レモン畑の吸血鬼

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309206967

感想・レビュー・書評

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  • “「レモンが効かないわ」「いつから、そうだった?」「効いている振りをしていたよりも、長くよ。ごめんなさい」”
    血を吸わないことによる渇きをやり過ごすためにレモンを啜る吸血鬼の会話なのに、倦怠期の夫婦が交わしているとなると違う響きを帯びてくる。

    古い因習を捨てて、若い妻と新しく理想の生活に踏み出したはずの吸血鬼が落ちいる閉塞。
    永遠の愛のために払った犠牲を数え始めたとき、心はすれ違い、愛には苦味が混じる。だが、吸血鬼である二人を死が分かつことはない。
    表題作を始めとして、カレン・ラッセルの描く物語は、奇想であっても幻想ではない。登場人物はみな、リアルな痛みと抜け出せない苦しみにもがいているー縛り付けられた土地、人生、異形の身体、自らの選択ー。そして記憶や過去から。

    『帰還兵』では、PTSDに苦しむ帰還兵と、治療を担当するマッサージ師は、真実を検証することのできない記憶を、それぞれ内に抱えている。物語の最後に導かれた、辛い記憶からの回復への答えは決して恩寵ではないかもしれない。それでも簡単ではない問題に対して精一杯、誠実であろうとする作者の思いが物語を超えて聞こえてくるような気がする。
    『エリック・ミューティスの墓無し人形』もそうだ。償うことのできない過去。忘れて蓋をした過去が現れたとき、人は赦しを乞うことはできるのだろうか。読んでいて苦しい。この作品だけは共感で語れない。それでも、後悔や懺悔とも違う、内面から滲み出した行動を美しいと思った。

  • 短編集。カレン・ラッセルは以前本書と同じく松田青子訳の『狼少女たちの聖ルーシー寮』(https://booklog.jp/users/yamaitsu/archives/1/4309206549)がとても気に入っていたのですが、こちらも期待を裏切らない面白さでした。

    強烈なインパクトがあったのはなんと日本が舞台の「お国のための糸繰り」。富岡製糸場、女工哀史などの史実がベースにあるのだろうけど、なんとこの物語の女工たちは、変な薬を飲まされて、自らが蚕に変態、体内で糸を産み出し指先からそれを紡ぐ化け物に変えられてしまうのです。物語の衝撃度も勿論のこと、他所の国の人が日本の歴史を一生懸命調べてくれたんだなーと思うとなんかちょっと感動。

    表題作「レモン畑の吸血鬼」は、長年連れ添った吸血鬼夫婦の倦怠期?のお話。実は血を吸わなくても生きていけることに気づいて、代替の食べ物をいろいろ模索した結果、レモン美味しい!となる吸血鬼というのがなんか可愛らしい。

    「任期終わりの厩」は、歴代アメリカ大統領の幾人かが、なんと馬に転生してしまっているが、そこがどこなのか、何が起こっているのか事情はわからず、ここは天国なのか?それとも地獄なのか?と議論したり、馬になってもまだ政治的野心を捨てられない者など、滑稽な会話を繰り広げる。

    最後の二つは中編。「帰還兵」は戦争帰りの兵士デレクの担当になったマッサージ師のベヴァリーが、彼が戦死した仲間のために入れた背中の刺青とその辛い経験について語るのを聞くにつれ、彼の心の傷まで治癒、あるいは自分が変質させているような錯覚(現実?)に陥っていく話。エステティシャンの友人が、人の体に触れるとその人のネガティブな気まで吸い取ってしまうので疲れるというようなことを言ってたのを思い出した。

    いじめっこ4人組が、自分たちの縄張りにしている木にある日括りつけられていた、かつて自分たちがいじめていたエリックそっくりのカカシ人形を見つけ、呪術的な恐怖に捕われていく「エリック・ミューティスの墓なし人形」も良かった。どれも幻想的だったり不条理だったりするけれど、人間の心理の掘り下げや切り取りが秀逸。

