サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

制作 : 柴田裕之 
  • 河出書房新社
4.33
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本棚登録 : 3614
レビュー : 312
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309226729

感想・レビュー・書評

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  • 上下巻ともに目から鱗が落ちっぱなし。凄まじい面白さである。どうすればユヴァルさんのように考えることが出来るのだろうか。心から尊敬する。本書を読んで、自分自身が興味のあること、もしくは知っていることについて述べられている箇所は関心を引かれたが、恥ずかしながら現在の自分では理解しきれない部分も数多くあり、自身の無学さをあらためて感じた。本書をより深く広く楽しむために、勉強してもう少し知識をつけてから読み直したいと思う。

  • 近年多い、人間の「全史」を俯瞰的に、全体を追った歴史本の一つ。何故多いのか?背景には、生物学やテクノロジーなどサイエンスの発展に基づく新発見、従来説の見直しが、人類の起源から現在まで、もう一度再検討しようという機運の高まりがあるように思う。
    そして「暴力の人類史」「繁栄」「銃・病原菌・鉄」他の大作著作は、それぞれの著者がそれぞれの異なる視点で全体を捉え、それぞれに発見がある。
    著者ユヴァル・ノア・ハラリの立場はいわゆるリベラル的。反グローバリズム、ルソー的な反文明主義、自然に還れ的な、狩猟時代より現代人は不幸、と考える立場からの「人類史」である。(反論はあるだろうが、これは本のプロモーションを兼ねた著者のインタビューを読んで補強された)。

    正直、本書はツッコミどころが多い。著者の「思想」に沿って全体が解釈されるが、根拠となる細部は強引な部分も目につき、明らかに歴史的事実の間違いでは?というところも散見され、不遜な言い方だがそこは著者の知識・研究不足なのでは?とも思える。
    サピエンス支配が「誇れるもの」を何も生み出さなかったというのも著者の価値観のうちであり、何を価値と考えるかによって見方は変わるだろう。農耕革命からのテクノロジーの発展が、人類を不幸にしたという観点は彼の「解釈」であり、価値を見出す側からは逆の「解釈」の主張も成り立つだろう。そして幸福と不幸は科学的に判断し得ない個の価値観の領域でもあるとも思う(統計的に数値する手法もあるにはあるが)。
    畜産の現状に対しての残酷さの主張(工業製品を生産するかのような生物の扱い)についても、 自然界にある捕食動物の「残酷さ」の凄まじさを見れば(生きながらハイエナの群れに食われる草食動物、雄ライオンの子殺し等々)動物好きな私から見て、自然の非情さに対する著者の認識、知識はどの程度のものだろう? との疑問も感じた。

    神話や宗教だけでなく、国民国家、貨幣や法制度、人権や自由までも人間の価値は虚構だと指摘する著者に、訳者は解説で「私たちの価値観を根底から揺るがす」と語る。しかしこれは吉本隆明の共同幻想論よりもはるか前から、西欧の認識で見れば19世紀末にニーチェが「神は死んだ」と宣言し、宗教への幻想が消えた100年以上前から現在に直接つながるカタチで、すでに「実は裏主流」である考えだ。また著者は価値観の虚構性を語りながら、自分の価値観からの批判という自家撞着に陥っているところもある。

    個人的には最後の部分での指摘が、全体の白眉であり、粗雑さ不備を補ってあまりあるものになっていると思う。著者はそこで科学の高度化が自らを含む生物を操作する「特異点」にまで達し、今現在(ニーチェ流にいえば、)これまでの旧サピエンスと新サピエンスの分ける新旧の「彼岸」にまで達していると論じる。
    この著者が指し示す、これまでサピエンスの先にあるもの、それは恐ろしい故にに興味津々だ。19世紀末の「超人」は哲学的な思索の産物だが 、21世紀から始まる「超サピエンス」はサイエンスによって現実に現れ著者の批判する畜産のように大量生産される……

    ニーチェでいえば、「ツァラトゥストラ」のような大きな地殻変動をもたらす完成形というより、処女作「悲劇の誕生」のように欠点を持つが得体の知れないパワーのある書のように思う。本の魅力は完成された既知の話より、ツッコミどころは多いがスリリングな知的刺激のある本のほうが勝る、そう感じされる一冊。プロフィールを見ると著者は1976年生まれだから35歳のときの著。若い本だ

  • 科学革命:500年、「進んで無知を認める」。「観察と数学を使う」、「理論だけでなく力、即ちテクノロジー」、
    神に挑戦するのは不遜(バベル、イカロス)から進歩志向へ。
    科学には金がかかり、常に経済的。政治的、宗教的干渉を受ける、帝国主義と資本主義。

    帝国主義:ヨーロッパの帝国主義と科学は相性がいい、ともに無知から出発して未知の領域へ(それまでは文化を広める)、飽くなき野心、遠征には科学者を同行、言語学、植物学、歴史学。科学的に自分たちの優位性を証明しようとした、人種差別理論化。

    資本主義:成長は善という確信、1500年の550ドルが8800ドルに。将来を信頼、クレジットの誕生、将来の収入を使って現時点のものを生み出す、それ以前は過去が優れていた、

  • 『サピエンス全史』と柄谷行人
    (柄谷行人を読んだことがない人にはわからない話ですみません。上下通したレビューは上巻の方に書きました)

    この本を読んで改めて柄谷行人という哲学者の射程がどこにあるのかがわかったような気がする。人類の歴史を描いた『サピエンス全史』と柄谷行人の『世界史の構造』が扱うテーマがかなり重複しているのだ。

    『世界史の構造』では、特徴的な四つの交換方式の重点の推移によって世界史の変遷を説明しようとしたという印象が強く、それはひとつの分析として素晴らしいのだが、やや無理筋であると感じるところも多かった。しかしながら、それまでの柄谷行人の関心を持ったテーマを『サピエンス全史』とともに振り返ると、彼が「人類の歴史」- つまりわれわれがなぜ今このような形としてここにあるのか、ということをずっと問いとして持っていて、答えとなるべきものをずっと提示しようとしてきたのだということがわかるような気がする。そのことを、「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸せ」というタイトルの本とのテーマの合致を見て初めて気づくことになった。そして、その合致は偶然ではなく、彼の関心領域から導き出される必然でもあると感じた。

