一度きりの大泉の話

著者 :
  • 河出書房新社
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本棚登録 : 903
感想 : 114
  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309029627

感想・レビュー・書評

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  • 「ひとつ屋根の下に作家が2人もいるなんて聞いたこともないよ。とんでもない話だ」(「少年の名はジルベール」より)1970年10月、萩尾望都、竹宮恵子の2人が一緒の借家に住む予定を、共通の編集者の山本氏に告げた時に、彼は上のように警告したという。
    「あなたね、個性ある創作家が二人で同じ家に住むなんて、考えられない、そんなことは絶対だめよ」1973年5月、大泉で傷ついて埼玉に引っ越した時に、萩尾望都は木原敏江にそう言われたという。(本書167p)
    ‥‥結局はそういうことだったのだ。

    その2.5年間。萩尾望都と竹宮恵子が共通の知人・増山法恵を通じて出逢い、増山家隣の二階建てのボロ屋に一緒に住みながら新しい少女マンガを描き始めた。その家はのちに大泉サロンと言われ、前途有望な若手漫画家が集ったことで知られている。その2.5年間(大泉サロンは2年間)、2人の才能は急速に開花した。萩尾望都は「トーマの心臓」の300pの習作を既に書いていたし、「ポーの一族」のシリーズ連載を始めていた。竹宮恵子は「少女マンガに革命を起こす」戦略の下「風と木の詩」連載を勝ち取るために、頭の固い編集局と闘っていた(連載開始は1976年)。次々と新しい少女マンガ雑誌が創刊され、健康な学園ものやスポーツもの、可哀想な少女だけが描かれる時代ではなくなっていた。2人の作家が目指す作品は、その編集者の思惑の遥か前にあった。そこでは、頭のいい竹宮が、天才肌の萩尾を、憧れ畏れ妬む要因も産まれていただろう。

    「少年の名はジルベール」には、竹宮の嫉妬心理は詳細に告白されているが、実際に何があったのかは曖昧にされた。本書で、その具体的な経緯が初めて明らかになった。事実経過は2人とも同じことを書いている(そのあと派生した噂の真相については別)ので、2人が決別した契機は本書に書いている通りだと思われる。

    決別は大泉解散の後、竹宮が萩尾の「ポーの一族」の「小鳥の巣」の第一回連載を見て、竹宮が公然の秘密にしていた「風と木の詩」の設定をパクったと非難したことがキッカケである。数日後竹宮は萩尾宅を訪れ「あの日言ったことはなかったことにして欲しい」と言った上で「距離を置いて欲しい」という意味の手紙を置いて帰るのである。全く意味がわからず、その後萩尾は心因性ショックの貧血で倒れ視覚障害を起こし入院する。

    盗作かどうかは、普通のマンガファンならば簡単に「違う」と言えると思う。明らかに全く違う作品だからだ。ただあの頃の萩尾作品は、大泉の環境がなかったら(特に増田法恵の影響がなければ)生まれなかった事も確かである。それにしても「小鳥の巣」が、そんな悪条件で生まれたとは思いもしなかった。私は既存「ポーの一族」シリーズの中で最高傑作だと思っている(詳しくは「ポーの一族復刻版(3)」のマイレビューを読んで欲しい)。「盗作とは認めさせない」という緊張感がかえって良かったのか?

    そのあと、萩尾はこの出来事を永久凍土に埋めて封印した。竹宮と増山には極力出会わない様にしたばかりか、竹宮の作品は一切目に触れない様にした。竹宮を恨み、自分が暴走することが怖かったのである。今回一旦解凍したのは、「ジルベール」の為にあまりにも周りが姦(かしま)しくなったからである。

    少女同士ではよくある、気持ちの行き違いによるケンカだった気がする。問題は、2人は少女マンガ界を代表する漫画家だったということだ。竹宮はそのあと、スランプから脱し自分のスタイルを確立し念願の「風と木の詩」も勝ち取り、次々と代表作品を発表した。自己肯定感薄い萩尾は一時期漫画家を辞めるかどうかを逡巡し、画風を変えて漫画家として生きることを決心する。私は、基本的には竹宮恵子の拙い嫉妬が原因であり、彼女が悪かったのだと思っているが、萩尾望都が後になって分析しているように、人間関係には理屈の通らない「排他的独占領域」というものは確かにあり、その地雷を踏んだ萩尾が、二度と踏まない様に3人の関係を修復させる意思を持たない決心をしたというのも充分に理解できるところ。トラウマは何年経っても治らない。

    だから、私は萩尾望都には「そのままでいい」と言いたい。もう決して大泉時代を語って欲しいとは言わない。いや、語ってほしくない。このまま無事に「ポーの一族」完成を目指して欲しい。改めて言っておきたい。萩尾望都、貴女は天才です。

    けれども、2人の著作で70年代初めの新しい少女マンガ揺籃期の内実が分かったことは、大きな収穫だったと思う。

    本書は資料的な価値も高い。

    傷心のまま英国語学留学していた時に、全て1人で描いた「ハワードさんの新聞広告」は、いろんな意味で貴重な作品だったことがわかった。原作付きの作品だったが、何処から見ても萩尾望都作品になっている。特に「知ってるでしょ ただの子どもはみんな飛ぶんだ」と言いながら消えてゆくジルの姿は、その数年後の「ポーの一族」エドガーの先駆形である。

    今回、10数ページも、「トーマの心臓」と「ポーの一族」の未発表のクロッキー帳画が出ているのも貴重である。

    2021年6月7日読了

  • 「大泉」の死によせて、竹宮惠子は壮麗な墓へ美しい花を手向けるように語るけれど、萩尾望都はいまだ埋葬も叶わぬその死体と暮らしていると悲痛に告げる。

    わたしは10代からの萩尾望都の大ファンであるけれども彼女たちが少女漫画雑誌の表紙を飾っていたころの世代ではない後追いファンで、『一度きりの大泉の話』の読後、補論として『少年の名はジルベール』を読んでいる。竹宮惠子の作品をきちんと読むのは今回が初めてで、この本によってようやく少し彼女を知っただけの読者であるので、竹宮漫画について語るつもりはないというか、語れるほどの知識をもたないとまず前置きしておく。

    『少年の名はジルベール』非常に整然とした面白い回顧録だった。「頭がよくそつのない何でもできる人」という著者への評価が腑に落ちる。

    『一度きりの大泉の話』の読後はうめき声のような感想しか出てこなかったけれど、『少年の名はジルベール』を読むとずいぶんと整理された感想が湧いてきた。
    読んだ順番と『少年の名はジルベール』は竹宮惠子が満を持して…というか、望んで構成した自伝であり『一度きりの大泉の話』は周りの雑音に執筆活動を阻害されてやむにやまれずしぼり出した拒絶の言葉という経緯も大きいだろうけれど、おふたりの思考タイプの違いが表れているように思う。整理されていないものを整理されないまましかし克明に描くという萩尾望都の思考にぶん回されるとこちらの言葉が整理されるのにとても時間がかかるのだ。

