おらおらでひとりいぐも 第158回芥川賞受賞

著者 :
  • 河出書房新社
3.50
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本棚登録 : 925
レビュー : 159
  • Amazon.co.jp ・本 (168ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309026374

作品紹介・あらすじ

第158回芥川賞受賞作、第54回文藝賞受賞作。リズムあふれる文体で新しい「老いの境地」を描いた。

感想・レビュー・書評

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  • 早くも「今年一番の収穫かも」と思わせる傑作と出合いました。
    昨年の文藝賞受賞作。
    作者は63歳の新人、若竹千佐子さんです。
    どんな作品かと言うと、「老いるのも悪くないかも」と思わせてくれる作品です。
    なんて書くと、お涙頂戴の感動物語だと思われるかもしれません。
    のんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのん。
    全力で否定します。
    東北弁が唸りを上げて炸裂し、柔毛突起どもが暴れまくるのです。
    何のことか分かりませんね?
    順を追って説明いたしましょう。
    主人公の桃子さんは75歳。
    既に最愛の夫を見送り、2人の子供を育て上げ、都市近郊の新興住宅街で一人ひっそりと暮らしています。
    代わり映えのしない毎日ですが、桃子さんの頭の中には様々な人格が棲みついていて(これを「柔毛突起」と呼んでいます)、しょっちゅう井戸端会議を開いています。
    しかも、東北弁で。
    何故、東北弁かというと、桃子さん自身が岩手県の出身だからです。
    桃子さんは田舎にいたころ、農協に勤務していました。
    農協の組合長の息子と縁談も決まっていましたが、東京五輪のファンファーレに押し出されるようにして故郷を飛び出したのです。
    そして、既に他界した夫と運命的な出会いを果たすのです。
    老境にある桃子さんは、愛とは何か、自分の人生とは何だったのか、としきりに問い詰めます。
    手垢の付いた回答を引き出すと、柔毛突起どもが途端に暴れ出します。
    「おめだば、すぐ思考停止して手あかのついた言葉に自分ば寄せる。何が忍び寄る老い、なにがひとりはさびしい。それはおめの本心が。それはおめが考えたごどだが。」
    いや、このやり取りが実に愉快で、痛快なのです。
    ほぼ全篇、こんなふうに賑やかな東北弁で饒舌に語られます。
    取り立ててドラマチックな展開はないですが、頬の緩む場面あり、吹き出す場面ありで、「ああ、この世界にずっと浸っていたいな」と惜しむような思いでページを繰っていくと、最後は「あれ? 俺、もしかして泣いてる?」ってなるんだから、実に鮮やかな手並みと言うほかありません。
    それに若竹さんたら感性が実に若々しくて、擬音の使い方も思い切りがいいし、はみ出すことを恐れない、とういうか積極的にはみ出していくんですね。
    作中の冒頭で紹介される、ジャズを聴いているうちに丸裸になって踊っていたなんてエピソードは、これは若者の感覚でしょう。
    ほんと脱帽です。
    これだけの才能があれば、もっと早くデビューできたのではないかと思ってしまいますが、若竹さんの中では本作を著すまでに一定の年月が必要だったんでしょうね。
    まさに「機が熟した」というべき、その一瞬を捉えて放った閃光のごとき作品です。
    若竹さんがこれからどういう作家人生を歩まれるかは分かりません。
    ただ、この作品を世に残せただけでも、生まれてきた甲斐があるというもの。
    羨ましい限りです。
    これから日本は高齢化社会の長い長い下り坂を下って行きます。
    下り坂なんて書いたら、「失礼な」と思われる向きもあるでしょう。
    あのさ、そういう「常識」をいったん脇へ置こう。
    下り坂はネガティブだっていう思考が前提にあるから、そう思うんよ。
    そうじゃない。
    下り坂の先には、確かに雲はないけれど、道々、野に咲く花や味わい深い石を見つけられる悦びがあると思うんだ。
    さあ、希望を持って老いよう。
    桃子さんと一緒に。
    ※蛇足ですが、本作は、今度の芥川賞ノミネート作。
    ぜひ受賞して欲しいものです。