    『マルクスその可能性の中心』などにおける「貨幣」への注目。『NAM21』の活動では地域通貨の実践にまで踏み込もうとした。『探究I』におけるコミュニケーションへの注目。『探究II』における「世界宗教」への注目。『帝国の構造』などの近年の「帝国」への注目。『世界史の構造』では「農業革命」にも注目している。カントの永遠平和の考え方も、『サピエンス全史』に出てきた資本主義のグローバル化における世界平和に関する考え方も実は似ていたりもする。

    もう少しじっくりと柄谷行人の仕事について、『サピエンス全史』に沿った形で整理するようなことをしてみたい。それほど、読んでいて柄谷行人のことを思い出すことが多かった。それが、きっと柄谷行人という思想家をより深く理解することにつながる予感がする。

    ----
    『サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福』
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/430922671X

  • 今までの人類が歩んできた歴史を一気に読むことができ、視野が広がる感じがします。まあまあ長いですが、難しい言葉も少なく読みやすくまとめてくれているのでありがたいです。今までの歴史から今後科学が進歩していった先の予測をみながら、今後自分が何を望むのか、考えるいい機会になりました。

    今の世の中ってどうなんだろう?これからどうなっていくんだろう?みたいな不安のある人とか、歴史と比較しながら考えられるのでいいかと。幸福についての研究や考察もためになります。

    個人的には今より長生きができるように医学が進歩するまで健康に過ごして、できるだけ先の未来まで観てみたいなあと思いました。

  • 人類は繁栄しているようで、実はそうではないのかと感じた。豊かになっているようで、みんながそうではないのと同じように。地球規模でいくと戦争は少なくなってきているが、その犠牲になっているひとよりも、自殺者のほうが死亡数が高いという現実。人類は本当の幸福は掴んでないし、テクノロジーの進化の享受はあるけれど、もしかしたら破壊へとつながっているのかもしれない。とにかく人類は生かされていると思う方がいいのかなと思った。

  • サピエンス全史、下巻は、より近代にフォーカスしたストーリー。特に科学が人間に与えた影響について語っている。

    近代、この2〜3世紀程度で、世の中は産業革命が起こり、大きく変わった。エネルギーを、人の身体を使わずに、より効率的に、爆発的に増やす方法を見つけることに成功したからだ。
    それが、蒸気の力を使う発見であり、石炭、石油、そして新たな太陽光のような自然エネルギーを使うといういまの流れを作っている。私には、産業革命とは結局なんだったのか、がピンときていなかったが、つまりエネルギー革命なのか、と理解できたことがとても面白かった。

    また、近代ヨーロッパでは、科学を推奨するが、それは帝国主義と相性が良かったことが功を奏している。なぜ自然科学や言語学、医学の進歩に投資したのか?それは帝国主義で、まだ未知の世界を掌握したいという探究心を時の権力者が持っており、その考え方と科学者たちの考え方が合っていたこと、そして発見の結果、帝国主義へ還元できるものが大きかったことがあげられるそうだ。
    最近、インドの最も古い図鑑類を見に行ったが、まさにイギリス植民地時代に作られており、このヨーロッパの科学志向が反映された結果となっている。

    そして、地球の地図が明らかになり、科学の進歩により、結局略奪により国を支配するより、知的な人間をいかに確保するかが大事な世の中となった。だからこそ、お互いに取引をして投資をする平和のほうがベネフィットがうまれ、ここ数十年は人類史上最も平和な時代になっている。そして、究極的に資本主義として全員が消費者になるゆえ、「個」の時代となった。

    では、幸せになったのか?人はゲノム工学で人間すら作り変えられるようになってきているが、なにを望んでいるのか?その本質が問われる時代となっている。

    沢山の生物を意図せずに絶滅に追い込み、強奪し、また家畜類を交配による遺伝子操作で大人しくさせ、太らせてきた人間。そして、最近の研究では、動物たちにも感情があることがわかっている。そういう生物達を犠牲にして生きている現代。さらに遺伝子操作により、サピエンスを超える何かを作り出しかねないいま。

    地球で、私たちは一体なんのために生きているのか?それを問われると感じる一冊だった。
    上下巻、本当に、読んで良かった。

  • 19章の幸福論が興味深い。
    仏教がフォーカスされている。

  • 「自分が何を望んでいるかもわからない、不満で無責任な神々ほど危険なものがあるだろうか?」

    普段こういったジャンルを読まないので推測だけど、様々な学問分野を跳び回って纏め上げ、専門家でなくても読み物として面白い(面白いと思うか冗長だと思うかは好みで分かれそうだけど。私は面白かった)だけでなく、「じゃあ科学の発展とは、資本主義とは、幸福なんだろうか?」という問いを加えたところが新鮮なのだろうなぁ。
    自分が幸福だと感じていると思っていても、為政者や高所得者にとって都合のいい社会を保てるよう幸福だと思わされているのかも知れない。
    無自覚だったことを色々と自覚できる本だった。
    次のも読もうー。

  • やっと読み終わった。上巻読んで次にいこうと思ったら、家に見当たらない。息子が友達に貸してしまったらしくって(息子の本だし)下巻読むのに半年ぐらい待たされた。だいぶ忘れてたけど下巻もゆっくり楽しんだ。普段本読んでるときは、早く読了しなければとあせりがちになるんだけど、この本は各ページとても面白く勉強になるのでゆっくりと落ち着いて楽しめた。認知革命、農業革命、科学革命と人類の歴史が自分にとっては初めての視点ですっきりと再整理されていた。虚構の共有、小麦による人間の奴隷化、人間至上主義の課題、無知の発見からの無限の成長の始まり、エネルギー変換の発見。人類の歴史上の重要なポイントとてもわかり易く整理されてる。自分の知識ではこの本が学説的にどうなのかは判別ないが、とんでも本に分類されてる「神々の指紋」を読んだときの興奮に近いものを感じた。壮大な物語としてよくできていて楽しかった。新作も読みたい。

  •  人類の歴史を、認知革命・農業革命・科学革命という3つのパラダイムシフトで語る。
     終盤の勢いが物凄い。ディストピアモノを過去のものにするSFであり、沢山の要素を緻密に重ね上げたミステリのようでもある。サピエンス(現生人類の意)「全史」というのは嘘ではなく、人類の終焉(滅亡ではない)までしっかりと積み上げられている、すごい本。まるで歴史を一度バラバラにほぐし、新たな視点から組み直したかのような読み心地だった。