    ※収録
    レモン畑の吸血鬼/お国のための糸繰り/一九七九年、カモメ軍団、ストロング・ビーチを襲う/証明/任期終わりの厩/ダグバート・シャックルトンの南極観戦注意事項/帰還兵/エリック・ミューティスの墓なし人形

  • 奇想は面白いし、そのわりに人間も書けている。だけど、もう少し詩情が欲しい。
    構成など実力がしっかりしているのは間違いない。好みが合えば、どハマりする人がいそうな。

  •  物語の、そして言葉のはしばしから聞こえてくる叫び――「逃げたい」。逃げたい。終の棲み処であるレモン畑から。馬となった自分自身から。友の死を刻むタトゥーから。受け入れられない現実から。

     その「逃げたい」を、彼らは様々な方法で実行に移そうとする。女工らは羽化を企んだ。少年は窓を抱き走った。もうひとりの少年は、兄の恋人とセックスをした。

     興味深いのは、逃亡、そのすべてが、成功したか否か注意深くぼかされているところだ。それでいいと思った。むしろそうでなくちゃ、と感じた。わたし達だってそうなのだ。体がそこにあっても、こころは離れられるのだから。
     「逃げる」を思い描く瞬間だけは。

  • 熟年吸血鬼夫婦の倦怠期、馬に転生した歴代大統領、お国のために蚕に変えられた女工たち…。最高の想像力で描く、最高に切ない8つのトワイライト・ゾーン。現代アメリカ文学最前線の女性作家、カレン・ラッセルの第2短編集。
    原題:Vampires in the lemon grove
    (2013年)
    — 目次 —
    レモン畑の吸血鬼
    お国のための糸繰り
    一九七九年、カモメ軍団、ストロング・ビーチを襲う
    証明
    任期終わりの廏
    ダグバート・シャックルトンの南極観戦注意事項
    帰還兵
    エリック・ミューティスの墓なし人形
    謝辞
    訳者あとがき/松田青子

  • SF的な設定と暗い感じが合わず、途中で脱落

  • 2017年に途中で放り出した本をがんばって読了。

    アイデアはかなりすごい。日本のライトノベルなら
    ありそうななさそうな設定…を力技で昇華している、
    というイメージ。

    「お国のための糸繰り」「任期終わりの厩」
    「帰還兵」が良かったです。
    大統領が馬に転生する、というのは日本の
    総理でもぜひ誰かに書いてもらいたい設定です。

  • なかなかそそられず、頑張って読んだ感じだった。
    ラスト二編『帰還兵』、『エリック・ミューティスの墓なし人形』には引き込まれたが、結局どこかしっくりこなかった。自分には難しかったのかな?
    この二編は、日本ならゾッとするようなホラーになりそうなストーリー展開だった。そこをドロドロとしないで、どこか機微を感じる話となっていた。その機微が自分には理解できなかったのかもしれない。

  • 文学

  • 現代アメリカ文学最前線の女性作家による短編集です。「目の付け所が違うなぁ」というのが一番の感想。
    帰還兵の心理状態や歴代大統領の話はアメリカならではですね。
    逆に蚕と女工の話は、まだ若い外国人女性がこれを書いたとな!?と驚かされた。
    少し不思議で、ほんのり不気味。「エリック・ミューティス…」はその真骨頂だ。

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著者プロフィール

1981年、フロリダ州マイアミ生まれ。2006年に短編集 St. Lucy's Home for Girls Raised by Wolves が出版され、The New Yorker や Granta 誌上で注目すべき若手作家に選ばれる。最初の長編小説である『スワンプランディア!』はニューヨーク・タイムズの2011年のベスト10に選ばれ、2012年度のピューリッツァー賞フィクション部門の最終候補となるなど全米で絶賛され、各国語への翻訳も進んでいる。

「2013年 『スワンプランディア!』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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