邪眼: うまくいかない愛をめぐる4つの中篇

  • 河出書房新社
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感想 : 12
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  • Amazon.co.jp ・本 (234ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309206998

感想・レビュー・書評

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  • アリス・マンローがノーベル賞とった時、普通の人が抱く悲哀や喜びを描いてノーベル賞をもらえるって素晴らしいなと思ったのだが、ジョイス・キャロル・オーツが何度も候補に挙がっているという噂を聞くと、普通の人がちょっとしたことで道を踏み外し、いつの間にか常軌を逸した行動をとるようになったり、誰しも抱く妬みや憎しみが暴走してしまったり、普通の人が平凡な顔の下に恐ろしい本当の顔を隠していたりする、ある意味日常と隣り合わせの恐怖を描いて右に出る者のいない(少なくとも今生きている作家では)オーツがとったらそれもまた素晴らしいなと思っている。
    この短編集もどれもぞっとする面白さ。特に表題作の、若い妻が、社会的に成功した男に追いつめられる様子はリアルですさまじい。
    「処刑」は、よくニュースで見聞きするようなクズ(稼げず、学ばず、反省せず、我慢せず、自分が楽して暮らすことが最優先の、悪いことはすべて人のせいにするヤツ)の心情をこれでもかと描いて見せるが、親の盲目的な愛情はさらに恐ろしい。恋に憧れる思春期の娘さんたちには「すぐそばに いつでも いつまでも」をぜひ読んでほしいし、「平床トレーラー」は幼児性愛に大した罪はないと考えている人に読んでほしい。
    まったくどれも良かった。
    ただ『とうもろこしの乙女』はもっとよかったので、★一つ減らした。

  • 感覚が呼び起こされる
    リアルな色彩

  • じわじわと膨れ上がる恐怖と強烈な衝撃…。読み始めて暫くすると感じ始める不穏さ、近所や親戚にありそうな話が次第に別の顔を見せて行く緊張と不安。「これは何?うまくいかない愛?狂気ではなくて、愛なのだろうか?」そんな疑問が繰り返し浮かんだ。

    副題にあるように、4つの物語は全て「うまくいかない愛」の物語なのだが、日常の延長線上にある物語が、ねじれ、歪み、想像もしなかった展開になる所は共通している。主人公の目を通して見ていた世界が、追い詰められ、秘密が暴かれ、魔法が解けるように別の顔を見せる時、読むものは恐怖を通り越して 呆然とする。

    『邪眼』
    最愛の両親を立て続けに亡くして人生に絶望し、心身共に弱っていたマリアナは、勤め先の上司であり、舞台芸術の大御所でもあるオースティン・モーアに傷心を癒され、深く愛し合って結婚する。30歳年上のオースティンににとって、マリアナは四番目の妻だった。広大な、まるで美術館のような屋敷に足を踏み入れた時、マリアナはそのガラス細工の飾りに気づく。「ナザール」…トルコなどで見かける邪眼を払うお守り。「それは最初の妻のものだよ」と彼は言う。そして姪を連れて来訪した最初の妻、イネス・ザンブランコは老いても美しく、彼女には右目が無かった…。『青髭』『レベッカ』を彷彿とさせる若い後妻が疑心暗鬼に駆られて行く話だが、寓話性は微塵もなく、マリアナはイネス達の来訪をきっかけに、夫の本性を知ってしまう 。優しく、魅力的な大人の男だったはずの夫が、些細なことで恐ろしい癇癪を爆発させ、ナルシストでエゴイスチックな姿を露呈して行く様は、社会的信用と地位ある男の「うまくいかなかった愛」の毒素が家の隅々まで染み込んで行くように恐ろしい。

    『すぐそばに いつでも いつまでも』
    内気なリズベスが図書館で出会ったデズモンドは、知的でイカした男の子。こんな私に何で興味を持ってくれるのかしら…と思いながらも、恋に恋するお年頃のリズベスは始めてのボーイフレンドに夢中。母親も彼をとても気に入り、二人の付き合いは順調に見えたが、リズベスの姉が大学から帰省した時に、彼に不審な目を向けた時から彼の言動に違和感を感じ始める。デズモンドの秘密、過去の出来事が暴かれた時、それまでの気味悪さは、一度に恐怖に変わる。恋するリズベスの心の揺れと、夢のような出会いが次第に悪夢に変わって行く後半が怖い。

    『処刑』
    自分が借金を抱えた駄目なやつなのはみんな親のせい、親が最後まで庇ってくれなかったせい、と思い込んでいる穀潰しの能無し大学生バート。彼が両親の家に忍び込み、父と母を手斧で殺害する所から話は始まる。ほとんどスプラッターホラー並みの殺害シーン。が、周到に用意したつもりのバートの計画に、一つだけ誤算が。一番憎い父親は絶命したものの、母親は意識不明の重体で生き残ったのだ。この先の展開は、全く予想外な上に読みながら異常だと思いつつも涙しそうになると言う…。これは確かに愛の物語だと思いたいが、その展開と結末に絶句。

    『平床トレーラー』
    アート系財団に勤めるセシリアは、バツイチの上司Nとつきあっている。が、愛し合おうとすると身体が拒絶してしまう。美しく魅力的な彼女は、セックスになると恐怖に襲われてパニックになるためどの相手も怒って去って行った。セラピーも受けず、ずっと誰にも打ち明けることが出来なかった秘密を、彼女を優しく受け入れて待ち続けてくれるNにセシリアはとうとう打ちあける。セシリアの夢の中で平床トレーラーに縛り付けられ、屠殺場に向かうGとは誰か?名家の末娘として家族や親戚中から溺愛されて育ったセシリアにどんな秘密があったのか?そして…それをNに伝えたら何が起きるか、セシリアは心の奥でわかっていたのではないか?うまくいかなかった愛…。Gの愛が?セシリアの愛が?セシリアのGに対する愛憎が彼女を縛り付けていた事を思うと、ラストのセシリアに違和感を覚えない自分の感覚も狂っているのかも知れない。そう思った。

    以上、4つのうまくいかなかった愛をめぐる物語は、逸脱し、歪んだ人物を描きながら、一つ一つがゴシックサスペンスとして秀逸であり、「愛」と呼ばれる何かが一人では成り立たない以上、「愛」を挟んで向かい合う人物のどちらかだけが歪んでいる事など、あり得ないのではないか…?と言う問いを私の中に残した。

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