     まず、認知革命。現実に物理的に存在しないもの「虚構」を想像することができたことで、集団の数の制約や記憶の制約から解き放たれたという解釈が面白い。
     次に、農業革命。農業により狩猟採集の時代に比べ人の動きは制約され、階級化も進み、人は農業に縛られることになったとのこと。かえって不幸になったのかもね、という解釈。
     そして科学革命。「自分たちは全てを知っているわけではない」という視点は、科学の発展は自分たちに新しい力を与えるという発想……進歩の発想に繋がり、帝国・資本主義と結びつき、世界の一体化を推し進めた。

     ここまで書いてきて、作者はこれらの歴史に対し、「では、私たちは以前より幸せになっただろうか?」という問いを投げかける。便利なものが増えて色々と楽ができるようになっても、その分やることが増えて結局忙しい、というのは、誰もが肌で感じている矛盾だろう。
     また、最終章ではホモ・サピエンスという生物自体が次なる高みに上り詰めんとする様子までが描かれており、この終盤の説得力を増すためにここまでの長い物語があったのではないかと思わせるほどに説得力がある。まるで、方々に散らばっていた世界が資本を中心に据えたバベルの塔を築き上げ、ついに自身が神になろうとしているかのよう。



    以下、自分用の覚書。
    12章:普遍的秩序をつくるもの 宗教
     宗教とは、「超人間的な秩序の信奉に基づく、人間の規範と価値観の制度」と定義できる。この定義によると、自由主義とか共産主義とか、そういったものも宗教として扱うことができる。
     この章では、ホモ・サピエンスが独特で申請な性質を持っている「人間至上主義」を宗教と考え、「自由主義的」「社会主義的」「進化論的」人間至上主義について解説する。「自由主義的」人間至上主義にはキリスト教の影響を多分に受けているが、生命科学の研究の進歩によりその考えの屋台骨を失いつつある。一方、進化論的人間至上主義はナチスにより信奉され、戦後否定されたが、生物学的研究の進歩は、この考えを後押しする結果にならないとも限らない。
    14章:無知という力
     近代科学は、従来の伝統的な知識と比べ、「私たちがすべてを知っているわけではない」という前提がある。従来は、世界について重要な事柄は全部知られているという主張だった。知らないことはもっと賢い人(聖職者)に尋ねればよく、聖職者がわざわざ教えないことは、知ってもしょうがないってことになった。
     バベルの塔に代表されるような、人間の限界を超えようとする営みは無駄だよ的な話や、死を必然と捉え死後の世界について考える話は廃れ、進歩主義、究極的には不死の夢を見るまでに至った。
     ただ、近代科学により宗教という枠組みが揺らぎ、社会のまとまりを保てなくなるかというとそうでもない。科学の研究性を正当化し、資金を獲得するには、結局イデオロギーや宗教の信念に依らなければならない。人間の活動を超えた優れた倫理観あるいは精神的次元で行われる営みなどではなく、第3部で語られた人類統一の3要素である経済・政治・宗教に従属せざるを得ない。
     化学は自らの優先順位を設定できず、自ら発見した物事を如何とするかも決定する力を有しない。(人間が月に行けたのは、アメリカとソ連がケンカしていたからだ、みたいな感じだろうか)
    研究を通じて新しい力を獲得することができると信じるに至った経緯とは。近代科学の性質。
     
    15・16章は科学とヨーロッパの諸帝国と資本主義経済との同盟関係の形成について。
    15章:近代科学を推し進めたもの 帝国
     世界の権力の中心がアジアからヨーロッパに移ったのは、18世紀になってからであり、これには知らないものを探求するという(14章参照。)近代科学の発想が、親和・司法組織・社会政治的構造から育まれたからだ。古代の地図が空白なくびっちり埋められていたのとは対照的に、大航海時代にアメリカ大陸を描いた地図に、その西岸側が白紙だったように、過去の伝統よりも現在の監察結果を重視し、征服欲を強めた。
     また、帝国は被支配民の効果的統治のため、その被支配民の言語や文化を知る必要があると考え、科学を必要とした。
     さらに、科学的に進んでいる帝国が諸民族に「進歩」の恩恵を与えているというイデオロギーも、搾取の大義名分となった。こうして振るわれた絶大な権力は、被支配者を大きく変えてしまい、もはや善悪で語ることは難しい。
     生物学・人類学の分野では、ヨーロッパ人がどの人種よりも優れているという理論も構築され、アーリア人種論に繋がった。現代では人種の生物学的相違はとるに足らないものだと考えられているが、新たに「文化主義」とでも呼べるような考えが台頭している。これによれば、人間集団間の相違は人種ではなく文化間の歴史的相違にあると考えられ、移民排斥等の論拠としても使われている。

    16章:近代科学を推し進めたもの 資本主義
     14章にあるように、近代科学によりもたらされた「進歩」という考えは、自分の利益を増やしたい問い願う人間の利己的な衝動が全体の豊かさの基本になるというアダム・スミスの主張に繋がった。
     従来は富は世界でゼロサム的なものであり、将来が現在より良くなるという発想がなかった。よって、富を蓄えるという行為はすなわち周囲からの搾取であり、罪悪とさえされた。
     しかし、進歩、すなわち将来がよくなるという明るい予想は「信用」を生み出し、投資→生産→生産→投資というサイクルが成立した。
     こうして資本主義が生まれたが、アヘン戦争に代表されるように戦争を引き起こす可能性や、資本主義者による独占やカルテルにより、利益やその分配は公正なものになるとは限らない。
     また、奴隷貿易もこの市場の原理により生み出されたものであり、人種差別的イデオロギーが存在しないにも関わらず(現代の価値に照らせば)非人道的な行為が罷り通る恐れもある。
     そして何よりも、信用が価値を生み出し続けるシステムには、その経済のパイが大きくなり続けるという大前提がある。これに必要な原材料及びエネルギーは、今後どうなってゆくのかを、17章で語る。

