サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309226729

感想・レビュー・書評

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  • 下巻は上巻からの流れで…
    「貨幣」、「帝国」、「宗教」
    この3つの登場により、知らないもの同士が協力し合えるようになり、世界が統一へ向かう(グローバル化)

    そのうちの最後の一つ、「宗教」について
    「宗教」は社会秩序とヒエラルキーに正当性を与えるとしている(「貨幣」及び「帝国」だけでは心もとないため)
    〜ここでは一神教、多神教、二元論、自然法則の信仰などの特徴や違いを歴史的に説明してあるが、つまるところ混合主義(よく言えば柔軟な考え方、悪く言えば都合の良い取り方)により整合性を保っているように思う
    また宗教からイデオロギーや人間至上主義が産まれた
    人間至上主義…自由主義も社会主義もナチスのような進化論的な発想も理由が違うだけで同じこと

    ■科学革命
    以前は神や賢者の教えが全てであり、確立されたものであった
    宗教で教わらないことは大事ではないので、知る必要もない
    このような考えが変わり、無知を認め、貪欲に知識を求めることにより、大きく展開する
    科学、産業、テクノロジーこの3つが結びつき世界が激変
    解決不可能だった問題(貧困、病気、戦争わ飢餓、死…)を科学が解決し始める
    ただし、科学の発展には膨大な資金が必要なため、イデオロギーと政治と経済の力に影響されることに
    また知識と領土の征服へと発展にもつながっていく
    外の世界がどうなっているか
    →獲得した新しい知識によって世界を制したいという願望へ

    資本主義…利益を生産に再投資することで経済が成長
    科学の発展が資本主義を支えることにもなる

    ■世界平和
    帝国が撤退し、国家間の武力紛争が減少
    平和のメリットのが増えた
    人間は幸福になったのか
    サピエンスが成し遂げた偉業は素晴らしいが…
    幸せの定義も難しい
    ただ歴史において、偉大な功績は残されるが、これが個人の幸せや苦しみにどのような影響を与えたかは言及されない
    これは人類の歴史理解の欠落と著者は言う

    ■超ホモ・サピエンスの時代
    近代
    生物工学のめざましい発展
    生物学的に定められた限界を超えつつある⁉︎
    (遺伝子操作等)
    倫理、政治、イデオロギーの問題で研究の進展がセーブされているが…
    技術的にはもっと先を行っている
    〜恐ろしい 我々は知らないところで、遺伝子操作や、サイボーグ工学など確実に進んでいるのであろう
    2005年に、コンピューターの中に完全な人間の脳を再現する「ヒューマンブレインプロジェクト」が設立され、各国の80以上の研究機関が共同作業している(日本では理化学研究所が参加)
    こちらの成果の程はよくわからないが、表面化されていない研究やプロジェクトが多数あるのではないだろうか…

    歴史の次の段階へ
    人間の意識とアイデンティティの根本的な変化
    今までの私たちの世界に意義を与えているもの(例 性別、感情など)が意味を持たなくなる⁉︎
    生きていくことに精一杯だった7万年前のホモサピエンスが今や全地球の主となり、生態系を脅かしている
    地球を征服したが、世の中の苦しみの量は減らしていない
    かつてないほど強力になったが、この力を何に使えばいいのか
    仲間の動物たちや周囲の生態系を悲惨な目にあわせ、自分自身の快適さや楽しみ以外追い求めない
    あらゆるものを手にしても満足できない
    自分が何を望んでいるかもわからない

    〜なんと傲慢で危険な存在なのか
    私たちは…
    考えさせられることが多くある
    我々は植物や他の生物からのクレームがないことのをいいことに、利権と便利さを求めて好き勝手し放題である
    ちょっと都合の悪い内容の場合は、うまい言い訳を考え、正当化することには長けている
    それでもなお、欲求を満たされない駄々っ子のようだ
    ハラリ氏の地球や環境、ホモサピエンス以外の生物に対する愛情と我々に対する問題提起と警告をしっかり受け止めた

    上下巻を通して…
    経済学、宗教、統計学、民俗学、科学、生物学、天文学、言語学、もちろん歴史
    これらの知識が一部の地域だけではなく、全世界の!である
    これだけの膨大な知識とまたそれを凡庸な我々にわかりやすく面白く読ませる表現ができるテクニックが素晴らしい
    全く飽きることなく最後まで読み切れる
    膨大な知識を楽しく味わえるのが醍醐味であった
    まるで自分もちょっとした知識人に格上げしていただけるような気分さえも(笑)
    知的好奇心に「効く」最高の「知のエンターテインメント本」であった