    竹宮惠子は革命を叫ぶ熱っぽい社会情勢を肌のむこうに感じ、時代の風を受け止めて戦略をもって展開してゆく表現者だったのだろう。変革なくば叶わぬ自己表現のために少女漫画界に立ち向かった若い女性の話としても非常に興味深かった。
    エネルギッシュで理知的な彼女の自画像は萩尾望都による竹宮惠子像とほぼ重なっている。

    対して、萩尾望都の評価はどうだろう。革命を必要としない表現者として淡々と実直にひたむきに漫画を描く。そして小学館の山本順也氏が「どんなものを描いてきても萩尾は必ず載せる」とその作家性を強く信じ守っていたことに対して竹宮惠子は羨望を寄せる。そのいっぽうで、萩尾望都はわたしなぞいつ打ち切られるかわからない巻末作家であるとなんだかやたら低く自分を理解している。
    萩尾望都は編集部の低評価、山本氏の「お前なんかもういらねえよ」という言葉だけ覚えているようだし、その時の反応からも山本氏は必ず載せるなんてことは言ってなかったようだけれど、なんで言ってなかったんだ?時代?信じがたい意思疎通の杜撰さである。「いらねえよ」も大いに謎だけど、雑誌の支柱のひとつである作家にそれを伝えていなかったことのほうが謎だ。

    大泉の同居時代を経て、竹宮惠子は自分の漫画をすでに確かな作家性をもち革新的な表現手法を次々と開拓してゆく萩尾や大島弓子と比べて「古臭い」手法にとどまっていると感じて苦しみ、その焦りを理解しない(おそらく想像だにしない)ことでさらに竹宮の焦燥を煽る萩尾の近くにいることに耐えきれず、別離を切り出す。

    萩尾望都は唐突に別離を告げられたことで大切な友人を傷つけていたと理解し、苦しむ。そしてその苦しみは今も続いていると悲痛に告白する。思い出すだけで執筆活動に支障が出るほどに、まだ苦しい。語れることは全て語ってやるから今後一切思い出させることはせず放っておいてくれと、まるまる一冊を費やして訴える。

    実のところこの2人の間には増山法恵というのちの竹宮惠子のブレーン(竹宮漫画を知らないのでこの理解は不適当かもしれない)とおぼしき人物がいるのだけれども、萩尾ファンの自分には萩尾望都が「かつての友人のひとり」とだけ描写しているためにさして言及する必要性を感じないので、脇に措く。萩尾竹宮を「研究」したい人には重要人物かもね?しらんけど。

    萩尾望都は竹宮惠子から拒絶を示されたあと心身に強いストレス症状が出たことについて、自分が生み出した大切な漫画が友人を傷つけていたことによるショックだと説明しているけれど、もうひとつ、盗作疑惑を向けられたことも大きな要因であることを疑うのは難しい。
    『一度きりの大泉の話』はエピソードごとに視座を定めず語られるけれど、ここでは視座を主観にぴたりと据えて盗作を疑われることへの怒りが滔滔と綴られる。それまでの穏やかな語り口と一変した激しい怒り。当然だ。誠実に漫画を描いてきた人にとってそれ以上の侮辱、存在否定はありえないのだから。
    けれど、その怒りは直接に盗作への疑いをほのめかしてきた竹宮惠子とあくまで切り離されており、表現者として湧き出る何よりの怒りを自分が傷つけた友人には決して向けられない心情が窺える。そのやるかたない怒りは萩尾望都の手元に留まり大きな傷をつけ続けただろう。永久凍土に埋めるしかなかった、というのはそういうことではないか。恩人とすら言える友人を自分のいちばん大切な、人生を賭けて大切に生み出してきた漫画で傷つけたというショックと人生を賭けて大切に生み出してきた漫画を侮辱されるショックが両輪で襲い掛かり、漫画を描く限り傷つき続ける自分。そりゃあ、凍らせでもしない限り、漫画家としてありつづけることはできないだろう。
    その後、萩尾望都が大切な友人たちへの愛着を捨てられず、自分は漫画を描いてはいけないのだろうか、描くのをやめようかと悩む場面には悲鳴を上げたくなった。その苦しさに打ちのめされたとしても描き続けるのが後追いファンが結果論から見た萩尾望都ではあるけれど、当時リアルタイムで萩尾漫画を支持し、『ポーの一族』の単行本を買い、その情熱を伝えた読者の方々に感謝するしかない。数々の名作がこの世になかったかもしれないという想像はぞっとする。精霊狩りの続編がお蔵入りしてしまっただけでも悲しいのに。
    永久凍土を見出してくれてほんとうによかった。ここでわたしは萩尾漫画ファンとしての立場が決まる。このことは二度と永久凍土から出してはならない。萩尾望都がいまでもそこに触れると描けなくなるという以上、決して。

    それにしても、凍らせていたものを解凍しているという注釈で語られる記憶があまりにも鮮明なことに驚く。まさに凍らせていたのだ。解ければとろりと開く傷口。1973年、およそ50年前の傷。

    『一度きりの大泉の話』は多大な努力を投じた痛切な悲鳴であったが、70歳を過ぎてなお20代のできごとをあのようになまなましく拒絶できるということが萩尾望都がいまだ枯れぬ表現者であることを表しているようだ。いまさらだけどバケモンみたいな人だな。
    山本順也、木原敏江が編集者と作家それぞれの立場からただでさえ表現者2人が同居なんてと否定しているうえに、萩尾望都は作家性が強すぎる。そりゃあ、これから自分の表現を確立しようとしている作家が同居していいわけがない。

    なんで同居してしまったんだろう。萩尾望都はそれが平気だったようだから彼女ひとりの立場からは間違いだったとは言えないけど、竹宮惠子にとっては誤った選択で、つまり竹宮・増山と友人であり続けたかったと願った萩尾望都だってそこを見誤って同じく失敗したのだ。まさに人間関係失敗談。学生ノリが続いていたのかな。当時まだ少ない漫画好きで、知識意欲のゆたかな同志。女の子同士。インスピレーションを交わせる関係。近付いちゃうよな。そりゃあな。同居していいわけがないけれど、友人を得て興奮していた女性たちが同居を選んだのも無理ないよな。

    ただ、竹宮惠子は萩尾望都に近付きすぎたことによって苦しんだけれど、『少年の名はジルベール』でその思い出を思い出としてすっきりと描いている。
    担当編集者よりも山本順也氏に対する信頼が厚かったことを前置きした上で、終節に差し込まれた「山本さん、私の作品、本当は嫌いなんでしょう」という言葉。その裏に、萩尾さんの作品は好きなのに。と続く言葉が見える。救われることを拒絶しながら救命を求める言葉。その場では山本氏は口ごもり、竹宮惠子の自傷が止められることはなかった。
    けれどその直後、山本氏は単行本化に関する竹宮の要求を通すよう小学館社長に働きかけ、それは第三者を通して竹宮本人に知らされる。というか単行本化に関して要望が通ったなんて知らされなくてもわかることだ。つまり、山本氏により竹宮惠子の表現が尊重されるという手段でその傷は手当をうけた。
    それが彼女に「大泉」の埋葬を可能にしたのだろうか。というのはとても断片的な情報から得た想像でしかないけれど。

