不浄の血 ---アイザック・バシェヴィス・シンガー傑作選

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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309206172

作品紹介・あらすじ

愛と血と欲望と悪魔うごめく世界。ノーベル賞作家の傑作短篇からさらに精選。「永遠の法則」を追いつづけた人生の終盤で、思いがけない恩寵にめぐまれる初老の男(「スピノザ学者」)、実直で少し抜けていて、みんながからかうギンプルが出会う、信じがたい試練の数々(「ギンプルのてんねん」)、ポーランドの僻村に暮らす靴屋の一族の波乱万丈な流離譚(「ちびの靴屋」)、年老いた夫の目を盗み、牛を切り裂きながら愛人との肉欲に耽る女の物語(「不浄の血」)…。エロスとタナトス渦巻く濃密な世界を、滅びゆく言語(イディッシュ語)でドラマチックに描いた、天性の物語作家の傑作集。

感想・レビュー・書評

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    内容(「BOOK」データベースより)
    『愛と血と欲望と悪魔うごめく世界。ノーベル賞作家の傑作短篇からさらに精選。「永遠の法則」を追いつづけた人生の終盤で、思いがけない恩寵にめぐまれる初老の男(「スピノザ学者」)、実直で少し抜けていて、みんながからかうギンプルが出会う、信じがたい試練の数々(「ギンプルのてんねん」)、ポーランドの僻村に暮らす靴屋の一族の波乱万丈な流離譚(「ちびの靴屋」)、年老いた夫の目を盗み、牛を切り裂きながら愛人との肉欲に耽る女の物語(「不浄の血」)…。エロスとタナトス渦巻く濃密な世界を、滅びゆく言語(イディッシュ語)でドラマチックに描いた、天性の物語作家の傑作集。』

    著者:アイザック・バシェヴィス・シンガー (Isaac Bashevis Singer)
    訳者:西 成彦
    出版社 ‏: ‎河出書房新社
    単行本 ‏: ‎320ページ
    ISBN‏ : ‎9784309206172

  • 他の方も書いておられるが「牛乳屋ティヴィエ」っぽい雰囲気。ナタリーポートマンとかに演説されたりすると辟易するが、こういう人種とか文化問題は自分の興味が傾いてる時に物語として取り入れるのが、よい歩み寄りの気がする。イデッシュ言語直訳とのことで、自然でいて濃密に彼らの生き方が摂取できる。悪魔の話とか一見惹かれるが、やはり奥深い家族、一族の思いが表現された「ちびの靴屋」が美しい話でとてもひきこまれた。

  • 東欧のユダヤ人共同体を舞台にした作品を中心に16篇。設定などは民話風ぽいが、信仰と欲望が渾然と入りまじる濃密な世界観で、ねっとりと血腥い描写は読むのにけっこう体力が要った。「不浄の血」は年寄りの後妻となった女が屠殺人の男を愛人にし、戒律を破って自ら動物を屠るなどの悪行に耽る話。悪行が暴露されてもブレない所にある意味感心してしまう。「屠殺人」では、ラビを志した敬虔な男が町の屠殺人に任じられて苦悩する。“世界なんて、一個の屠殺場なんだ”と絶望する姿にホロコーストの記憶が重なる。ユダヤ教徒のいなくなった町でたった一人で生き延びている悪魔が語り手の「ティショフツェの物語」も良かった。
    イディッシュ語原典からの初邦訳、慣れないユダヤ教やユダヤ社会の風俗にはページ毎に適宜解説がついていて読みやすい。

    “痛みを伴わない自由な選択はありえない。しかし、自由選択のない動物がどうしてくるしまなければならないのだろうか?”(p.222「屠殺人」)
    “人間は世界の主よりも憐れみ深くあることはできないし、またそんなことは許されない。しかし、彼、ヨイネ・メイルは、憐憫の念に身もだえしないではいられなかった。ほかのものから生の息吹を奪っておいて、どうやって新年(ロシュ・ハシヤナ)を祈り、よき守護を頂くことができるというのか?”(p.230 同)

