ホモ・デウス 下: テクノロジーとサピエンスの未来

制作 : 柴田裕之 
  • 河出書房新社
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レビュー : 145
  • Amazon.co.jp ・本 (280ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309227375

感想・レビュー・書評

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  • 後半半分はサイエンス的な事が書いてある。妄想に近い。それにしても読みにくい。

  • 文章が散乱しているイメージ(あくまで個人のイメージ)がありうまく内容が脳内で繋げることが出来なかった。
    自分には高度過ぎると言うことか。
    おぼろげながら共感したのは今後IT等テクノロジーが大きく進歩し、人間が周回遅れになる可能性があるということ。
    共存が大きなテーマだね。

  • 人類の未来を考えるホモ・デウス下巻。いわゆる宗教とか神話を葬り去り、人類(サピエンス)は科学技術と人間至上主義(ヒューマニズム)で近現代を走ってきた、と著者は論じる。人工知能(AI)と生命科学の結果として、人類は”不死(非死)”を目指し、自らを”神”の存在へと近づける新たなステージに向かっているようだ。
    このような論調で進んでいく本書では、どうしても人間という存在、特に”生命”・”意識”・”心”とそれに対する”知能”に関する最新の結果を踏まえた考察が多く、個人的にはそちらに興味が引かれた。
    魂や分割不能な個人、自由意思なるものは存在せず、人間は分割可能なアルゴリズムの集合体であり、その情動や感情は遺伝子や環境で形作られており、外部から認識も制御もできるようになった、と著者は説明する。我々は単なる機械と同じなのか?しかし、それらの感情などを上のレベルから認識する、「意識」なる存在も論じられる。そして、意識とは何かの解明はまだいっこうに進んでいない、ということも述べられている。しかしながら、生き物はアルゴリズムであり、生命はデータ処理であるというのが科学界の定説であると断言されている。物語る自己というものが、分割されうる様々な経験を統合して、でっち上げて、自分を作り上げている、のだ、とも。
    その物語る自己、意識=心がどのように生まれるのか、が知りたい。現段階では意識はコンピュータやAIには存在しない、と著者は説明さてるが、やがねそれはAIにも発生しうるのか。

  • 仏教の無我や阿頼耶識に通じるデータ教。

  • 予測とはそれを元に行動を変えるためにある。そういう強いメッセージを感じる本。このままデータ主義が進めば、人間は鶏小屋の鳥のように機能の一部となり、その機能すら失えば、必要性がなくなる可能性すらある。というデータを書き込んでいる私もすでにデータ主義の一端を担っていることになる…

  • 2019/5/29読了。図書館予約の順番が逆転して下巻からのスタートとなった。非常に難しそうなイメージがあったが
    読み込むにつれ、何万年前から出現したサピエンスがこの200年足らずの間に、今までの経験的な積み重ねではこれからの未来が予測できなくなって来た進歩の現実に立たされている我々=ホモ.デウスの存在を知る。
    訳者のあとがきにあるように、『私たちをここまで導いて来た偶然の出来事の連鎖を目にすれば、自分が抱いている考えや夢がどのように形をとったかに気づき、違う考えや夢を抱けるようになる。歴史を学んでも、何を選ぶべきかはわからないだろうが、少なくとも、選択肢は増える』
    →歴史を学ぶ最高の理由がここにある。
    未来を予測するのではなく、過去から自らを解放し、他のさまざまな運命を想像するためだ。
    今後の物事を見たり考えたりするときの手がかりにしたい。

  • アルゴリズムとデータによってサピエンスが支配されるようになるのか?
    現在のAIに対して考えられている懸念と同じような考え方だと思った。
    自分が生きている間には大きな変化はないと思うが、100年たったときはどのようなサピエンスに進化しているのだろうか?