    対して、いまだ死体と暮らす萩尾望都は「大泉サロン」に対して幻想や憶測を許さないために筆を尽くした。萩尾望都と竹宮惠子、その存在が物語になってしまっているふたりの関係について、少なくとも萩尾望都にとっては「大泉サロン」「24年組」という物語など存在しないこと、自分を伝説の登場人物として消費するのは許さないという断固とした姿勢を示している。

    一方で未だ開いたままの傷口を他方で美しい思い出として語ることは対比すればグロテスクである。けれど、そのような単純な帰結を見出すのも物語的消費であることだろう。

    少なくともそれは許さないと示されたファンとしては、『一度きりの大泉の話』『少年の名はジルベール』の2冊を並べて人と人とのあいだの距離に思いを馳せるにとどめておこうと思う。



    ***
    ↓ここから読了直後に書いたうめき声的感想

    精霊狩りでカチュカのテレパシーが読んだ「メメが痛い メメが」って、これかあ。
    後追いファンゆえにほとんど無知であったことが整理された。ときに語り口が軽妙で笑ってしまうんだけれど唐突に「私は死体と暮らしている」なぞというフレーズが出てくるところがとても萩尾望都。

    ***

    2021.4.28

    蛇足ですけども何か見て叫びたくなったやつ

    ただし、とどめておこう、と思えるのも、何も大人の分別ではなくて、わたしは厳密に言うと萩尾望都の描いた漫画の大ファンであり、萩尾望都という人物自身にはその創造主として幸いあれと願う程度の感情しか持たず、何者にも邪魔されず意欲の湧く限り漫画を描いてほしいというエゴイズム(という言葉をここで使うのは露悪的でなんかいやだけど)(確実にエゴだけどただの読者なんだからそんなの当然だとも思っている)のほうをより強く持っているからだ。

    「静かに漫画を描いてほしいので萩尾さんの言うとおりにどうかそれは永久凍土へ」というわたしの願いが本質的に「大泉という美しい幻想を見たい」「二人の天才という偶像による物語を楽しみたい」という願いのものと変わらないとしても、萩尾望都に漫画を描いていてほしいという欲求は確実に萩尾望都自身の漫画を描いていたいという欲求と重なっているのででかい顔して自分の願いの正当性を主張する。

    同時に、竹宮・増山との別離で彼女がどれだけ傷ついたとしても、わたしはその傷ついた萩尾望都が生み出した漫画が好きでしょうがないのだ。人と人とが決して理解しあえない絶望を描きその正体を教え、共有してくれる萩尾漫画に長い時間救われてきたのだ。
    『精霊狩り』の続編がお蔵入りしたことについてはちょっと運命的な何かを呪ったけれども、萩尾望都が傷ついたことについては結果的にそれで喜んでいる自分が客観的事実を知るべくもない50年前のできごとを理由に誰かを呪うはずもない。

    のだけど、これだけ決然と拒否された本を読んでおいてとりもなおさず萩尾望都を物語上の人物として彩色しようとする人は見かけ次第呪っていこうと思う。萩尾望都は今ポーの続編描いてんだぞ!!!描いてくれなくなったらどうしてくれんだ!!!

  • 【感想】
    私は少女漫画に詳しくない。だが、この本には当時の漫画界をリードするべくペンを走らせていたレジェンドたちの熱量がある。その面白さから時間も忘れて一気読みし、本書と対をなす竹宮の自伝、「少年の名はジルベール」も読破してしまった。
    萩尾と竹宮、双方の見解を参考に、両書をまたぐ形で感想を書こうと思う。


    萩尾と竹宮が袂を分かった理由としては、次の2点だ。
    ①萩尾の「少女漫画革命」への思いが竹宮ほど熱くなかった
    ②萩尾が自身の才能に無自覚である一方、竹宮は萩尾の才能に嫉妬していた

    竹宮はあまりに多くのものを背負いすぎていた。
    「少年の名はジルベール」で語られるが、竹宮は「風と木の詩」を出版することを人生の目標に掲げていた。
    当時、少女漫画の地位は少年漫画ほど立派ではない。読者から求められるのは手垢のついた表現ばかりであり、出版社自身も決まりきったストーリーの作品だけを掲載していた。竹宮と増山はこの「少女漫画界のレベルの低さ」を打破しようと考え、「少年愛」をテーマに少女漫画界に革命を起こしてやろうと決意する。その作品が「風木」だったのだ。当時、竹宮は風木のベースとなる習作を何本も作り、幾度となく編集部に提出しては突き返されている。

    自身の描きたいものを描けない竹宮は、次第にスランプ状態に陥る。そこで担当者が提案したのは、「読者アンケートで1位を獲れれば、次の作品として風木を載せていい」というものだった。
    何とかアンケートで1位を取り、実績を認めさせ、風木を載せる。しかしそのためには、描きたいものではなくて「売れるもの」を描かねばならない。理想と現実の間で葛藤しつづけながら、竹宮と増山は「売れるストーリーライン」について研究を深める。そうして作られたのが「少女コミック」に掲載された「ファラオの墓」であった。
    ファラオの墓の読者アンケートは最高2位にとどまったものの、今までの実績を認められ、風木の掲載にOKが出たのであった。

    しかし、「風と木の詩」の連載を前にして、似た設定の漫画が別冊少女コミックで連載されるという事件が起こる。萩尾の漫画作品「ポーの一族」シリーズである「小鳥の巣」だ。
    とはいっても、パイの少ない少女漫画では設定が似通ることは多い。川沿いの男子寄宿舎を舞台にしたお話というだけで、パクリだと決めつけるのは早計過ぎる。

    だが、風木に人生を賭けていた竹宮は、些細な一致でも許せなかった。
    しかも、作者は自分と対極にいる――少女漫画革命の意識が薄いもう一人の天才、「萩尾望都」である。

    萩尾は終始一貫して自己評価が低い。大泉サロンの中でも自分はあくまで脇役で、レジェンド作家の竹宮と旗振り役の増山がサロンの中心であったと評している。
    そうした萩尾の「自覚のなさ」を周囲の人間も認識していた。「嫉妬という感情についてよくわからないのよ」と話す萩尾に対し、山岸涼子は「ええ、萩尾さんにはわからないと思うわ」と即座に回答している。

