蹴りたい背中 (河出文庫)

著者 :
  • 河出書房新社
3.23
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本棚登録 : 6753
レビュー : 700
  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309408415

作品紹介・あらすじ

"この、もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい"長谷川初実は、陸上部の高校1年生。ある日、オリチャンというモデルの熱狂的ファンであるにな川から、彼の部屋に招待されるが…クラスの余り者同士の奇妙な関係を描き、文学史上の事件となった127万部のベストセラー。史上最年少19歳での芥川賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • あなたは生まれてから今日までの人生の中で、一体どれだけグループに分けられることを経験してきたでしょうか?

    理科の実験のとき、遠足や修学旅行のとき、そして大人になっても何かと、その時々によって異なる”人数”のグループに振り分けられ続けている私たち。そして、その”分けられ方”は、その時々によって異なります。”分けられる側”にいるあなたは、そのとき、どんな風に”分けられること”を願うでしょうか?例えば、先生が予め決めた結果や、何かしらのルールに従って自動的に決まった結果、またはくじ引きの結果など”分けられる側”の意思を全く無視した”分けられ方”があります。一方で、適当にX人ずつのグループに分かれてください、と”分けられる側”の意思に委ねられる”分けられ方”もあります。

    さて、この二つのうちから”分けられ方”を選べるとしたら、あなたはどちらを選ぶでしょうか?

    『さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る』と、紙を細かく千切り続けるのは、主人公・ハツ。『孤独の音を消してくれる』というハツの『顕微鏡の順番はいつまで経っても回ってこない』という一人を感じる時間が続きます。『今日は実験だから、適当に座って五人で一班を作れ』という『先生が何の気なしに言った一言のせいで、理科室はただならぬ緊張が走』り、『ごく一瞬のうちに働く緻密な計算』がなされました。『友達を探し求めて泳ぐ視線同士がみるみるうちに絡み合い、グループが編まれていく』という光景。そして、『クラスで友達がまだ出来ていないのは私とそのもう一人の男子、にな川だけだということが明白になった』残酷な光景。『人数の関係で私と にな川を班に入れざるを得なくなった女子三人組』のグループに組み入れられるハツ。でも、『余り物の華奢な木製の椅子』に『余り者には余り物がしっくりくる』と座っているだけの時間。そんなとき、同じ『余り者』の にな川が『カジュアル夏小物でGO!』という雑誌をこっそり読んでいるのに気づくハツ。『おもしろいの?そんなの見て』という問いを無視する にな川。『私、駅前の無印良品で、この人に会ったことがある』、と雑誌を指差すと『いきなり、にな川が私の方を振り向いた「人違いだろ」』と反応する にな川。授業後『私、にな川のおうちに招待されました』と中学時代からの友人・絹代に話すハツ。『ほれられたのかもね』と呑気に笑った絹代は『ごめんね、ドタキャンして。だってハツが入っちゃうと、うちのグループの一人が、他に行かなくちゃいけなくなるんだもん』と実験のグループ分けでハツを外したことを詫びる絹代。『ドタキャンっていう軽い語感と肩をすくめる仕草に腹が立つ』ハツ。そんなとき『トランプ始めるぞ絹代!』と『絹代に向かって手招きしている”絹代の仲間たち”』から声がかかります。『大丈夫、これからは仲間に入れてあげる。一緒にトランプしよう』という絹代に、『駄目。二人でやっていこう』とハツは拒みますが『遠慮しとく』と行ってしまう絹代。そんなハツは、部活の後、にな川の家に赴きます。いきなり『ちょっとここに…描いてくれないかな』と切り出した にな川は雑誌に写っていた人物・オリチャンをハツが見かけた場所の地図を描くよう求めてきたのでした。『おれ、今、一緒にいることができてるんだな…生のオリチャンに会ったことのある人と』と言われ、『気分がかさついた』というハツ。そんなハツと にな川との不思議な関係が始まっていきます。