    17章:資本主義の加速、供給過多の時代
     前章で指摘された、資本主義の屋台骨を支える「原材料」と「エネルギー」だが、資本の注ぎ込まれた研究により科学技術は進歩し、新たなエネルギーが発明され続けた。原材料も同様である。
     産業革命で得られた安価で豊富なエネルギー・原材料は、生産性を爆発的に増加させ、まず農業の生産性が向上し、農業に従事していた人間の多くが第二次第三次産業に移り、多種多様な品物を生み出した。
     供給はついに需要を追い越し、「消費主義」とでも呼べるような、倹約をよしとしない価値観が生み出された。しかし、利益は浪費せず再投資しなければ資本主義は成り立たない。ここで生まれたのがエリート層と大衆の分業である。エリート層は無駄遣いをせずしっかり資産や投資を管理する。大衆は射幸心を煽られるままに必要もない商品を買って満足した気持ちになる。大衆が欲望のまま好き放題にすることがシステムを回すという点は、従来の宗教が難しい倫理体系を求めるのに比して、革新的な宗教といえる。その先に楽園があるという前提に立てばの話だが。
    18章:国家・市場経済によるコミュニティの変化と世界平和の可能性
     近代以前まで一貫して集団をまとめていた「家族とコミュニティ」は、国家に取って代わられた。教師や医師等を抱える余剰のなかった農耕経済から、近代化による余剰の増幅により、国家や市場は強大化し、警察・裁判所等の積極的介入を行った。もちろん、昔ながらのコミュニティを望む声もあったが、個人主義の台頭は、この声をも小さくしたと言える。
     家族等による親密なコミュニティ喪失の穴を埋めるのは、17章の消費主義、国民主義という想像上のコミュニティ。さらには消費主義は国民という枠組みさえも過去のものにしつつある。
     戦争はハイリスクローリターンなものになり(パックス・アトミカ)、核の脅威→平和主義→交易活発化→平和希求というスパイラルが形成される。
     ただし、これは先の大戦から何十年も経った今だからこそ言える考えであり、その大戦を生み出したのも近代である。天国に進むか地獄に進むかは、分からない。
    19章:幸福を軸に歴史を考える
     ここまで歴史を辿ってきて、ではこれらの歴史人類を幸福にしたのかという問いを投げかける。歴史学は、認知革命農業革命科学革命が人間の幸福に及ぼす影響について問うたりはしてこなかった(らしい)。
    人の幸福は、主観的厚生(自分がどう感じるか。自己欺瞞や生化学的なものを含め)に決まるとする考え方がある。これは個人を重んじる自由主義と親和性が高い。
     一方で、歴史上大半の宗教やイデオロギーは、客観的な尺度があるのではないかと主張してきた。とりわけ仏教ではこの色が濃く、内なる感情は束の間の心の揺らぎに過ぎず、これを絶えず求め続けることが苦しみの根源であり、内なる感情の追求をやめることを教え諭した。
     幸福という視点を欠いた歴史理解は、甚だ不十分なものだといえるのではないか。
    20章:生物学的革命によるホモ・サピエンスの終焉
     認知・農業・科学革命の次は、「生物学的革命」が起こるかもしれない。遺伝子操作による生き物の操作や、AIの進歩による非有機的な存在の出現等は、もう遠い未来の話ではない。自らの体や思考にまでメスを加えることで、ホモ・サピエンスは全く別の存在になるのかもしれない。現実の問題に立脚したSFはごまんとあるが、思考にメスを加えたら、そうしたSFは全て過去のものになってしまうのだろうか。
     こうした技術には倫理的側面から批判が加えられるが、例えば人命の為だなどという人間至上主義に基づいた動機付けをされたら、止める術はなくなってしまう。
     私たちにできることは、そうした化学が進もうとしている方向に影響を与えることだ。「私たちは何にならいたいのか?」ではなく、「私たちは何を望みたいのか?」が、私たちが直面する真の疑問なのかもしれない。

  • 世界史に関する著者の広範な知識に基づいた、明快な考察。これを足がかりに、思想の広がりや新たな方向性が導かれることを願う。

  • ホモ・サピエンス=取るに足らない動物がなぜ現在に至るまで生き延び過去類を見ない程に繁栄することになったのか、という仮説が面白い。

  • 大学 209A/H32s/2

  • 人間の探究心とは恐ろしいものである。
    無知であると知り、知識が誤りであると受け入れ、新しい力を手に入れる過程に興奮をが収まらなかった。
    私達はどこに行き着くのか、精神、心、感情までも科学の力によって改変されるのか。
    未来の事はわからないが、先のことを予見できる所まできている、もう開発が進んでいることに戸惑いと驚きを感じています。
    上下巻ともに、一気に読みました。次はゆっくりと読む事にします。ホモデウスも必ず読みます。

  • 夏休みの宿題のつもりで上下巻をチャレンジ
    文章としては難解ではありませんが、理解が進まず、読み切るのに時間がかかってしまった!
    かなり疲れた!!

    そして下巻です
    普遍的秩序の3つ目の宗教について語られています。
    キリスト教、イスラム教、仏教、そして、人間至上主義の宗教が語れれています。
    すなわち、自由主義や共産主義、ナチも宗教だとしています。ここも面白いポイントでした。

    いよいよ「科学革命」です
    そのきっかけは、自らの無知を認めることから始まったというところが面白いです。
    科学が無知を前提に、知ることで知識を得ていったとの事。
    その科学の発展、知識の追求において、ポイントが帝国主義と資本主義で、
    「帝国、科学、資本」のフィードバックループが歴史を動かすためのエンジンだったと解説しています。

    さらに帝国に支配された科学技術の発展に伴って、今よりも豊かになるという将来の信頼が生まれ、拡大するパイとしての資本主義の発展につながっていく

    このサイクルがうまくいったのがヨーロッパで、アジアは技術的に遅れたわけではなく、探検と制服の精神構造、価値観、神話、司法、社会政治体制が不足してたとの
    とのこと。

    そして、文明は人類を幸福にしたのか?
    著者はさまざまな観点から語っていますが、ここで仏教の教えが出てきます。
    その辺の仏教本よりわかりやすく語ってくれるのが秀逸(笑)

    そして、今後どのような世界に向かうか?
    最新の科学技術を紹介するとともに、特異点に至ると言っています。

    最後の一文は
    --
    私たちが自分の欲望を操作できるようになる日は近いかもしれないので、ひょっとすると、私たちが直面している真の疑問は、「私たちは何になりたいのか?」ではなく、「私たちは何を望みたいのか?」かもしれない。
    この疑問に思わず頭を抱えない人は、おそらくまだ、それに十分考えていないのだろう。

    そう、十分に考えていません...(笑)

    訳者あとがきを読むことで、本書を振り返る事ができます。これもまたよいです。

    読み応え十分な上下巻でした。

  • 兎にも角にも第20章がぶっ飛んでて面白い。上巻と比べて下巻はやや退屈だったが最終章でそれも吹っ飛んだ。この章限定だがレイ・カーツワイル氏の『The singularity is near』を読んだときに近い興奮を覚えた。

    ハラリ氏の語る未来観は実は新しいようで古い。非有機的生物という発想はホーガンの名作『未来の二つの顔』で記されたものであるし、ハラル氏の認知革命や超知性体生命はキューブリックのモノリスと類似する考え方だ。つまり、それらはSFの中に限り存在した。とうとう妄想力を実体化する「認知の外部変換」の時代に突入した感がある。

