土にまみれた旗

  • 河出書房新社
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感想 : 6
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  • Amazon.co.jp ・本 (544ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309208312

感想・レビュー・書評

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  • 本作はフォークナー長編第三作であり、「ヨクナパトーファ・サーガ」の起点となる『サートリス』オリジナル版の初の邦訳にあたる。訳者あとがきによると、本来は1927年に完成していた作品だが、当時の出版社の要望により四分の一を削除した「短縮版」が『サートリス』として1929年に出版された。そして、いわば「完全版」にあたる本作は著者の死後まで刊行されなかった。本文は約530ページ。全五部、計27章。冒頭には訳者によって「サートリス家関連家系図」も用意されている。

    舞台はアメリカ南部に位置する架空の町ジェファーソン。時代は1919年、第一次世界大戦の終戦直後。主人公に相当する人物は、ジェファーソンに鉄道を引き銀行を経営する名家サートリス家の長男、ベイヤード・サートリスである。(ただしベイヤードは銀行を経営する祖父と同名であり、祖父と孫はそれぞれオールド・ベイヤード、ヤング・ベイヤードと呼び分けられる。)物語はヤング・ベイヤードが戦争から故郷に帰還するところに始まる。そして、同じくサートリス家の子息である双子の弟ジョンは兄と同じく向かった戦地で戦死を遂げている。

    登場人物が多い小説だが、重要な人物についてはおおむね先述の「サートリス家関連家系図」のなかに記載されている。サートリス家に同姓同名のジョンとベイヤードが複数人いることもあって、なおさら家系図があったほうが登場人物の関係を理解しやすい。このなかでもヤング・ベイヤード以外で物語で特に主要な位置を占めて頻出するのが、祖父のオールド・ベイヤード。オールド・ベイヤードのさらに叔母であり、実質的にサートリス家を取り仕切る気丈で強烈なキャラクターのヴァージニア・デュプレ(ミス・ジェニー)。若いながらもミス・ジェニーと親しく、サートリス家にもたびたび訪れる、本作のヒロインにあたるナーシサ・サートリス。そして、ナーシサの兄で物語序盤は戦争からの期間途中で登場しないホレス・ベンボウの4人が挙げられる。家系図以外で登場機会の多い人物としては、サートリス家に長く使える黒人男性のサイモンと、銀行の帳簿係のスノープスなどがいる。

    サートリス家の人々は、一家を監督するミス・ジェニーがたびたび強調する通り、多くが戦争などで早死にする運命にあるとされ、実際に家系図に記載されている人物の多くは故人である。そしてそのような運命が、どうやらサートリス家の男たちに特有の内面に抱えた過剰さによって引き寄せられていることが想像に難くない。そのような「サートリスの血」を体現するのが、彼にとって唯一の関心であった弟ジョンを失って戦争から帰還したヤング・ベイヤードである。そんな野性的ともいえるヤング・ベイヤードは、彼自身にも制御できない過剰さに駆られて様々な事件を引き起こす。先述のとおりヤング・ベイヤードは本作においてもっとも重要な登場人物といえるのだが、作者が彼自身の内面を直接描写する機会は少ない。それこそ台風の目のように、中心に存在する彼のありようのほとんどは、周囲の目から客観的に描かれている。

    そのような、独特の荒々しさを備えたヤング・ベイヤードと好対照を為すのが、ベンボウ家のホレスとナーシサの兄妹である。やさ男ともいえる弁護士のホレスと穏やかなナーシサは、唯一の家族として常にお互いを労り合う。とくに心優しいナーシサにとってヤング・ベイヤードは理解しがたい嫌悪の対象でありながら、なぜか気を引く不可解な存在として意識されている様子が描かれる。そんな仲睦まじいベンボウ兄妹だが、兄ホレスの恋愛の行方によって関係を変化させ、サートリス家のその後にも影響を与える。