    綿矢さんが19歳の時に、2003年下半期の芥川賞を受賞したこの作品。冒頭の『さびしさは鳴る。』という表現にまず心囚われました。この作品の主人公であるハツは、『余り者も嫌だけど、グループはもっと嫌だ』という考えを持っています。グループとは『できた瞬間から繕わなければいけない、不毛なものだから』、と辛辣な捉え方。それは自らの中学時代の経験に根差したものですが、そんな時代を共にした絹代が今もそんな不毛なグループに属していることをハツは嫌います。部活にしても中学時代のバレー部のことを『ああいう団体競技はもう無理だ、きっと身体が受け付けない』、と高校では陸上部を選んだハツ。『一人で戦える陸上を知ってしまった今、仲間とのアイコンタクトはむず痒い』、と徹底しています。しかし、その一方で『自分の席で一人で食べているとクラスのみんなの視線がつらい』、と一人の昼食の辛さを感じるハツ。そして『いかにも自分から孤独を選んだ、というふうに見えるように』、と無理して窓際での孤独を選ぶハツ。でも『私が一人で食べてるとは思っていないお母さんが作ってくれた色とりどりのおかずをつまむ』、という表現に色濃く滲む一人ぼっちの辛さ。『学校にいる間は、頭の中でずっと一人でしゃべっているから、外の世界が遠い』、とも感じるハツ。しかし『私って、あんまりクラスメイトとしゃべらないけれど、それは”人見知りをしてる”んじゃなくて、”人を選んでる”んだよね』、とどこまでも強がります。人は時々、一人になりたい、と思うときがあります。そんなときに一人になる時間が持てたとしても、それを”さびしい”と思うことはないでしょう。しかし、人の集団の中にいるときに一人になってしまうと、”さびしい”という感情が自然と沸き起こります。人の目を意識したその感情。それは、人からどう見られているかを常に意識してしまう人間ならではの感情なのだと思います。『人のいる笑い声ばかりの向こう岸』、そこに行ったとしても『それはそれで息苦しいのを、私は知っている』というハツ。人が人として生きていく中では、一人を選んでもグループに生きても、どちらを選んでもそんな息ぐるしさからは逃れられないのかもしれません。そんなどちらを選べば良いのかわからないという思いに囚われる10代の高校生が抱くその複雑な思い。その先に展開する物語の冒頭を『さびしさは鳴る。』と始めた綿矢さん。読み終えた後、このなんとも絶妙な表現が改めて物語の中に浮かび上がってくるのを感じました。

    そして、「蹴りたい背中」という、考えれば考えるほどにとても不思議なこの体言止めの書名。人の身体で最も無防備な部分、背中。その背中を”蹴りたい”という感情は、『もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい』、『いためつけたい。蹴りたい。愛しさよりも、もっと強い気持ちで』、という友情でもなく、恋愛感情でもなく、そこにあるのはただ『蹴りたい』という心の赴くままの感情、もしくは衝動とも言えるものでした。『授業の合間の十分休憩が一番の苦痛で、喧騒の教室の中、肺の半分くらいしか空気を吸い込めない、肩から固まっていくような圧迫感。この世で一番長い十分間の休憩』、という日々を送るハツ。絹代のように器用に立ち回れず『自分の席から動けずに、無表情のままちょっとずつ死んでいく自分を、とてもリアルに想像できる』、という感情を抱き続けるハツ。10代の青春が感じる孤独。そして、その一方で内に内にと溜められていく鬱屈した感情、溢れんばかりのさまざまな思いが、『にな川って迷惑そうな表情がすごく似合う』という発見と『私を人間とも思っていないような冷たい目』が火元となり、衝動となって爆発する瞬間。そこに生まれる、ただ『蹴りたい』というその言葉に込められた万感の思い。そして、このなんとも言えない感情をそのまま書名にしてしまった綿矢さんの感性。これは凄い!と思いました。

    『学校にいると早く帰りたくて仕方がないのに、家にいると学校のことばかり考えてしまう毎日が続く』、という複雑なハツの感情。人は孤独になりたいと思うときがある一方で、自分が孤独な存在であると知られることを恐れる生き物だと思います。それ故に、”分けられる側”の意思に委ねられる”分けられ方”の先に待つものを恐れる感情は誰にでもあるのではないでしょうか。そして、人が生きていく上で避けられない運命を嫌が上にも感じ始める高校時代。そんな世界に容易に溶け込めない息苦しい女子高生の内面を丁寧に描いたこの作品。誰もが感じているものの中に、普段気づかないでいること、気づけないでいること、そんな淡い感情を気づかせてくれたこの作品。独特なリズム感の中でサラッと読ませる鋭い表現の数々と、19歳の綿矢さんだからこそ書けた瑞々しい表現の説得力にとても魅了される、そんな作品でした。

