- Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309028712
感想・レビュー・書評
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尹錫悦大統領に代わり、反日姿勢の方針転換。日本でも韓国でも、互いの好感度調査に改善が見られ始めている。一部の若者は歴史的経緯など無関心ゆえ、単に韓国をファッションとして好む子たちも増えた。「狙い通り」だ。しかし、つい最近まで本屋では当たり前に反韓、嫌韓ブーム。居酒屋トークでも韓国嫌いがネタにされる程、日本の民度は下がっていたし、韓国もそれを煽っていた。
誇張モノマネ、というお笑い芸がある。ザコシショウのあれだ。私は、この小説を両国の状態を極端に描けばどんな未来が訪れるか、誇張モノマネのような発想で捉えた。
ー 排外主義者たちの夢は叶った。
特別永住者の制度は廃止された。外国人への生活保護が明確に違法となった。公的文書での通名使用は禁止となった。ヘイトスピーチ解酒法もまた廃され、高等学校の教科書からも「従軍慰安婦」ゃ「強制連行」や「関東大震災朝鮮人虐殺事件」などの記述が着えた。パチンコ店は風営法改正により、韓国料理屋や韓国食品店などは連日続く嫌がらせにより、多くが廃業に追い込まれた。
両国の駐在大使がそれぞれ選されてから現在に至る。世論調査によると、韓国に悪感情を持つ日本国民は九割に近い。
物語は上記の前口上からはじまる。とばっちりを受けるのは、在日韓国人だ。二世や三世、いまやそれより若い世代だが、既に自分たちの意思でプロフィールが決まっている訳でもなく、与えられたアイデンティティを受け入れるだけだ。そんな人たちを関東大震災で使われた武器である「竹槍」で脅すのか。誇張された世界、思考実験がはじまる。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
日本初の「嫌韓」女性首相が誕生し、反韓ヘイトがエスカレートした近未来のディストピアーーという設定だが、そこはまぎれもなく現在のリアルからほんのちょっとズレただけの世界だ。登場する在日コリアンの青年たちひとりひとりが異なるスタンスでさまざまな選択をして生きているさまに、自分とは違う集団をなんとなくひと塊にとらえることの愚かさ想像力の欠如を思い知る。後半、キムマヤさんの悲劇の詳細が明かされ(太一の計画もそうだが、重要な事実を明かすタイミングが巧み)、夢のアプリ(このあたりは近未来設定が効いている)でお兄さんが死んだマヤさんと対話する章がとにかく苦しくて苦しくて、以降、太一の計画の顛末まで、心臓が止まりそうになりながら読んだ。梨花のブログの文芸ワナビー的な痛さとか、希死念慮のある者がやっと死ねることになったもののそれが他人から殺される状況だった場合の心理とか、本筋以外にも興味深いディテールがもりだくさん。右翼の若者貴島くんの存在の悲しみも忘れられない。そのあたり、文藝2020冬号の特集「いま、日本文学は」でコメカさんが本書を的確に評していたので、引用します→「この作品は在日コリアンたちの抵抗運動の物語でありながら、ジェンダーや文化的自己実現等、さまざまな水位の問題を同時に取り扱っていて、しかもそれらのなかにある『割り切れなさ』への記述にこそ力点が置かれている」。テーマありきではなく、ただ重たいだけでもなく、小説として純粋に面白い、スリルに満ちているところがすごい。詩が祈りみたいに大切に使われているところも印象的。同じ文藝の記事でパンスさんが「90年代までの村上龍みたい」と評していたのもうなずける。とかなんとか、わかったような感想を書き連ねる資格が私にあるのか。
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李龍徳さんの新刊。
自ら突き動かされるように執筆して出版社に持ち込んだのだそう。
初の女性総理が誕生した近代日本。彼女は嫌韓で、次から次に在日韓国人が不利となる制度が増えていく。
柏木太一は、そんな日本をどうにか変えようと同じく生きづらさを抱える在日仲間を見つけ、とある作戦を企てていた。
重たい一冊だった。私はこれまで在日韓国人のことなんて何一つ気にしたことがなかったんだと痛感した。同じ日本に暮らしているのに。
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「いや、違う違う! そう、この世界を人体に喩えるなら、マジョリティは血液だ。そ、そしてあんたらマイノリティは、ときにワクチンであったり、ウイルスであったり。ひどいときには白血病みたいに暴走もするけど、でもでも、それも世界のルーティンのあるべき姿か。あんたたちは世界の流れを、その流動生を、ときどき騒がせる存在なんですよ、つまりは」
