- Amazon.co.jp ・本 (279ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309204994
感想・レビュー・書評
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チェス以外のインプット・アウトプット手段を持たなかった男についての、繊細なガラス細工のような小説。きらきらと眩しくて、一回では思いどおりに読みとれず、続けて二回読んだ。二回目はルージンが怖れた反復が初回より伝わってきたし、奇妙に視界が狭い前半の記述は神経衰弱から脱した後のルージンの記憶から掬い上げられた思い出であったようで、ますます胸が締め付けられた。ルージンはもともと変わった子だったけれど、あんな風に損なわれて良いわけがなかったのに。
「彼女」に最後まで名前が与えられなかったのは、ルージンが未発達で母親と赤ちゃんの関係から始めるしかなかったからだろうか。実際彼女はよく頑張ったけれど、あんなふうに他者を保護することで満たされるものって何だろうと思うと、彼女も何か癒されないねじれを抱えていたのかも。彼女がルージンを名前で呼んであげていたら、ルージンの人生に別の分岐があったかもしれないなあと、いつまでも切なさが去らない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
緻密な描写と構成によって組み立てられた、精緻な構造物であり、同時に、美しいとさえ言えるほど勇敢で哀切な物語。
こんなに結末が来ないでほしいと願った小説はなかったし、最後の数章を読み進めるのは辛い作業だった。なぜなら著者は前書きでその結末をすでに明らかにしていたからで、要するに物語は詰めチェスと同じ構図を最初からとっていた。
ルージンは死に向って直進している。自分に与えられたいくつもの可能性を何度も見返しながら、それでも真っすぐに。不器用な有様、自ら幸せを勝ち取ろうと意志によって(けれど意志とは関係なく)死に突き進んでいく有様は、ほとんど直視できないくらい痛々しい。彼がそれを最善の選択だと信じていたからこそ、その結末を見ることが苦しい。
だが一方で、私は作者であるナボコフのやり方に感嘆してしまう。
私たちは自信を持って選び取った答えが正しいかどうかをよくしらない。正しいと信じ、あるいは正しいことになるようにあらゆる可能性の中から一つを選びとるのだけど、本当にそれでよかったのかどうか、最後の瞬間になるまでは結局よくわからない。
ルージンも同じだ。ルージンにとっては、注意深く駒を進めていく中で最終的にゲームの放棄として選び取った最後の選択、自殺という選択は、実際には作者によって道をつけられた、詰めチェスの最後の一手であって、残念なことにまだゲームの中なのだ。
ルージンは作家によって設定されたプロブレムの中で、自殺を運命づけられたキングだった。でも、その結末に収束していくからこそ、ルージンの世界は美しい一致を描くことができる。ナボコフとは何と残忍で、巧妙な作者であることか。
そしてそれでもなお、この物語からは全編を通じて作者の言う「温かさ」が感じられる。
それは作者がルージンに伴侶を与えたことでも、そのきらめくような子供時代の思い出を与えたことでもない。むしろ、最後までもがき続けるルージンを決して目をそらすことなく、僅かな空気の震えさえ逃すまいとして描きつくしたことの中に、そのルージンが滑稽なまでの勇敢さで自分を支配する力に立ち向かっていくことの中に感じられる。
自分ではどうしようもない力、逃げることすらできない絶対的な支配の中で絶望することを、これほど美しく悲しく正直に書ける作家を私はまだ他に知らない。 -
小説を読む事自体、とても久しぶり。
そして、小説でこれほど興奮したのも久しぶり。
「完璧」な作品。
だけど、「山月記」のように精緻でソリッドな構造の美しさとは異なり、文体はねちっこく、絡みつくような表現で泥臭く、だけど疾風のようなスピード感があって、とても動的(ダイナミック)な作品。
チェスのグランドマスター、ルージンが才能に目覚め、狂気に陥っていく物語で、基本的な構造は、ラフマニノフを演奏中に総合失調症になった天才ピアニスト、デイヴィッド・ヘルフゴットを取り上げた映画「シャイン」と似ている。
ただ、「シャイン」は、ヘルフゴットがラフマの旋律に取り憑かれていくまでの描写が素晴らしかったけど、中盤以降の中だるみがひどかった。
この作品は、最後までまったく「息をつかせない」。
この作品のテーマは「力」なのかな。
力はコンプレックスから生まれ、コンプレックスから生まれているが故に、破滅的で出口がなく、持ち主を食い殺す。
日本語から推測すると、英文はかなり難文になると思われるけど、ナボコフの序文を読む限り、英語版は是非読んでみたい。
今後、何階も読み返す事になると思う。
読んでいると映像が次々と頭に浮かぶ。2001年の映画化は恋愛映画として作られていたようなので、是非ギャッツビーのような感じで映画化して欲しい。
監督はイーストウッドがいいかも。 -
2017年中の宿題のつもりが、なかなか読み進められず今日までかかってしまいました。消化不良。機会を見つけて再読してみます。。。
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チェス小説として有名だが、思っていたほどチェスシーンは出てこなかった。
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映画『愛のエチュード』の原作。
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チェスに捕らえられた男。余人には理解し難い生き方の端々に滑稽な哀しみがにじみ出る。彼のチェスには求道的な静けさはなく、いつも何かしら人々の見世物めいた、浮ついた気配が漂う。それが可笑しくて、なぜか無性に口惜しい。
彼が本当に望んでいたものを誰も知らなかったし、たぶん彼自身もわからなかったんだろう。