  • 読み終えたサピエンス全史、認知革命 農業革命 人類統一 科学革命の4部構成で人類史を学べるのだが とても刺激的で興味深い。そして作者が若い分 引用する例や素材がまさに今を述べているので腑に落ちるところが満載な印象ですね。え〜ぇ そんなわけないんじゃ? なるほど さもありなん!等々 色々示唆に富む箇所がいっぱいありました。
    さて人類はこれから何をして何処に向かうのか、壮大なテーマだけど怖くもあり不安でもありますよね。たしかに今まで無かった類いの歴史学作品でした!

  • やっとこさ下巻読み終わりました。上巻と同じ形で現代までの歴史を辿ってきます。以下、私が特に気になった文を書き留めます。

    ・信用は未来が今より良くなっているという前提に立っている。今より悪くなる前提では信用は生まれない。

    ・資本主義は、富を蓄えた人が再投資することが前提になっている。

    ・自由主義が行き過ぎると、一部の強欲な人々によって利益だけが優先される世の中になり、一部の人間の人権や尊厳は無視される。

    ・どんな種類の質量もエネルギーに変換できるという発見により、人類はエネルギー不足に陥ることは無い。

    ・ホモ・サピエンスが繁栄した理由は、想像力による。想像力で作り上げた虚構、例えば宗教、国家、国民、企業、法制度、人権、平等などを信用することで繁栄した。

    想像力によって虚構を作り上げることができたことが、繁栄の元とは斬新な切り口でした。

  • 上下巻ともに目から鱗が落ちっぱなし。凄まじい面白さである。どうすればユヴァルさんのように考えることが出来るのだろうか。心から尊敬する。本書を読んで、自分自身が興味のあること、もしくは知っていることについて述べられている箇所は関心を引かれたが、恥ずかしながら現在の自分では理解しきれない部分も数多くあり、自身の無学さをあらためて感じた。本書をより深く広く楽しむために、勉強してもう少し知識をつけてから読み直したいと思う。

  • 近年多い、人間の「全史」を俯瞰的に、全体を追った歴史本の一つ。何故多いのか?背景には、生物学やテクノロジーなどサイエンスの発展に基づく新発見、従来説の見直しが、人類の起源から現在まで、もう一度再検討しようという機運の高まりがあるように思う。
    そして「暴力の人類史」「繁栄」「銃・病原菌・鉄」他の大作著作は、それぞれの著者がそれぞれの異なる視点で全体を捉え、それぞれに発見がある。
    著者ユヴァル・ノア・ハラリの立場はいわゆるリベラル的。反グローバリズム、ルソー的な反文明主義、自然に還れ的な、狩猟時代より現代人は不幸、と考える立場からの「人類史」である。(反論はあるだろうが、これは本のプロモーションを兼ねた著者のインタビューを読んで補強された)。

    正直、本書はツッコミどころが多い。著者の「思想」に沿って全体が解釈されるが、根拠となる細部は強引な部分も目につき、明らかに歴史的事実の間違いでは?というところも散見され、不遜な言い方だがそこは著者の知識・研究不足なのでは?とも思える。
    サピエンス支配が「誇れるもの」を何も生み出さなかったというのも著者の価値観のうちであり、何を価値と考えるかによって見方は変わるだろう。農耕革命からのテクノロジーの発展が、人類を不幸にしたという観点は彼の「解釈」であり、価値を見出す側からは逆の「解釈」の主張も成り立つだろう。そして幸福と不幸は科学的に判断し得ない個の価値観の領域でもあるとも思う(統計的に数値する手法もあるにはあるが)。
    畜産の現状に対しての残酷さの主張(工業製品を生産するかのような生物の扱い)についても、 自然界にある捕食動物の「残酷さ」の凄まじさを見れば(生きながらハイエナの群れに食われる草食動物、雄ライオンの子殺し等々)動物好きな私から見て、自然の非情さに対する著者の認識、知識はどの程度のものだろう? との疑問も感じた。