「普通選挙のために文字どおり血を流した、人生を捧げた彼女たちの存在を知りながら、投票所に行かないという選択をあなたがもしするならば、それはもうあなたに正義はないとはっきり言おう。サフラジェットの存在を知らなかったならば、ここまでこの文章を読んだあなたはもう無知の状態には戻れないのだから、必ず選挙に行きなさい。さもなければ、永遠に絶対にあなたは不正義だ」
(朴梨花からの手紙)
苦労ばかりの旅路の果てに、私たちは安らぎを得られるのか。ああそうかとの大いなる精算を見いだすことができるのかどうか。温かいベッドは用意されてるか。ほとんど過激派なくらい無神論者である太一だけど、白髪のおじいちゃんになって長年のパートナーや子や、たくさんの孫たちに見送られて息をひきとったあと、その数分後に、皮肉なことに待っていた神さまに「もちろん、すべての者に、ふかふかのベッドは用意されてるよ」と言われる。その瞬間は、ものすごく美しいのではないか。
太一よ、この世界の、息もたえだえに登りきった果てのその光景は、きっと美しい。共に信じよう。 -
李龍徳の信条告白のような作品だ。
梨花に語らせた、彼女の文学への信仰は李さんのものそのものではないか。
それを裏打ちするかのように、物語は結末へとなだれ込む。
世界は腐っている。
腐らせているのは私たち自身だ。
そして私たちは非力だ。
理想主義はいつだってむず痒い。
理想で現実は変えられない。
私たちはそれほど賢くない。
それでも、世界に一石を投じ続ける。
その波紋がなにも起こさないとしても。
それが次の何かにつながると信じて。
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日本人のわたしには〜という感想の貧弱さ。
そういうカテゴライズの暴力性をこれでもかというほどの筆力と熱量で見せつけられてその感想に至るのであれば、内なる分断の線に無自覚すぎます。
この小説が描くディストピアは、今の私たちの社会と決して遠くない。むしろ、一つ何かきっかけがあれば容易に傾く。
橋下徹をはじめとする維新の連中の、威勢の良い空虚な言葉を並び立てるものがなぜかテレビでは重用され
書店には嫌韓本が並び、ネット番組•SNSには目を覆うようなヘイトスピーチが溢れ
小池百合子は関東大震災時の朝鮮人虐殺を否定するかのような姿勢をとりつづけ
朝鮮人学校の前で信じられない罵詈雑言を浴びせかける大人たちがいる、さらにはその男が都知事戦であれだけの票を獲得する、この日本で。
なにができるか
なにをしなければならないか
1人の人間として、考え続けることしかできない -
現状から想定し得る極端な政治状況を設定するって点ではウェルベックの「服従」を彷彿とさせるところもあり、右派女性首相による国粋主義政策とかブログ調の文体は変にリアリティあったり、アプリの話はちょっとSF感もあってそこはそこでもうちょっと掘り下げてみてほしかったり。
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ネット上・SNS上の言説や、ここ数年の日本の雰囲気をみたとき、ヘイトや差別の行き着く先にこういう世界が訪れるかもしれない、そう思わせる怖さがある。
この本自体が、主人公のごとく、世界への抵抗の物語だ。 -
今まで読んだことのないタイプの小説だった。不穏なタイトルから紡ぎ出される物語もまた不穏なものであり、また救いももたらされない。在日韓国人に対する差別がテーマであり、人間の心の醜さをえぐり眼前に突き出される、あるいはそれに対峙させられたことによって生じた苦痛を投げかけられる。正直、読んでいてしんどい内容であったが、同時に読むことができてよかった、この作品でなければ生じることのなかった感情を抱くことができた、と感じている。
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なんとも言えない読後感。だんだんこんな世の中になるのかなと思わなくもないし…人間の熱しやすく冷めやすい感じが、いろんなものを萎えさせていく感じは、世界の人共通の感覚なんだろうかとふと思った。同じ時代の空気を吸っても、同じ腹から生まれたり血がつながっていても、私たちはどれ1つ同じ感覚で受け止めない。今この瞬間も何を大事にして存在するかは、ほんとにバラバラだ。私が考えたり信じたりしていることさえ、ひとつの方向性に過ぎないのに、いったい人間が思い描く未来に何の意味があるんだろうとさえおもってしまう。
作者の頭が良すぎて、人物の背景が複雑すぎた。それもルーツやアイデンティティのせいにしたら、もしかして差別になる?それともこれはちゃんとした感想?…とにかく、人物の背景が描いてあるけど複雑なぼかしが効いてた。 -
読んでよかった!