アロハで猟師、はじめました

著者 :
  • 河出書房新社
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感想 : 27
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309028873

感想・レビュー・書評

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  • 半農半Xを地で生きている著者が、自身の狩猟や米づくりの経験をもとに、生きること、経済、戦争・平和などについて思索をしたものをまとめたエッセイ。実際の狩猟や精肉の描写やコメ作りの実際の体験談から、半農半X(ライター)、自然資源を活用した生き方、贈与経済による人間関係の形成、物質文明へのアンチテーゼの提示・人間の能力の維持、資本主義から半歩ズレた生活、オルタナティブな生計手段を複数持った生活の提示などなど、内容は多岐に渡る。著者は、正に私が実現したい生き方を実践している人だ。
    他方で、この生活のアプローチだけでは、開発途上国の環境問題や社会問題、地球規模でのエネルギー問題、国家間の戦争・安全保障の課題を解決することはできないということもよくわかる。例えば、アフリカのマラウイでは、エネルギー革命が起きていないための薪炭利用による森林破壊や、生産性の低い農業や産業がないことによる労働人口の農業への集中による土地の乱開発、産業がないことによる高等教育人材の受け皿がない問題とそれによる教育の不振などなどの課題がある。これらには、やはり産業の育成、生産性の向上、ガスや電力といった代替エネルギーのインフラ整備など、経済発展による課題の解決が必要だ。また、地球規模の環境問題の解決のためにも、イノベーションによる再生可能エネルギーの開発・普及なども必要だと思う。また、戦争抑止力の観点からは、経済成長による武力の維持なども必要だろう。こうした課題に対応するには、資本主義経済による経済発展を持続可能な開発に変えていくことが必要であり、その手段が、SDGsやESG投資、持続可能な調達なのだと思う。
    著者のような、半農半Xの生き方を是として憧れているし、自分も実践したいと考えているにも関わらず、持続可能な開発による資本主義経済の発展に相当拘っている自分がいることに気が付かされた。
    だがしかし、本当にSDGsやESGなどの仕事に、自身はこれ以上関わりたいのだろうか。なんだか胡散臭いし、やりがいを感じられなくなっているのが本音なのではないのか。そうした資本主義・成長モデルに自分がこだわっている一方、その中で生きることに、違和感を感じてそりが合わなくなり、いい加減、辟易してやる気をなくしているのが自分の本音ではないのかとも思う。
    正直、悩む。二つの価値観の中で、身が割かれる。まだ自分の生き方を決めきれない。このままでは、動けない。どうすればよいのか。
    そんな中、著者の提示してくれた「ばっくれる」という姿勢が、自分の道を示してくれるような予感がする。そりが合わなくなったその場から、逃げる(180度違う方向に進む)のではなく、真面目さや真剣さを放りだして、明後日の方向へ鼻歌を歌いながら、ふらふらと進む「ばっくれる」という姿勢。「ばっくれる」ということは、目的地への地図など持たず、自分でもわからぬままどこかへ向かうという姿勢だと著者は説く。そんな姿勢で、自分も次の生き方を探ってみたいと思う。
    半農半Xの、Xを何にするか。願わくば、何等か持続可能な開発に少しでも貢献できるXを見つけて、今の仕事と東京から「ばっくれたい」と思う。

    それにしても、こうした半農半X・田舎での定常経済での暮らしの本には、文化人類学が出てきて、贈与論が語られるのが興味深い。資本主義の貨幣経済へのアンチテーゼとしての贈与経済が、周縁の田舎ではまだ生きているということなのだろう。

  •  猟師にまつわる本は、近年多い。『ぼくは猟師になった』(千松信也)のシリーズや、冒険家の服部文祥も何冊かサバイバルものを書いている(『息子と狩猟に』あたり、読んだっけ)。
     かつて獣肉喰いは ― 昔はジビエなんて言い方しなかったなあ ― それこそ冒険家の植村直己や、アラスカで暮らした星野道夫の本で見聞きしていたけど、ちょっと当時とはアプローチが異なるというか、現代社会へのアンチテーゼというか、何かを見直す、何かの再発見という趣きがある。

     本書もその類ではあるが、導入がアロハだし、最初は農作だし、新聞記者を続けながらという低い敷居のところから入っていって、鴨撃ちから、罠猟、精肉にまで至り、生命のやりとりとは何ぞや、我とは何かと思考を巡らせ、資本主義の安楽死をも構想し、明るい(?)未来へ思いを馳せる体験記になっていて面白い。

     他者(鴨や鹿)の命を頂戴するからこそ、その尊厳に気づく。「死」が見えなくなっている今の社会に警鐘を鳴らす一方で、

    「他の生命に加える暴力の結果、人間はようやく生きている。しかし、その暴力を、あからさまには見せつけない。露悪趣味とは、低劣な自己顕示欲の謂いである。」

     と猟師としての礼節を記す。

     獣肉や米作を通じ「なにが自分であるのか」を考えると、

    「決まっている。他者の命だ。他の生命の殺戮によって成り立つ、たたいっときの<現象>が、わたしなのだ。」

     という考え方に自然と至る。
     そして、いっときの現象である、わたしや、今の人間社会がなりなっているのは、さまざまなものを交換し合って成り立っていることに気づく(福岡伸一教授の“動的均衡”にも相通じる?)。
     