    神話や宗教だけでなく、国民国家、貨幣や法制度、人権や自由までも人間の価値は虚構だと指摘する著者に、訳者は解説で「私たちの価値観を根底から揺るがす」と語る。しかしこれは吉本隆明の共同幻想論よりもはるか前から、西欧の認識で見れば19世紀末にニーチェが「神は死んだ」と宣言し、宗教への幻想が消えた100年以上前から現在に直接つながるカタチで、すでに「実は裏主流」である考えだ。また著者は価値観の虚構性を語りながら、自分の価値観からの批判という自家撞着に陥っているところもある。

    個人的には最後の部分での指摘が、全体の白眉であり、粗雑さ不備を補ってあまりあるものになっていると思う。著者はそこで科学の高度化が自らを含む生物を操作する「特異点」にまで達し、今現在(ニーチェ流にいえば、)これまでの旧サピエンスと新サピエンスの分ける新旧の「彼岸」にまで達していると論じる。
    この著者が指し示す、これまでサピエンスの先にあるもの、それは恐ろしい故にに興味津々だ。19世紀末の「超人」は哲学的な思索の産物だが 、21世紀から始まる「超サピエンス」はサイエンスによって現実に現れ著者の批判する畜産のように大量生産される……

    ニーチェでいえば、「ツァラトゥストラ」のような大きな地殻変動をもたらす完成形というより、処女作「悲劇の誕生」のように欠点を持つが得体の知れないパワーのある書のように思う。本の魅力は完成された既知の話より、ツッコミどころは多いがスリリングな知的刺激のある本のほうが勝る、そう感じされる一冊。プロフィールを見ると著者は1976年生まれだから35歳のときの著。若い本だ

  • Audible Studiosにて「聞く読書」。

    上巻に続き和村康市氏の美しい朗読に引き込まれる。

    ウオーキングする時間が増えた。
    時差出勤。時短勤務。そして自宅待機。
    人混みを避けながらウオーキング。
    そして炊事洗濯をしながらの「聞く読書」で、大作を読破できた。

    初めて知る世界史と現代世界の著述に、発見と驚きの連続。

    世界は知らないことであふれかえっている。

    欧州列強諸国が世界を征服する課程で、科学技術は飛躍的に発達してきた。

    多くの生命を犠牲にしながら、人類は進歩したかのように思ってきた。

    だが、中世の庶民より現代の富裕層は幸せなのだろうか?

    人類はどこへ向かっているのだろうか?

    人間の本当の目的。それは幸福をつかむこと。

    戦争で領土を広げ、経済力で富をつかんだのなら、幸福を手に入れることができるのだろうか。

    人間が進むべきはいかなる道なのか。

    全人類が見えない巨大な敵と戦う2020年。

    今こそ歴史を学ぶ時。

    今こそ歴史に学ぶ時。

  • めちゃくちゃ面白い。でも読むのが重たい。

    科学革命。
    西暦1500年頃まで、人類は新たな能力の獲得ではなく、既存の能力の維持だった。

    私達は、知らないの前提に立つ。

    これが重大な発見。
    それまでの知識の伝統は、神(宗教)は全てを網羅する知恵を持っている前提。

    知ることに革命が起きた。
    そして帝国、資本主義と結びつき、科学は進歩を続けた。
    進歩で得たものは、失いたく無い、パイは信用で広がり続ける。この先に待つのは何なのか?

    今の自分達の基盤がどういったものの成り立っていて、どこにいるのか、そしてどこへ行くのか。変わることを選んだ不安に対して、幸福が科学・経済の進歩だけでは得られないことを知り始める。

    宗教は、人の不安を取り除いてきたが、今、違う不安を幸福に変えるために見直されている。特に仏教の考えは面白い。喜びと不安の波に揺らぎ苦しむ。自らの感情は、すべて束の間のもの。真の幸福とは内なる感情の追求もやめること。

    諸行無常は自らの内にもある。

    幸福も科学した先に人は人でいられるのか、人でいる事にこだわる考えが古いのか、科学を身にまとい気が付けばフランケンシュタインになることさえ、違和感なく受け入れる時代が来るのか。

