つつましい英雄

  • 河出書房新社
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感想 : 9
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  • Amazon.co.jp ・本 (433ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309206943

感想・レビュー・書評

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  • バルガス・リョサ!
    やっぱり面白い、というかマリオさん(以下”マリオさん”で記載します)の小説の中でも一番くらいに読みやすい。
    過去の会話と現在の会話が同時進行するのにわかりやすいってどういうことだ。

    ===

    ピウラの町で運送会社を営むフェリシト・ヤナケの元に、みかじめ料を払うようにとの脅迫状が届く。
    フェリシトは下層階級出身の冴えない小男だが、勤勉に生真面目に地味に誠実に働き続けて大手運送会社を持つようにまでなった。私生活では、妻のヘルトゥルディスとは結婚してから一度も心を通わせたことはないが、二人の息子ミゲルとティブルシオは運送会社を継げるように成長している。フェリシトが本心や悩みを打ち明けるのは霊感のあるアデライダだ。そしてフェリシトが本気で愛しているのは愛人マベル。彼女に会いに行くことは何よりの楽しみだ。
    父親に男手一つで育てられたフェリシトは、父親の教え「けっして誰にも踏みつけにされてはならない」を胸に生きてきた。
    脅迫者に裏金を払うなどということは自分の信念に反する。
    彼は新聞に脅迫者への断固とした拒絶と警告を掲載する。
    この決断に対して、フェリシトは街の英雄になると同時に、巻き添えに成ることを恐れて離れたり忠告する人も出てくる。
    <地球は丸くて四角じゃない。それを受け入れるんだ。俺達が生きているこのねじ曲った世界を真っ直ぐにしようとするんじゃない。マフィアは強力だ。P80>

    そしてフェリシトの断固とした拒絶は、脅迫者からの激しい攻撃を招くことになる。

    このフェリシトへの脅迫事件を担当するのは、ピウラ警察に務めるリトゥーマ軍曹と上司のシルバ中尉。
    おお、マリオさんの小説ではお馴染みのリトゥーマ登場!しかもシルバ中尉と再コンビ結成!
     リトゥーマの若い頃「緑の家」舞台の一つがピウラ。
    https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4003279611#comment
     シルバ中尉とのコンビ「誰がパロミノ・モレーロを殺したか 」
    https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4773892110
     ちょい役ですが老年警官「フリアとシナリオライター」
    https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4336035989#comment

    「緑の家」ではまだ若く粗野で無茶もしたリトゥーマだが、ここではがっしりした体格に二重顎に優しい目の持ち主となっている。シルバ中尉は「パロミノ・モレーノ」では白人(混血社会のペルーでは特権階級扱い)で、ものすごくいい男だけど女好き。ここでは相変わらず女好きでエロ話ばかり飛ばしているんだが、ほぼ太っちょという容姿になっちゃっている(笑)。「パロミノ・モレーノ」の終わり方を考えると、同一人物というよりキャラクターの再利用なのかもしれない。それでもこのコンビは好きだったのでまた組んでくれてうれしいし、やっぱり彼らが出てきたらなんか安心できる。
    そう、最初はこの脅迫事件に乗り気でなかったシルバ中尉とリトゥーマ軍曹は、フェリシトへの脅迫が酷くなるに連れて俄然やる気を出し捜査を続ける。
    これはただ任務と言うだけでなく、マフィアに対してたった一人で戦いを挑んだ地味な一市民フェリシト・ヤナケへの敬意と、自分たちはマフィアに屈しないというプライドだった。
    脅迫者からの卑劣な攻撃を受けて弱気になったフェリシトへシルバ中尉が掛ける言葉は実に頼りになる。
    <私の尊い母親にかけてこの件を解決し、そのくそったれどもに高い代償を払わせます。私はこれまでこうした誓いをしたことはありません。ドン・フェリシト。あなたは勇敢な男です。ピウラ中の人々がそう言っています。お願いですから、今、私達の前で弱気にならないでください。P142>

    ピウラは「緑の家」に書かれた砂漠に作られた小さい町から、近代化して大きな町になっているらしい。伝説のピウラの娼館「緑の家」があったのはずっと以前のこと。リトゥーマは若く苦い過去を思い出す。従兄弟たちと愚連隊を組んでいたこと、暴力沙汰で刑務所に入れられたこと、その間に当時妻だったインディオの女ボニファシアをポン引きホセフィーノに騙されて娼婦させられたこと。
    脅迫事件を追うリトゥーマは、従兄弟たちと再会り、ホセフィーノのことを聞く。彼らはこの脅迫事件に関わっているのだろうか?