  • 不器用な高校生が、
    不器用に人付き合いをする。

    そこにはそこだけの世界がある。

    自分もグループ作るの苦手だったなぁ。

    それにしても、
    最初の一文は秀逸でしたね。

  • 程度の差はあるが、この本を読んで共感できない自分だったらどんなによかったか。
    適当に5人の班を作れ、そう支持されたらそりゃあドキッとする。内側の人間からしたら地獄の指示だ。自分が余ってしまうかもしれない恐怖。
    ハツがひとりでお弁当を食べるくだり、「私が一人で食べているとは思っていないお母さんが作ってくれた色とりどりのおかずをつまむ。カーテンの外側の教室は騒がしいけど、ここ、カーテンの内側では、私のプラスチックの箸が弁当箱に当たる、かちゃかちゃという幼稚な音だけが響く」やるせないほどの心理描写だとおもった。
    内側だけでなくわがままなハツ、「人にしてほしいことばっかりなんだ。人にやってあげたいことなんか、何一つ思い浮かばないくせに」自分で気付いている。
    思春期の周囲との付き合いの戸惑い、熱血では無い側の、生徒の気持ち、誰かにこの感情をわかってほしい、認めてほしい、そのブツケル術がにな川の背中だったんだと思う。

  • 凄まじいタイトルです。
    これが八年前に芥川賞をとったとき、どんな小説? と、まず思いました。しかも作者は当時早稲田大学在学中で19歳の最年少受賞。そのうえ、かわいい。女子高生にしか見えない。(受賞時の初々しい彼女はYOUTUBEで見られます)これではマスコミがほっときません。
    同時受賞も20歳の金原ひとみさんで、こちらのタイトルも「蛇にピアス」ですからね。

    「蹴りたい背中」と「蛇にピアス」ですよ。
    ひと昔前ならSM小説です。どちらも著者は若い女性なのに……。黒いボンテージファッションを身にまとい、しなやかな鞭を持って「さあ、跪いて足をお舐め!」という光景しか私には頭に浮かびません。いやはや日本の文壇も凄い時代になったものだと。

    文藝春秋なんて普段は買わないのに、八百円程度(作品と選評とインタビューだけ切り取り、あとは捨てちゃったので値段がはっきりしない)でこの二作品が読めるのですから、「持ってけ、泥棒」的なお買い得感。
    書店で思わず手が伸びちゃいました。だから、実際読んだのは単行本ではなく文藝春秋で、です。

    この選評がまた面白い。特に某石原都知事(某じゃないっ!)とカンブリア村上龍のが。
    知事曰く「すべての作品の印象は(中略)軽すぎて読後に滞り残るものがほとんどない。」一刀両断。
    「このミステリーがすごい!」の覆面座談会発言みたい。これ読んで、すでにこのとき選考委員を辞任すべきだったんだと思いましたね。もう時代についていけないんだ、知事は。

    カンブリア村上氏は「これは余談だが(中略)若い女性二人の受賞で出版不況が好転するのでは、というような不毛な新聞記事が目についた。当たり前のことだが現在の出版不況は構造的なもので若い作家二人の登場でどうにかなるものではない。」
    さすがカンブリア龍村上。
    現在の日本経済事情をよく分かってらっしゃる。
    「カンブリア宮殿」の司会は伊達じゃないな、と。
    当時はまだ「カンブリア宮殿」は始まっていませんが。
    レビューなのに全く作品に関係ないことばかり書いています。

    何ゆえにこう脱線するのだろう。
    思い入れが強すぎるんだな、きっと。
    文章書いてるとそれを思い切りぶつけたくなる。
    でも実際の私は、いたって真面目でおとなしいものです。「都知事閣下のためにもらっといてやる」発言の田中慎弥さんみたいに。
    言ってみれば、車に乗った途端、人が変わったのかと思うような言動をする人がいるじゃないですか。
    さっきまでおとなしく無口だったのに、ハンドルを握ると前の車に「こら、てめえ、早く曲がれよ。信号が赤に変わっちまうだろうぐわぁ!!」と叫ぶような。
    あれは車という絶対閉鎖空間で自分が守られている安心感から出るんですね。
    前の車の運転手が恐い顔したお兄さんだとしても、叫んだってその声が聞こえるわけないから。
    で、話を戻します。
    実はこれを買った八年前、私は二作とも読まなかった。いや、読めなかった。
    先の選評があって、次に二人のインタビュー、そして最初の作品「蛇にピアス」が出てきます。
    最初の一行。
    「スプリットタンって知ってる?」
    もうここで脱落でした。
    綿矢りさ風に言えば「知ってますか? 知ってません。」てなものです。
    何故か読む気にならなかったんですね、今でも手元にあるのにまだ読んでませんが……。

