サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

制作 : 柴田裕之 
  • 河出書房新社
4.34
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本棚登録 : 3328
レビュー : 294
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309226729

感想・レビュー・書評

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  • 上下巻ともに目から鱗が落ちっぱなし。凄まじい面白さである。どうすればユヴァルさんのように考えることが出来るのだろうか。心から尊敬する。本書を読んで、自分自身が興味のあること、もしくは知っていることについて述べられている箇所は関心を引かれたが、恥ずかしながら現在の自分では理解しきれない部分も数多くあり、自身の無学さをあらためて感じた。本書をより深く広く楽しむために、勉強してもう少し知識をつけてから読み直したいと思う。

  • 近年多い、人間の「全史」を俯瞰的に、全体を追った歴史本の一つ。何故多いのか?背景には、生物学やテクノロジーなどサイエンスの発展に基づく新発見、従来説の見直しが、人類の起源から現在まで、もう一度再検討しようという機運の高まりがあるように思う。
    そして「暴力の人類史」「繁栄」「銃・病原菌・鉄」他の大作著作は、それぞれの著者がそれぞれの異なる視点で全体を捉え、それぞれに発見がある。
    著者ユヴァル・ノア・ハラリの立場はいわゆるリベラル的。反グローバリズム、ルソー的な反文明主義、自然に還れ的な、狩猟時代より現代人は不幸、と考える立場からの「人類史」である。(反論はあるだろうが、これは本のプロモーションを兼ねた著者のインタビューを読んで補強された)。

    正直、本書はツッコミどころが多い。著者の「思想」に沿って全体が解釈されるが、根拠となる細部は強引な部分も目につき、明らかに歴史的事実の間違いでは?というところも散見され、不遜な言い方だがそこは著者の知識・研究不足なのでは?とも思える。
    サピエンス支配が「誇れるもの」を何も生み出さなかったというのも著者の価値観のうちであり、何を価値と考えるかによって見方は変わるだろう。農耕革命からのテクノロジーの発展が、人類を不幸にしたという観点は彼の「解釈」であり、価値を見出す側からは逆の「解釈」の主張も成り立つだろう。そして幸福と不幸は科学的に判断し得ない個の価値観の領域でもあるとも思う(統計的に数値する手法もあるにはあるが)。
    畜産の現状に対しての残酷さの主張(工業製品を生産するかのような生物の扱い)についても、 自然界にある捕食動物の「残酷さ」の凄まじさを見れば(生きながらハイエナの群れに食われる草食動物、雄ライオンの子殺し等々)動物好きな私から見て、自然の非情さに対する著者の認識、知識はどの程度のものだろう? との疑問も感じた。

    神話や宗教だけでなく、国民国家、貨幣や法制度、人権や自由までも人間の価値は虚構だと指摘する著者に、訳者は解説で「私たちの価値観を根底から揺るがす」と語る。しかしこれは吉本隆明の共同幻想論よりもはるか前から、西欧の認識で見れば19世紀末にニーチェが「神は死んだ」と宣言し、宗教への幻想が消えた100年以上前から現在に直接つながるカタチで、すでに「実は裏主流」である考えだ。また著者は価値観の虚構性を語りながら、自分の価値観からの批判という自家撞着に陥っているところもある。

    個人的には最後の部分での指摘が、全体の白眉であり、粗雑さ不備を補ってあまりあるものになっていると思う。著者はそこで科学の高度化が自らを含む生物を操作する「特異点」にまで達し、今現在(ニーチェ流にいえば、)これまでの旧サピエンスと新サピエンスの分ける新旧の「彼岸」にまで達していると論じる。
    この著者が指し示す、これまでサピエンスの先にあるもの、それは恐ろしい故にに興味津々だ。19世紀末の「超人」は哲学的な思索の産物だが 、21世紀から始まる「超サピエンス」はサイエンスによって現実に現れ著者の批判する畜産のように大量生産される……