    さて。フェリシト脅迫物語と同時に、ペルーの首都リマでは別の物語が語られる。
    保険会社勤めのリゴベルトは、オーナーで友人のイスマエル・カレーラから「結婚の証人になってほしい」と頼まれる。
    イスマエルはもう80歳!そして相手の女性はなんとメイドで40歳のアルミダだという。
    イスマイルには双子のミキとエスコビータという息子がいるのだが、彼らはひっっどいろくでなし。詐欺、使い込み、交通死傷事故、レイプを繰り返し、父親のイスマイルや部下で友人のリゴベルトがお詫びしたり金を積んだりしてなんとか収めてきていた。
    しかしイスマイルは病気で倒れた時、自分の息子である双子がベッドの枕元で「この爺がくたばれば会社の金は全部俺たちのもんだぜ ひゃっほー」と喜ぶ声を聞いてしまう。これによりイスマイルはむしろやる気を出した。こいつらに遺産なんか残せるか!このまま死んでたまるか残りの人生自分のやりたいようにやるぜ!

    そんなイスマイルの結婚の証人になるということは、双子のミキとエスコビータからの恐喝を受けるであろうということだった。
    実際に双子はリゴベルトに結婚無効の証言をするように接触してきて、彼が拒絶すると老人ボケを理由に無効裁判を起こしてきた。

    このリゴベルトも「継母礼賛」と続編「官能の夢」の登場人物だ。    
    https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/483870979X#comment
    無邪気で小悪魔的な息子フォンチート、若くて美しい後妻ルクレシア(フォンチートは前妻の息子)も出てくる。
    これも前の話の続きというより(だとしたらフォンチート小悪魔どころじゃない)登場人物の再利用だろうか。ルクレチアとは性的にもかなりうまくいっていて、ベッドでは行為もおしゃべりも楽しんでいる(笑)
    しかしこの一家には新たな問題が生じている。
    15歳でリマの学校に通うフォンチートが、エディルベルト・トーレスと名乗る中年男に付きまとわれているという。しかしその男は他の人間には見えてなかった。フォンチートの妄想か?まさか悪魔が現れたのか?

    フェリシト恐喝事件、イスマイル結婚騒動を軸にした人々の思惑は、絡み合い、繋がり、離れて、思いもよらない本心や、新たな未来を示すのだった…。


    ===
    以下弱冠ネタバレ込みの感想です。


    マリオさんの小説は、権力に反抗しようとして敗れたり、運命に飲み込まれたり、職務を果たして左遷されたりする登場人物が出てきます。それでもその人達は、立場や体力が弱かったとしても、力強い精神を持っていたり、悪い結果になっても本人の満足は得ているので、読了後の後味は悪くないんです。
    しかしこちらの小説では、ある意味勧善懲悪大団円だったので(そりゃー失ったものはありますけど)、さすがにマリオさんも年齢上がって円くなったのか?と思いました(笑)
    まあ文体もちょっと軽い感じだったし、シルバ中尉とリトゥーマ軍曹とドン・リゴベルト一家が出てきた時点で悪い結果にならないなあってのは想像つくんですけどね。

    そんななかでペルーでの、混血や人種による生まれながらの差別、性的に奪われる立場の女性たち、マフィアや警官への賄賂は当然(リトゥーマは「俺は受け取ってないから貧乏」と言っている)という社会問題はきっちり見え、そんななかでしっかり生きる人々の強さも感じました。

  • ノーベル賞受賞後に初めて書かれた小説だという。なんとなくのほほんとした気分が漂うのは、そのせいか。かつてのバルガス=リョサらしい緊張感が影をひそめ、よくできた小説世界のなかにおさまっている。同時進行する、場所も人物も異なる二つの物語が、章が替わるたびに交互に語られ、最後に一つの話に収斂するのは『楽園への道』で使った手法。複数の会話の同時進行や、一つの会話に別の会話を挿入するといった『ラ・カテドラルでの対話』に見られた技法。過去の作品で読者になじみのある人物の再登場など、読者サービスなのか、単なる遣いまわしなのか、いずれにせよ既視感が強い。

    奇数章の主人公はペルー北西部にあるピウラで運送会社を営むフェリシト・ヤナケ。彼のところに、リスクを負いたくなければ月々五百ドル支払うようにという、署名代わりに蜘蛛の絵が書かれた脅迫状が舞い込む。フェリシトは「男はこの世で、誰にも踏みつけにされてはならない」という父親の言いつけを守り、脅しに屈することなく警察に届けるが、警察は本気にしない。そのうち、二通目、三通目が届き、ついにはフェリシトの愛人が誘拐される事件が起きる。

    事件の捜査を担当するのが、『緑の家』以来リョサの作品に何度も顔を出す、ピウラ出身の警官リトゥーマ軍曹と、『誰がパロミノ・モレーロを殺したか』でもコンビを組んだ上司のシルバ大尉(以前は警部補だったが太った女に目がないところからみて同一人物と思われる)。このシルバ大尉、見かけによらず名探偵なのだが、それ以上に大事なのは、脅迫、誘拐事件という陰湿、険悪な物語に笑いの要素を与えるコメディ・リリーフ的な役割の方で、この人が出てくるとニンマリさせられる。