    • 5552さん
      はじめまして、こんばんは。
      5552と申します。
      こちらの作品、芥川賞取りましたね!
      正直全っ然興味がなかったのですが、あなたのレビュ...
      はじめまして、こんばんは。
      5552と申します。
      こちらの作品、芥川賞取りましたね!
      正直全っ然興味がなかったのですが、あなたのレビューを読んで俄然興味が出てきました。
      いつか読んでみようと思います。
      レビューありがとうございました。

      突然失礼しました~。
      2018/01/21
  • あいすかだね。おらなんとよんででどでしてしまった。桃子おめよいんでねがったべ。なあんぼへづねがったべが。

    うん。こんな感じ。
    怒涛過ぎてついていけなかったような気がする。だけど嫌いじゃないの。だけど重くて…。なんともはや…。
    祖母、母、私、娘の関係と似ていて、ある程度の年齢に達した女なら、たぶんみんな桃子さんや、桃子さんの娘の気持ちがわかるんじゃないかな。

    桃子さんはそれしかなかった。自分は母としてしか生きていけなくって…と、きちんとわかっているから、直美もきちんとわかってくれているよ、きっと。と思った。

    うわばみみたいな、夫も子も丸呑みしちゃうような騒々しい愛が波のように押し寄せてきた。
    最後はやっぱりこわくって、さやかみたいにこわさを感じてしまった。これを読んで、少しこわいと思った私は、まだまだひとりでいく覚悟も、実母のことも受け入れることができないんだと思う。

    桃子も直美もさやかも、たくさんのおらも、何となくわかるのですが、読むのがよいでねがったのです。親の年代でもこういう風に考えている人がいると知れて、そこはとてもよかったと思った。

  • 夫を亡くし、独り暮らしする74歳の桃子さん。東北弁がふんだんに登場するとのことで読んでみたが、桃子さんの胸の内で語られる東北弁がこんなにリズミカルでユーモラスで軽やかに感じられるとは。自分も操っていた方言が懐かしく、特に上京してから桃子さんが感じていた「わたし」という言葉への憧れと反感は手に取るようにわかった。「気取っているような、自分が自分でねぐ違う人になったような、喉に魚の骨がひっかかったような違和感」。かつて自分も感じた、標準語を話すことへの逡巡。一部の人にしか理解できないかもしれないが、よく言ってくれましたという気持ちになった。
    これまでの桃子さんの生き様から垣間見える祖母・母・自分・そして娘との関係。同性の家族だからこそ感じるわだかまり、うまくいかなさがちくちくと痛かった。夫を見送り、子供とも疎遠になった今、心もとなさと同時に感じている開放感。
    「まだ戦える。おらはこれがらの人だ。こみあげる笑いはこみあげる意欲だ。」
    このフレーズがとても好きだなあ。これから自分がどんな風に年を重ねていくのか、まだまだじたばたするんだろうという気がしているけど、「こわいものなし」と開き直れる老人になれるだろうか。「おらはおらに従う」と思えるだろうか。思えるようになりたい。

  • 芥川賞受賞インタビューを見てとても興味を持ち、受賞発表の翌日慌てて購入した。

    東北弁と標準語のコントラスト、リズミカルで生き生きとした文章が読んでいて楽しい。
    74歳のひとり暮らしの桃子さんの心の中の、大勢の声達の井戸端会議には笑えた。
    実家の母も桃子さんと同世代。
    うちの母もこんな風に心の中で井戸端会議しているのかな。
    そしてそう遠くない将来、私も桃子さんのように…。