    ニーチェでいえば、「ツァラトゥストラ」のような大きな地殻変動をもたらす完成形というより、処女作「悲劇の誕生」のように欠点を持つが得体の知れないパワーのある書のように思う。本の魅力は完成された既知の話より、ツッコミどころは多いがスリリングな知的刺激のある本のほうが勝る、そう感じされる一冊。プロフィールを見ると著者は1976年生まれだから35歳のときの著。若い本だ

  • 科学革命:500年、「進んで無知を認める」。「観察と数学を使う」、「理論だけでなく力、即ちテクノロジー」、
    神に挑戦するのは不遜(バベル、イカロス)から進歩志向へ。
    科学には金がかかり、常に経済的。政治的、宗教的干渉を受ける、帝国主義と資本主義。

    帝国主義:ヨーロッパの帝国主義と科学は相性がいい、ともに無知から出発して未知の領域へ(それまでは文化を広める)、飽くなき野心、遠征には科学者を同行、言語学、植物学、歴史学。科学的に自分たちの優位性を証明しようとした、人種差別理論化。

    資本主義:成長は善という確信、1500年の550ドルが8800ドルに。将来を信頼、クレジットの誕生、将来の収入を使って現時点のものを生み出す、それ以前は過去が優れていた、

  • 著者:ユヴァル・ノア・ハラリ
    訳者:柴田裕之

    著者はイスラエル人で歴史学者。
    オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻し博士号を取得。
    現在はエルサレムねヘブライ大学で歴史学を教えている。

    本書は人類が誕生し進化の過程を「虚構」であると言い切る。
    国家、法律、農業革命、貨幣もまた「虚構」であると説く。

    読み終えた感想というか読んでいる途中で「文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫) 」を彷彿とさせる興味深い考察と記述に目と心を同時に奪われた。


    学校で習う歴史は年号と概ね実際にあった事実もしくはあったと推定される出来事が、感情のない一つ一つの文字の羅列によって記されているだけだが(勉強には無関心であった為、当時の記憶ではそう認識している)本書はそうではない。

    事実を著者の考察と共に大変興味深い言葉を持ち入りながら、過去と現在、様々な分野の知識を横断的に、有機的に結びつけながら提供してくれる。

    勉強を全くしてこなかった私にも、この上下巻で500ページ以上の膨大な量の文字を進んで読ませた筆致力はそれらが影響している。


    例えば人類がこの地球上を支配をした要因の一つとしては「認知革命」がある。
    この「認知革命」とは、新しい思考と意思疎通の方法の誕生の事を言うと説明されている。


    思考と意思疎通の方法でいうと「言語」があるが、この「言語」は人類が地球上で初めて獲得をした訳ではない。

    ミツバチやアリも複雑な意思疎通の方法を持っており、サバンナモンキーも鳴き声を使い、「気をつけろ!ワシだ!」という警告を知らせる。別の鳴き声では「気をつけろ!ライオンだ!」という警告を知らせる。実際にその声を録音しサルの集団に聞かせると作業をやめて最初の鳴き声を聞かせると一斉に上を見上げたり、二番目のライオンがいる事を知らせる鳴き声では気によじ登る。

    他にもゾウやクジラも引けを取らない能力を持っている。
    オウムはより様々な音を真似る事ができる。
    電話の鳴る音、サイレン、アルベルト・アインシュタインが口にできる事は全て。
    アインシュタインがオウムに優っているとすればそれは口頭言語の表現ではないという。


    私たちの言語は驚くほど柔軟で限られた数の音声や記号をつなげて異なる意味をいくらでも生み出せることにある。
    そしてそれらを用いて膨大な量の情報を収集し、保存し、伝える事ができる。

    そしてその言語機能のおかげで、何時間でも噂話ができるようになったと書かれている。
    この噂話や陰口といった行為が我々人類、ホモ・サピエンスが進化し現在の地球を支配した要因である。