    偶数章の主人公は保険会社のオーナー、イスマエル・カレーラ。年の離れたメイドのアルミダとの結婚式を挙げたばかりだ。イスマエルには双子の息子がいるが、これが揃いも揃ってろくでなし。父親の死で遺産が入るのを待っていたところを鳶に油揚げさらわれた格好で、父の結婚を無効にしようと裁判騒ぎを起こす。イスマエルの結婚の証人を務めた長年の友人で部下のリゴベルトは裁判に巻き込まれ、それが解決するまで退職金もおりず、念願のヨーロッパ旅行にも出かけられない始末。

    このリゴベルト、『継母礼賛』、『ドン・リゴベルトの手帖』の主人公で、音楽・絵画・文学をこよなく愛する審美的人物。美貌の妻ルクレシアと、先妻の子フォンチートを溺愛している。友人の結婚が引き起こした騒動に加え、近頃息子のことで悩んでいた。自分と同年輩の男がフォンチートの行く先々に現れては話しかけてくるのだが、問題はこの男、フォンチートにしか見えず、他人には見えないという点だ。リゴベルトは、精神科医や友人の神父に息子と話をしてもらうが、どちらも何ら異常は見受けられないと保証する。

    すべての騒動に共通するのは、家族、就中、父と子の問題であるということだ。男たちは社会的な成功者で人格者でもある。しかし、一夜の過ちで妊娠させた相手と結婚せざるを得なかったフェリシトは、妻と自分にちっとも似ていない金髪碧眼の長男を愛することができず、仕事一途に生きてきた。今は週に一度愛人と過ごすことを楽しみにしている。愛する妻を亡くしたイスマエルは、心臓発作で入院中、病室で話す息子たちの会話から、二人の子が父の死を望んでいることを聞いてしまう。その腹いせが病後の世話をしてくれたメイドとの結婚だった。

    美しい妻と天使のような息子に恵まれ、誰もが羨むようなリゴベルトもまた、子どもから男になりつつあるフォンチートとの関係に頭を痛めていた。息子の前に現れるエディルベルト・トーレスというペルー人は、幼児性愛者なのか、それとも息子の見ている幻想なのか、悩みぬいたリゴベルトは、トーマス・マンの『ファウスト博士』を思い出し、息子の相手はもしかしたら悪魔なのではと、不可知論者らしからぬ考えまで抱く始末だ。

    人物は既存の作品から借りてきながら、それらとは全く異なる作品世界の中で動き回らせることで、ひと味もふた味もちがうストーリーを作り出して見せるその手際にひとまずは拍手を送りたい。「反抗と暴力とメロドラマとセックスが小説の重要な要素である」という作家自身の言葉を引き合いに出すなら、たしかにどの要素も用意されてはいる。ただ、言わせてもらえれば、かつての作品に見られたような強度が「反抗、暴力、セックス」という要素において弱まり、残るメロドラマの要素ばかりが突出した作品のように見える。

    こういう作品は駄目だというのではない。これはこれで上出来の小説である。ただ、一愛読者としては、次の機会にはマリオ・バルガス=リョサでなくては書けない、半端でない強度を持った、手応えのあるリアリズム小説を読ませて欲しい、と強く願うのみである。

    個人的な感想になるが、パパはどうして資質として相応しい芸術家ではなく、芸術愛好家になったの、と質問されたリゴベルトが、「臆病だったからだ」と答えるところが胸に迫った。ヨーロッパに憧れながら、リマを離れなかったのも、徒に人と交わるのを厭い、書斎に閉じこもって絵画や音楽に耽溺するのも、その一言が説明してくれる。小説は怖い。これほど愉快な小説を読んでいて、胸抉られる気にさせられる。

  • 面白くて登場人物が魅力的であっという間に読み終えてしまった。ストーリーは先が読めるような単純なものであるが、リョサの説教や現代の社会に対してのメッセージがところどころに散りばめられている。前の作品に登場した魅力的な人物たちが総出演しているのもまた楽しい。

  • バルガス=リョサの書いたものを実は結構読んでいたんだなと本棚を見ていて思った。 別々の場所での出来事が奇数章と偶数章で交互に描かれて、それが意外な繋がりを持ち交わっていく。
    奇数章ではマフィアの脅しに屈しなかった実在の人物をモデルにした物語である。
    偶数章で大人がトラブルに巻き込まれている間に不思議な人物に付きまとわれる少年のエピソードが意味深である。
    別々の場所で交わされているはずの登場人物の会話がごちゃごちゃになっている独特の文体もおもしろい。

  • 文学

  • 途中まで

  • ペルーのノーベル文学賞受賞作家の手により、ペルーのピウラとリマを舞台に、フェリシト・ヤナケとイスマエル・カレーラの二人を主人公を立てて、悪い奴の脅しに負けずに敢然と立ち向かったそれぞれの生き方を描く。

  • 2016 2.29

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