    で、はい、次の人。
    「さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、その音がせめて周囲には聞こえないように、私はプリントを千切る。細長く、細長く。」
    今読むと、なんと素晴らしい文章なのだろう。
    さびしさは鳴る。
    この叙情的な響き。これだけで魅きつけられるのに。

    書棚が溢れて泣く泣く本を整理せねばならぬ羽目になり、突然現れたこの文藝春秋。先の芥川賞問題発言などで(そういや、これ読んでないな)と思って手に取り読み始めると、これは響きました。琴線に思い切り差し込んできました。もうそれからは一気。短いのであっという間に読了です。

    感想は、高橋源一郎じゃないけど「完璧!」。この「時代」と「日本語」に選ばれた天才。
    ほとんど読点のない読みにくい文章ながら、その読点のなさ自体が美しい日本語を醸し出しているというか。
    これ実際にこの作品でやってみると難しい。
    どこかに読点を打ちたい。でも、どこに打っても違和感が残る。そして、長い文章の合間に突然現れる口語。
    「てきとうな所に座る子なんて、一人もいないんだ。」
    「どこかな、何が間違ってるのかな。」
    「負けたな。」
    「ちょっと死相出てた。ちょっと死相出てた。」
    これらの言葉に全く違和感を感じないのです。

    さらに巧みな比喩。
    「そうめんのように細長く千切った紙屑」
    「味噌汁の砂が抜けきっていないあさりを噛みしめて、じゃりっときた時と回じ」
    「人間に命の電気が流れていると考えるとして、(中略)にな川の瞳は完全に停電していた。」
    こんな比喩が最初の5Pほど読んだだけでたくさん出てくるのです。もう参りました。というしかないです。

    知事は選評で「主題がそれぞれの青春にあったことは当然(中略)それにしても(中略)なんと閉塞的なものであろうか」と非難していますが、私はそう思わない。
    人間と人間の関りのなかで、普通の人と同じようにうまく接点が取れない、或いは取らない二人。

    でも、普通って何だろう。一般的って何だろう。当たり前って何だろう。
    みんながそうするから私も仲間に───などと簡単に思い切れないハツ、そしてにな川。
    本当は二人ともバーチャルではないリアルな関係を持ちたいんだ。でも安易にそうしていいのかな、と悩むんだ。
    ほんとは、ほんとは、あなたと───。
    「蹴りたい。愛しいよりも、もっと強い気持ちで」
    ここにはそれまでずっと耐えていた仄かな愛が見えます。
    何度も何度も読み返すと、この場面は感動する。
    若さゆえ傷つくのが恐い。それをずっと我慢してたんだ。
    そう思ったら、私の「はく息が震えた。」
    こんなに素晴らしい小説とは思っていなかったので、本当に読了後、はく息が震えました。天才だったんだね、綿矢りさ、と。
    でも、どうして八年前は読めなかったんだろう、不思議です。
    いや、ネタバレしないように、引用しつつレビュー書くのは結構難しい。というか、これレビューじゃないな……。

    • koshoujiさん
      うさこさん、”いいね”ありがとうございます。
      これは数ある私のレビューの中でも、かなりよく書けたと個人的には思っている自信作です(笑)。
      ...
      うさこさん、”いいね”ありがとうございます。
      これは数ある私のレビューの中でも、かなりよく書けたと個人的には思っている自信作です(笑)。
      レビューなんてものではありませんけどね。
      でも、ここから、私の個人的な綿矢りさ研究が始まったのです。(^^)/
      2015/11/09
    • koshoujiさん
      出張は先週でしたので、今週は家に帰って少しのんびりしています。お気遣いなく。<(_ _)>
      本棚に入れた津村記久子さんの最新作は、結局読め...
      出張は先週でしたので、今週は家に帰って少しのんびりしています。お気遣いなく。<(_ _)>
      本棚に入れた津村記久子さんの最新作は、結局読めずに、泣く泣く今日返却してしまいました。
      再び図書館に予約を入れているところです(笑)。
      ただし、綿矢さんの最新作「ウォーク・イン・クローゼット」が入荷した
      との連絡を図書館からもらったので、明日借りてくる予定です。
      これはたしか『文藝』か『文學界』のどちらかに今年の夏ごろに掲載された作品です。
      図書館で見た記憶があります。これだけは何としても読みたいと思っています。
      2本だけあるブクログのレビューをちら見したら、面白そうなので。(^^)/
      2015/11/10
    • koshoujiさん
      この蹴りたい背中のレビューで触れた”カンブリア龍村上”について、
      仙台では「カンブリア宮殿」が放送されていないことに気付いたので、
      急遽...
      この蹴りたい背中のレビューで触れた”カンブリア龍村上”について、
      仙台では「カンブリア宮殿」が放送されていないことに気付いたので、
      急遽、その説明のためのブログを作成しました(笑)。
      テレビ東京の話題にも触れており、結構面白いのではないかと、
      書いてから自分でも思った(^^)/ので、是非ご覧ください。※河北オンラインコミュニティが終了したので、ヤフーに書いたものへリンクを変更しました(笑) 2018/12/26
      https://blogs.yahoo.co.jp/koshouji/64103690.html
      2018/12/26
  • 作品が出てすぐ読んだと思う
    多分若くしての芥川賞作家がどんなものを書いたのか好奇心で読んだのでは?
    それからこの作家の本を読んでないということは
    惹かれるものがなかったか理解できなかった?自分にはもうわからない。

