夏至南風(カーチィベイ) (河出文庫―文芸コレクション)

著者 :
  • 河出書房新社
3.43
  • (78)
  • (96)
  • (305)
  • (16)
  • (9)
本棚登録 : 931
レビュー : 97
  • Amazon.co.jp ・本 (185ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309405919

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 再読、する季節を間違えた。

    初期の長野作品はとくに、
    初読のときは世界観についてくのがやっとで、
    ラストで置いてけぼりにされて、
    つき放された余韻に打ちひしがれてからの、
    読後感がすごく気持ちいい。
    もはや甘美だとすら思ってしまう程度に盲目です。

    そして再読して、
    話の仕組みの複雑さと淫靡さを実感して、
    またもや陶酔に浸る。

    この話を書いた作者の意図するところも意味も話自体も、
    たぶん大して理解していないのだろうけど。

  • 暑く湿った空気と臭気が立ち込める世界。人々はとことん低俗で、劣情の塊のよう。
    それなのに、長野まゆみの書く少年たちはやっぱり美しかったです。
    嫌悪感すら覚えたのに惹かれてしまった、強烈な魅力を放つ作品。

    ちなみに・・・
    謎が何一つ解決していない件については、今に始まったことではないので諦めました。
    「長野流奥義 フェードアウト」とでも名付けておきます(笑)

  • 南国の、イメージとしてはベトナムか。熱い南風が、果物や野菜ばかりか肉体までも腐敗させていく。完璧な美をもつビーシアの、なんという結末。人を人とも思わずむごい目に合わせて楽しそうに哂っていたビーシア。「君なんか誰も愛さないよ。そして、君も誰をも愛しはしない。」そう言い放ったクーラン。自分を嫌悪し、美しい人をも嫌悪する。しかし、その人が変わり果てて目の前に現れたとき…。
    ごみごみとしたスラム、不衛生極まりない港町、そこでレイプされる少年たち。しかし、それは日常茶飯事。ビーシアは、ほぼ間違いなく情性欠如のサイコパスだと思う。ただ、この作品全体を流れる雰囲気…生きるのが容易ではないのに生きることにどこか真摯ではないという気配のなかで、ビーシアはこれ以外の人格ではありえない、と思う。


    今まで読んだ長野作品の中では、好きな作品です。

  • 面白かったです。
    黒長野…長野まゆみさんはこの系統が好きです。淫靡で湿度のある、でも涼やかな少年たち。
    じめじめしていて、空気に腐臭が漂ってても、醜く腐敗していてもよいです。すぐ服の前を開けてしまうところも。
    碧夏が良いです。完全な少年だ。。
    残酷で、でも美しい作品でした。

  • 15年程前に読んだことのある作品ですが、再読。
    当時は若かったので「いやらしいわ、これ~」という
    印象だけが強かったのですが
    あらためて読んでみると、長野さんの筆力に脱帽します。

    どのページを開いても、
    湿り気を帯びた熱風が体にまとわりつくような臨場感と
    熟れた果実から溢れ出る腐臭が感じられます。

    丹念に語彙を選び抜いているのだなとつくづく考えさせられました。

  • 再………読。根底は同じなんだろうけど、直接的な連続殺人や刑事などの存在を見ると、事件に目が行き、謎解きがしたくなる…けど、漠然と掴みつつ犯人も動機もはっきりと攫めなかった今回も。著者様のこういう本って珍しかったような気がするのだけど、気のせいかしら?

  • クーランは喋り言葉が理解できないが、本文では他の人の発言は描かれるし、他の人物の視点も織り込まれている。生も死も、性も、全てがこの小説の世界観独自のものとして描かれている。
    少年たちが行動を起こすたびに、そのあまりの自己破壊的な選択と行動に「なんで!?」って思いを抱く。でもそれって現実世界の少年にも共通することだし、性や暴力が極端なだけで、少年の「晒されるという暴力・晒されることにる魅力」みたいなものが描かれていると感じた。クーランが嘔吐するシーンとか、「うおお」ってなった。
    あとがきの本人の解説はよくわかんなかった。植物にもう少し気を配って読めばよかったのかもしれないが、そもそもドライフィッグが無花果だということに気がつかなかったのがいけなかった。

  • 好みが分かれる本みたいだけれども
    毎度のことながら独特の世界観に引き込まれてしまった。

    やっぱり文章は奇麗だし、直接的でもあるんだけど生々しさを感じさせない。メタファーっていえばいいのか、こういう事なのかなってちょっとだけ考えたりもした。

  • エッ、終わりなの?!と思った。笑
    個人個人が好き勝手に行動して秩序のない世界に夏至南風が吹く。
    自己というものを模索する少年期には、伯母なのどの大人はたるんでみえる。果実は腐っている。

    そして帰ってきた時にその果実のように腐った碧夏の意味は、、長野先生なりの社会への反抗を表した物語なのかもしれない。
    腐っている世界。 死体が転がる世界。

    腐っている=死体に対して、最後の碧夏は腐っているのに生きているから鈷藍は嬉しいのかなあ、と。

    どうやっても綺麗な話にはならないことは確かですね。

  • 再読。
    初めて読んだときは色々と衝撃的過ぎて読了後も暫くはこの世界から抜け出せなかった気がする…。

    長野まゆみ作品に登場する少年たちは、まるで精巧に作られた人形のような美しくて浮世離れした少年ばかりだったのが、この作品では一変して性や暴力など自らの欲求に従順な姿が目立っていて生々しい。
    岷浮にある戯島界の薄暗くて不気味な雰囲気「快楽といかがわしさの巣窟」と作中で書かれているように辺り一面がこの怪しい空気に覆われているためか読んでいても気がどんよりと重くなる…。

    でも、それが良い
    いつもの長野まゆみ作品とはまた違ったテイストで描かれる少年たちにも魅力があって、気付けばぐいぐいと惹き込まれてしまう。

全97件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

長野まゆみ(ながの・まゆみ)
東京都生まれ。一九八八年『少年アリス』で文藝賞を受賞しデビュー。二〇一五年『冥途あり』で泉鏡花文学賞、野間文芸賞を受賞。

「2019年 『掌篇歳時記 秋冬』 で使われていた紹介文から引用しています。」

長野まゆみの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
長野 まゆみ
長野 まゆみ
長野 まゆみ
長野 まゆみ
長野 まゆみ
長野 まゆみ
長野 まゆみ
長野 まゆみ
長野 まゆみ
長野 まゆみ
長野 まゆみ
有効な右矢印 無効な右矢印

夏至南風(カーチィベイ) (河出文庫―文芸コレクション)を本棚に登録しているひと

ツイートする
×