    我々がネアンデルタール人を駆逐し他種をUnder controlとしたように、新生生命体も我々を同様の扱いとするだろうか?AI脅威論同様に悲観的未来は幾らでも描けるだろうが、楽観主義者である私は『未来の二つの顔』のような未来が待っているように思う。いずれにせよシンギュラリティ後の世界は想像できないだけに、想像することはとても楽しい。

  • ホモ・サピエンスの歴史を360度全方位から明らかにした素晴らしい本。しかもとても分かりやすい文章と論理展開だから、凡人でも最後まで脱落せずについていけた。

    宗教、科学、資本主義、エネルギー、時間、こう並べてみると何の関連もなさそうだけど、実はサピエンスの歴史の中では全てが関連している。
    偶然か必然かは議論が分かれるが、現在の地球そして人間社会が今の形であるのは、これらの事柄が絶妙なバランスで歴史を重ねてきたからだ。

    サピエンスの20万年歴史の中の直近200年位の間に、武力から科学、家族・地域から個人、侵略から平和へと大きなパラダイムシフトが起きた。

    そして今や人間は、従来は神の領域とされた部分について、かなり多くの部分をコントロールすることができるようになった。
    しかし、人間は神のように絶対的な判断能力は持っていない。だからこそ私たちは今『私たちは何を望みたいのか』真剣に考え始めなければならない。さもないと、神の力を持った制御不能な人間自身によって破滅を呼ぶことだってことありえる。

  • ベストセラーとなった理由として、分かりやすく、簡単すぎず、幅広いジャンルに対して触れている事が挙げられるだろう。経済から歴史、心理学から人類の本質(精神)まで網羅する事で、少しくどくなった辺りでテーマをコロコロ変えるのが秀逸。また転換も不自然でなく世界を俯瞰してる感覚を持たせる筆者、訳者の筆力は素晴らしい。

  • HOMO DEUSを一冊読めば足りる。
    ・激しい議論は今なお尽きないが、最も有力な答えは、その議論を可能にしているものにほかならない。すなわち、ホモ・サピエンスが世界を征服できたのは、何よりも、その比類なき言語のおかげではなかろうか。
    ・七万年前から三万年前にかけて見られた、新しい思考と意思疎通の方法の登場のことを、「認知革命」という。
    ・まったく存在しないものについての情報を伝達する能力だ。見たことも、触れたことも、匂いを嗅いだこともない、ありとあらゆる種類の存在について話す能力があるのは、私たちの知るかぎりではサピエンスだけだ。
    伝説や神話、神々、宗教は、認知革命に伴って初めて現れた。

  • 上下合わせて読んでの感想。
    人類の歴史を、生物学的、科学的、社会的な側面も合わせて知ることができて、読む前と読んだ後とでは人生観が変わったと思う。これからはSF映画を見るときとかもより深く見ることができそう。最後の方で作者が言っていたが、人類は種の繁栄という点では成功したが、個人の幸福の点では古代人と変わらないかむしろ劣っているのではないか。
    ちょうどブレードランナーの続編映画が上映してたので見たが、この本の内容を把握してから見ると色々と深くまで思考できた気がする。

  • 上巻も面白かったが敢えて4つ星評価としてた。それが正解!下巻はさらに面白く、最上級の5つ星評価とした。
    認知革命→農業革命を経て、いよいよ500年前から科学革命が始まった。文明は人間を幸福にしたのかを考察し、最終章「超ホモ・サピエンスの時代へ」。途中からは1つの文章を繰り返し読むくらい熟読した。
    人類、というかホモ・サピエンスに対する認識が深まる一方で、畏怖を伴う責任感のようなものを感じた。
    「今日、ホモ・サピエンスは、神になる寸前で、永遠の若さばかりか、創造と破壊の神聖な能力さえも手に入れかけている(p264)」

  • 現代の世界がいかに作られたかを、宗教、産業、国(国民)、消費など様々な観点から読み解いてくれる。

  • 現生人類であるホモ・サピエンスは、認知革命で他の人類種と差をつけ、農業革命で繁栄し、科学革命でそれまでの限界を越えて急拡張した。

    特に前半の認知革命がおもしろかった。認知革命とは、虚構を信じることで協力し合えるようになったこと。宗教、国家、通貨…などは、物理的に実態がなかったり、ただの金属だったりするが、共通に信じることで、会ったこともない人とも大きなコミュニティを作れ広く協力できる。
    ネアンデルタール人はそれがなかったためにホモサピエンスに敗れた。

    全体的に筆者の切り口が新鮮。

    以下は上巻も含めた読書メモ:


    1部 認知革命
    1章 唯一生き延びた人類種
    人類種の中で唯一生き延びたのがホモ・サピエンス。
    ヨーロッパにいたネアンデルタール人は、体が大きく環境に適応していた。ネアンデルタール人の一部のDNAがサピエンスに残っている。

    2章 虚構が協力を可能にした
    サピエンスは、会社、宗教等、現実にないことで協力し合うことができた。それが認知革命。
    認知革命以前のすべての人類種の行為は生物学に属していたが、認知革命以降は歴史と呼ぶ。

    3章 狩猟採集民の豊かな暮らし
    農耕以前。
    いろいろなものを少しずつ食べるしかないので、農耕以後の特定の食べ物(米とか)をたらふく食べるのより豊かだった。
    アニミズムは一つの具体的な宗教ではない。

    4章 史上最も危険な種
    サピエンスが移住すると大型動物は絶滅する。オーストラリア大陸の大型有袋類、シベリアのマンモス、アメリカ大陸のサーベルタイガーや大型のナマケモノ…

    2部 農業革命
    5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇
    サピエンスは小麦を栽培化したのではなく、小麦に家畜化された。狩猟をしていた頃より惨めな暮らし。
    種の進化上の成功はDNAの複製の数で測られる、たとえ生活水準が落ちても。農業革命で以前より劣悪になったがより多くの人を生かすことになった。
    贅沢品は必需品になり新たな義務を生む。
    家畜化されたニワトリと牛はこれまで生を受けた生き物のうちで極端なまでに惨め。

    6章 神話による社会の拡大
    キリスト教や民主主義、資本主義といった想像上の秩序を信じさせることにより、見知らぬ人どうしが協力する。
    共同主観的
    想像上の秩序から逃れる方法はない。