    アフリカの片隅で生きていた動物が、自分自身の快適さ楽しみを追い続け、生態系を滅ぼしてしまうのか、自分が何を求めているかを知り、何を選択するのか。

    おもしろい。

  • 20200403
    目からウロコの知的刺激に大興奮の人類史大河ドラマ・下巻。社会秩序の真髄を、宗教・イデオロギーの観点で抉り、科学革命の変遷と帝国主義・資本主義の構造的関係を軸に、人類の未来(終焉)を定義している。あとがきは、ハラリ氏のこの実感の籠ったひとことで締め括られる。「自分が何を望んでいるかもわからない。不満で無責任な神々ほど危険なものがあるだろうか?」 物理、化学、生物の発生から、自然選択(神の意思ではない)によって今の姿に行き着いたホモ・サピエンス。しかし、これから起きる未来は宇宙形成におけるビッグバン同様、特異点(singularity)であり、「その時点では、私、あなた、男性、女性、愛、憎しみといった、私たちの世界に意義を与えているもののいっさいが、意味を持たなくなる」。非連続性の極み。その断崖絶壁の突端に立つ、我々に課された使命とは何か。(そんなものは、ない。なぜなら進化には、意図も狙いも無いから)

    ー社会秩序とヒエラルキーはすべて想像上のものだから、みな脆弱であり、社会が大きくなればなるほど、さらに脆くなる。宗教が担ったきわめて重要な歴史的役割は、こうした脆弱な構造に超人間的な正当性を与えることだ。(中略)宗教は、超人間的な秩序の信奉に基づく、人間の規範と価値観の制度と定義できる。

    ー豊饒の女神や空の神、医術の神のような神々は、動植物が話す能力を失ったときに舞台の中央を占めた。神々の主な役割は、人間と口の利けない動植物との仲立ちをすることだった。古代の神話の多くは、じつは法的な契約で、動植物の支配権と引き換えに、神々への永遠の献身を約束するものだった。(動植物の栽培化・家畜化と共に開発された納得の為のロジック)

    ーじつのところ一神教は、歴史上の展開を見ると、一神教や二元論、多神教、アニミズムの遺産が、単一の神聖な傘下で入り乱れている万華鏡のようなものだ。平均的なキリスト教徒は一神教の絶対神を信じているが、二元論的な悪魔や、多神教的な聖人たち、アニミズム的な死者の霊も信じている。このように異なるばかりか矛盾さえする考え方を同時に公然と是認し、さまざまな起源の儀式や慣行を組み合わせることを、宗教学者たちは混合主義と呼んでいる。じつは、混合主義こそが、唯一の偉大な世界的宗教なのかもしれない。

    ー快いものを経験したときにさえ、私たちはけっして満足しない。その快さが消えはしないかと恐れたり、あるいは快さが増すことを望んだりする。人々は愛する人を見つけることについて何年も夢見るが、見つけたときに満足することは稀だ。

    ーゴータマはこの悪循環から脱する方法があることを発見した。心が何か快いもの、あるいは不快なものを経験したときに、物事をただあるがままに理解すれば、もはや苦しみはなくなる。人は悲しみを経験しても、悲しみが去ることを渇愛しなければ、悲しさは感じ続けるものの、それによって苦しむことはない。じつは、悲しさの中には豊かさもありうる。喜びを経験しても、その喜びが長続きして強まることを渇愛しなければ心の平穏を失うことなく喜びを感じ続ける。

    ー近代には、自由主義や共産主義、資本主義、国民主義、ナチズムといった、自然法則の新宗教が多数台頭してきた。これらの主義は宗教と呼ばれることを好まず、自らをイデオロギーと称する。だが、これはただの言葉の綾にすぎない。

    ー後から振り返って必然に思えることも、当時はおよそ明確ではなかったというのが歴史の鉄則だ。

    ー歴史はいわゆる「二次」のカオス系なのだ。(循環参照、結果が予想に反応するので正確に予想することが不可能な状態)

    ーゲーム理論だろうが、ポストモダニズムだろうが、ミーム学だろうが、何と呼ぼうと、歴史のダイナミクスは人類の境遇を向上させることには向けられてはいない。歴史の中で輝かしい成功を収めた文化がどれもホモ・サピエンスにとって最善のものだったと考える根拠はない。進化と同じで、歴史は個々の生き物の幸福には無頓着だ。そして個々の人間のほうもたいてい、あまりに無知で弱いため、歴史の流れに影響を与えて自分に有利になるようにすることはできない。

