未来は長く続く: アルチュセール自伝

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (517ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309242668

作品紹介・あらすじ

20世紀最高の哲学者であり、妻を殺害した「狂人」でもある一人の男の"告白"。崩壊のなかでの、新たな哲学の「はじまり」。歴史的名著にして思想史上の最大の問題作、待望の刊行。

感想・レビュー・書評

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  • 現代思想を語る上で、ルイ・アルチュセールの名前を忘れることはできない。それまでの疎外論中心の「人間主義的」マルクス主義理解に対し、初期マルクスと後期マルクスの間に「認識論的切断」という楔を打ちこむことで、マルクス主義哲学を再解釈した功績は高く評価されている。

    そのアルチュセールが、抑鬱症の発病による譫妄状態の中で妻のエレーヌを絞殺したとされる件で、サン・タンヌ病院に担ぎ込まれたのが1980年。判決は〈予審免訴〉ということで実刑判決を免れている。精神異常者扱いを受けることで、事件後、公民権を奪われ、発言機会を失くした哲学者=殺人犯の、これは自伝という形を借りた弁明の書とも考えられる。

    アルチュセールの母は愛していた男に戦死され、その兄と結婚した。ルイというその男を忘れられない母は夫との性愛を拒否し、同じ名を持つ息子を意識下で憎悪しながらも愛を装い続ける。愛されているはずなのに愛を実感できないルイは、〈策略〉を使って教師に取り入り、愛されることで相手を支配し〈父の父〉になろうとする。父や他の男に優越する男になって母の愛を得るためだ。しかし、遂に愛されることのなかった子は「母と同じ冷淡な態度をとる、そして本当の意味で愛することのできないという醜い習性」をその身に引き受けざるを得ない。

    アルチュセールは、妻が愛想を尽かす限界まで挑発や裏切りを繰り返すことで妻の愛を試そうとし続ける。自分もまた母親に愛されることのなかったエレーヌは、そういう夫を理解しながらもどうすることもできない無力感から、「自分が悪い女であり、醜い母親に過ぎない、人を苦しめ痛みをもたらす」悪女であるという幻想に苦しめられる。追いつめられた妻は凄まじいヒステリーを度々起こして「怒り狂うばかりの醜く、ちっぽけな獣にすぎない」「自分には愛してもらう資格などない」から、愛してもらっては困るというメッセージを送り続けることになる。

    精神的な「サド=マゾヒストカップル」が悪循環を繰り返し、その挙げ句の果てが夫による妻の絞殺という結末の小説でも読んでいるような気にさせられる。特に少年時の思い出を語る時の瑞々しい筆致はこの哲学者の中にある作家的才能すら感じさせるが、言うまでもなくこれはアルチュセールが15年に及ぶ分析治療の後に、紡ぎ出した「物語」である。精神分析の治療というのは、自分の過去に隠されていた物語に自らが気づき、それを物語るという形で行われる。

    アルチュセールのイデオロギー論によれば、人間は直接に現実と関係することができないために、想像的なもの(神話や物語)を通じて現実と結びつく。彼が自伝で明らかにしようとしたことは、生きる過程で様々なイデオロギーのよびかけに応じて生産されたアルチュセールという主体の分析と解読であった。かつて、マルクスを徴候的な読み方で読んだように、今度はルイ・アルチュセールを読み込み、再解釈したのだ。読み終えた後、アルチュセールという主体は消え失せ、種々のイデオロギーが複合的、重層的に越境し融合して主体が生産されるという構造だけが残る仕組みである。かくて物語は残り、哲学者=殺人者は消失する。鮮やかな手並みという外はない。

  • 未来は長く続く、、、以前にこの本があまりに長過ぎた。
    内容としては極めて読みやすく彼の「病み」を綴っている。ポストモダンを理解した後によむと、ナルシシズムが引き起こした病のようにみえる。閉鎖的な社会に生きる事の苦しさを感じる。

  • アルチュセールの思想は分からなくても、人となりはこれを読めば分かる。
    実はつまんなくて半分くらいしか読んでない。自伝なんだけど、粘着質な文章が非常に読みづらい。妻を殺し、妻がありながら複数の女性と関係を持っていたところ、その言い訳、マザコンじみた独白など女性にはあまりウケないと思われる。

  • 惚れました。枕にちょうどよいくらいには分厚いですが、一気に読めます。もう、終わり方とかが泣けて。

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著者プロフィール

ルイ・アルチュセール(Louis Althusser)1918-1990。マルクス主義哲学者。
高等師範学校でバシュラールのもとでヘーゲルを研究。48年から同校教員となり、フーコー、ブルデュー、セール、デリダなどを指導。48年にフランス共産党入党。80年に妻を殺害するが、事件当時の心神耗弱により免訴となる
邦訳書に『終わりなき不安夢―夢話 1941-1967』(市田良彦訳、書肆心水)、『政治と歴史:エコール・ノルマル講義 1955-1972』(市田良彦・王寺賢太訳、平凡社)、『マルクスのために』(河野健二ほか訳、平凡社ライブラリー)、『再生産について』(西川長夫ほか訳、平凡社ライブラリー)、『哲学・政治著作集Ⅰ・Ⅱ』(市田ほか訳、藤原書店)、『マキャヴェリの孤独』(福井和美訳、藤原書店)、『資本論を読む』『哲学について』(ともに今村仁司訳、ちくま学芸文庫)など。

「2016年 『哲学においてマルクス主義者であること』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ルイ・アルチュセールの作品

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