    7章 書記体系の発明
    不完全な書記体系=税制等の数理的データの記録←→話し言葉
    完全な書記体系
    新しい不完全な書記体系=アラビア数字の発明
    コンピュータ処理の二進法の書記体系

    8章 想像上のヒエラルキーと差別
    想像上のヒエラルキーは悪循環でさらに拡大する。
    生物学的な性別(セックス)と社会・文化的な性別(ジェンダー)
    農業革命以降の人間社会で女性より男性を高く評価する理由は何か。

    3部 人類の統一
    9章 統一へ向かう世界
    人工的な本能のネットワークを「文化」という。
    平等と個人の自由は互いに矛盾する。フランス革命以降の政治史はすべて、この矛盾を解消しようとする一連の試み。
    全世界と全人類を想像できる普遍的秩序 貨幣←貿易商人、帝国←征服者、普遍的宗教←預言者

    10章 最強の征服者、貨幣
    物々交換には限界 貨幣は簡単に安価に富を他の物に変えたり保存したり運んだりできる。
    貨幣は最も普遍的で、最も効率的な相互信頼の制度。
    宗教的信仰に関して同意できないキリスト教徒とイスラム教徒も、貨幣に対する信頼に関しては同意できる。宗教は特定のものを信じるように求めるが、貨幣は他の人々が特定のものを信じていることを信じるように求めるから。

    11章 グローバル化を進める帝国のビジョン
    帝国の定義は、文化的多様性、変更可能な国境
    紀元前200年頃から人類のほとんどは帝国の中で暮らしてきた。帝国を悪だと否定しても、その前の非征服者も帝国だった。


    12章 宗教という超人間的秩序
    宗教は超人間的な秩序の存在を主張する。
    宗教は超人間的秩序に基づいて規範や価値観を確立し、それには拘束力があると見なす。

    多神教、一神教
    善と悪の二元論
    混合主義
    人間至上主義の宗教 自由主義的人間至上主義 社会主義的人間至上主義 進化論的人間至上主義

    13章 歴史の必然と謎めいた選択
    歴史はどの時点でも分岐点、人間に利益のためになされるのではない。

    4部 科学革命
    14章 無知の発見と近代科学の成立
    科学研究は宗教やイデオロギーと提携した場合にのみ栄える。イデオロギーは研究の費用を正当化するのと引き換えに、科学研究の優先順位に影響を及ぼし、発見された物事をどうするか決める。

    15章 科学と帝国の融合
    科学は社会構造、社会組織と結びついて発展する。西洋以外にもテクノロジーの発明はあったが西洋は資本主義があって勝利した。
    科学者は帝国主義の事業に道具を与へ、帝国は科学者に援助した。

    16章 拡大するパイという資本主義のマジック
    奴隷貿易
    暴走した資本主義

    17章 産業の推進力
    産業革命 熱を運動に変えた 蒸気機関
    農業の工業化
    消費主義
    投資せよ! 買え!

    18章 国家と市場経済がもたらした世界平和
    近代産業は時計、時間表が必要
    家族と親密な地域コミュニティの衰退
    想像上のコミュニティ
    これほど平和が広がった例はない。

    19章 文明は人間を幸福にしたのか
    幸福とは何か。幸福=主観的厚生
    心理学者は質問票を記入してもらい調べる。生物学者は単に脳内のセロトニンの濃度だとする。
    仏教では外部の条件でもなく、内なる感情の追求もやめ、あるがままを受け入れることによる安らぎ。
    歴史書は各人の幸せや苦しみにどのような影響を与えたかに言及していない。

    20章 超ホモ・サピエンスの時代へ
    人類は遺伝子操作などで新しい生命を作れるようになった。技術的には新しい人類も作れる。
    サイボーグ 有機的な器官と非有機的器官を組合せた生物

  • 途中でちょっと違う本を読んだりして、ブランクがあったけど、資本主義の記述あたりから面白くなり、一気に読了。
    上巻を大分忘れてしまったので再読予定。
    人類は国対国の全面戦争は選ばなくなったというけれど、これが書かれているのは2014年。
    イスラム国の記述もないし、トランプ氏もまだ大統領にはなっていない。そして、北朝鮮の動向もさほどニュースにはなっていなかったろう。
    原爆の恐怖を世界に知らしめたという功績でオッペンハイマーとメンバー達にはノーベル平和賞を与えるべきだったというジョークがあったが、日本人には面白くない冗談。
    どこまでご存じかわからないトランプ氏と北朝鮮。
    原爆の悲惨さを伝えるべき日本の役割を改めて感じた。

    興味深かったのは資本主義の原理と成長過程の記述。良く知らなかったので勉強になった。
    果たしてポスト資本主義はあるのだろうか?
    家畜の惨めな状況、科学の動向も気になる。

  • 人類史にとって何が本質的だったのかを、定説や後付けを排除して読み解く。この独自の視点が面白く、常識の縛りからの解放感が心地よい。

    第3部 人類の統一
    第12章 宗教という超人間的秩序

    社会主義やナチスの優性思想も宗教として分析。こういう大胆な(あちこちから文句がきそうな)一般化を行うのが本書の特徴。
    全能の一神教の神。善と悪とが対立する二元論。あっさり「人類には矛盾しているものを信じる素晴らしい才能がある」と、論理的に不可能なことを肯定してみせる。

    第13章 歴史の必然と謎めいた選択

    歴史が決定論的でなく偶然の積み重ねだとわかれば、現在の階級や秩序(ときに差別的)が必然ではないとわかるという。なるほど、いろいろ自由になれる視点だ。特に劣等感に襲われたときなど。

    第4部 科学革命
    第14章 無知の発見と近代科学の成立

    科学も宗教ではないかと。そして科学の目標として不老不死が視野に入っていると。たしかにまじめに追求する向きはないんだけどそれは確かにある

    第15章 科学と帝国の融合

    科学技術は世界を既知ではなく未知と認識したことから発展したとの仮説。大航海と征服、植民地化を描き、帝国主義と科学技術は一体だったとする。
    西欧諸国にその気性があったのはなぜ?ダイヤモンドがいうように小国乱立して争いばかりしていたから?そこへの回答は書かれず

    第16章 拡大するパイという資本主義のマジック

    経済成長の概念は近代までなかった。スペイン、オランダ(法治の確立)、フランス(ミシシッピ会社株のバブル)、イギリスと海洋帝国が移り変わったのは資本市場が原因だとする。VOC、英東インド会社による植民地支配、奴隷貿易など、資本家が世界を動かしたとする。