    陰口は忌み嫌われる行為だが、大人数で協力するには不可欠であるという。
    噂話は、誰が信頼できるのかを判断するのに重要で、その情報がある事で小さな集団が信頼できる小さな集団を結びつきやがては大きな集団へと拡張ができる。

    そうしてより緊密でより精微な種類の協力関係が築き上げられたという。

    今日でもその噂話というコミュニケーションは数多く見られる。
    電子メール、電話、新聞記事、その他週刊誌などなど。
    これらをどんな形にせよ噂話である。

    そうして噂話をする事で見た事も触れた事もないことについて人々が全く存在していないことについても情報を伝達をする能力を得た。
    架空の物事について語る能力を。
    この特徴が我々ホモ・サピエンスの言語の特徴として異彩を放っている。

    この噂話である「虚構」のおかげで、個人の想像ではなく、集団でそうできるようになった。
    聖書の天地創造、近代国家の国民主義の神話。
    これら「虚構」が大勢で柔軟に協力するという空前の能力をサピエンスがに与える、と記述されている。


    これらは本書のごくごく一部であるが、他にも人類が進出する事で進出された地域で大量の絶滅が起こっている原因、人口爆発やエリート階級の誕生、農業革命の歴史的な詐欺など非常に興味深い内容がてんこ盛りである。

    歴史の数少ない鉄則の一つに、贅沢品は必需品となり、新たな義務を生じさせるという一文がある。
    現代社会は概ね豊かで効率化が勧められているが果たして以前よりもゆとりある生活を送っているのか?と問題提起もなされている。

    残念ながら違う。

    普通の郵便だけだった時代には、人々は何か大切な用事があるときにだけ手紙を書いた。
    闇雲に書くのではなく慎重に考えをまとめ、熟慮した。
    相手からの返事も同様に何日かかけてよく考えられた言葉で言い表された手紙が来る事を期待した。

    そのような手紙が来るのはせいぜい月に数通程度だったろう。

    ところが今日はどうだろう?
    毎日何十通、もしくは数百通の電子メールを送りつけられ、迅速な返事を期待される。
    普通郵便の時代から電子メールに移行する事で往復にかかる時間、手間暇を節約できると思ったのに。

    日々落ち着かず、イライラした毎日を送る羽目になってしまった。


    このようにただ単に歴史を連ねただけでなく、人類が歩んできた歴史と現代とを結びつけ、未来に起こる出来事などを色々な視点から提供してくれる書籍である。

    教養も身につくしその考え方が新鮮でとても面白く、どんな方にもオススメできる本です。http://blog.livedoor.jp/book_dokushonikki/

  • 『サピエンス全史』と柄谷行人
    (柄谷行人を読んだことがない人にはわからない話ですみません。上下通したレビューは上巻の方に書きました)

    この本を読んで改めて柄谷行人という哲学者の射程がどこにあるのかがわかったような気がする。人類の歴史を描いた『サピエンス全史』と柄谷行人の『世界史の構造』が扱うテーマがかなり重複しているのだ。

    『世界史の構造』では、特徴的な四つの交換方式の重点の推移によって世界史の変遷を説明しようとしたという印象が強く、それはひとつの分析として素晴らしいのだが、やや無理筋であると感じるところも多かった。しかしながら、それまでの柄谷行人の関心を持ったテーマを『サピエンス全史』とともに振り返ると、彼が「人類の歴史」- つまりわれわれがなぜ今このような形としてここにあるのか、ということをずっと問いとして持っていて、答えとなるべきものをずっと提示しようとしてきたのだということがわかるような気がする。そのことを、「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸せ」というタイトルの本とのテーマの合致を見て初めて気づくことになった。そして、その合致は偶然ではなく、彼の関心領域から導き出される必然でもあると感じた。