  • 勝手なメモ:
    ・「自由な個人」でいるか、生化学システム(炭素ユニット)に成るかは、もはやイデオロギー
    ・テクノロジーや医学の進展によって長生きした体
     「本物の自己が崩壊し、消滅することがある」
     自己とはなんなんナン?、こうだった、こうなるよ、よりも、どうありたい(~あるべき)か、ということが次eraマター。でなきゃ、ただ時が流れて、進んでる気がしてるだけの熱反応にすぎないからさ。

    5年ほどまえ『なめらかな社会…』で考えたこと、分散される近代個人をみちびく暴力的かつ致命的なアルゴリズムそしてシステムのピカピカでhugeな姿が、この本ではもっと目の前に迫ってくる。

    アルゴリズムに基づく生化学反応でも炭素ユニットでもなく、また、肉体はひとつでもネットに属性がばらばらに分散された観測された事象でもなく、近代に発明された個人である、というファンタジーを論理&倫理的に下支えするにはヴィーガンというイデオロギーに救済を求めるのもやむなし。

    P181 生き物がアルゴリズムとは本質的に異なる機能の仕方をするなら、コンピューターはたとえ他の分野で数々の奇跡を起こすことはあっても、人間を理解して、私たちの生き方を導くことはできないし、人間と一体化することは絶対に不可能だ。

    読めば読むほど上記部分のように、フィードバックループは自律的に進化、発展しない…というのが、やはり個人的な感想。量子の観測者問題のように、個人や自由主義を信じている限りは…という但し書きが必要かもしれない。人は生化学的アルゴリズムだと信じ、思い出も本の感想もこうやってネットで吸い上げてもらわずにいられない人がmajorityなのだから、個人や自由は、すでに世の情勢に合わなくなってきている、とも考えられる。
    だけど、熱量が無い。だから、魂の在る処、熱源、美と繋がらない、それぐらいしか、個人は尊重され続け、自由主義の灯は消えない、と言える理由がない。しかし、これがむっちゃ重要なのだ。

    サピエンス下巻は内容薄かったけど、こちらの下巻は読むところがあった。

  • 読んでいて、とことん暗くなった。データとアルゴリズムに任せたほうがより正しくなるなら、人間の存在価値はなんなのだろうと。データを生産するだけなのかと。
    本書にはいくつかヒントが書いてあるが「ああそうですね」とそれを受け入れられるか、多数が対応できるかというと、それは難しいと思う。

    例えば自分が政治を見たとき、本人たちの利益や次の選挙のことで頭がいっぱいの政治家が多く、それなら自分かコンピューターに任せたほうがいいんじゃないかと思ったりする。それでも投票には行っているが、全体の投票率は20%などよく見るので、人に任せておけばよい、自分で考えるのは大変、という人が過半数。その人たちにとっては、「今日以降、選挙はしません。データを使って特定の人が制作を決めます」といわれても、なにも困らない。
    他の職業でも、すべてではないにしろ、だんだんコンピューターや機械に置き換わっているし、それは傾向として止まらない。将来の仕事は、介護や建築など、体を使った細かい作業が大きな割合を占め、かつ必要な席はどんどん減っていくのだろう。

    発展途上国が先進国に追いつくためのシナリオに少し触れていたが、そういう道を選択する可能性はあるよなあと思う。その場合、切り捨てられた方はどうなってしまうのか。現在よりももっともっと悲惨な状況になることは想像できる。それが、追いつくまでのいっときなのか、結局追いつかないままずっと続いてしまうのかもしれない。
    一方で、より格差の小さい方を選んでも、全体がジリ貧になるということもある。

    ばらばらといろいろなことが思い浮かんだけれど、どれもいい話ではないなあ。自分だけなら頑張ればなんとかなるかもしれないけれど、全体として幸せになる方向は見えない。

  • サピエンス全史と同様、歴史的な出来事を織り混ぜながら現代を分析する視点は非常に興味深く、未来がどうなるか示唆にとんだ内容。ただ後半は論拠にやや乏しい著者の想像?で話が進んでいるような印象を受けたのがやや残念。

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著者プロフィール

ユヴァル・ノア・ハラリ(Yuval Noah Harari)
1976年生まれのイスラエル人歴史学者。専門は世界史とマクロ・ヒストリー。
オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻して博士号を取得し、エルサレムのヘブライ大学歴史学部で終身雇用教授として歴史学を教える。軍事史や中世騎士文化についての著書がある。オンライン上での無料講義も行ない、多くの受講者を獲得している。
著書『サピエンス全史』は世界的なベストセラーとなった。2015年にヘブライ語で"Homo Deus: A Brief History of Tomorrow"を出版。その翻訳書『ホモ・デウス』が2018年9月に刊行される。

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