    第17章 産業の推進力

    家畜の悲惨な境遇。科学でその感情などもわかってきた。この虐待もそのうち過去のものになるのだろうか

    第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和

    国家は福祉を保証することで家族とコミュニティーを崩壊させた。しかし安全を提供している。国家経済がグローバルに依存しあうことと全面核戦争へのためらいで戦争もおきにくくなったのが現代。

    第19章 文明は人間を幸福にしたのか

    幸福論。主観質問表で測る幸福度は生化学で決まる。人生の意義に照らして測る方法(カールマン)も。いずれにしろ歴史は幸福度を高めなかったと。死後の世界を信じれた幸せ。人類の知への貢献さえ妄想かもしれない。
    幸福度が高いから幸せな結婚生活が出来るんだという解釈は目からうろこ。

    第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ

    生物工学、サイボーグ、非有機体生命。
    ちょっと唐突な章。新たに手にした技術が、サピエンスの歴史だけでなく、地球の生命の歴史まで終わらせ(新しく始め)ようとしている。
    その後継者、未来の支配者はかけ離れすぎて理解不能なのでSFでも描かれることはないという。

  • ものすごいボリュームでとても1度読んだだけでは消化しきれない。印象に残ったのは、私たちは壮大な虚構の中に生きているという見方。

  • 『サピエンス全史(下)』
    まだまだ、辿り着けない深い場所があるのはわかるのに、そこにはまだ近づく力がないことを感じさせられる。しかし、いまの自分で感じとれるすべてを出し切って探検してきた読後感がある。
    静かな森のなかの小さな沼の横で、カラダを乾かしながら、永い人類の過去とこれからも続くであろう未来を、今現在の自分を起点に想像している。
    『マクロ歴史学』という言葉が想像させる、“歴史”を俯瞰したうえで、再度歴史の様々な事象に可能な解釈を施し、未来への物語りを紡いでいく壮大な試み。
    それは著者が言葉にした「歴史を研究するのは未来を知るためではなく、視野を拡げ、現在の私たちの状況は自然的なものでも、必然的なものでもなく、したがって私たちの前には、想像しているよりもずっと多くの可能性があることを理解するためなのだ」という定義を前提にしている。

    あたまのなかに永い人生をかけて蓄積されてきた既成のテンプレートを、もう一度無限のピースに砕いて再構築させてくれたような感覚が、いま目の前の世界を映している。
    2017/06/03

  • (2017.05.08読了)(2017.05.01借入)(2017.02.02・14刷)
    副題「文明の構造と人類の幸福」
    上巻は、献本で読むことができたのですが、下巻をどうしようかと思っていたときに、図書館で見つけたので借りて読むことにしました。
    歴史は、人々のやってきたことを後からたどることなのですが、人々のやってきたことにはいろんな側面があるので、色んな切り口があることに改めて気づかされました。
    社会制度、宗教、政治、経済、科学、いろいろありますね。
    断片的な事しか記憶に残っていないのですが、
    コロンブスは、自分の辿り着いたところが新大陸だとは思っていなかったので、「コロンブスの新大陸発見」というのは、間違っている。
    コロンブスの後、続々と新大陸に渡っていく人たちがいたのですが、「インディアンは、人間か?」ということが問題になった時期があります。
    この本では、そのあたりは言及していないようです。あまり関心がなかったのでしょう。
    スペイン人たちが、続々とアメリカ大陸方面に行くことによってカリブ海の島々に住んでいた人たちは、過酷な労働とヨーロッパから持ち込まれた病気によって壊滅しました。
    それと同じことが、クックの遠征の後に続いた人たちによって、オーストラリア、ニュージーランドでも、同じことがあったことは知りませんでした。
    フランス革命は、ミシシッピ会社株の暴落に原因があるという話も、初めて聞いたような気がします。
    1945年8月に日本に、二発の原爆が投下され、多くの人たちが亡くなり、後遺症に苦しみました。これ以後、大きな戦争が起こっておらず、平和が続いている、と記してあります。
    原子爆弾の脅威が、平和をもたらしたのでしょうか? 局地的な紛争については触れていますが、イスラエルが戦っている中東紛争については、著者がイスラエルの人のためか、触れられていないようです。
    原子力発電は、低コストであると言っているようですが、廃棄処理やチェルノブイリや福島の事故後の処理についての費用も含めて考えたコストなのでしょうか?
    現在の経済は、金融商品という妙なものがあって、実態とリンクせず非常に危なっかしい状態のような気がします。経済の論理を突き詰めてゆけばいずれ行きつくものなのでしょうけど、制御するすべを見つけてほしいものです。
    金融商品も、原発みたいなもので、制御の仕方がわからないまま、世の中の勢いに流されて、どこに行きつくのか、人類の破滅に行きつくのか、恐ろしい限りです。

    【目次】
    第3部 人類の統一
    第12章 宗教という超人間的秩序
    第13章 歴史の必然と謎めいた選択
    第4部 科学革命
    第14章 無知の発見と近代科学の成立
    第15章 科学と帝国の融合
    第16章 拡大するパイという資本主義のマジック
    第17章 産業の推進力
    第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和
    第19章 文明は人間を幸福にしたのか
    第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ
    あとがき ―神になった動物
    謝辞
    訳者あとがき
    原註
    図版出典
    索引

