平成史【完全版】

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (624ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309227665

感想・レビュー・書評

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  • 1989年に始まった平成時代は、30年後の2019年に幕を閉じた。本書は平成が終わり、令和が始まった2019年に、平成史を書くという試みのもとに編まれた本である。編者は小熊英二、それ以外に7人の執筆者が参加している。最初に小熊英二が、「総説」を書き、以降、政治・経済・地方と中央・社会保障・教育・情報化・外国人/移民・国際環境とナショナリズムというテーマで、それぞれの専門家が執筆している。

    小熊英二は、「総説」の中で、平成について下記のように述べている。
    【引用】
    「平成」とは、1975年前後に確立した日本型工業社会が機能不全になるなかで、状況認識と価値観の転換を拒み、問題の「先延ばし」のために補助金と努力を費やしてきた時代であった。
    この時期に行われた政策は、真摯な試みはあったものの、結果的にはその多くが、日本型工業社会の応急修理的な対応に終始した。問題の認識を誤り、外圧に押され、旧時代のコンセプトの政策で逆効果をもたらし、旧制度の穴ふさぎに金を注いで財政難を招き、切りやすい部分を切り捨てた。
    老朽化した家庭の水漏れと応急修理のいたちごっこにも似たその対応のなかで、「漏れ落ちた人びと」が増え、格差意識と怒りが生まれ、ポピュリズムが発生している。それは必ずしも政策にかぎった現象ではなく、時代錯誤なジェンダー規範とその結果としての晩婚化・少子化もまた、「先延ばし」の一例といえよう。だが「先延ばし」の限界はもやは明らかである。
    【引用終わり】

    上記を補足すると、というか、私なりの理解を書くと下記の通りだ。
    1)1965年~1992年(最初の東京オリンピックからバブル崩壊まで)が、日本が「ものづくりの国」だった時代であり、日本はこの間に大きな成功を収めた。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と謳われたこともあった。これを工業化社会と呼べば、以降、世界はポスト工業化社会に突入する。
    2)社会保障あるいは、政治・教育・地方自治など一国の制度のあり方には、3つのスキームがあると言われている。①自由主義スキーム。アメリカが典型。自由主義と個人責任を重視する。社会保障のコンセプトは「弱者救済」②北欧にみられる社会民主主義レジーム。重い税負担のもと、「基本的権利としての全員保障」がなされる③南欧や独仏などにみられる「保守主義レジーム」。家族や労組、職業別組織などの共同体を重視し、これらの共同体を基盤に社会保障を整えた。たとえば労働者とその家族には、正規雇用労働者に組合保険が提供され、家族は男性労働者の保険に入る。
    3)この中で、ポスト工業化社会にもっとも不適合を起こしやすいのは「保守主義レジーム」である。製造業を中心とした労働者が長期に正規雇用されることを前提に、すべての社会保障が組み立てられているからである。男性労働者の雇用が不安定になると、その家族が収入と社会保障を失い、年金制度も崩壊してしまう。それゆえ労働者の解雇がむずかしく、旧来の産業構造から転換できない。
    4)日本は自由主義レジームと保守主義レジームの混合体であると考えられる。現代日本には二つの世界が存在する。公務員および大企業の正規雇用労働者とその家族、そして農民と自営業者といった、旧来の日本型工業化社会の構成部分は、保守主義レジームに近い世界に住んでいる。一方で非正規雇用労働者など、ポスト工業化社会への変化に対応させられている部分は、自由主義スキームに近い世界に住んでいる。その結果として、産業が硬直化して福祉制度が機能不全になるという保守主義レジームの特徴と、失業率は低いが格差が増大するという自由主義レジームの特徴が共存することになる。
    5)保守主義レジームの傘におおわれた部分は保護されるが、その傘から「漏れ落ちた」部分は、自由主義レジームのもと、時代の変化に対応するための調整弁となる。
    6)日本の政策・制度は、日本が最も成功を収めた「工業化社会時代」に設計されたものばかりである。時代は変化し「ポスト工業化社会時代」に突入し、政策・制度も変化させる必要があるにも関わらず、時代が変化したという認識がなされていないために、制度・政策が変わらない。変わらないことを、小熊英二は「先延ばし」といい、「工業化社会時代」の仕組み(政策や制度)の恩恵を受けられない人たちを、「漏れ落ちた人たち」と呼んでいる。

