灰の劇場

著者 :
  • 河出書房新社
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本棚登録 : 519
レビュー : 16
  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309029429

感想・レビュー・書評

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  • 1994年の新聞に、奥多摩町の橋から飛び降りた二人の女性の記事が載っていた。
    二人は大田区のマンションで一緒に暮らしていた、大学時代の同級生だった。

    どうして、その記事が記憶に残り、小説にしようと思ったのだろうか。

    小説が舞台化されることになった小説家パートと、書かれた二人の女性の物語パートの境目が、だんだんと分からなくなっていく。

    要所で降ってくる白い羽が、視界を奪っていき、時間がモノになる。それが妙にリアルで、焦らされるように感じた。

    女性二人で暮らしていくことの安寧と絶望。
    ある時期を越えた女性だからこそ、お互いに居心地の良い距離で生活を営める。
    けれど同時に、それ以上の何かにもなりようがない、そんな限界に突き当たったのだろうか。

    でも、それは何だ?家族を作ること?
    私は、二人の暮らし、嫌じゃなかった。

    顔も名前も分からない二人の事実が、虚構として甦るということ。
    それは死者への鎮魂なのか、それとも冒涜になってしまうのか。
    分からない。けれど、事実だけを語ることなんて、きっと誰にも出来ない。

    私は二人の生活を垣間見る。
    そしてまた、私の物語に変えていくのだと思う。

  • 久しぶりに文学的な作品に触れた、そんな気がした。心を揺さぶる劇的なことが起こるのではなく、淡々と語られる「現実のようなもの」と「虚構」の世界。実際に起こった事件と、それを物語にしていく過程を記す “私” は「現実のように」思われる。そして、そこで語られる物語は「虚構」。両者が交差しながら話が展開していく。「虚構」のなかで天井から降って来る白い羽根。演じられる舞台の上では白い砂になり、それは亡くなった二人の灰となった骨のようだと語られる。そういえば、この中で演じられたはずの作品のタイトルは何だったのだろう?「稽古」「上演」「初日」という言葉は確かに読んだが。
    恩田陸のドキュメンタリーのように見える小説。恩田さんの引き出しはいくつあるのだろう。
    本を開くとまず1のチャプターから始まる。タイトル名をつけないでチャプター番号で進むパターンかと思う。すると次は0になる。時間を戻すということ? でも、次からは1、0、1、0、(1)になる。そして、途中で納得する。そういうことか!言葉でなく、あえてコンピューター言語のような0と1で綴る。題名の「灰色」に呼応したような無機質なチャプターの名付け方も面白い。
    ただ、コロナ禍の今、読書で明るい気持ちになりたい人にはお勧めできないかな。

  • 女性同士の飛び降り心中事件。その事件を小説として描いた作家。その小説が舞台化される、というところから物語は動き始める。

    なぜ一緒に暮らしていた二人の女性は橋の上から飛び降りたのか。二人の間に何があったのか、あるいは、何が起こらなかったのか。
    そして、作家はその事件になぜそれほど惹かれるのか。何が作家の中に生まれ、そして生き続けているのか。

    二つの時間は舞台の上で、重なりそしてまた別々に流れていく。ぞわりとした手触りを残して。
    灰は、黒の上では白く見え、白の上では黒く見える。見る者によって、そしてそれが見える場所によって変わっていく。
    作家が「物語る」その始まりの物語。

    二人の女性は三度死ぬ。共に飛び降りたとき、作家によって小説という形になったとき、舞台の上で演じられた時。
    そして思う。そこに「顔」はあったのだろうか。
    二人の女性と、それを描いた作家に、顔は。その瞬間に、顔は。

  •  僕はミステリーというジャンルに、謎解きだけでなくすっきりした読後感も求めているのだと思う。本作を読み終えて、最初に考えたのはそんなことだった…と、何度か書いたような気がする。

     恩田流ミステリーを読み終えて、何度も味わった感覚を、また味わうとは。一応一通りの説明はされても、何だかもやもやや曖昧さが残り、すっきりしない。過去作品を挙げると、『ユージニア』や『中庭の出来事』が該当するだろうか。