    言うまでもないが、萩尾はまぎれもない天才である。手塚治虫が漫画の神様なら、萩尾望都は少女漫画の神様だ。
    少女漫画を「ハッピーエンドのガールミーツボーイもの」ではなく、文学の領域まで高めたのは紛れもない萩尾自身である。少女漫画に少年の主人公を出したのも萩尾であり、BLの源流を作り出すことに寄与したのも萩尾だ。萩尾が作り出した画法は、続く作家たちが次々と真似するようになった。
    そんな実績を持ちながら、みずからを「わたしは巻末作家」と称してしまうのだ。

    この認識の違いが、竹宮と萩尾のあいだに悲劇を産む。

    竹宮の活躍の場は「少女コミック(本誌)」。漫画のメインストリームである週刊誌だ。対して萩尾が活躍する場は、月刊誌である「別冊少女コミック」である。竹宮とは違い、編集部からの注文は少なく、のびのび描ける環境。萩尾には編集部から掲載が約束されていたため、アンケートの結果を気にする必要もなかった。

    自分は人生をかけて革命を起こそうとしているのに、萩尾はいつの間にか、描きたいように描いて、少女漫画に新しい風を吹かせている。しかも、まったく無自覚なままに――。

    萩尾は、その無自覚さゆえに、竹宮がどれほど萩尾に憧れ、萩尾を怖れていたかを理解していなかったのだ。

    そして萩尾への焦りと嫉妬が歪んだ形で現れる。
    竹宮は「小鳥の巣」を盗作と決めつけ、萩尾に掲載差し止めを求めたのだった。

    萩尾は竹宮の豹変にショックを受けてしまう。
    何より、自分が作り上げた我が子のような作品が、知らず知らずのうちに人を傷つけていたことに自責の念を感じてしまった。
    しかし、萩尾は盗作の言いがかりをつけた竹宮を責めることはなかった。
    それは親友であり恩師でもある竹宮との友情を、自分から破壊することができなかったがゆえの沈黙なのかもしれない。もしくは、自らの漫画を守るために選んだ萩尾なりの抵抗なのかもしれない。だがいずれにせよ、萩尾は大泉のことを告発せず、地雷を永久に埋葬することを選んだ。
    しかし、各種メディアが大泉サロンを物語にしようとした。それにより初めて、そして一度だけ、あの時のことを語らざるをえなくなったのだ。

    数奇な運命に狂わされた2人の天才。
    もう叶わないことだが、萩尾と竹宮が今でも仲良くしていたら、この「少女漫画版トキワ荘」の話は、後世に残る大傑作になったのではないか。そう思うと残念でならない。

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    本書を読んだあとは、竹宮の自伝である「少年の名はジルベール」を併せて読むことをオススメしたい。大泉サロン解散の理由が、もう一人の当事者である竹宮の口から語られている。
    萩尾と竹宮の証言に相違はあるものの、理解をさらに深める上では最適な一冊だ。
    https://booklog.jp/users/suibyoalche/archives/1/4093884358
    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

    【登場人物】
    ●竹宮恵子
    「週刊少女コミック」に「森の子トール」でデビュー。増山の紹介で萩尾と出会い、大泉で同居生活を始める。
    美人で明るくて親切で才女。綺麗で伸びやかなタッチは、まさに自信が筆に現れたような絵だった。
    増山の少年愛好きに感化された竹宮は、「週間少女コミック」に「風と木の詩」を連載する。少女誌で初めて大々的にBL作品を載せた竹宮は、時代の革命児となった。

    ●増山法恵
    小さいころからピアノの英才教育を受けていたが、自らの限界を知り、親の目を忍んで、漫画、小説、映画や芸術に没頭する。竹宮、萩尾とは違い漫画は描かないものの、2人の作品の批評家となり、後年は竹宮のプロデューサーのような役割を果たしていた。少年同士の同性愛を好み、自らが理想とする漫画への意識が非常に高かった。

    ●萩尾望都
    手塚治虫に感銘を受け、漫画家になるべく福岡県大牟田市から上京する。上京前から竹宮・増山と親交があった。竹宮が同居人を欲していたこともあり、大泉の長屋で一緒に暮らすこととなる。SFと学生ものが好きだが、増山ほど少年愛に熱を上げていなかった。
    代表作は「ポーの一族」。
    当時の少女漫画界は「女の子が主人公のハッピーエンドもの」が一般的であったが、萩尾は少年が主人公で、かつ物語性の高い作品を描いたことで、時代に革命をもたらした。

    ●山岸凉子
    北海道出身の「りぼんコミック」作家。竹宮にあこがれて大泉を訪ね、交友関係を持ち始める。萩尾とは今でも仲がいい。

    ●ささやななえこ
    北海道の芦別に住む「りぼんコミック」作家。北海道から東京の出版社に原稿を持ち込んでいた。萩尾と意気投合し、たびたび大泉を訪れるようになる。

    ●城章子
    石ノ森章太郎に会いたい一心から福岡から上京した。石ノ森章太郎に会い、「竹宮恵子という有望な新人がいる」と紹介を受け、大泉に訪れた。今は萩尾のマネージャーをしている。

    ●佐藤史生
    佐藤が萩尾にファンレターを送り、それを読んだ萩尾が「面白そうな人だ」という理由で会い、交友関係が始まる。竹宮のアシスタントをしながら、「別冊少女コミック」でデビューする。萩尾と同じくSFの愛読者だった。


    【本書のまとめ】
    1 本書を書くにいたった理由
    萩尾望都は、練馬区の大泉で竹宮、増山らと一緒に生活していた。
    しかし、すでに交流は絶っており、自分からあのときの話はしたくない。
    だが最近、竹宮の自伝効果もあり、「大泉時代について取材させてくれ」というメディアが増え、周辺が騒がしくなってきた。だから一度だけ、一度だけ大泉の話をする。


    2 大泉での生活
    大泉での生活は1970年10月から始まる。
    竹宮は萩尾と一緒にアパート暮らしを始める。アパートの向かいには増山の実家があり、3人はいつも一緒に行動していた。

    大泉での生活は、増山が旗振りをして、それに竹宮と萩尾がついていく、という構図である。増山は「一流」を欲しがっていた。音楽、映画、美術…いち早く話題の作品を見つけては、2人に熱意を持って勧めていた。
    そして何より、増山は2人の漫画の才能を「一流」だと確信していたのだ。

    増山は、2人に手紙を送ってくるファンを峻別し、大泉サロンに泊めていた。大泉サロンには入れ代わり立ち代わり、色々な漫画家が居候し、お互いの原稿のアシスタントになっていた。ささやななえこ、山田ミネコ、城章子、山岸凉子など、俗にいう「24年組」が大泉の長屋で漫画を描いていたのだ。

