70代の桃子さん、夫は他界し、子供たちとは疎遠になり、一人で暮らすも、日々頭の中では賑やかな会話が繰り広げられている。
    故郷の東北弁での会話はテンポよく(他地方出身の読者が読むには少し時間がかかるが‥)、幼い頃の祖母とのやりとり、夫との出会いや亡くなった時のこと、子どもたちとの確執まで、色んな思いが去就する。それは必ずしも楽しい思い出ばかりではなく、鈍い痛みも伴っていて、歳を取るとはそういうことなのかもと、少し理解できたような気がした。

    そして、私の祖母や母もそんなことを考えたりしてたのかなぁ、と思いを馳せると同時に、自分がその歳になったとき、一体何を思い出し、何を思うだろうと想像せずにはいられず、少し胸が痛くなった。

  • どんだけ良く喋るんだ!と思ったが、よく考えると、いつもココロのなかでしている独り言はそんなものかもしれない。
    誰しもが、いつかは訪れる死。しかしその前に訪れる老い。
    死ぬのはそこで終わりなので、周りはどうあれ本人は、それはそれでしょうがないで済んでしまう気がする。
    しかし老いはいつまで続くのか、果てしなかったらどうしよう。
    孤独死ではなく、家族で過ごしながら、どこかの標語で聞いた「ピンピンポックリ」で逝きたいものだ。

  • 夫を亡くし、独り暮らしする74歳の桃子さん。東北弁がふんだんに登場するとのことで読んでみたが、桃子さんの胸の内で語られる東北弁がこんなにリズミカルでユーモラスで軽やかに感じられるとは。自分も操っていた方言が懐かしく、特に上京してから桃子さんが感じていた「わたし」という言葉への憧れと反感は手に取るようにわかった。「気取っているような、自分が自分でねぐ違う人になったような、喉に魚の骨がひっかかったような違和感」。かつて自分も感じた、標準語を話すことへの逡巡。一部の人にしか理解できないかもしれないが、よく言ってくれましたという気持ちになった。
    これまでの桃子さんの生き様から垣間見える祖母・母・自分・そして娘との関係。同性の家族だからこそ感じるわだかまり、うまくいかなさがちくちくと痛かった。夫を見送り、子供とも疎遠になった今、心もとなさと同時に感じている開放感。
    「まだ戦える。おらはこれがらの人だ。こみあげる笑いはこみあげる意欲だ。」
    このフレーズがとても好きだなあ。これから自分がどんな風に年を重ねていくのか、まだまだじたばたするんだろうという気がしているけど、「こわいものなし」と開き直れる老人になれるだろうか。「おらはおらに従う」と思えるだろうか。思えるようになりたい。

  • 芥川賞受賞インタビューを見てとても興味を持ち、受賞発表の翌日慌てて購入した。

    東北弁と標準語のコントラスト、リズミカルで生き生きとした文章が読んでいて楽しい。
    74歳のひとり暮らしの桃子さんの心の中の、大勢の声達の井戸端会議には笑えた。
    実家の母も桃子さんと同世代。
    うちの母もこんな風に心の中で井戸端会議しているのかな。
    そしてそう遠くない将来、私も桃子さんのように…。

    桃子さんは次々にわき上がる大勢の内なる声達をジャズのセッションに例えていたけれど、私にはロックのように思えた。
    一見控え目に見えて見事に己の言霊をハードにぶつけてくる。
    ぶつけられた言霊が私の中をグルグル巡る。
    一度読み出したら止まらない。
    すっかり桃子節に取り込まれてしまって、とってもいい気分。

    「老い」を孤独ととるか自由ととるかはその人次第。
    でもこの作品を読み終えた今の私は並々ならぬパワーをもらえた。
    おらの今はこわいものなし、なのである。

  • かなりぶっ飛んだ本でした。
    東北弁の部分は、完全には理解できていないと思いますが、標準語でも説明してあるので、読むのには問題なかったと思います。
    主人公の桃子さんの一人語りなのですが、結婚した相手と出会う過程一つとっても、当時、それも保守的だと思われる地方の人とは思えないほど、自立し、行動力がある人柄がわかります。
    考えている過程の描写は、私のような凡人の感覚を完全に超越しています。それが、この作品を面白くしていると共に、わかりやすくしているのかなと思いました。
    この本を読んで、おばあさんの年代の人がぶつぶつと言っていたのは、主人公桃子さんと同じような事なのではなかったのかなと思いました。

全320件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1954年岩手県遠野市生まれ。岩手大学卒業。55歳で小説講座に通いはじめ、8年の時をかけて本作を執筆。2017年、本作で第54回文藝賞を史上最年長の63歳で受賞しデビュー。翌年、第158回芥川賞受賞。

「2020年 『おらおらでひとりいぐも』 で使われていた紹介文から引用しています。」

若竹千佐子の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
三浦 しをん
宮下奈都
伊坂幸太郎
塩田 武士
柚木麻子
今村夏子
内館 牧子
村田 沙耶香
有効な右矢印 無効な右矢印

【第158回 芥川賞受賞作】おらおらでひとりいぐもを本棚に登録しているひと

ツイートする
×