     その交換社会は、今、“カネ”の仲介によって成り立っているが、資本主義がもはや限界に近付いているのは、あらゆる方向から警鐘が聞こえてきている。その解決のひとつの解として、資本主義の共通幻想である貨幣を媒体としない経済活動が、ほんの少しでも生活に入ってくれば・・・。
     
     著者のトライアル&エラーの、体当たり実験生活は続く。なかなか興味深かった。

  • 動植物の大切さ、生かされているということが、強く伝わりました。
    猟師には絶対になれないけれど、著者の文章力をもってリアルに体感、狩猟と農耕の歴史に納得。

    最終章はいささかくどかった気がするけれど、「おいしい資本主義」も読んで、あらためて、現代の資本主義について考えてみます。

  • 猟銃免許をとって、鴨撃ちになり、耕作放棄地を田んぼにし、罠師にもなり、肉の解体、精肉を行う。スキルアップする過程には師匠がおり、車などのメンテナンスを支援する個人商店があり、噂を聞きつけた同業者他者の若手が集まってきたり、どんどん登場人物が増え、個の物語ではなく、鴨や鹿や猪も含めた共生の物語でした。特に人は口も出す、手も貸す、けれど、見返りを求めない。地域の一員としての田や猟場での振る舞い方を求めるだけ。プライスレスな日常生活を垣間見ることになりました。

  • 猟師になると世界を見る目が変わる。生物学者ユクスキュルがいうところの環世界が変わる。
    私も猟師の目で世界を見て見たい。

  • 贈与論に基づき、合理的な新自由主義や資本主義に抗おうとする本は多く、よく頷きながら読む

    この本では、その贈与の根幹にあるものが「いのち」であるため読んでいて深く突き刺さる

    自分が見返りを求めずに贈与できるものとは何だろう、と考える

  • 面白かった。最初はちょっと面白可笑しく書いたのかなぁ、と思ったが、だんだん深い内容になっていった。狩猟は暴力だが、弱い者虐めであってはならない。礼節を持つ。死をこの手で抱える。殺生そのものに快楽は無く、その後に笑いや飢えからの解放、腹の充足、セックス、深い眠りと言う快楽が訪れる。 
    獣の息遣いや匂いまでしてきそうな表現に感動しました。 
    ブリコラージュ(器用人仕事)なるべく金を使わずある物で工夫するって言うのは心がけたいと思う。

  • 今後の私のバイブルになりそうな本だった。猟師としての体験、百姓としての体験とそこから考えたことを面白く読ませる筆致。そして終章はさながら学術論文のようであった。一つの目指すべき方向性がここにある気がする。

  • 「貨幣は便利だ。なににでも/なにからも、交換可能だ。逆説的だが、だからこそ貨幣の能力は限定的になる。強度がない。弾力性がなくなる。カネの切れ目は縁の切れ目。  ところが、鴨でも猪でも鹿でも、米でも野菜でも、あるいは、農作業の手伝いなどの労力でも、モノやサービスを無償で贈与すると、縁に切れ目がなくなる。なぜか。  人と人とがつながるからだ。顔を見知った、声をかけたことがある、笑い合ったことさえある、人間同士のネットワークができるからだ。」

    この視点と言語化は相当に慧眼だと思う。金で買えるものは、たしかに幅広いんだけども、金で買えないものはすべからく人と人との関係性にしか存在し得ない。

  • 読みようによっては重い一冊
    新聞社の記者である著者が、赴任に伴い耕作放棄地で米作りをきっかけに害獣駆除の為に猟師になり、命への考察に至る
    都会に住む人間はスーパーに行けば、命があったとは思わずに買える肉
    美味しいと思いながら食べる肉片にもかつてはあった命
    人の生活に害を与えるから害獣と呼ばれる命にも自らの生を守る権利があり、田畑を荒らすからと命を取られる
    ジビエとして人に食べられるのならまだ本望かもせれないが、自治体から出る金銭目当ての賞金稼ぎの猟師はいかがなものか
    人は他の命を取り入れる事で自分の命を繋いでいることを認識すべきではあるが、認識しづらい資本主義の中に自分が立たされていることを再度考えなくてはならないと感じた

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著者プロフィール

朝日新聞編集委員・日田支局長/作家/評論家/百姓/猟師/私塾塾長 1963年、東京・渋谷生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、1987年、朝日新聞社入社。川崎支局、学芸部、AERA編集部、ニューヨーク支局を経て、2017年から現職。新聞紙面では、コラム「多事奏論」、地方での米作りや狩猟体験を通じて資本主義や現代社会までを考察する連載「アロハで田植えしてみました」「アロハで猟師してみました」を担当する。大分県日田市在住。社内外の記者、ライター、映像関係者に文章を教える私塾が評判を呼んでいる。主な著書に『アロハで猟師、はじめました』『おいしい資本主義』(共に河出書房新社)、『「あらすじ」だけで人生の意味が全部わかる世界の古典13』『朝日新聞記者が書けなかったアメリカの大汚点』『朝日新聞記者が書いたアメリカ人「アホ・マヌケ」論』『アメリカが知らないアメリカ 世界帝国を動かす深奥部の力』(以上、講談社)、『リアルロック 日本語ROCK小事典』(三一書房)、『成長のない社会で、わたしたちはいかに生きていくべきなのか』(水野和夫氏との共著、徳間書店)ほかがある。

「2020年 『三行で撃つ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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