無知の涙 (河出文庫―BUNGEI Collection)

著者 :
  • 河出書房新社
3.20
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本棚登録 : 570
感想 : 52
  • Amazon.co.jp ・本 (540ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309402758

作品紹介・あらすじ

4人を射殺した少年は獄中で、本を貪り読み、字を学びながら、生れて初めてノートを綴った。-自らを徹底的に問いつめつつ、世界と自己へ目を開いていく、かつてない魂の軌跡として。従来の版に未収録分をすべて収録。

感想・レビュー・書評

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  • 死刑囚として、あまりに有名な永山則夫。
    禁忌を犯した己の業に抗おうと、
    知で武装した1人の死刑囚の獄中での思索の記録として忘れられない。

  • 連続射殺事件の犯人が牢獄の中で綴ったノート。
    授業中、先生が教育の大切さを仰ったときにこの本に言及されたので読んでみました。

    分かったのは、たぶんその先生がむかし、多感で繊細な感性を持っていた若者だったのであろうこと。(今は・・・笑)
    私にはあまり得るものがなかった気がします。

    読んでいて、
    筆者のおふざけが恥ずかしい。
    筆者のプライドの高さばっかり目について、かたはらいたい。

    無知・貧困が悲惨な犯罪を招くのだと、筆者は日本の社会主義化を主張するが、どうなのだろう。

    確かに私は筆者は無知であったし、このノートを書いた当時も無知である、と思う。
    彼のノートを読む限り、自分以外の人間に思考、感情があることを認めていないように感じられるから。
    自分以外の人間に対して理解がないことが、一番の無知、じゃないでしょうか。

    と、偉そうに書きましたが、
    私には掬えなかったエッセンスがこの本にはあったのかもわかりません。
    ただ、感じられたのは
    結局この著者があまりにも中学生的思春期的イタサを暴露していることだったのですよ。

  • 読後は「ピストル魔の少年」と軽々しく呼ぶ事は憚られる。時代が違いヒップホップに出会っていたら…と夢想せざるを得ない。

  • 読み書きがまともにできなかった著者の学びへの執念の凄さを突きつけられた。自己を見つめ、社会に問いかけ、考えたことがびっしりノートに書き綴られている様は圧巻だった。本当に読み書きできなかったの?と疑ってしまうほど。左に偏る思想は賛同しかねるが、言いたいことはわかる。客観的に見たら罪を犯したことは事実。遺族を思えば当然の判決なのかもしれない。だけど…だけど…と思わされる1冊だった。答えは出ない。

  • 3 「大人になる」とはどういうことか[辻智子先生] 3

    【ブックガイドのコメント】
    「19歳の連続射殺犯(1968年)の獄中ノート。『金の卵たる中卒者諸君に捧ぐ』。」
    (『ともに生きるための教育学へのレッスン40』182ページ)

    【北大ではここにあります(北海道大学蔵書目録へのリンク先)】
    https://opac.lib.hokudai.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2000709870

    【関連資料(北海道大学蔵書目録へのリンク先)】
    ・[初版]1971年発行(合同出版)
    https://opac.lib.hokudai.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2000181183

    ・[初版の文庫本]1973年発行(角川書店)
    https://opac.lib.hokudai.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2000557831

  • 永山則夫死刑囚。ETV特集より。

  • ノンフィクション
    社会
    思索
    犯罪

  • 1968年に4人を殺害した事件で知られる著者が、獄中で哲学や心理学などの本をむさぼるように読みながらつづった手記です。

    見田宗介は『まなざしの地獄―尽きなく生きることの社会学』(河出書房新社)で著者をとりあげ、高度成長期の疎外状況における著者の実存に迫る考察を展開しています。また、批評家の井口時男や、近年では哲学者の細見和之も、著者について鋭い論考を発表しています。

    本書につづられているぎこちないことばを読みながら、いったい著者は、マルクスやカントのことばをどのように読んでいたのだろうかという疑問に、つねにつきまとわれていました。おそらくわれわれがマルクスやカントを理解するように読んでいたのではなく、著者自身の、それまでかたちをとることのなくくすぶりつづけていた暗い情念が抽象的な概念で組み立てられた文章のうちに流れ込み、はじめてそれをみずからの目で見つめるような仕方で読んでいたのではなかったかと想像します。そうした著者のまなざしは、マルクスの思想を「外部」から見るということがどういうことなのかを、実例としてわれわれに示しているように思います。

    わたくし自身は、資本主義が生み出す貧困によって、必然的に著者が犯罪者へと押しやられたとは考えませんが、もし著者が、彼自身のうちにくすぶる混沌を、ことばによって輪郭づけることができていたとしたら、はたして彼は罪を犯しただろうかという問いは、やはり残るだろうと思います。本書でも著者は、学生や看守に対して幼稚とも思えるコンプレックスをあらわにしていますが、それすらも、彼が学ぶ前には明瞭に自覚することさえできず、ただうちにくすぶりつづける混沌として彼を苛んでいた情念だったのではないでしょうか。

  • 永山則夫は1968年のうちに
    米軍基地から盗んだ拳銃を用いて4人を殺した
    これといった理由もなく
    そうすることで、自分という存在を見いだそうとしたのだ
    とする評論家もいた

    彼が、家族愛をまったく知らなかったものかどうかはわからない
    甘えの感情から、悪い記憶に固着して
    被害者意識を募らせていただけという可能性もある
    ただしまともな生育環境に置かれてなかったことは確かだ
    中卒で学もなかった
    この書物は、永山が逮捕された直後の拘留中
    新聞雑誌等からの漢字の書き取りに並行して、ノートの余白に記された
    詩や雑感をまとめたもの
    殺人者の回想録としてはまったく空虚なものだ
    どこかで見たものの寄せ集めと言っていいだろうが
    生きることの空虚とは別にある、死へのおそれを持て余した本音が
    ときどきキラリと光を放つ

  • 永山則夫の境遇が彼をそうさせた、のは明白であるにしても、親や親類の無責任さはなんだかやるせない。

    彼がきちんとした家庭に育てられて、教育を受けていたら
    あんな事件は起こさずに済んだのになあ。

    あとやはり死刑制度というものをもう一度見直す必要があるのではと感じた。
    私たちの誰が彼を裁けるのか、と。

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著者プロフィール

1949年6月27日、北海道網走市で生まれる。7歳の時、青森県北津軽郡に転居。65年、中学卒業後、集団就職で上京。渋谷の果物店に就職するが半年で退職。その後、宇都宮、大阪、再び東京と転々とする。68年10月、アメリカ海軍横須賀基地に侵入し、22口径の回転式6 連発拳銃を窃盗。11月にかけて、東京、京都、函館、名古屋で4人を射殺。69年4月逮捕。79年、東京地裁で死刑判決。81年、東京高裁で無期懲役に減刑。しかし90年、最高裁で再び死刑判決。97年8月1日、死刑が執行される。 著書に『無知の涙』(合同出版、角川文庫、河出文庫)、『人民をわすれたカナリアたち』(辺境社、角川文庫、河出文庫)、『愛か-無か』(合同出版)、『動揺記1』(辺境社)、『木橋』(立風書房、河出文庫)、『ソオ連の旅芸人』(昭和出版)、『捨て子ごっこ』(河出書房新社)、『なぜか、海』(河出書房新社)、『異水』(河出書房新社)、『華』(1-4、河出書房新社)

「2017年 『反―寺山修司論 《復刻版》』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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