    『マルクスその可能性の中心』などにおける「貨幣」への注目。『NAM21』の活動では地域通貨の実践にまで踏み込もうとした。『探究I』におけるコミュニケーションへの注目。『探究II』における「世界宗教」への注目。『帝国の構造』などの近年の「帝国」への注目。『世界史の構造』では「農業革命」にも注目している。カントの永遠平和の考え方も、『サピエンス全史』に出てきた資本主義のグローバル化における世界平和に関する考え方も実は似ていたりもする。

    もう少しじっくりと柄谷行人の仕事について、『サピエンス全史』に沿った形で整理するようなことをしてみたい。それほど、読んでいて柄谷行人のことを思い出すことが多かった。それが、きっと柄谷行人という思想家をより深く理解することにつながる予感がする。

    ----
    『サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福』
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/430922671X

  • サピエンス全史、下巻は、より近代にフォーカスしたストーリー。特に科学が人間に与えた影響について語っている。

    近代、この2〜3世紀程度で、世の中は産業革命が起こり、大きく変わった。エネルギーを、人の身体を使わずに、より効率的に、爆発的に増やす方法を見つけることに成功したからだ。
    それが、蒸気の力を使う発見であり、石炭、石油、そして新たな太陽光のような自然エネルギーを使うといういまの流れを作っている。私には、産業革命とは結局なんだったのか、がピンときていなかったが、つまりエネルギー革命なのか、と理解できたことがとても面白かった。

    また、近代ヨーロッパでは、科学を推奨するが、それは帝国主義と相性が良かったことが功を奏している。なぜ自然科学や言語学、医学の進歩に投資したのか?それは帝国主義で、まだ未知の世界を掌握したいという探究心を時の権力者が持っており、その考え方と科学者たちの考え方が合っていたこと、そして発見の結果、帝国主義へ還元できるものが大きかったことがあげられるそうだ。
    最近、インドの最も古い図鑑類を見に行ったが、まさにイギリス植民地時代に作られており、このヨーロッパの科学志向が反映された結果となっている。

    そして、地球の地図が明らかになり、科学の進歩により、結局略奪により国を支配するより、知的な人間をいかに確保するかが大事な世の中となった。だからこそ、お互いに取引をして投資をする平和のほうがベネフィットがうまれ、ここ数十年は人類史上最も平和な時代になっている。そして、究極的に資本主義として全員が消費者になるゆえ、「個」の時代となった。

    では、幸せになったのか?人はゲノム工学で人間すら作り変えられるようになってきているが、なにを望んでいるのか?その本質が問われる時代となっている。

    沢山の生物を意図せずに絶滅に追い込み、強奪し、また家畜類を交配による遺伝子操作で大人しくさせ、太らせてきた人間。そして、最近の研究では、動物たちにも感情があることがわかっている。そういう生物達を犠牲にして生きている現代。さらに遺伝子操作により、サピエンスを超える何かを作り出しかねないいま。

    地球で、私たちは一体なんのために生きているのか?それを問われると感じる一冊だった。
    上下巻、本当に、読んで良かった。

  • 19章の幸福論が興味深い。
    仏教がフォーカスされている。

  • 「自分が何を望んでいるかもわからない、不満で無責任な神々ほど危険なものがあるだろうか?」

    普段こういったジャンルを読まないので推測だけど、様々な学問分野を跳び回って纏め上げ、専門家でなくても読み物として面白い(面白いと思うか冗長だと思うかは好みで分かれそうだけど。私は面白かった)だけでなく、「じゃあ科学の発展とは、資本主義とは、幸福なんだろうか?」という問いを加えたところが新鮮なのだろうなぁ。
    自分が幸福だと感じていると思っていても、為政者や高所得者にとって都合のいい社会を保てるよう幸福だと思わされているのかも知れない。
    無自覚だったことを色々と自覚できる本だった。
    次のも読もうー。