    ●二元論(22頁)
    二元論が非常に魅力的な世界観なのは、人類の思想にとって根本的な関心事の一つである、有名な「悪の問題」に、それが短くて単純な答えを出せるからだ。「世界になぜ悪があるのか? なぜ苦しみがあるのか? なぜ善い人に悪いことが起こるのか?」一神教信者は、世界にこれほどの苦しみが起こるのを全知全能の、完璧に善い神が許す理由を説明するのに四苦八苦する。
    ●近代科学(61頁)
    近代科学は、最も重要な疑問に関して集団的な無知を公に認めるという点で、無類の知識の伝統だ。
    広範な科学研究を何世紀も重ねてきたにもかかわらず、生物学者は脳がどのようにして意識を生みだすかを依然として説明できないことを認めている。物理学者は何が原因でビッグバンが起こったかや、量子力学と一般相対性理論の折り合いをどうつけるかがわからないことを認めている。
    ●統計学(69頁)
    統計学の講座は今では物理学と生物学だけではなく、心理学や社会学、経済学、政治学でも基本的な必修科目になっている。
    ●進歩(76頁)
    科学革命以前は、人類の文化のほとんどは進歩というものを信じていなかった。
    多くの信仰では、いつの日か救世主が現れて戦争や飢饉にすべて終止符を打ち、死さえなくすと信じられていた。だが、人類が新しい知識を発見したり新しい道具を発明したりしてそれを成し遂げられるという考えは、滑稽というだけでは済まされず、不遜でさえあった。バベルの塔の話やイカロスの話、ゴーレムの話、その他無数の神話は、人間の限界を超えようとする試みは必ず失望と惨事につながることを人びとに教えていた。
    ●壊血病(91頁)
    クックの遠征の恩恵を被った分野の一つが医学だった。当時、遠距離航海に出かける船では、半数以上の乗組員が航海中に亡くなることが知られていた。
    それは壊血病という不思議な病気だった。
    16世紀から18世紀にかけて約200万の水夫が壊血病で亡くなったと推定される。
    水夫たちに柑橘類を食べるように指示した。壊血病の一般的な民間療法だった。
    ●アボリジニとマオリ人(93頁)
    クックの遠征に続く100年間で、オーストラリアとニュージーランドのもっとも肥沃な土地がヨーロッパからの入植者によって先住民から奪われた。先住民の人口は最大で九割も減少し、生き残った人々も苛酷な人種的迫害にさらされた。オーストラリアのアボリジニとニュージーランドのマオリ人にとって、クックの遠征は大惨事の始まりで、彼らは今もなおそれから立ち直れずにいる。
    ●鄭和(108頁)
    多くの学者によれば、中国の明朝の武将、鄭和が率いる艦隊による航海は、ヨーロッパ人による発見の航海の先駆けであり、それを凌ぐものだったという。鄭和は1405年から1433年にかけて7回、中国から巨大な艦隊を率いてインド洋の彼方まで行った。なかでも最大の遠征隊は、三万人近くが乗り込んだ300隻弱の船で編成されていた。彼らは、インドネシア、スリランカ、インド、ペルシア湾、航海、東アフリカを訪れた。
    ●信用(131頁)
    信用という考え方は、私たちの将来の資力が現在の資力とは比べ物にならないほど豊かになるという想定の上に成り立っている。
    ●ミシシッピ・バブル(150頁)
    1717年、フランスが勅許を与えたミシシッピ会社は、ミシシッピ川下流域の植民地化に着手し、その過程でニューオーリンズという都市を建設した。その野心的な計画に資金を供給するために、ルイ15世の宮廷に強力なつてのあったこの会社は、パリの証券取引所に上場した。
    ミシシッピ会社株は天井知らずに跳ね上がった。
    恐慌が始まった。投機家の中に、株価が実態を全く反映しておらず、維持不可能だと気付いたものが出たのだ。
    フランスの中央銀行はミシシッピ会社株を買い支えたが、自ずと限度があった。
    フランスの金融界全体がバブルに巻き込まれた。
    1789年、ルイ16世は不本意ながら、フランスの議会にあたる三部会を一世紀半ぶりに招集し、この危機の解決策を見つけようとした。これを機にフランス革命が始まった。
    ●大資本(153頁)
    政府が大資本の言いなりになった悪名高い代表例は、イギリス・中国間の第一次アヘン戦争(1840~42年)だ。19世紀前半には、イギリス東インド会社とさまざまなイギリスの実業家が、麻薬、とくにアヘンを中国に輸出して大儲けした。厖大な数の中国人が中毒となり、中国は経済的にも社会的にも衰弱した。
    19世紀後期には、中国総人口の一割にあたる約4000万人がアヘン中毒だった。
    ●国内標準時(187頁)
    1880年にはついにイギリス政府が、同国におけるすべての時間表はグリニッジの時刻に準ずることを定めた法律を制定するという、前代未聞の措置を採った。歴史上初めて、一国が国内標準時を導入し、各地の時刻や日の出から日の入りまでのサイクルではなく、人為的な時刻に従って暮らすことを国民に義務づけたのだ。
    ●保甲制度(191頁)
    中国の明帝国(1368~1644年)では、保甲制度と呼ばれる制度で民を組織した。10世帯を一つにまとめて一「甲」とし、10「甲」で一「保」を編成した。「保」の成員の一人が罪を犯すと、同じ「保」の成員たち、とくに「保」の長老たちが罰せられた。税も「保」ごとに徴収された。各世帯の状況を査定し、税額を決めるのは、国の役人ではなく「保」の長老たちの責任だった。

    ☆関連図書(既読)
    「コロンブス航海誌」コロンブス著・林屋永吉訳、岩波文庫、1977.09.16
    「古代アステカ王国」増田義郎著、中公新書、1963.01.18
    「インカ帝国探検記」増田義郎著、中公文庫、1975.09.10
    「キャプテン・クック」ジャン・バロウ編・荒正人訳、原書房、1992.10.25
    「ダーウィン先生地球航海記(1)」チャールズ・ダーウィン著・荒俣宏訳、平凡社、1995.06.23
    (2017年5月15日・記)
    (「BOOK」データベースより)amazon
    文明は人類を幸福にしたのか? 帝国、科学、資本が近代をもたらした!現代世界の矛盾を鋭くえぐる!

  • 上巻では、フィクションが人類を発展させたエンジンになったことが指摘されたが、下巻では「帝国主義、科学主義、資本主義」の3つのフィクションが現代世界を形作っていると解説する。未来は現在よりも良くなり、パイは拡大するというフィクション。向上心や競争、新発明を生み、病気や災害を減らす一方で、格差を生み、生物の絶滅を生んだ。世界はかつてないほど平和で安全な時代に入ったが、今後人類はどのように進んでいくのか。筆者は生物工学的発展、サイボーグ的発展、非有機的生命的発展の3つの選択肢を示す。どれもわずかながら実現されているところが説得力を感じる。どれになったとしても、その後の人類は現在のものとは想像もできないほど変化していると考えると、そら恐ろしい気になるが。

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著者プロフィール

ユヴァル・ノア・ハラリ(Yuval Noah Harari)
1976年生まれのイスラエル人歴史学者。専門は世界史とマクロ・ヒストリー。
オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻して博士号を取得し、エルサレムのヘブライ大学歴史学部で終身雇用教授として歴史学を教える。軍事史や中世騎士文化についての著書がある。オンライン上での無料講義も行ない、多くの受講者を獲得している。
著書『サピエンス全史』は世界的なベストセラーとなった。2015年にヘブライ語で"Homo Deus: A Brief History of Tomorrow"を出版。その翻訳書『ホモ・デウス』が2018年9月に刊行される。

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