    ー科学革命はこれまで、知識の革命ではなかった。何よりも、無知の革命だった。科学革命の発端は、人類は自らにとって最も重要な疑問の数々の答えを知らないという、重大な発見だった。

    ー「知は力なり」(フランシス・ベーコン 「ノヴム・オルガヌムー新機関」)正しいかどうかは知識の真価を問う基準としてはなはだ不適切だ。真の価値は有用性にある。新しいことを可能にしてくれる理論こそが知識なのだ。

    ー科学には、未来に何が起こるべきかを知る資格はない。宗教とイデオロギーだけが、そのような疑問に答えようとする。(中略)つまり、科学研究は宗教やイデオロギーと提携した場合にのみ栄えることができる。(科学と帝国主義と資本主義の間のフィードバック・ループ)

    ー信用(Credit)という考え方は、私たちの将来の資力が現在の資力とは比べ物にならないほど豊かになるという想定の上に成り立っている。将来の収入を使って、現時点でものを生み出せれば、新たな素晴らしい機会が無数に開かれる。

    ー強欲は善であり、個人がより裕福になることは当の本人だけでなく、他の全員のためになる。利己主義はすなわち利他主義である、というわけだ。(アダム・スミス 「国富論」を評して)

    ー新しい資本主義の信条における第一にして最も神聖な掟は、「生産利益は生産増加のために再投資されなくてはならない」だ。これが、資本主義が資本主義と呼ばれる所以だ。

    ーオランダ西インド会社によるニューアムステルダム入植地の防壁がウォール街の地下に眠る。1664年にイギリスに奪われ、名前をニューヨークに変えた。

    ーミシシッピ・バブルによるフランスの信用失墜

    ー自由市場資本主義は、利益が公正な方法で得られることも、公正な方法で分配されることも保証できない。それどころか、人々は利益と生産を増やすことに取り憑かれ、その邪魔になりそうなものは目に入らなくなる。成長が至高の善となり、それ以外の倫理的な考慮というたがが完全に外れると、いとも簡単に大惨事につながりうる。
     
    ー楽園はすぐ目の前にある、と資本主義者は請け合う。(中略)あとしばらく待てば、みんなでより大きい分け前にありつける。成果の分配は決して公平になることはないが、老若男女全員を満足させるだけの分量は手に入る。

    ー資本主義と消費主義の価値体系は、表裏一体であり、二つの戒律が合わさったものだ。富める者の至高の戒律は、「投資せよ!」であり、それ以外の人々の至高の戒律は「買え!」だ。

    ー多くの人が、この過程を「自然破壊」と呼ぶ。だが実際には、これは破壊ではなく変更だ。自然はけっして破壊できない。

    ー社会秩序とは元来、堅固で揺るぎないものだった。「秩序」が、安定性と継続性を含意していた。(中略)人々はたいてい、「今までもずっとこうだったし、これからもずっとこうなのだ」と決めつけて、現状と折り合いをつけていた。過去二世紀の間に、変化のペースがあまりに早くなった結果、社会秩序はダイナミックで順応可能な性質を獲得した。今や社会秩序は、たえず流動的な状態で存在する。

    ー幸福には、重要な認知的・倫理的側面がある。(中略)あなたに生きる理由があるのならば、どのような生き方にもたいてい耐えられる(ニーチェの言葉)。有意義な人生は、困難のただ中にあってさえもきわめて満足のいくものであるのに対して、無意味な人生は、どれだけ快適な環境に囲まれていても厳しい試練にほかならない。

    ー「幸せかどうかは、外部の条件によって決まるのではない。心の中で何を感じるかによってのみ決まるのだ。冨や地位のような外部の成果を追い求めるのをやめ、内なる感情に耳を傾けるべきなのだ」。簡単に言えば、「幸せは身の内に発す」ということだ。これこそまさに生物学者の主張だが、ブッダの教えとはほぼ正反対だと言える。幸福が外部の条件とは無関係であるという点については、ブッダも現代の生物学やニューエイジ運動と意見を同じくしていた。とはいえ、ブッダの洞察のうち、より重要性が高く、はるかに深遠なのは、真の幸福とは私たちの内なる感情とも無関係であるというものだ。事実、自分の感情に重きを置くほど、私たちはそうした感情を一層強く渇愛するようになり、苦しみも増す。ブッダが教え諭したのは、外部の成果の追求のみならず、内なる感情の追求をもやめることだった。

    ー私たちが直面している真の疑問は、「私たちは何になりたいのか?」ではなく、「私たちは何を望みたいのか?」かもしれない。この疑問に思わず頭を抱えない人は、おそらくまだ、それについて十分考えていないのだろう。

  • 人類が歩んできた歴史の中で、下巻では近代と呼ばれる時代について新たな知識と新たな気づきを得ることが出来た。

    「人」ホモ・サピエンスは何処に向かおうとしているのだろうか...