    私には、非常に説得力のある議論に思えた。
    昔つくった制度が変わらないのは、「既得権益層の抵抗が強いから」という説明がなされることが多いのだが、筆者は、「制度設計の前提、すなわち時代が変わったことに皆が気づかずに、昔(工業化時代)の姿を維持しようと、無駄なお金と努力(制度改訂)を注いでいる」という主張をしており、これも説得力があると感じた。
    2023年度予算案が2022年12月23日に決定したという新聞報道があった。予算案は、114兆円。バブルで膨らんだ予算規模の縮小が出来ず、また、新たに防衛費などが増額された結果、当初予算案としては史上最大となった。この予算をまかなうために、国債をあらたに35兆円強発行することとなる。国の借金は更に増える。また、日銀の金融政策の変更により、金利が上がることが予想されており、国の借金にかかる利息も増え、将来的にはますます予算の自由度が減っていくことが想定される。
    私には、この予算も、「先延ばし」予算のように思える。本当はあらゆる側面で抜本的に政策・制度を見直す必要があるはずなのに、それをせず、従来の延長線上で予算を組んでいるように思えるのだ。
    かなりやばいような気がするが。

  • 厚みがすごい。平成という時代が多様な時代であったためか、中身は骨太な思想がひとつ詰まっているというより、ぺらぺらな印象がしてしまうが、そのぺらぺらな時代をよくこのようにまとめ切ったな、という雑感をもった。日本のインターネットはタイムマシン的であり、アメリカの発展をなぞるようなものだという濱野智史の主張や、小熊英二のいうような、昭和のハコモノ的な、工業的な発展から、平成は情報通信的な、細かい技術的な発展があり、目に見えやすい変化ではなかったという指摘は興味深い。


  • 日本の平成を、政治・経済・地方自治・社会保障・教育・情報化・移民政策・ナショナリズムの観点からまとめた本。

    総じて言うなれば、日本の平成とは、変化するさまざまな環境に対して、昭和の枠組みをその場しのぎで改変することで対応してきた時代であり、その綻びがあらわになってきた時代といえる。

    重要な観点は、ポスト工業化における個人化。昭和はある意味一定のライフコースしか想定しておらず、そこから漏れ落ちた人々に対しては想定をしていなかった。だからこそ、こうしてそれぞれの観点からまとめてみると、ちぐはぐな対応に見えてしまう。

    システムは入れた途端陳腐化するが、それは全ての精度に対しても言えるのかもしれない。ビジョンを持ったアップデートが求められるが、それも簡単な話ではない。

  • 経済、政治、社会等様々な視点から各論者が平成の歴史について語ったもの。
    共通して流れるのは高度成長時代を日本の標準として位置付け、昭和後期になっても公共投資を中心としてその社会形態を維持しようするも、結局は借金での運営が長く続くはずもなくバブル崩壊とともに理想形とその仮運営の姿とが根底から崩れてしまった。
    悲しいのは昭和後期以降も社会の価値観はそれ以前とあまり変わらず、社会の枠組みもそれを前提としていたために、構造的な問題があちこちで露呈してきて、特に若者や女性、弱者のにそのしわ寄せが重くのしかかっている。
    親の世代が支えている現段階では、その状態がまだ現実のものとして社会全体が認めていないというところに大きな落とし穴がある。
    まさに暗い時代であるのだが、その闇はこれから明けるのか、それとも本当の闇はこれからやってくるのか…。

  • 東2法経図・6F開架:210.77A/O26h//K

  • 【書誌情報】
    単行本 46 ● 624ページ
    ISBN:978-4-309-22766-5 ● Cコード:0021
    発売日:2019.05.23
    定価3,240円(本体3,000円)
    http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309227665/

    【簡易目次】
    ◎総説
    「先延ばし」と「漏れ落ちた人びと」----小熊英二

    ◎政治
    再生産される混迷と影響力を増す有権者----菅原琢

    ◎経済
    「勤労国家」型利益分配メカニズムの形成、定着、そして解体----井手英策

    ◎地方と中央
    「均衡ある発展」という建前の崩壊----中澤秀雄

    ◎社会保障
    ネオリベラル化と普遍主義化のはざまで----仁平典宏

    ◎教育
    子ども・若者と「社会」とのつながりの変容----貴戸理恵

    ◎情報化
    日本社会は情報化の夢を見るか----濱野智史

    ◎外国人・移民
    包摂型社会を経ない排除型社会で起きていること----ハン・トンヒョン

    ◎国際環境とナショナリズム
    擬似冷戦体制と極右の台頭----小熊英二

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著者プロフィール

慶應義塾大学総合政策学部教授。
専門分野:歴史社会学。

「2023年 『総合政策学の方法論的展開』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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