    過去にも何度か読んだことのあるフォークナーの小説だが、消化しきれないケースも少なくないことや、本書の長さもあってまともに読めるか懸念はあった。ただ、時間軸としてはごく一部でヤング・ベイヤードの曽祖父の南北戦争の逸話が挿入される以外は直線的に進み、前もって「訳者あとがき」を読み、家系図も常に確認できるように用意したこともあってか、とくに迷うことなく読むことができたと思う。本作から『サートリス』へと「短縮版」が編集された経緯として、訳者あとがきで「散漫で統一性がない」「六冊ほどの本が入っている」といった当時の関係者による評も紹介されているのだが、個人的には不自然さや冗長さは感じなかった。たしかに、一部の登場人物について存在やエピソードの必要性があいまいな箇所もあるのだが、それも込みの作品として受け入れることができた。

    読み終えての大まかな感想としては、魅力ある小説として最後まで楽しむことができた。その理由のひとつは、先に挙げたヤング・ベイヤード、ミス・ジェニー、ナーシサといった主要な人物はもちろん、その他も含めて多くのキャラクターたちに説得力があり、登場人物の魅力によって関心をもつことができたことが挙げられる。もうひとつは、小説でありながらどこか寓話のような独特の雰囲気が心地よかった点にありそうだ。これはフォークナー作品に特有の性格なのかもしれない。長らく遠ざかっていたが、過去に読んであまり理解が及ばなかった作品の再読も含め、著者の作品はまた読んでみたいと思えた。

    (※家系図についてはある意味、物語のネタバレにあたる情報も多く含みます。古典的な作品のため気にする方は少ないと思われますが、どうしてもネタバレを回避したい方は、本書冒頭に掲載された家系図をスルーされることをおすすめします。)

  • はじまりの物語にしてからすでに破滅の予兆に満ちあふれていたのだなあ、とか。
    オリュウノオバ的存在がいきなり登場してくるのだなあ、とか。 
    意識の流れみたいな実験的モダニズムが一瞬顔見せたと思ったら、その後ぜんぜん出てこなかったり、とか。
    いろんな意味でおもしろかった。

    全部読んでメモでも取らないとサーガの全体像が絶対わかんないけど、自分で作るのめんどくさいから誰かまとめてくれないかな、と思ってたら来年ポータブルフォークナーが出るのね。たのしみ。

  • 2023年6月8日読了。

    ヨクナパトーファ・サーガの始まりとなるが、サートリス家の終焉を迎える話となっている。読みやすいが、フォークナーらしい起承転結がよくわからない話(だからそれがどうなった?といったような)が続き、ともすれば散漫な印象を受けるかもしれない。
    ホレス・ベンホウとナーシサがいいアクセントになっており、語られる場面は少ないがホレスの存在がヤング・ペイヤードの振る舞いと対になっており、サートリス家の
    尋常なさが浮かび上がってくるように思えた。

    Youtubeで西部開拓時代、南北戦争後の古い写真を観ることが出来て、当時の風俗を思い描きながら読めたのでそれもよかった。

  • 回収されていな伏線がいくつかあってもやっとした気分は残るものの、ミス・ジェニーとナーシサという凛とした女性主人公たちの存在が際立っていたので、男性主人公たちの影が薄くなってしまっていたような気がする。

  • 第四部第五章には多く、唐突な印象を受けるだろうと感じた。しかし、ここにおいてこそ最も先鋭的に、家族の意義や禍々しさが問われていると読んでみたい。手ずから家族の命を奪って傷心のヤング・ベアードが親しい狩猟一家の元で経験する犬と狐とのかけあわせ実験とは、つまりは醜悪な家族の縁組のそれである。そういった家族観から全体を見渡した時、この物語の深みが改めて見えてくる気はしないだろうか。
    若きフォークナーの息遣いを存分に味わえるとともに、その文学性に畏怖し得る名作だと思う。是非、多くの方が楽しまれるよう期待したい。

  • フォークナーの新作?と思って読んだら、サートリスの全編版みたいな感じとのこと。
    主な話の軸がいくつかあって、フォークナーっぽさは感じるものの、それぞれの話同士が響き合う感じはあまりなく、ややスカッとしない。
    ベイヤードの心をおった挿話が一番好きだ。

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著者プロフィール

1897年アメリカ生まれ。南部の架空の町を舞台にした作品を多く生み出す。著書に『八月の光』『響きと怒り』『アブサロム、アブサロム!』など多数。1950年ノーベル文学賞受賞。1962年没。

「2022年 『ポータブル・フォークナー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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