    締め切りに追われながら原稿を描き、漫画の技法について語らい、ときには少女マンガ界の現状を徹夜で議論する。アパートには時代の最先端を行く者たちの熱気が満ちていた。

    当時はとにかく「少女マンガとはこれ」というパターンが決まりきっていたのだ。大きな目、カールした髪、決まりきったストーリー。それは編集者が古い価値観に縛られ、変化を嫌った結果である。竹宮と増山はこの現状を、「少年愛を描くこと」で打破したいと考えていたのだ。

    対する萩尾は、少年愛への熱が2人ほど高くはなく、少女漫画に革命をもたらそうという気概も薄かった。


    3 大泉サロンの終了
    大泉の生活は2年で終了した。欧州旅行(竹宮、増山、佐藤、萩尾の4人で行った)から帰ると、そろそろ別々に暮らしたいという提案が竹宮から出された。
    その頃、竹宮と増山は双子のように仲がよく、竹宮は、仕事のとき以外はほとんど増山の家に入り浸り状態だった。
    大泉の長屋での生活は終わったものの、みんな下井草に引っ越したため、距離は相変わらず近く、大泉サロンは実質続行していた。
    竹宮と増山は同じマンションに住み、萩尾とささやはそれぞれ一人暮らしを始めた。

    萩尾が「小鳥の巣」の連載に取り掛かり、ちょうど一回目が掲載されたころ、転機が訪れる。
    萩尾は竹宮と増山からアパートに呼ばれる。呼ばれた先で、竹宮が「小鳥の巣は、わたしの作品の盗作だ」と主張したのだ。
    そして、「私たちは少年愛についてよく知っている。でも、あなたは知らない。なのに、男子寄宿舎ものを描いている。ああいう偽物を見せられると私たちは気分が悪くてザワザワするのよ。だから、描かないでほしい」とも告げた。

    あらゆることを釈明する余裕もないまま、呆然とし帰路についた萩尾。混乱し傷ついていた萩尾に対し、後日竹宮は手紙を残した。そこには、「今後近寄らないでほしい」という内容の文章が書かれていた。

    萩尾は「自分の何か悪いことで嫌われたのだ」と自らを責めるようになり、ストレスで身体を壊してしまう。
    体調不良を一つの理由として、萩尾は田舎へ引っ越し、竹宮の作品を読まなくなった。大泉サロンは、この瞬間終了したのだった。


    4 解散の原因
    解散の原因は竹宮の嫉妬であったが、萩尾には嫉妬という感情が理解できなかった。
    ある時、萩尾は「嫉妬という感情についてよくわからないのよ」と山岸に話すと、「ええ、萩尾さんにはわからないと思うわ」とあっさり言われたという。
    萩尾は見たものをぱっと覚えてすぐ絵にできる才能があった。斬新な表現技法を思いつき、実践する腕もあった。そして厄介なことに、萩尾自身は自分の才能に無自覚で、自己評価も低かったのである。その証拠に、竹宮のことを「売れっ子作家」と呼ぶ一方、自分のことは「アンケートが取れない巻末作家」と評している。

    竹宮と増山は「少女漫画革命」を起こそうとしていた。2人の才能を持ってすれば、当時レベルの低かった少女漫画を変える革命を起こせると確信していた。その中に、漫画界に画期的な「少年愛新作」を掲げて披露する計画があったのだろう。それを担うのが「風と木の詩」だったが、ここに萩尾の「小鳥の巣」という――小鳥の巣は風木と同じく男子寄宿舎を舞台としていた――邪魔がはいったのだ。
    同じジャンルを描くということは、排他的独占領域を侵すことだ。その地雷を踏んだことが、竹宮は許せなかったのだ。


    5 もう大泉のことは語らない
    「大泉サロン」という名前も、「24年組」という名前も、萩尾の知らないうちに流布していた。このごろは「少女漫画版トキワ荘」の一員として、各種メディアからインタビューの申し込みがある。「あのころ、竹宮先生と一緒に少女漫画革命を目指していらっしゃったんですって?」と。

    しかし、そんなことはない。竹宮や増山とは既に距離を置いている。彼女の漫画は読んでいない。萩尾は排他的独占領域に触れるのを、今でも恐れている。

    竹宮が自伝(萩尾を褒める内容が書かれている)を出版してからというものの、ライターが二人の対談記事を書こうと企画したり、ドラマ化したいとメディアから連絡が来たりする。

    しかし、もう思い出したくない。あのころのことは忘れて封印しておきたい。大泉の企画は、わたし抜きでやってほしい。

    大泉を語るのは、この本一度きりだ。

    • kuma0504さん
      すいびょうさん、
      非常に素晴らしい整理だと思います。
      私もちょうど2冊目を読書中で、大きくは同意します。
      2点細かいことを言うとすれば、
      ・...
      すいびょうさん、
      非常に素晴らしい整理だと思います。
      私もちょうど2冊目を読書中で、大きくは同意します。
      2点細かいことを言うとすれば、
      ・読む順番は「ジルベール」→「一度きりの大泉」がいいだろうと思います。二人が本を書く「動機」が、逆から読めばわからなくなるから。
      ・それから、私は基本的に悪いのは竹宮恵子だと思うけど、竹宮恵子は「小鳥の巣」を盗作と決めつけて掲載差し止めを要求したことを数日後に撤回しています。萩尾望都の中では、そうではなかったのかもしれませんが、おそらく竹宮恵子の中では「言い過ぎだった」ということだけは伝えたと思っていたでしょう。その上で、嫉妬が原因で「もう近づかないでくれ」と言ったのです。もうホント普通の女の子のケンカそのものの様な気がします。でも実質は日本の少女マンガを背負うべき才能と才能のぶつかり合いだったので、こういう不幸なことが起きた。

      このレビューに何を書いても屋上に屋を架すことになりそうですが、数日後に感想文を書こうと思っています。
      2021/06/05
    • すいびょうさん
      kuma0504さん

      コメントありがとうございます。
      ・確かに、ジルベールからのほうがわかりやすいかもしれませんね。ただ、一度きりの~がか...
      kuma0504さん

      コメントありがとうございます。
      ・確かに、ジルベールからのほうがわかりやすいかもしれませんね。ただ、一度きりの~がかなり話題になっているため、本書から読み始める人もいる(自分もそう)と思い、ジルベールも並列表記しました。
      ・ホント、根にあるのは普通のケンカそのものですね。嫉妬が産んだ人間関係のこじれ。何とも惜しいことだと思います。

      kumaさんの感想文も楽しみにしてます!
      2021/06/06
  • 書店でたまたま見かけて手に取り、萩尾望都さんの若い頃の自伝?と思って前書きを立ち読みしたら、なんだか不穏な空気感。
    えー?と思いながらも好奇心で購入しました。

    萩尾望都と竹宮惠子、少女漫画界の両巨頭と言っていい2人の天才が、デビューまもない頃に同居していたなんて知らなかったので、まずそこからびっくりしました。当時の名だたる漫画家さんたちの交流録としても面白かったです。

    仲良く切磋琢磨していけると思っていた2人が結局は絶縁してしまった。これは萩尾望都さんサイドから見たその当時の出来事と、その時の心情の話。
    とても興味深く読みました。
    なかなかショッキングな話ではあるのですが、2人の創作者が同居していたら遅かれ早かれそりゃそういう事になるでしょうな、という話でもありました。

    萩尾望都さんは、長らく封印していたこの話を一度書く事で、その後はもうこの頃の話については蒸し返してくれるなと釘を刺すつもりで執筆されたそうですが、この本によっていわゆる『大泉サロン』に纏わる物語はドラマチックさを増したように思います。萩尾さんの目の黒いうちは絶対に許可されないだろうけど、どうしたってドラマにしたいという人たちはいるだろうなぁ〜。


    萩尾望都と竹宮惠子、中島みゆきと松任谷由実、北島マヤと姫川亜弓、それぞれに何かこう、共通するものがあるなあと思わずにいられないのですがどうでしょう?