  • やっと読み終わった。上巻読んで次にいこうと思ったら、家に見当たらない。息子が友達に貸してしまったらしくって(息子の本だし)下巻読むのに半年ぐらい待たされた。だいぶ忘れてたけど下巻もゆっくり楽しんだ。普段本読んでるときは、早く読了しなければとあせりがちになるんだけど、この本は各ページとても面白く勉強になるのでゆっくりと落ち着いて楽しめた。認知革命、農業革命、科学革命と人類の歴史が自分にとっては初めての視点ですっきりと再整理されていた。虚構の共有、小麦による人間の奴隷化、人間至上主義の課題、無知の発見からの無限の成長の始まり、エネルギー変換の発見。人類の歴史上の重要なポイントとてもわかり易く整理されてる。自分の知識ではこの本が学説的にどうなのかは判別ないが、とんでも本に分類されてる「神々の指紋」を読んだときの興奮に近いものを感じた。壮大な物語としてよくできていて楽しかった。新作も読みたい。

  •  人類の歴史を、認知革命・農業革命・科学革命という3つのパラダイムシフトで語る。
     終盤の勢いが物凄い。ディストピアモノを過去のものにするSFであり、沢山の要素を緻密に重ね上げたミステリのようでもある。サピエンス(現生人類の意)「全史」というのは嘘ではなく、人類の終焉(滅亡ではない)までしっかりと積み上げられている、すごい本。まるで歴史を一度バラバラにほぐし、新たな視点から組み直したかのような読み心地だった。

     まず、認知革命。現実に物理的に存在しないもの「虚構」を想像することができたことで、集団の数の制約や記憶の制約から解き放たれたという解釈が面白い。
     次に、農業革命。農業により狩猟採集の時代に比べ人の動きは制約され、階級化も進み、人は農業に縛られることになったとのこと。かえって不幸になったのかもね、という解釈。
     そして科学革命。「自分たちは全てを知っているわけではない」という視点は、科学の発展は自分たちに新しい力を与えるという発想……進歩の発想に繋がり、帝国・資本主義と結びつき、世界の一体化を推し進めた。

     ここまで書いてきて、作者はこれらの歴史に対し、「では、私たちは以前より幸せになっただろうか?」という問いを投げかける。便利なものが増えて色々と楽ができるようになっても、その分やることが増えて結局忙しい、というのは、誰もが肌で感じている矛盾だろう。
     また、最終章ではホモ・サピエンスという生物自体が次なる高みに上り詰めんとする様子までが描かれており、この終盤の説得力を増すためにここまでの長い物語があったのではないかと思わせるほどに説得力がある。まるで、方々に散らばっていた世界が資本を中心に据えたバベルの塔を築き上げ、ついに自身が神になろうとしているかのよう。



    以下、自分用の覚書。
    12章:普遍的秩序をつくるもの 宗教
     宗教とは、「超人間的な秩序の信奉に基づく、人間の規範と価値観の制度」と定義できる。この定義によると、自由主義とか共産主義とか、そういったものも宗教として扱うことができる。
     この章では、ホモ・サピエンスが独特で申請な性質を持っている「人間至上主義」を宗教と考え、「自由主義的」「社会主義的」「進化論的」人間至上主義について解説する。「自由主義的」人間至上主義にはキリスト教の影響を多分に受けているが、生命科学の研究の進歩によりその考えの屋台骨を失いつつある。一方、進化論的人間至上主義はナチスにより信奉され、戦後否定されたが、生物学的研究の進歩は、この考えを後押しする結果にならないとも限らない。
    14章:無知という力
     近代科学は、従来の伝統的な知識と比べ、「私たちがすべてを知っているわけではない」という前提がある。従来は、世界について重要な事柄は全部知られているという主張だった。知らないことはもっと賢い人(聖職者)に尋ねればよく、聖職者がわざわざ教えないことは、知ってもしょうがないってことになった。
     バベルの塔に代表されるような、人間の限界を超えようとする営みは無駄だよ的な話や、死を必然と捉え死後の世界について考える話は廃れ、進歩主義、究極的には不死の夢を見るまでに至った。
     ただ、近代科学により宗教という枠組みが揺らぎ、社会のまとまりを保てなくなるかというとそうでもない。科学の研究性を正当化し、資金を獲得するには、結局イデオロギーや宗教の信念に依らなければならない。人間の活動を超えた優れた倫理観あるいは精神的次元で行われる営みなどではなく、第3部で語られた人類統一の3要素である経済・政治・宗教に従属せざるを得ない。
     化学は自らの優先順位を設定できず、自ら発見した物事を如何とするかも決定する力を有しない。(人間が月に行けたのは、アメリカとソ連がケンカしていたからだ、みたいな感じだろうか)
    研究を通じて新しい力を獲得することができると信じるに至った経緯とは。近代科学の性質。
     