    桃子さんは次々にわき上がる大勢の内なる声達をジャズのセッションに例えていたけれど、私にはロックのように思えた。
    一見控え目に見えて見事に己の言霊をハードにぶつけてくる。
    ぶつけられた言霊が私の中をグルグル巡る。
    一度読み出したら止まらない。
    すっかり桃子節に取り込まれてしまって、とってもいい気分。

    「老い」を孤独ととるか自由ととるかはその人次第。
    でもこの作品を読み終えた今の私は並々ならぬパワーをもらえた。
    おらの今はこわいものなし、なのである。

  • かなり待たされて順番がやっと来たので次の人の為にも1日で読んだ。ドラマチックでもなく起伏もないけれど文体が独特で東北弁のリズムと相俟って平凡な とある女性が老いを迎えて思うことどもが普通に語られている。作者の投影だろうか結構な知的レベルも有する74歳になった桃子さんの我が人生の振り返り、この東北弁でのリズム感が印象深い作品でした。博多弁のわたしには少し読み辛くもありました。芥川賞には この東北弁が決め手だったのでしょうか?

  • 東北弁には独特のグルーヴ感がある。
    母が函館の出なので、耳馴染みがある。
    やり場のない、ぐるぐると回るような呟きにも。
    諦念をにじませた、ややシニカルな現実認識、は北国が育んでしまうものなのだろうか。そんなことないか。

    女性のライフコース、地方と中央、新興住宅地の終わり、老いた親と子ども、母の呪い、差別の内面化、問題は山積だけれども、それらを我がこととして引き受けていくすがすがしさ。

    彼女たちの尊厳に敬意を払うこと。
    引き継いでいくこと。
    難しいけれど、やっていこうと思う。

  • 話題にもなったので、読み終わったら祖母に貸してあげようと思ってたけど。
    亭主に先立たれたとこは桃子さんと境遇が同じ祖母。読んだら前向きになれるものなのか、逆に落ち込んでしまうものなのか。私にはよく分からないので迷う…
    老人笑うな行く道だ。自分の将来に重ねる事はなかなかまだ難しいけど、きっとまた桃子さんのことを思い出すことがこれから何度もあるでしょう。
    そして自分の母や祖母に対して、出来るだけ喜びを増やして、寂しさは一緒に分かち合えればいいなと思いました。

  • 最近読んだ芥川賞の中では、1番良かった。愛する人を亡くした、悲しみや寂しさや安心や、その他の溢れ出る強い気持ちが、本当に起きた人でしか書けない実感がこもっている。老い、は若干想像で書いている分、70歳の実感からは少し遠い気がする、と祖母を見ていて思う。

  • 読み終える前に書いておくべきだと思った。
    というのも、作品としての完成度をうんぬんし始めたら、いま本作を読んでいるプロセスの感動が殺されると思ったから。
    なにより、東北弁のグルーヴ感のすばらしさ。作者には失礼かもしれないけれど、どんなに愚かなことを言ったって、東北弁で語られれば心地よいのである。
    ところが本作は同時に、多分なほどに批評的な目を光らせている。その意味で、存在の寂しさが鈍い光を放っている。

  • 芥川賞を取った本は、あまり読んだことがありません。でも、読んでよかった。桃子さん、74歳、配偶者を亡くし、子供達とは疎遠、故郷は捨ててしまっている。一人で生きています。自分自身に重ねながら読みました。最近、私の中に何人もの私を感じることがあります。一人ぼっちでも彼らと生きていけるような気が、私はしています。

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プロフィール

若竹千佐子(わかたけ・ちさこ)
1954年岩手県生まれ。岩手大学教育学部卒。専業主婦。新たな老いの境地を描いた『おらおらでひとりいぐも』で2017年第54回文藝賞を史上最年長受賞。「青春小説の対極、玄冬小説の誕生」(※玄冬小説とは歳をとるのも悪くない、と思えるような小説のこと)とも呼ばれる。2017年『おらおらでひとりいぐも』で第158回芥川賞候補。

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