  • 萩尾さんの口から語られる大泉時代の思い出はあまりに痛く、ことに竹宮さんのことに関しては…なにも言えない。本書が発売されると知り、ワクワクしていた自分をぶっ飛ばしたくなるほど衝撃を受けた。人間関係は難しい。萩尾さんの仰る「排他的独占愛」…これは人との関わりで避けられないものかもしれないと思う。それが創作に携わる方なら尚更。
    それでも、私は萩尾作品も竹宮作品もどちらも愛している。それだけは今後も変わることはない。
    どうしても竹宮さんや増山さんとの関係に目が行きがちだが、漫画家になるまでのいきさつや他の漫画家達との交遊関係(山田ミネコ、ささやななえこ、佐藤史生、山岸凉子、木原敏江etc.たくさんの著名漫画家が登場する!)、影響を受けた文学作品など、読み応えあるエピソードが次々語られる。私も大好きな短編「温室」「マリーン」の原作者についても語られ、長年どういう方なんだろう…と思っていたので、ようやく知ることができて嬉しい。萩尾さんの原作有漫画についての考えも知ることができてよかった。(小学生時代に描いたという萩尾さんの「若草物語」、興味あるわ)この小説はこの漫画家に描いてもらえたら…という萩尾さんの妄想に、大いに共感!
    色々と考えさせられる内容ではあるけれど、今後の萩尾さんが心安らかにお仕事できることを一ファンとして願っています。

  • 日本少女漫画界の大巨星・萩尾望都御大の自叙伝が出ると聞いて、
    喜び勇んで予約したものの、
    発売を待つ間に何やら不穏な気配を感じた。
    読み始めてじきに、嫌な予感が的中したのを察した。
    新人時代の慌ただしくも楽しかった青春の日々――
    といった話ではなく
    (もちろん愉快なエピソードも回顧されてはいるが)、
    反芻すればするほど苦くて辛い出来事の記録なのだった。

    これから読もうとする人のために、細かい点には触れないが、
    オモー様の価値観、物事の捉え方・考え方、また、
    それらに基づく反応の仕方に強く共感した。
    例えば p.265、

    > 私は何か言われて、不快でも反論せずに
    > 黙ってしまう癖があります。
    > それは不快という感情と共に、強い怒りが伴うので、
    > 自分で自分の感情のコントロールが
    > できなくなってしまうのです。
    > 感情は熱を持ち、一気に暴走列車のようになり、
    > 自分で持て余してしまいます。
    > この感情はきっと大事故を起こす。
    > 怖くなって、押さえ込み、黙ってしまう方を取ります。
    > 冷静に反論する練習をすればいいのでしょうが、
    > なかなかうまくいきません。

    ああ、わかるなぁ。

    芸術家と呼ばれる人たちの中に、
    多弁・能弁でセルフブランディングが得意な人物と、
    不得手な人物がいるとすれば、
    私は後者に好感を抱くし、応援したいと思う次第。

    それから、本書を通読して、
    何故自分が(自慢できるほどちゃんとした読者ではないけれども)
    萩尾作品が好きなのか、理由の一部を再確認した。
    勝者の物語にほとんど興味がなく、
    悩める人々が自らの苦悩とある程度折り合いをつけながらも、
    やはり悩み続けて生きていくストーリーに
    共鳴するからなのだ――と。

    未読の初期作品にもアタックしようかな。

  • これは、ある意味どんな漫画より萩尾望都がわかる本である。
    そして、「アマデウス」をモーツァルト側から書いた本だなと思った。
    竹宮さんも優れた才能の持ち主である。
    しかし、萩尾望都は天才であって、その能力を誰よりもわかっていたのも竹宮さんではなかったか。
    そして、増山さんという漫画のミューズのような人がいて、二人に影響を与え、そのため二人が似た題材で描くことになった。もちろんパクったとかパクられたとかいうことはない。それは竹宮さんもわかっているだろう。作家として持っているものが全く違うので同じヨーロッパの寄宿舎の少年たちを描いても、全く違う作品なのは読めば明らかなのだが、(同じ情報を得た芸術家がそれをどう自分のものにして表現するか、比較するのも興味深いと思う)パッと見似ているのは否定できない。
    そして、努力の秀才である竹宮さんが、これ以上一緒にいたら、似た題材で萩尾さんが自分より明らかに優れた作品を描く可能性があることに、言いしれぬ恐怖を感じたことは想像に難くない。竹宮さんの本を読んでいないので想像だけど、それは「嫉妬」以上のものであったと思う。
    凡人としてはどちらかといえば竹宮さんの心情の方が理解できるのである。

    しかし、こちらはモーツァルトがいかに苦しんだかが語られている。そこが、衝撃だった。

    天才でも努力しているし、作品への思い入れだってある。プライドもある。ただこのモーツァルトは、悪気は欠片もなく、とてつもなく繊細で、正直で、優しい人なのである。(そこが作品の魅力にもなっているのだが。)自分の才能を信じて人がなんと言おうと意に介せず生きていける人なら、これ程苦しまなかっただろう。

    これはどちらが悪いというわけでなく、同じ分野に才能のある、ほぼ同じ年齢の人たちが、同時期に同じ場所にいたことで起こってしまった悲劇である。
    もし、時代や年齢や場所がずれていたら、起こらなかっただろう。

    萩尾さんは、竹宮さんと別れてから彼女の作品は全く読まず、噂さえ耳に入れることを恐れ、会う可能性を徹底的に排除し(それは貴重な体験や出会いを諦めることでもあった)生きてきた。萩尾さんほどの才能のある方がそんな苦しみを持ち続けていたことにショックを受ける。
    しかし、竹宮さんは萩尾さんの作品を一つ残らず読んだんじゃないか。そんな気がする。
    そして、老境にさしかかった今、自分と萩尾さんの持っているものの違いについてより冷静に判断できるようになり、萩尾さんの才能も認め、もう一度会えたらと願っているのではないかと思う。
    けれども、萩尾さんの傷ついた心は癒えることはなく、おそらくこのまま会うことはないだろう。
    それは、もう、仕方ない。こんなことがあったと残っただけでも、ファンとしては喜ばないと。

