とるにたらないちいさないきちがい

  • 河出書房新社
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感想 : 9
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309207254

感想・レビュー・書評

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  • 『アメーリアは、書くことの偽りについて考える、正確に定義された言葉や、物事を捉え、ガラスの個体に結晶させる動詞や形容詞の働く横暴』―『部屋』

    初めて読んだタブッキが「供述によるとペレイラは」であったことは、しばらくの間タブッキの印象を一つの方向に固定し、中々自由に読むことを難しくした。その後徐々に社会派といった印象が薄れ、時にカルヴィーノの印象とも共鳴しやや幻想的で断片的な側面に惹かれるようにもなったが、やはりタブッキを読むにはある種の緊張感が伴う。それはタブッキを紹介した翻訳者が須賀敦子であったことも関係しているのかも知れない。

    『開いては閉じるこの小さな目はなんて奇妙なんだろうと考えた。カシャ、死んだ瞬間がそのなかに幽閉される』―『マニュアル・チェンジ』

    解説によれば本書に収められた短篇は何れも映画との関係が色濃いものであるという。確かに切り取られた情景、場面、交わされる言葉などは映画的な描写である。その印象は、敢えて語り尽さないことによる効果なのかとも思うけれど、そのことは映画の筋を敢えて語らない(というより筋に映画の本質があるわけではない)ということによく似た構図であると思う。そう言えば映画「カサブランカ」を語るとき人々は筋ではなく印象的な台詞ばかりを語る。例えば「君の瞳に乾杯」だとか、「その曲は弾くなと言っただろう」とか。もちろんその批評者は台詞そのものを語っているのではなく、台詞の吐かれた状況や文脈をそこから演繹して面白がっている訳だが、タブッキの短篇にもそんな一面がある。切り取られた場面から文脈を差し引いて描写するといった特徴が。その省略された文脈を見落とさないかと緊張感が湧いてくるのかも知れない。

    そんなことを思いながらもこの短篇集に通底するように感じるのは、最初に読んだ「供述によるとペレイラは」の根底に潜むものと同じであるとも感じる。モノローグによる記述、状況が説明されないもどかしさ、などが惹起する印象がその短篇を引き寄せることは否定できないが、ここに収められた短篇がどれも裏切りということに繋がっていることが主たる原因なのかとも思うのだ。

    裏切り、と単純に言ってしまうとすくい損ねるものがある。何故ならその言葉は裏切る裏切られるの二者間の関係性しか記述しないから。そこには社会的正義や個人的事情などの文脈は入り込む余地がない。しかしもちろんタブッキが書きたいこと(そして敢えて書かないこと)は、裏切りという場面が包括するそれら諸々の事情の方なのだと思うのだ。

    そしてそこには、人生で最も決定的な裏切りである、死がどこかしらつきまとう。何れ誰もが受け入れなければならない事であるとは言いながら、死は全ての期待を裏切る宿命を背負う。最も意図しない裏切りであるにも関わらす、その裏切りを多くの人は許し得ない。

    『人生はひとつの機械なのです。タイヤがこっちにあれば、ポンプはあっち、さらに伝動ベルトもあって、すべてをつなぎ合わせ、エネルギーを運動に変えるのです』―『REBUS』

    それでも自分たちは生きてゆく。意図しようがしまいが訪れる死にはお構いなく。文脈に囚えられていることに抗うでもなく。騙されまい、騙されることなかれ、と祈りながら生きてゆく。須賀敦子亡き後のタブッキの翻訳者がウンベルト・エーコを紹介する和田忠彦であることは至極当然であるな、と思いながら本を閉じる。

  • 11篇の短篇集で、最初の3篇を読み終えるのに恐ろしく時間がかかり、次の2篇でちょっと持ち直し、後半6篇はスイスイ読めました。訳者あとがきはまだ読んでいません。
    私は『マドラス行きの列車』と『マニュアル・チェンジ』が良かったです。普通の分かりやすい小説で、読みやすくて、おもしろいです。先に読んだタブッキの『インド夜想曲』が面白かったのと同じ感じです。
    やっと終って、ちょっとタブッキはお休みします。疲れました。

  • 映画を意識した短篇集。特に異なる立場で法廷で再会した学友3人をめぐる表題作、高級クラシックカーをめぐる駆け引きの「REBUS」、最後の仕事の日に船で護送する囚人との交流を余韻をもって描く「島」、乗り合わせた夜行列車で出会った謎めいた男のミッションに戦慄する「マドラス行きの列車」、ヴェルディのオペラ『リゴレット』の華やかな公演を背景に闇世界の怖さを見せつける「マニュアル・チェンジ」、そして往年の俳優らによるリメイク映画の撮影現場を舞台に映画的シーンが重なる「映画」が素晴らしい。

  • 最近の映画のアトラクション化には着いてけないけど、この短編達のある種「典型」ともいえる映画的構成はとても好きだ。ひとつめ、ふたつめ、さいごの話がお気に入り。

  • 短編集で初めの表題作でとても映像的に目に浮かぶようだと思ったが、映画をテーマとしているとのことで最後の作品のタイトルは「映画」。1つ1つ鮮やかな手さばきを見せる(中には何?というものも混じっているが)し翻訳も概ねいいのだが「かの女」はなぜ「彼女」じゃないんだよ、という役者の癖につまづくところはマイナス。

  • みんな本当にこれ面白いのか。期待して読んだら目が滑ってなんかよくわからなかった。夢と現実の境がなくなってくる感覚、とよく紹介されてるけど、そうだとして面白さは別の問題のような気がする。オレも楽しみたい。

  • 文章が引き込む。もっとゆっくりよめるときにまた。いまはだめ。

  • けっこう前の作品が、やっと日本で刊行。
    らしい。
    映画にまつわる短編集。
    この訳者さんが苦手なの。
    タブッキの短編集って異常に読みづらいものと、すごく綺麗に連鎖してるのとある気がする。
    これは読みやすいほうの短編集。
    でもやばい。
    とくに魔法はやばかった。
    マドリードの話は最後のページがなんだか、、とっても惜しいっていうか、電話で終わったほうがしっくり来るというか。
    タブッキのバッサリ終わるところがだいすきなんだけどなぁ。
    でも旅の話はいいよね。

  • オチなく放り出されるからタブッキって好きじゃない〜っと思っているハズなのに。タイトル買いで、また手に取ってしまった。。。「な」が一つだと思ったんだよねー
    「マドラス行きの列車」が印象鮮やか。実際のマドラスはこんなエレガントな都市ではないだろうけどねw

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著者プロフィール

1943年イタリア生まれ。現代イタリアを代表する作家。主な作品に『インド夜想曲』『遠い水平線』『レクイエム』『逆さまゲーム』(以上、白水社)、『時は老いをいそぐ』(河出書房新社)など。2012年没。

「2018年 『島とクジラと女をめぐる断片』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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