    15・16章は科学とヨーロッパの諸帝国と資本主義経済との同盟関係の形成について。
    15章:近代科学を推し進めたもの 帝国
     世界の権力の中心がアジアからヨーロッパに移ったのは、18世紀になってからであり、これには知らないものを探求するという(14章参照。)近代科学の発想が、親和・司法組織・社会政治的構造から育まれたからだ。古代の地図が空白なくびっちり埋められていたのとは対照的に、大航海時代にアメリカ大陸を描いた地図に、その西岸側が白紙だったように、過去の伝統よりも現在の監察結果を重視し、征服欲を強めた。
     また、帝国は被支配民の効果的統治のため、その被支配民の言語や文化を知る必要があると考え、科学を必要とした。
     さらに、科学的に進んでいる帝国が諸民族に「進歩」の恩恵を与えているというイデオロギーも、搾取の大義名分となった。こうして振るわれた絶大な権力は、被支配者を大きく変えてしまい、もはや善悪で語ることは難しい。
     生物学・人類学の分野では、ヨーロッパ人がどの人種よりも優れているという理論も構築され、アーリア人種論に繋がった。現代では人種の生物学的相違はとるに足らないものだと考えられているが、新たに「文化主義」とでも呼べるような考えが台頭している。これによれば、人間集団間の相違は人種ではなく文化間の歴史的相違にあると考えられ、移民排斥等の論拠としても使われている。

    16章:近代科学を推し進めたもの 資本主義
     14章にあるように、近代科学によりもたらされた「進歩」という考えは、自分の利益を増やしたい問い願う人間の利己的な衝動が全体の豊かさの基本になるというアダム・スミスの主張に繋がった。
     従来は富は世界でゼロサム的なものであり、将来が現在より良くなるという発想がなかった。よって、富を蓄えるという行為はすなわち周囲からの搾取であり、罪悪とさえされた。
     しかし、進歩、すなわち将来がよくなるという明るい予想は「信用」を生み出し、投資→生産→生産→投資というサイクルが成立した。
     こうして資本主義が生まれたが、アヘン戦争に代表されるように戦争を引き起こす可能性や、資本主義者による独占やカルテルにより、利益やその分配は公正なものになるとは限らない。
     また、奴隷貿易もこの市場の原理により生み出されたものであり、人種差別的イデオロギーが存在しないにも関わらず(現代の価値に照らせば)非人道的な行為が罷り通る恐れもある。
     そして何よりも、信用が価値を生み出し続けるシステムには、その経済のパイが大きくなり続けるという大前提がある。これに必要な原材料及びエネルギーは、今後どうなってゆくのかを、17章で語る。