     だがしかし、である。世の中は漠然とした不安に満ちている。何の不安も抱えていない人はいない。新型コロナ禍の現在、差し迫った不安に駆られる人も多いだろう。

     同居していた2人の女性が、自ら命を絶った。当面、経済的に困窮しているわけではない。そんな理由で? と感じる読者もいるかもしれない。しかし、彼女たちには十分な動機だったのだ。遺書が残っていない以上、真相は当人たちにしかわからない。

     その自殺の記事が頭に引っかかっていた作家は、2人をモデルにして作品を書き、さらに舞台化もされた。だが、結局は作家の創造の産物でしかない。視点人物が自殺した2人だったり作家だったりと変わるが、読み進むほどに境界が曖昧になっていく。これは2人の独白か、作家の作品の中か?

     長さは手頃だが、楽しい作品ではないし、新型コロナ禍の読書にはお薦めしにくい。『灰の劇場』というタイトルは、内容はもちろん、苦境に喘ぐ演劇界を指しているようにも思えてくる。固定ファンなら、恩田陸らしいと受け止めるだろうけど。

     明るいニュースが少ない昨今だけに、なるべく楽しいことを考えましょうという声も多い中、恩田陸という作家は、河出書房新社は、冷徹にこんな作品を送り出した。『蜜蜂と遠雷』を書いたのも恩田陸なら、『灰の劇場』を書いたのもまた、恩田陸。

     それにしても、ラストの節をこのように演出するとは。作家恩田陸は、根っからの演出家でもある。いかにして読者をえぐるか。覚悟して読むべき1冊だ。

  • TBSドラマ『MIU404』で、逮捕された男が取調べで「俺は、お前たちの物語にはならない」と言って自分の本名も身元もなんにも明かそうとしないシーンがあったのを思い出した。自殺の動機を想像で書かれて物語にされて批判されるのも御免だけど、安易に共感されたり感傷的になられたりするのもなんだか嫌だ。
    著者は豊かな想像力でいろいろ書けるだろうけど、その反面、他人の物語になりたくない人の気持ちも察することができるから、この本は必然的にこういう形になったのだろう。それにしても動機抜きでエンディングまで持っていける筆力がすごい。
    ただし明るい話ではない。「うまいけど、こういうのは好きじゃない」と思う読者は多そうな気はする。著者と年齢や生活環境がわりと似ている私には共感できるところが多々あった。

  • 大好きな恩田陸の新刊。楽しみだったのだけど期待していたものとは違って当惑気味。
    本作自体がなんなのか、よくわからない。
    「棘」として刺さってる恩田陸側の話は
    個人的には不要で、純粋にTとMの「本」を読みたかった。
    恩田さんが書きたかったのは、そーゆーことではないのは理解できるんだけど・・・。
    「白の劇場」を読めばすっきりするのだろうか。

  • 小説家の‘私‘は、今まで誰かをモデルにした作品がなく、今回初めてモデル小説を書こうと思った。それは私が小説家になったばかりの頃に見たある三面記事。一緒に暮らしていた女性二人が橋から飛び降りて、自殺をしたという記事。短い記事なのにどこか私に「棘」として刺さった。
    書き始めていくうちに様々な違和感が重なっていく。

    大きな盛り上がりはなく、淡々としているのにどことなくじわりじわりとなんとも言えない違和感や恐怖っぽい空気が漂ってくるので、ちょっと不思議な感覚がありました。

    物語は、基本的に2つの物語が軸となっています。「0」パートとなる小説家の私の物語、「1」パートなる同級生MとTの物語です。
    最初、行間に意味不明な数字があったので何なのかなと思いましたが、それぞれのパートを意味しています。
    「1」のパートは、私が書いた小説の中の物語なのか?MとTの事実の物語なのか?はっきりとした提示はされていません。自分の場合は、小説の中の物語として読んでいたのですが、どことなく不思議でした。
    言葉では表現しにくいのですが、小説の中の小説なのに‘私‘が存在する世界観と同じところにいるような感覚があり、リアルさが際立っていました。