  • 久し振りにグロテスクな本だった。それを助長したのが意味不明な内容。まず、登場人物が高1女子・初実、陸上部。彼女は自己犠牲してまで集団を作りたがらない。しかしその状況は寂しいと感じ、葛藤を持っている。同級生の男子も浮いた存在の蜷川。彼は熱狂的なモデル女優ファンである。この2人は恋愛感情を抱くのではなく、お互い気になる存在だった。女優への性的衝動を有する蜷川を、初実が負のエロティシズムさを抱く精神的衝動が「蜷川の背中を蹴る」という行為だったが、この意図が意味不明でグロテスクだった。即ちよく分からなかった。

  • 理科の実験であぶれ者になってしまった初美。
    組まされた相手である、にな川とはオリチャンというモデルを介して親交?を深めていく。

    初美は中学以来、グループを作ることには抵抗がある。
    かといって、一人でいいんですよというアピールも上手くなく、クラスや陸上部からの疎外感が、うまく描写されていてビビる。

    そんな初美の「スタンス」に、にな川はどんな役目を担っていたんだろう?

    好きかというと、そうではなさそうで。
    にな川は見下されていると感じる時さえある。
    むしろ、にな川のオリチャンに向ける過剰な執着に、興味と嫌悪を同時に覚えている、みたいな。

    そして、にな川を蹴りたくなる。
    というか、力を込めて足を押し付けている。
    そうせずにはいられない。

    オリチャンに褒められた、初美の足で。

    表面的な愛想の世界を拒否しながら、もっともっと深い身体接触の世界の方を選ぶ初美は、見ていて面白い。

    声は口から出なくたって構わないんだよなぁ。

    うーん。いいリズムの小説だったなー。

  • これぞ青春。
    スポ根や恋愛とはまた違う、気怠い感覚のとても敏感な部分を突いてくる。
    日常の感じるままの表現がとても綺麗。
    ちょっとスレてる主人公ハツと、男女混合グループに憧れ所属する絹代との微妙な距離感。
    オリチャンの大ファンのにな川へのなんとも形容し難い気持ちが、「蹴りたい」という言葉で表現されているのになんだかしっくりくる感じ。
    オリチャンに近づきすぎ、スタッフに叱られたにな川の放心した姿をみて、
    「私にはそんな彼がたまらないのだった。もっと叱られればいい。もっとみじめになればいい。」
    そんな気持ちも、わからなくもない。
    あの頃の意識のはっきりしてない、すべてのことに曖昧な感じがまた青春ですね。

  • 気になっていながら、読むのが今頃となってしまいました。作者が19歳の芥川賞受賞作。当時はとても話題になってました。若さ溢れる文体と、その年代が有する鋭さ、洞察力、厳しい観察がありました。普通の青春小説とは一線を画す本でした。ハツとにな川のその後も覗きたい。そして、19歳からダブルスコアの年齢に近づいている作者の近年の小説も興味あります。

  • 読んだのは中学生の時。
    最年少で芥川賞を受賞した作品ということで親に勧められて読んだ。正直に言うと、あまり感情移入もできなくて、物語の中で何が起こっているのかよく分からなかった。
    ただ、なんとなく清涼感というか、夏の思い出として物語のところどころのシーンが印象に残っている。

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著者プロフィール

1984年京都府生まれ。2001年『インストール』で文藝賞を受賞して作家デビュー。04年『蹴りたい背中』で芥川賞、12年『かわいそうだね?』で大江健三郎賞を受賞。ほかの作品に『夢を与える』『勝手にふるえてろ』『ひらいて』『しょうがの味は熱い』『憤死』『大地のゲーム』『手のひらの京』などがある。

「2018年 『100万分の1回のねこ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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