  • 文学

  • アイザック・バシェヴィス・シンガーはポーランド生まれのユダヤ系アメリカ人である。イディッシュ作家として知られている。イディッシュ(語)というのはドイツ系のユダヤ人に話される言葉で、ユダヤドイツ語とも呼ばれる。文字は伝統的にはヘブライ文字を使用するが、近年はラテン文字表記もされるようになっている。
    この言語を話す人々は、ナチスのホロコーストによって激減した。
    シンガーは、1935年、兄の後を追って渡米、43年にアメリカに帰化しているが、一貫してイディッシュ語で物語を綴り続けた。1978年、イディッシュ作家としては初めてノーベル文学賞を受賞している。

    本書はシンガーの16編の短編を収める。
    ポーランドの小さな街に住むユダヤの人々の暮らしを描くものが主だ。
    その日々はトーラーと呼ばれる律法に支配され、人々は目に見えぬ神の怒りを畏れつつ、「正しく」つましい暮らしを送る。礼拝ばかりではなく、髪型、服装、婚姻、口にする食物の正しい処理、と、暮らしのさまざまな局面で律法が顔を出す。故郷を持たない民族である人々のすがる寄る辺がそれなのか、と感じさせる。
    とはいえ、人々はしゃちほこばって息を潜めて暮らしているだけではなく、やはり押さえても押さえても突き上がってくる欲望も反発もあるわけである。
    不道徳に身を染めるものもいれば、故郷の小さな暮らしを捨てて新天地に望むものもいる。
    イディッシュが醸すものなのか、ポーランドの森に潜むものなのか、その衝動はどこか、「魔」とつながっている。この線の上を歩め、外れたら闇に落ちる、と言われても、線から外れざるを得ないことはあるのだ、おそらく。望むと望まざるとにかかわらず。

    表題作や表紙が想起させるのは、どろりとした血の生暖かさである。
    ユダヤの戒律では、食肉は認定された屠殺人により、「正しく」処理されなければならない。
    生きるために肉を食う。しかし、肉の処理には必ず、血が流れる。その血を如何に「清浄」に近い状態で流すかが屠殺人の腕である。教義に則って処理されれば、生きるための「正しい」肉、そうでなければ惨殺された「不浄な」肉となる。
    表題作の最初の一文がすごい。
    血への情熱と肉欲が同じ根っこをもっているということは、カバラー(*)学者なら誰でも知っている。だから殺してはならないのすぐ後ろに姦淫してはならないが来るのである

     *引用者注:ユダヤ神秘主義
    表題作は、姦通と、さらに深い背徳を絡めている。魔の咆哮のように、原初的な高まりを誘う1作であり、なるほど、表題作とするにふさわしいエネルギッシュな名作であるかもしれない。しかし、これがイディッシュ文学としての特性なのか、著者個人の特性なのかは疑問が残る。敬虔なユダヤ教徒には受け入れがたいとされているようであるし、ドラマチック過ぎていささか戯画的にも思える。
    表題作以外にも「血」や「魔」がたっぷりな作品が何作かあるが、著者自身は菜食主義者だというのもなかなか興味深いところである。

    本書中で個人的におもしろかったのは、「ちびの靴屋」、「ギンプルのてんねん」、「黒い結婚」の3作。
    「黒い結婚」は父を失い、心ならずもある男に嫁ぐことになった娘の物語。傍から見れば狂女だろうが、哀れな境遇に胸が痛む。
    「ギンプルのてんねん」は、みんなから「バカ(=てんねん)だ、バカだ」と言われている男の話。女房にも虚仮にされ、浮気もされているのだが、ギンプルはまったく意に介さない。女房を愛し、子供をかわいがり、せっせと働く気のいい男。ちょっと待て、この男がバカなのか? 周囲がバカなのか?
    「ちびの靴屋」は、田舎町の靴屋のなかなか壮大な年代記である。代々続く靴屋を継ぎ、真面目につましく働いてきた男。男は7人もの息子を授かる。このまま誰かが跡を継ぎ、教義を守って末永く暮らしていくはずであったが、長男がアメリカに渡ると言い出した。それを機に息子達は次々と親元を離れ・・・。一度は失意のうちに一生を終えるかと思った靴屋は、最後に平穏を手に入れる。靴屋が逃避行のうちに見る聖書物語の場面、父と息子達が歌う歌に胸を打たれる。
    3作に共通するのは、こちら側から見る物語と向こう側から見る物語がまったく違って見えることかもしれない。シンガー自身、ユダヤ教徒という背景を抱えつつ、アメリカという新世界を見ているわけで、多層的な視点は作者自身の境遇と無縁ではないだろう。

