蹴りたい背中 (河出文庫 わ 1-2)

著者 :
  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309408415

作品紹介・あらすじ

"この、もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい"長谷川初実は、陸上部の高校1年生。ある日、オリチャンというモデルの熱狂的ファンであるにな川から、彼の部屋に招待されるが…クラスの余り者同士の奇妙な関係を描き、文学史上の事件となった127万部のベストセラー。史上最年少19歳での芥川賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 過去に人にあわせすぎた反動で、人と関わろうとしない女子高生ハツ、オリチャンというモデルにしか興味のないにな川。ハツの友情のような、興味本意のような、恋のようなそんな心の描写がとても面白くて爽やかでした。ひとえに高校時代っていろいろありますよね。綿矢さんの文章がみずみずしくて、青春の光と陰のような部分もなんか輝いてました。
    揺れているハツも考え方がしっかりしてて単なるドルオタじゃないにな川も魅力的なキャラクターでした。これも綿矢さんの描きかたの巧みさなのでしょうか。
    私は部活しにいってるようなものでした。授業中とか全校集会すら体力回復のための睡眠時間だったなぁ…。

  • あなたは生まれてから今日までの人生の中で、一体どれだけグループに分けられることを経験してきたでしょうか?

    理科の実験のとき、遠足や修学旅行のとき、そして大人になっても何かと、その時々によって異なる”人数”のグループに振り分けられ続けている私たち。そして、その”分けられ方”は、その時々によって異なります。”分けられる側”にいるあなたは、そのとき、どんな風に”分けられること”を願うでしょうか?例えば、先生が予め決めた結果や、何かしらのルールに従って自動的に決まった結果、またはくじ引きの結果など”分けられる側”の意思を全く無視した”分けられ方”があります。一方で、適当にX人ずつのグループに分かれてください、と”分けられる側”の意思に委ねられる”分けられ方”もあります。

    さて、この二つのうちから”分けられ方”を選べるとしたら、あなたはどちらを選ぶでしょうか?

    『さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る』と、紙を細かく千切り続けるのは、主人公・ハツ。『孤独の音を消してくれる』というハツの『顕微鏡の順番はいつまで経っても回ってこない』という一人を感じる時間が続きます。『今日は実験だから、適当に座って五人で一班を作れ』という『先生が何の気なしに言った一言のせいで、理科室はただならぬ緊張が走』り、『ごく一瞬のうちに働く緻密な計算』がなされました。『友達を探し求めて泳ぐ視線同士がみるみるうちに絡み合い、グループが編まれていく』という光景。そして、『クラスで友達がまだ出来ていないのは私とそのもう一人の男子、にな川だけだということが明白になった』残酷な光景。『人数の関係で私と にな川を班に入れざるを得なくなった女子三人組』のグループに組み入れられるハツ。でも、『余り物の華奢な木製の椅子』に『余り者には余り物がしっくりくる』と座っているだけの時間。そんなとき、同じ『余り者』の にな川が『カジュアル夏小物でGO!』という雑誌をこっそり読んでいるのに気づくハツ。『おもしろいの?そんなの見て』という問いを無視する にな川。『私、駅前の無印良品で、この人に会ったことがある』、と雑誌を指差すと『いきなり、にな川が私の方を振り向いた「人違いだろ」』と反応する にな川。授業後『私、にな川のおうちに招待されました』と中学時代からの友人・絹代に話すハツ。『ほれられたのかもね』と呑気に笑った絹代は『ごめんね、ドタキャンして。だってハツが入っちゃうと、うちのグループの一人が、他に行かなくちゃいけなくなるんだもん』と実験のグループ分けでハツを外したことを詫びる絹代。『ドタキャンっていう軽い語感と肩をすくめる仕草に腹が立つ』ハツ。そんなとき『トランプ始めるぞ絹代!』と『絹代に向かって手招きしている”絹代の仲間たち”』から声がかかります。『大丈夫、これからは仲間に入れてあげる。一緒にトランプしよう』という絹代に、『駄目。二人でやっていこう』とハツは拒みますが『遠慮しとく』と行ってしまう絹代。そんなハツは、部活の後、にな川の家に赴きます。いきなり『ちょっとここに…描いてくれないかな』と切り出した にな川は雑誌に写っていた人物・オリチャンをハツが見かけた場所の地図を描くよう求めてきたのでした。『おれ、今、一緒にいることができてるんだな…生のオリチャンに会ったことのある人と』と言われ、『気分がかさついた』というハツ。そんなハツと にな川との不思議な関係が始まっていきます。