    17章:資本主義の加速、供給過多の時代
     前章で指摘された、資本主義の屋台骨を支える「原材料」と「エネルギー」だが、資本の注ぎ込まれた研究により科学技術は進歩し、新たなエネルギーが発明され続けた。原材料も同様である。
     産業革命で得られた安価で豊富なエネルギー・原材料は、生産性を爆発的に増加させ、まず農業の生産性が向上し、農業に従事していた人間の多くが第二次第三次産業に移り、多種多様な品物を生み出した。
     供給はついに需要を追い越し、「消費主義」とでも呼べるような、倹約をよしとしない価値観が生み出された。しかし、利益は浪費せず再投資しなければ資本主義は成り立たない。ここで生まれたのがエリート層と大衆の分業である。エリート層は無駄遣いをせずしっかり資産や投資を管理する。大衆は射幸心を煽られるままに必要もない商品を買って満足した気持ちになる。大衆が欲望のまま好き放題にすることがシステムを回すという点は、従来の宗教が難しい倫理体系を求めるのに比して、革新的な宗教といえる。その先に楽園があるという前提に立てばの話だが。
    18章:国家・市場経済によるコミュニティの変化と世界平和の可能性
     近代以前まで一貫して集団をまとめていた「家族とコミュニティ」は、国家に取って代わられた。教師や医師等を抱える余剰のなかった農耕経済から、近代化による余剰の増幅により、国家や市場は強大化し、警察・裁判所等の積極的介入を行った。もちろん、昔ながらのコミュニティを望む声もあったが、個人主義の台頭は、この声をも小さくしたと言える。
     家族等による親密なコミュニティ喪失の穴を埋めるのは、17章の消費主義、国民主義という想像上のコミュニティ。さらには消費主義は国民という枠組みさえも過去のものにしつつある。
     戦争はハイリスクローリターンなものになり(パックス・アトミカ)、核の脅威→平和主義→交易活発化→平和希求というスパイラルが形成される。
     ただし、これは先の大戦から何十年も経った今だからこそ言える考えであり、その大戦を生み出したのも近代である。天国に進むか地獄に進むかは、分からない。
    19章:幸福を軸に歴史を考える
     ここまで歴史を辿ってきて、ではこれらの歴史人類を幸福にしたのかという問いを投げかける。歴史学は、認知革命農業革命科学革命が人間の幸福に及ぼす影響について問うたりはしてこなかった(らしい)。
    人の幸福は、主観的厚生(自分がどう感じるか。自己欺瞞や生化学的なものを含め)に決まるとする考え方がある。これは個人を重んじる自由主義と親和性が高い。
     一方で、歴史上大半の宗教やイデオロギーは、客観的な尺度があるのではないかと主張してきた。とりわけ仏教ではこの色が濃く、内なる感情は束の間の心の揺らぎに過ぎず、これを絶えず求め続けることが苦しみの根源であり、内なる感情の追求をやめることを教え諭した。
     幸福という視点を欠いた歴史理解は、甚だ不十分なものだといえるのではないか。
    20章:生物学的革命によるホモ・サピエンスの終焉
     認知・農業・科学革命の次は、「生物学的革命」が起こるかもしれない。遺伝子操作による生き物の操作や、AIの進歩による非有機的な存在の出現等は、もう遠い未来の話ではない。自らの体や思考にまでメスを加えることで、ホモ・サピエンスは全く別の存在になるのかもしれない。現実の問題に立脚したSFはごまんとあるが、思考にメスを加えたら、そうしたSFは全て過去のものになってしまうのだろうか。
     こうした技術には倫理的側面から批判が加えられるが、例えば人命の為だなどという人間至上主義に基づいた動機付けをされたら、止める術はなくなってしまう。
     私たちにできることは、そうした化学が進もうとしている方向に影響を与えることだ。「私たちは何にならいたいのか?」ではなく、「私たちは何を望みたいのか?」が、私たちが直面する真の疑問なのかもしれない。

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著者プロフィール

ユヴァル・ノア・ハラリ(Yuval Noah Harari)
1976年生まれのイスラエル人歴史学者。専門は世界史とマクロ・ヒストリー。
オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻して博士号を取得し、エルサレムのヘブライ大学歴史学部で終身雇用教授として歴史学を教える。軍事史や中世騎士文化についての著書がある。オンライン上での無料講義も行ない、多くの受講者を獲得している。
著書『サピエンス全史』は世界的なベストセラーとなった。2015年にヘブライ語で"Homo Deus: A Brief History of Tomorrow"を出版。その翻訳書『ホモ・デウス』が2018年9月に刊行される。

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