    それにしても、深い教養と優れたインスピレーションを持ちながら、漫画家になることなく、原作者として名前を残すこともなく消えていった増山さんという人、皆を冷静に見ていた城さん、辛辣な佐藤史生、山岸凉子、木原敏江ら漫画史に名を残す作家、役者が揃いすぎていて、ドラマにしたくなるのはよくわかる。

    本書には未公開の萩尾さんのスケッチも多数あり、とても貴重な本。
    昔少女漫画を熱心に読んだ人なら、見ただけで作品を思い出す懐かしい名前がたくさんでてくる。

    山岸凉子と大島弓子についても、是非その生い立ちから人柄、エピソード、作品などについて、近しい方が記録を残しておいて欲しいと思う。

    萩尾さんの作品が素晴らしいのは、この感性があるからで、「何十年も経ってるのにこんなこと書くな」なんて言う人は作品をちゃんと読んだことのない人なので、気にしないで欲しい。これが読めて本当によかった、書いてくださってありがとうございます、という気持ち。

  • シガー&シュガーさんによる手厚い感想に完全同意するので、あまりくだくだしく書かないようにするが。

    本書刊行で界隈は俄かに熱くなり、その余波によるラジオやレビューなどでいわゆる「ネタバレ」をチラ見しつつも、可能な限り萩尾全作品祭りを行ったあとで読もう、と自制していた。
    のを、祭り終盤を迎えたこのたび、読んだ。
    もちろん竹宮惠子「少年の名はジルベール」は予習済み。
    ところで萩尾祭りの最中に増山法恵さんご逝去の報せを竹宮惠子ブログで知り、その後に「変奏曲」を読めたのは、云い方は悪いがタイミングがよかったという他ない。

    本書、感想を一言で言うなら「凄い」。
    何が凄いかといえば二方向ある。
    まずは証言そのものの鮮烈さ。
    次に、この本で開陳された証言によって関係者・読者・ファンに齎された磁場の強烈さ。
    磁石実験を図示したときのように、ぐにゃりと歪み、言論が次々投げ込まれる……。

    折りしもなのか、萩尾望都の戦略なのか、城章子や編集者の策略なのか、知らないが、竹宮惠子が「扉はひらく いくたびもー時代の証言者」(2021.03.20)という本を刊行した直後に本書が登場(2021.04.21)。
    皮肉にも「いくたびも? いや一度きり! バタンッッ!!」という凄まじい音響を残して、「扉」は一切動かなくなった、のではないか。
    下種の勘繰りだが、萩尾望都が主に描いている小学館で「少年の名はジルベール」が出版され(裏切られた感)、「扉はひらく いくたびも」は中央公論新社、本書は河出書房新社、と、両者の手を引っ張る編集者の「真っ黒い手」を幻視してしまう。

    本書を読み始めたとき、
    萩尾age、竹宮増山sage、と見做したり、
    萩尾=天才=モーツァルト=現役=正義、竹宮=秀才=サリエリ=学長=悪、増山=ワナビー、とキャラ付けしたり、
    「天才を前にした竹宮先生の気持ちのほうが判る」といった安易な連想や感想を抱いてしまったりした自分は、
    正直、いる。
    が、それだけではないだろう、そんな安直なものではないだろう、軽々しく整理してはいけない、と自戒しながら読み進めた。

    全然関係ない連想だけど、太宰治が「冬の花火」で「劇界、文学界に原子バクダンを投ずる意気込み」と書いていたのを思い出した。
    発表は1946年だから、直後にバクダンと書いたときの、上擦った口調を想像できる。
    じゃあ萩尾望都も、ジル本やマスコミからの取材にビビッドに反応して、投げますATOMIC BOMB!! と炸裂させたのかと言ったら、決してそうではなさそう。
    むしろ、徐々に、静かに、沸々と湧き上がってきた怒りが、ブクブクブク……ついに沸点! という本なのだと思う。
    しかも怒りをあからさまには開陳せず、極力押し込めて提出する……今まで大泉やら24年組といったフレーズを取材者が出してきたときに、やんわりと応対していた大人な延長線に態度を置いて、大変クレバー。
    もちろん「お付き合いがありません」「知りませんが」、「あちら」「OSマンションのほう」、といった突き放した言葉づかいをすることで、冷たい怒りといったものを実現する、言語センスの高さ。
    また言語センスといえば、後半でドドド……と披露される「死体」「永久凍土」「排他的独占愛」といったフレーズの、ポエジーと的確さの両立。
    で、本書刊行の理由はただ一言、「無用な取材は今後一切受けません」という機能的な宣言。
    ……いや凄い本だ。
    凡人が書けば嫌味や拒絶一色になりかねないところを、詩的言語を用いてやんわりと、しかし絶妙かつ端的に、相手を刺す!

    一言で表した「凄い」は「怖い」でもある。
    本書終盤で萩尾望都は、
    「考えの足りない人間だからこそ、不用意に人を傷つけるようなことをしないようにと用心します。
    私は人を傷つけたくない優しい人間なのではありません。
    意識的に人を傷つけることもできます。
    意識的な時は、覚悟を決めて傷つけます」
    と、言う。
    この怖さ。
    これをそのまま「宣戦布告!」と見做すのは早計だが、「私を物語の登場人物として消費しないで!」という鮮烈な訴えで、本書は成り立っていると思う。
    竹宮惠子が「少年の名はジルベール」においてたった一行で済ませた記述を、引っ繰り返すため。
    そして全体を通して、花の24年組、大泉サロン、少女漫画版トキワ荘、少女漫画革命、などなどなどの神話化=歴史化=物語化に、圧倒的な「ノン」を突き付ける、強烈さ。
    このノンの一言で、50年付いてきた読者(萩尾も好きだし竹宮も好きだし)が、どんなふうに戸惑っても、半世紀続いてきた夢うつつの幸福がどれほどズタズタになろうと、どうでもいい、私は私の漫画を描く、という強烈な宣言でもある、と思う。
    私は傀儡じゃない、傀儡の操り手を信じて私を犯さないで! と、新参者として物語に参入してしまった者への強烈な平手打ちを、喰らわせる。……やはり怖い。

    そして本書が凄いのは、遥か上空で繰り広げられる神々の遊びだと、別世界のように思えない、対人関係に懊悩した経験のある人なら全員感じ入るものがある記述に満ちているということでもある、と思う。
    コンセプチュアルでエッジの効いた証言こそが、対人関係の真実を浮き彫りにする、という、やはりATOMIC BOMB!! のような本。
    こんな本、あまりない。