    綿矢さんが19歳の時に、2003年下半期の芥川賞を受賞したこの作品。冒頭の『さびしさは鳴る。』という表現にまず心囚われました。この作品の主人公であるハツは、『余り者も嫌だけど、グループはもっと嫌だ』という考えを持っています。グループとは『できた瞬間から繕わなければいけない、不毛なものだから』、と辛辣な捉え方。それは自らの中学時代の経験に根差したものですが、そんな時代を共にした絹代が今もそんな不毛なグループに属していることをハツは嫌います。部活にしても中学時代のバレー部のことを『ああいう団体競技はもう無理だ、きっと身体が受け付けない』、と高校では陸上部を選んだハツ。『一人で戦える陸上を知ってしまった今、仲間とのアイコンタクトはむず痒い』、と徹底しています。しかし、その一方で『自分の席で一人で食べているとクラスのみんなの視線がつらい』、と一人の昼食の辛さを感じるハツ。そして『いかにも自分から孤独を選んだ、というふうに見えるように』、と無理して窓際での孤独を選ぶハツ。でも『私が一人で食べてるとは思っていないお母さんが作ってくれた色とりどりのおかずをつまむ』、という表現に色濃く滲む一人ぼっちの辛さ。『学校にいる間は、頭の中でずっと一人でしゃべっているから、外の世界が遠い』、とも感じるハツ。しかし『私って、あんまりクラスメイトとしゃべらないけれど、それは”人見知りをしてる”んじゃなくて、”人を選んでる”んだよね』、とどこまでも強がります。人は時々、一人になりたい、と思うときがあります。そんなときに一人になる時間が持てたとしても、それを”さびしい”と思うことはないでしょう。しかし、人の集団の中にいるときに一人になってしまうと、”さびしい”という感情が自然と沸き起こります。人の目を意識したその感情。それは、人からどう見られているかを常に意識してしまう人間ならではの感情なのだと思います。『人のいる笑い声ばかりの向こう岸』、そこに行ったとしても『それはそれで息苦しいのを、私は知っている』というハツ。人が人として生きていく中では、一人を選んでもグループに生きても、どちらを選んでもそんな息ぐるしさからは逃れられないのかもしれません。そんなどちらを選べば良いのかわからないという思いに囚われる10代の高校生が抱くその複雑な思い。その先に展開する物語の冒頭を『さびしさは鳴る。』と始めた綿矢さん。読み終えた後、このなんとも絶妙な表現が改めて物語の中に浮かび上がってくるのを感じました。

    そして、「蹴りたい背中」という、考えれば考えるほどにとても不思議なこの体言止めの書名。人の身体で最も無防備な部分、背中。その背中を”蹴りたい”という感情は、『もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい』、『いためつけたい。蹴りたい。愛しさよりも、もっと強い気持ちで』、という友情でもなく、恋愛感情でもなく、そこにあるのはただ『蹴りたい』という心の赴くままの感情、もしくは衝動とも言えるものでした。『授業の合間の十分休憩が一番の苦痛で、喧騒の教室の中、肺の半分くらいしか空気を吸い込めない、肩から固まっていくような圧迫感。この世で一番長い十分間の休憩』、という日々を送るハツ。絹代のように器用に立ち回れず『自分の席から動けずに、無表情のままちょっとずつ死んでいく自分を、とてもリアルに想像できる』、という感情を抱き続けるハツ。10代の青春が感じる孤独。そして、その一方で内に内にと溜められていく鬱屈した感情、溢れんばかりのさまざまな思いが、『にな川って迷惑そうな表情がすごく似合う』という発見と『私を人間とも思っていないような冷たい目』が火元となり、衝動となって爆発する瞬間。そこに生まれる、ただ『蹴りたい』というその言葉に込められた万感の思い。そして、このなんとも言えない感情をそのまま書名にしてしまった綿矢さんの感性。これは凄い!と思いました。

    『学校にいると早く帰りたくて仕方がないのに、家にいると学校のことばかり考えてしまう毎日が続く』、という複雑なハツの感情。人は孤独になりたいと思うときがある一方で、自分が孤独な存在であると知られることを恐れる生き物だと思います。それ故に、”分けられる側”の意思に委ねられる”分けられ方”の先に待つものを恐れる感情は誰にでもあるのではないでしょうか。そして、人が生きていく上で避けられない運命を嫌が上にも感じ始める高校時代。そんな世界に容易に溶け込めない息苦しい女子高生の内面を丁寧に描いたこの作品。誰もが感じているものの中に、普段気づかないでいること、気づけないでいること、そんな淡い感情を気づかせてくれたこの作品。独特なリズム感の中でサラッと読ませる鋭い表現の数々と、19歳の綿矢さんだからこそ書けた瑞々しい表現の説得力にとても魅了される、そんな作品でした。

  • 芥川賞受賞作品。当時19歳で最年少受賞者との事。

    まず19歳でこの内面の心理描写が的確に書ける事に驚かされる。
    自分が19歳の頃なんて焼鳥屋の下っ端社員で親方や先輩達に公私共に散々言われて怒鳴り散らされていただけだった。
    涌き出る感情は限りなくあったがいちいち引っかけているほどの時間もなく、言葉も選んで喋るほどの余裕もなかった。