    また、「0」や「1」だけでなく、「(1)」や「0〜1」といった変化球のパートも登場します。これも想像ですが、「0」や「1」の世界であって、そうでないどこか異空間なのではと思いました。現実とは違った描写だったので、全体的に夢を見ている感覚もありました。

    帯に書かれている「事実に基づく物語」。どこが嘘で、どこが本当なのか。ちょっとでも似ている構想があれば、それは事実を含むことといった文が書かれているのですが、改めて聞くとなるほどと思った部分もあり、新鮮な気持ちになりました。たしかにメディアで見る「事実に基づく物語」は、ほとんどが本当だと思って信じていましたが、ほんの一部でも本当があれば、それも「事実に基づく物語」として解釈されるということので、ちょっと複雑になりました。
    そう考えると、この作品、ほんの一部分だけ事実があるのではと興味をそそられました。
    小説という全てフィクションなのにちょっとでも真が入っていると、なんでこんなにトゲが刺さるような感覚になるんだろうと思ってしまいました。

    ちなみに小説家の‘私’は、作者の恩田さんと類似している点が多くあり、モデルは多分恩田さんだと思います。
    なので、私のパートはドキュメントを読んでいる感覚がありました。
    そして、読み進めていくと、段々と全ての物語がジワジワと混じり合うかのような感覚に陥るので、読み終わった時には、現実?夢?フィクション?といった不思議で宙に浮いたような感覚でした。
    ホラーとは違ったゾワっとしたライトな恐怖にちょっとクセになりました。

  • 内容が想像とは違ったが、恩田さんの選ぶ言葉や何気ない会話が好きなので、面白く読めた。
    何だか共感してしまったのが人間が絶望を感じるのがどんな時かという話。

  • これは“事実“に基づく物語。帯の文句にそそられて購入。
    新聞の三面記事にあった、女性二人の飛び降り事件。その記事にもやもやした記憶だけが長い間残っていて、どうしてその記事が気にかかるか、を焦点に小説を書こうと思ったそうです。

    期待していた内容と違いました。作中でも書かれていますが、五年前十年前に描いたとしたら、全く違ったものになっただろう、と。たぶん、二人の関係を静かながら緊張感に満ちたサイコサスペンスのようなものとして描いていたはず。
    そう、それを期待して購入したんですよ。

    期待は裏切られたけれど、つまらないというわけではないのが嬉しいです。
    嬉しいという感情が持つ明るい感想ではないのだけど、なんだろう。共感というか、現在の自分が感じている不安や無力感というものの、一端を見せられたというか。
    二人の女性と、自分が同世代の年齢であることが、また共感してしまったのかも知れない。共感より協調?

    読後感で言えば、いいものではないです。
    自分がいつの間にか抱いてしまっている暗い部分を、曝け出すほど強い衝動でもなく、振り切るだけの力が湧くわけでもなく、そこに寄り添う優しさがあるわけでもない。
    同じものを見つめてしまったという後ろめたさかなぁ。

  • また八割雑談みたいな話だったけど、スキマワラシより好きだったかも。
    今この年齢で読めて良かった。テーマが死で、しかも独り身の人の話題がたくさん出てくるから…身につまされた。
    母親が亡くなるシーンが異様に真に迫っていて怖かった…。

    一番面白かったのは、直木賞の祝賀パーティに来る人たちは葬式に来るメンバーと同じだろうという話。あの賞をとってそんなことを考えるのはこの作者さんくらいでは…

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著者プロフィール

恩田陸(おんだ りく)
1964年、青森市生まれ。水戸第一高校を卒業し、早稲田大学進学・卒業。1991年、第3回日本ファンタジーノベル大賞最終候補作となった「六番目の小夜子」でデビュー。2004年刊行『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞及び第2回本屋大賞、2007年『中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞をそれぞれ受賞。2017年『蜜蜂と遠雷』で第156回直木三十五賞、第14回本屋大賞、第5回ブクログ大賞などを受賞した。同作品による直木賞・本屋大賞のW受賞、そして同作家2度目の本屋大賞受賞は史上初。大変大きな話題となり、代表作の一つに挙げられるようになった。同作は2019年4月に文庫化され、同年秋に石川慶監督、松岡茉優・松坂桃李らのキャストで映画化される。

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