  • 全体を通して、大泉時代の神格化、自身のトラウマを天才同士の人間ドラマとして消費されることに対する、冷たい怒りが感じられる作品でした。
    大泉で過ごした時間が死体になった後も、当時のトラウマは50年前と少しも変わることなく、萩尾先生の中に息づいていたのだと感じます。
    特に後半部分については、それまでもうっすらと文章に滲んでいた冷やかさが、一気に加速したように感じました。

    大泉時代を振り返る中で、萩尾先生の漫画に対する文化的考察が途中途中に挟まれますが、特に少年愛嗜好についての考察が、個人的に興味深かったです。
    この2人だから好き、以上に男性同士だから(もしくは女性同士だから)良いという方は確かに存在しますよね。
    少し本筋と外れた内容になってしまいますが、同性愛をはじめとした性的マイノリティについての創作を好むことが、必ずしも性的マイノリティの理解に繋がるわけではないことの理由が、この少年愛嗜好についての考察と深く関わっていると思います。
    ジェンダー規範に縛られてできない、やるべきではないと感じていることを、自分とは異なる性別に“物語”を託すことで代償するという行為は、あまり珍しいことではないと感じます。(もちろん性的マイノリティについての創作を好む人全てに当てはまるわけではありませんが)
    そしてその代償行為は、相手を尊重する姿勢で行われないことがある、もしくは、むしろ相手に偏見を押し付ける結果に繋がる可能性もあるのだと思います。

    またこの“物語”による消費は、萩尾先生が感じている苦しみの原因の一つでもあると考えます。
    登場人物同士の関係に、自分の理想を見出すことが、全て悪であるとは、私は思いません。
    彼ら、彼女らに存在したのはただの諍いなのか、強い感情の結びつきがあったのではないか、また手を取り合えるのではないか、などと、“物語”を想像することは、創作を楽しむ醍醐味の一つだと思います。
    しかし、そうやって想像した、「50年の時を越えて蘇る大泉サロン」や、「天才同士の悲しき対立、そしてその雪解け」などの“美しい理想の物語”を期待し、生身の人間に押し付けてしまうのは、本当に正しいと言えるのでしょうか。
    萩尾先生がこの本を執筆したことで、少しでも安らかな日々を手に入れられることを祈るばかりです。

  • 私は萩尾望都、竹宮惠子の2人のファンです。代表的はほぼ読んでると思う。竹宮惠子の「少年の名はジルベール」も読んだ。

    両方好きだったけど、萩尾望都は感覚的で、竹宮惠子は理屈っぽいな、ということは当時からうっすらと感じていた。
    萩尾望都の作品の方が、なんでこうなるの?なんで?なんで?とずっと考え続けちゃう。腑に落ちない、でも涙が出る。
    竹宮惠子の作品は腑に落ちる。ああこういうことねと思う。幻想的な「風と木の詩」でさえ答えがある。
    で、私は両方好きだけれども、おそらく普遍的な名作なほう、天才なのは萩尾望都の方なのだろうと。

    単純に、20代前半の女性3人の確執と考えたら単純なんだけれども。クリエイターの才能とは何か?と考えさせられるものだった。

    増山さんは感性がありながら表現手段をもたない人。むしろ彼女の身になると切ない。
    都会育ちの文化人であった彼女は、田舎者の2人にマウントを取りたかっただろう。でも描けないから、プロデューサーになるしかなかった。竹宮は受け入れ萩尾は受け入れなかった。

    増山さんは知識人ではあったけれども、クリエイターの才能はなかった。彼女の書いた風木の小説を読んだけれども、凡庸だった。耽美系の小説に不可欠なエモさが無かった。辛い。

    なぜ2人で1人を吊し上げるような真似をしたんだろう。
    盗作の疑惑をかけたことは怒って当然、萩尾望都は許さなくていい。クリエイターに対する最大の侮辱だよ。
    スケッチなんて見せなくても作品を見ればわかる。双方テーマの違うオリジナルの傑作だ。
    増山さんはともかく、同業者で才能ある竹宮惠子はそれは絶対にわかっていたと思う。だから後で1人で来たんだと思う。
    「私はあなたにかなわない」と、当時に言えればよかったのにね。

    推測だけど、こう、少しは萩尾望都が「私ってマジ天才!」って思ってれば、すごいわー!って言えただろうに、本人が私なんてって姿勢だから余計イラつくみたいな?北島マヤにイラつく亜弓さんみたいな?
    (そういえば気づいたけど、マヤを蹴落として亜弓さんに仇を取られた凡庸な女優、のりえって言ったな…)

    誰について考えるにしろ、彼女たちが20代の前半だった、ということは頭に留めておきたい。しかも1970年代だよ。女が自分の才能一本でやっていこうと思ったら、相当の覚悟と自負心が必要だったはず。

    彼女の望み通りそっとしておいてあげてほしい。彼女の近くに城さんがいてよかった。

    ーー
    検索して3点追記。

    ドラマ化、対談の実現について竹宮サイドは、繊細なことなので無理でしょう、というような断り方をしたそうだ。「萩尾さんがいいならOK」というのは、テレビ局等が間違った伝え方をした可能性が高い。

    「少年の名はジルベール」を出版して萩尾さんに送ったとき、竹宮さんは謝罪の手紙をつけたらしい。内容は知るよしもないが、「勝手に送りつけた」というようなものではないように思える。
    竹宮惠子さんも葛藤があったのではなかろうか。あの本は萩尾望都という漫画家へのリスペクト、かなわないという気持ちで溢れている。

    この本にはないが、出版社は竹宮惠子には売れる漫画を描かせ、萩尾望都には売れなくてもいいから自由に描かせる、というような方針だったらしい。
    売れていたのは竹宮だが、評価されていたのは萩尾望都の方だった。しかも萩尾望都は生来の自己評価の低さもあって、そのことに無自覚だった。
    竹宮惠子は書きたい漫画があったのに描くことを許されず、風木を描くために戦略的になって、他のものを必死になって描かねばならなかった。
    そういう状況の中で、竹宮惠子の「書きたい漫画」と似たものを萩尾望都が描いてしまう。竹宮はライフワークとまで思いつめているが描けないものを、描きたいなーで描けてしまう。完成度も高い。
    もちろん盗作などではないが、悔しさは相当のものだっただろう。

    上2つのことは発売時に竹宮惠子の周辺の人が書いていたことで、それは数時間で消されたそうだ。
    竹宮惠子は言い訳をせず、被害者になることも批判する人を責めることもせず、批判を受け入れた。
    それだけのことをしたという自覚があると思う。
    竹宮惠子さんはもう萩尾望都さんを追わないだろうし、謝って自分だけすっきりしたいという気持ちもないだろう。そう思えた。

    私はこれからも2人の作品が好きです。

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著者プロフィール

漫画家。1976年『ポーの一族』『11人いる!』で小学館漫画賞、2006年『バルバラ異界』で日本SF大賞、2012年に少女漫画家として初の紫綬褒章、2017年朝日賞など受賞歴多数。

「2019年 『漫画家と猫 Vol.1』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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