    その若さで的確に心情を言葉にする能力に長けている。凄いと思った。

    ストーリーよりもその多様で深い着眼点とその表現力や文章力が際立った。

    今現在の綿矢さんの作品も読んでみたいと感じた。もっと研ぎ澄まされた感情の描写や独特の直喩や隠喩等が読めるのではなんて思った。

  • 「輪に入れない。いや、入らないんだ。」
    声の大きな存在がその空間を占領して、声なきものを侵食していく。オタクに走るものと過去に縛られて孤独を美徳と納得しようとするもの。そんな二人が恋とは言えない不可思議な距離感で紡いでいく奇妙な青春物語。
    大人になることが良いこととは思わないが、大人になれば過去の自分の行動にいろいろと気づくことがあるはず。蹴りたい衝動は人が大人になる前に通りすぎる時に持ち得る感情なのでは。

    • kakaneさん
      小瓶さん、コメントありがとうございます。 
      「蹴りたい背中」は若い作者が描いたんだと納得できる小説で、ティーンエイジャーのモヤモヤした心の内...
      小瓶さん、コメントありがとうございます。 
      「蹴りたい背中」は若い作者が描いたんだと納得できる小説で、ティーンエイジャーのモヤモヤした心の内を現したものだと思います。
      小瓶さんの企画面白いですね!
      実は私が転勤する時、仲間20人にその人に合いそうな小説をプレゼントしたことがあります。
      一人ひとりの好みを想像して本を選ぶのは楽しいことでした。
      ぜひお願いいたします。
      2021/08/10
    • kakaneさん
      歴史 宇宙 ミステリー ファンタジー ラブコメ 冒険 ホラー SF など比較的なんでも読みますが、トップ3はよしもとばなな「つぐみ」夢枕獏「...
      歴史 宇宙 ミステリー ファンタジー ラブコメ 冒険 ホラー SF など比較的なんでも読みますが、トップ3はよしもとばなな「つぐみ」夢枕獏「神々の山脈」司馬遼太郎「竜馬がいく」です。目の前に映像が現れるような小説、未来に希望がある小説が好きですね。
      よろしくお願いいたします。
      2021/08/10
    • kakaneさん
      ありがとうございます。
      赤川次郎は昔に2、3冊読んだきりご無沙汰でしたので、探して読んでみます。
      ありがとうございます。
      赤川次郎は昔に2、3冊読んだきりご無沙汰でしたので、探して読んでみます。
      2021/08/10
  • 史上最年少の芥川賞受賞作ということで積読していた作品。
    この二人高校生なの?と思うくらいに、複雑で不器用で、全然素直じゃない(笑)
    そういうなんとも名状し難い高校生ならではの心情を表現した作品であるからこそ、反響を呼んだのだろうなぁと思う一方、個人的にはこうした高校生活と無縁だったので、いまいち共感できず★2つ。

  • 不器用な高校生が、
    不器用に人付き合いをする。

    そこにはそこだけの世界がある。

    自分もグループ作るの苦手だったなぁ。

    それにしても、
    最初の一文は秀逸でしたね。

  • ヒリヒリ、痛い。思春期。

    綿矢さんの文章やっぱり好みだなぁ。

  • 程度の差はあるが、この本を読んで共感できない自分だったらどんなによかったか。
    適当に5人の班を作れ、そう支持されたらそりゃあドキッとする。内側の人間からしたら地獄の指示だ。自分が余ってしまうかもしれない恐怖。
    ハツがひとりでお弁当を食べるくだり、「私が一人で食べているとは思っていないお母さんが作ってくれた色とりどりのおかずをつまむ。カーテンの外側の教室は騒がしいけど、ここ、カーテンの内側では、私のプラスチックの箸が弁当箱に当たる、かちゃかちゃという幼稚な音だけが響く」やるせないほどの心理描写だとおもった。
    内側だけでなくわがままなハツ、「人にしてほしいことばっかりなんだ。人にやってあげたいことなんか、何一つ思い浮かばないくせに」自分で気付いている。
    思春期の周囲との付き合いの戸惑い、熱血では無い側の、生徒の気持ち、誰かにこの感情をわかってほしい、認めてほしい、そのブツケル術がにな川の背中だったんだと思う。

  • その渦中にいる人にしか書けない瑞々しさを感じる。
    高校生独特の「イタさ」というか、それを同時代に俯瞰して書くところにこの作家の才能があり、当時それがいいタイミングで話題性のある受賞につながったのだろう。
    綿矢りさ作品、初読了。
    この後も、コンスタントに賞を取り続けている作家さんなので、どう成長していくのか、順を追って読んでみたい。

  • 久し振りにグロテスクな本だった。それを助長したのが意味不明な内容。まず、登場人物が高1女子・初実、陸上部。彼女は自己犠牲してまで集団を作りたがらない。しかしその状況は寂しいと感じ、葛藤を持っている。同級生の男子も浮いた存在の蜷川。彼は熱狂的なモデル女優ファンである。この2人は恋愛感情を抱くのではなく、お互い気になる存在だった。女優への性的衝動を有する蜷川を、初実が負のエロティシズムさを抱く精神的衝動が「蜷川の背中を蹴る」という行為だったが、この意図が意味不明でグロテスクだった。即ちよく分からなかった。

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著者プロフィール

小説家

「2023年 『ベスト・エッセイ2023』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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