    シンガーは、当初、イディッシュ語のみで創作をしていた。これが世間に知られるためには、やはり英訳される必要がある。初めは別の訳者が全面的に訳していたが、そのうち、英語が上達してくるにつれ、シンガー自身も英訳に参加することになる。英訳に際して、付け加えられる部分、改変される部分もあり、訳者との共作のような形となるものもあった。一般的には、英訳されたものが最終形とされるが、この邦訳は、英訳を参照しつつ、原則としてイディッシュ語オリジナルにこだわっているという。このあたりの事情を解説する、巻末の訳者解題も非常におもしろい。

    噛みしめるとじゅわりと味わいが広がる短編集である。

  • 色々な意味でとても刺激的な読書体験だった。作家のアイザック・バシェヴィス・シンガーは、ノーベル賞を受賞したイディッシュ語作家だ。ユダヤ人の言語だということは知っていたが意識したことがなかった・・・東欧のマイナー言語で絶滅が危惧されているという。そうか、ユダヤ人国家のイスラエルはヘブライ語だった。イディッシュ語はユダヤ民族の宗教と文化に濃密に結びついた言葉でありながら、ディアスポラの歴史と辺境の烙印を押されているのだ。シンガーの文学も、イディッシュ語であることと不可避である。
    ユダヤにまったく興味がない人はこの作家を読めないだろう。旧約聖書の宗教観に貫かれ、現実ともファンタジーともつかない民話的な語りには悪魔の類いが跳梁跋扈する。ユダヤ固有の固有名詞がばんばん出てくる。そして聖地イスラエルから離れ、ヨーロッパやアメリカに散り、ナチスの迫害を受けた流浪の民族の宿命が、内側から描かれる。
    私もイスラエルに行く前に読んだら混乱していただろうし、行ったからこそ余計面白く読めた。彼らが、古代から連綿と続く、かくも独自の宗教と文化を共有していることに感嘆。そして、国家なき民族としての強烈なアイデンティティと、それが生み出した世界の混乱について思いを巡らせる。

  • この本はもともとイディッシュ語というほぼ死活したユダヤの言葉で書いてあるらしい。言葉はその人の思想、宗教、民話、家族を司るもの、つまりアイデンティティであるということ。そのアイデンティティが物理的に失われるとは、どういうことだろうか。この本に出てくるユダヤの悪魔がこんなことをいう。「もしユダヤの文字がこの世から消えたら、そのときはユダヤの悪魔もこの世からおさらばだ…」

  • 最後の方はあまりイディッシュ作家的なカラーは薄く、最初の方がこの著者らしい作品と言えるのでしょうか? 作品はどれもテンポよく、ユダヤ人問題とかイディッシュ語作家としてのアイデンティティとか、そういったことは知らなくてもすらすら読んでいけますし、どれも一癖も二癖もあって面白い作品集です。現代中国の作品を読んだ時とは似ているようで異なる閉塞感も感じられてかなり楽しめました。

  • ▼福島大学附属図書館の貸出状況
    http://www.lib.fukushima-u.ac.jp/opac/opac_details.cgi?lang=0&amode=11&bibid=TB90286765

    (推薦者:佐野 敦至)

  • ユダヤ教の慣習を色濃く交えた短篇集。屠殺に手を染めて狂う点は同じながら、その心持が正反対の表題作と「屠殺人」が、特に印象に残った。その他、悪魔に連れ去られたり、死んだ男を甦らせたり、夢中になりかけた恋が思いがけない結末を迎えたり……そんな衝撃の連鎖の中、素朴で寂寞とした世界が輝きとぬくもりを取り戻していく「ちびの靴屋」に、妙な愛しさを覚えた。

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