    上巻に続き非常に中身の濃い一冊でした。


    説明
    内容紹介
    【ビジネス書大賞2017 大賞受賞】

    【ビジネス書グランプリ2017 リベラルアーツ部門 第1位 】

    なぜ人類だけが文明を手にしたのか?
    アフリカで暮らしていた取るに足りない生物であったホモ・サピエンスは、
    なぜ食物連鎖の頂点に立ち、文明を打ち立て、地球を支配するまでに至ったのだろうか?
    ホモ・サピエンスの過去、現在、未来を俯瞰するかつてないスケールの大著、ついに邦訳!

    「歴史と現代世界の最大の問題に取り組んだ書」
    ──ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)


    【目次】

    第12章 宗教という超人間的秩序
    神々の台頭と人類の地位/偶像崇拝の恩恵/神は一つ/善と悪の戦い/自然の法則/人間の崇拝

    第13章 歴史の必然と謎めいた選択
    1 後知恵の誤謬/2 盲目のクレイオ

    第4部 科学革命

    第14章 無知の発見と近代科学の成立
    無知な人/科学界の教義/知は力/進歩の理想/ギルガメシュ・プロジェクト/
    科学を気前良く援助する人々

    第15章 科学と帝国の融合
    なぜヨーロッパなのか?/征服の精神構造/空白のある地図/宇宙からの侵略/
    帝国が支援した近代科学

    第16章 拡大するパイという資本主義のマジック
    拡大するパイ/コロンブス、投資家を探す/資本の名の下に/自由市場というカルト/
    資本主義の地獄

    第17章 産業の推進力
    熱を運動に変換する/エネルギーの大洋/ベルトコンベヤー上の命/ショッピングの時代

    第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和
    近代の時間/家族とコミュニティの崩壊/想像上のコミュニティ/変化し続ける近代社会/
    現代の平和/帝国の撤退/原子の平和

    第19章 文明は人間を幸福にしたのか
    幸福度を測る/化学から見た幸福/人生の意義/汝自身を知れ

    第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ
    マウスとヒトの合成/ネアンデルタール人の復活/バイオニック生命体/別の生命/特異点/
    フランケンシュタインの予言

    あとがき――神になった動物
    謝 辞
    訳者あとがき
    原 註
    図版出典
    索 引
    内容(「BOOK」データベースより)
    文明は人類を幸福にしたのか?帝国、科学、資本が近代をもたらした!現代世界の矛盾を鋭くえぐる!
    著者について
    ユヴァル・ノア・ハラリ(Yuval Noah Harari) 1976年生まれの歴史学者。オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻して博士号を取得し、現在、エルサレムのヘブライ大学で歴史学を教えている。軍事史や中世騎士文化についての3冊の著書がある(いずれも未訳)。オンライン上での無料講義も行ない、多くの受講者を獲得している。
    著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
    ハラリ,ユヴァル・ノア
    1976年生まれのイスラエル人歴史学者。オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻して博士号を取得し、現在、エルサレムのヘブライ大学で歴史学を教えている。軍事史や中世騎士文化についての3冊の著書がある。オンライン上での無料講義も行ない、多くの受講者を獲得している

    柴田/裕之
    翻訳家。早稲田大学、Earlham College卒業(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

  • 面白かった。人間の進化から政治、経済、宗教と人類の歴史を、今まで聞いたことのない視点から考察していて、あっという間に読める!
    早く上巻も読みたいー

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著者プロフィール

歴史学者、哲学者。1976年イスラエル生まれ。オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻し博士号を取得。現在、ヘブライ大学で歴史学を教授。『サピエンス全史』『ホモ・デウス』『21 Lessons』。

「2020年 『漫画 サピエンス全史 人類の誕生編』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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