となりのカントくん:4コママンガでカント哲学

  • 河出書房新社
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本棚登録 : 23
レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (207ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309247908

感想・レビュー・書評

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  • 哲学なんて全く興味も知識もなかったけど、本屋に寄って少し惹かれてしまったので購入。

    初心者マークさんにはわかりやすく説明されているのではないかなと思う。

    《何のために生きているのか》と考えた時に、いちいち人の意見を聞きながら生きていくのでは周りの人の奴隷みたいなものだ。
    自分の行動に責任を持つことが大切。

    優柔不断な私には響いた言葉。なんでも人に相談したり、評価をネットで調べたりしてしまう…。
    哲学を学ぶことは難しいけど自分で決断することの重要性を学べただけでもよかったかな。

  • 中学生向けでカント。漫画でカント。解釈がこなれていない。期待外れ。

  • 合理論と経験論の調停をマンガ化。内容的には悪くない。よくコレで1冊作ったと思う。倫理に興味のある高校生向けか?

  • 面白いっ!!!
    以下覚書(笑)
    形而上学(「メタフィジックス」『(直前の巻)自然学(フィジカ)』の『あと(メタ)』)
    形ある自然を超えた(メタ)原理の学
    神の存在や死後の魂、万物の根源など、形ある自然に含まれず、経験的に確かめられない問題を扱う哲学の一分野
    二律背反
    例えば神も死後の世界もユーレイも人間の自由すらも実在を証明できないし反論もできない
    そういうものについていくら論じても答えは出ない
    信じる範囲
    ・信じなければならない、信じるしかない範囲を確保するため、知ってるって言える範囲を制限する
    ・証拠に頼らないで何か言おうとして、うまくいく場合とうまくいかない場合がある
    うまくいくのが三角形、うまくいかないのが形而上学
    ・知っていると言えるのは、証拠があることか、矛盾なく考えられることだけ

    今って8秒くらい

    人間の知的能力には限りがある
    すべてを知るわけにはいかないし、わかりようのないことについてはわからないと素直にあきらめよう

    わたしたちの知性から生まれる純粋悟性(知性)概念
    知と信を区別
    芸術作品をほかの人間の活動と切り離した→美術館やコンサートホールのようなものができた理由のひとつ
    永遠平和→国際連合につながっている

  • 失恋して悩める女の子の前に、哲学者であるカントが降り立った。
    カントとの会話を通して、彼女は悩みを解決することができるのか。

    物語は4コママンガ中心で進み、その中でカントの思想が描かれていきます。
    カントも可愛いデフォルメキャラ「カントくん」として登場し、現代の日常生活が舞台なので、とても入りやすく作られていますね。
    難しそうな点は繰り返し説明してあったり、脚注やコラム的な文章でフォローしてあるところもありがたかったです。
    カントの規則正しい性格など、思想以外の部分も知ることができたのも嬉しいところ。郷土料理もおいしそうで一度食べてみたくなりました。

    最初に提示されるカントの哲学の問い。
    「人は何を知りうるのか」
    「人は何をなすべきか」
    「人は何を望みうるのか」
    その時はいまいちしっくりこなかったんですが、読み終わる頃に自然と心に落ちてきました。
    特に興味深かったのは、科学と信仰を切り分けること、知りうることと形而上学を分けるという話ですね。

    あと、31ページの「赤ちゃんじゃあるまいし、だれでも人の手を借りずに自分で歩けるのに 何かを決めるときには人に頼る人が多いけど……人に頼らずに自分で決めてはじめておとなって言えるんじゃない?」というカントくんの言葉が印象深いです。
    何かを決める時に誰かに頼りたいって気持ちもよくわかるんですが、なんで自分で決めたくなかったんだろうって、気持ちをリセットさせてくれたような気がしました。

    この一冊をきっかけに、自分も哲学することを学んでいけたらと思います。

  • やはり赤ちゃんには離乳食だし、病人にはおかゆなわけで。
    いきなり哲学の硬いリンゴは食せないので、すりおろしリンゴにしてみた。

    本著はカント哲学を端的にまとめた4コママンガで、大変わかりやすい。

    カントによると、哲学の問いは
    「人は何を知りうるのか」
    「人は何をすべきか」
    「人は何を望みうるのか」
    の3つに集約されるそう。

    特に「人は何を望みうるのか」では、いくら人間が鳥になりたくても鳥になることはできない。
    しかし、飛行機に乗って旅行したり、鳥人間コンテストに出たりはできる。
    つまり望めることと望めないことを区別して、何のために生きるかを考えることで、人生は随分違うものになる、という話に感銘を受けた。

    ルソーの「不幸の本質は能力と欲望のギャップである」という話に似ている。

    カントはルソーの『エミール』をあまりに読み耽って、いつもの散歩を忘れたというくらいだから、ルソーの延長線上でカントの考えが生まれたのかなと思うと、さらに面白くなった。

    また、「人は何を知りうるのか」(認識論)に関して、人間の知的能力には限りがある、わかりようのないことは素直に諦めようというのがカントの基本的な考えとのこと。

    当時はイギリス経験論(英)と、大陸合理論(仏・蘭・独)の対立があった。

    ・経験論:確認検証作業を重視
    ・合理論:合理的推論を重視

    そして、経験論が行き過ぎると懐疑論に、合理論が行き過ぎると独断論になってしまうことから、カントは両者を調停し、知と信を区別して、知の対象をはっきりさせた。

    ・懐疑論:目に見える証拠がないと断言できない
    →ボールの裏側は見えなくても、ボールが転がっていると言えるように、目に見える証拠がなくても経験は成立している

    ・独断論:証拠がなくても推測によって断言し、独りよがりになる
    →見たり聞いたりして確かめることもできず、矛盾=二律背反するような主張は形而上学的であり、信仰の対象であって知の対象ではない

    上記の過程から、「一つのボールの動き」に関する目に見えない単一性や因果性を語れるのは、「一つのボールに関する経験」を経て、人間の知性から「純粋悟性概念」が生まれたからである。ボールがあるから経験できるのではなく、経験ができるからボールがあるんだという、この発想を「コペルニクス的転回」というそうだ。

    なかなか難しくもあったが、またいつか深掘りしたいし、ルソーの『エミール』が読みたい。

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著者プロフィール

専修大学文学部哲学科教授。1956年鎌倉市生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。1988年埼玉大学専任講師、90年助教授を経て、2000年より現職。1986-87年、1996-87年、2014-15年ドイツ在外研究。博士(文学、東北大学 2005年)。日本哲学会編集委員、舞踊学会副会長、藝術学関連学会連合副会長。『哲学マップ』(ちくま新書)、『図説・標準哲学史』(新書館)など著書多数。

「2019年 『大学4年間の哲学が10時間でざっと学べる』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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