蹴りたい背中 (河出文庫)

著者 :
  • 河出書房新社
3.23
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本棚登録 : 5922
レビュー : 631
  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309408415

作品紹介・あらすじ

"この、もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい"長谷川初実は、陸上部の高校1年生。ある日、オリチャンというモデルの熱狂的ファンであるにな川から、彼の部屋に招待されるが…クラスの余り者同士の奇妙な関係を描き、文学史上の事件となった127万部のベストセラー。史上最年少19歳での芥川賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 凄まじいタイトルです。
    これが八年前に芥川賞をとったとき、どんな小説? と、まず思いました。しかも作者は当時早稲田大学在学中で19歳の最年少受賞。そのうえ、かわいい。女子高生にしか見えない。(受賞時の初々しい彼女はYOUTUBEで見られます)これではマスコミがほっときません。
    同時受賞も20歳の金原ひとみさんで、こちらのタイトルも「蛇にピアス」ですからね。

    「蹴りたい背中」と「蛇にピアス」ですよ。
    ひと昔前ならSM小説です。どちらも著者は若い女性なのに……。黒いボンテージファッションを身にまとい、しなやかな鞭を持って「さあ、跪いて足をお舐め!」という光景しか私には頭に浮かびません。いやはや日本の文壇も凄い時代になったものだと。

    文藝春秋なんて普段は買わないのに、八百円程度(作品と選評とインタビューだけ切り取り、あとは捨てちゃったので値段がはっきりしない)でこの二作品が読めるのですから、「持ってけ、泥棒」的なお買い得感。
    書店で思わず手が伸びちゃいました。だから、実際読んだのは単行本ではなく文藝春秋で、です。

    この選評がまた面白い。特に某石原都知事(某じゃないっ!)とカンブリア村上龍のが。
    知事曰く「すべての作品の印象は(中略)軽すぎて読後に滞り残るものがほとんどない。」一刀両断。
    「このミステリーがすごい!」の覆面座談会発言みたい。これ読んで、すでにこのとき選考委員を辞任すべきだったんだと思いましたね。もう時代についていけないんだ、知事は。

    カンブリア村上氏は「これは余談だが(中略)若い女性二人の受賞で出版不況が好転するのでは、というような不毛な新聞記事が目についた。当たり前のことだが現在の出版不況は構造的なもので若い作家二人の登場でどうにかなるものではない。」
    さすがカンブリア龍村上。
    現在の日本経済事情をよく分かってらっしゃる。
    「カンブリア宮殿」の司会は伊達じゃないな、と。
    当時はまだ「カンブリア宮殿」は始まっていませんが。
    レビューなのに全く作品に関係ないことばかり書いています。

    何ゆえにこう脱線するのだろう。
    思い入れが強すぎるんだな、きっと。
    文章書いてるとそれを思い切りぶつけたくなる。
    でも実際の私は、いたって真面目でおとなしいものです。「都知事閣下のためにもらっといてやる」発言の田中慎弥さんみたいに。
    言ってみれば、車に乗った途端、人が変わったのかと思うような言動をする人がいるじゃないですか。
    さっきまでおとなしく無口だったのに、ハンドルを握ると前の車に「こら、てめえ、早く曲がれよ。信号が赤に変わっちまうだろうぐわぁ!!」と叫ぶような。
    あれは車という絶対閉鎖空間で自分が守られている安心感から出るんですね。
    前の車の運転手が恐い顔したお兄さんだとしても、叫んだってその声が聞こえるわけないから。
    で、話を戻します。
    実はこれを買った八年前、私は二作とも読まなかった。いや、読めなかった。
    先の選評があって、次に二人のインタビュー、そして最初の作品「蛇にピアス」が出てきます。
    最初の一行。
    「スプリットタンって知ってる?」
    もうここで脱落でした。
    綿矢りさ風に言えば「知ってますか? 知ってません。」てなものです。
    何故か読む気にならなかったんですね、今でも手元にあるのにまだ読んでませんが……。

    で、はい、次の人。
    「さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、その音がせめて周囲には聞こえないように、私はプリントを千切る。細長く、細長く。」
    今読むと、なんと素晴らしい文章なのだろう。
    さびしさは鳴る。
    この叙情的な響き。これだけで魅きつけられるのに。

    書棚が溢れて泣く泣く本を整理せねばならぬ羽目になり、突然現れたこの文藝春秋。先の芥川賞問題発言などで(そういや、これ読んでないな)と思って手に取り読み始めると、これは響きました。琴線に思い切り差し込んできました。もうそれからは一気。短いのであっという間に読了です。

    感想は、高橋源一郎じゃないけど「完璧!」。この「時代」と「日本語」に選ばれた天才。
    ほとんど読点のない読みにくい文章ながら、その読点のなさ自体が美しい日本語を醸し出しているというか。
    これ実際にこの作品でやってみると難しい。
    どこかに読点を打ちたい。でも、どこに打っても違和感が残る。そして、長い文章の合間に突然現れる口語。
    「てきとうな所に座る子なんて、一人もいないんだ。」
    「どこかな、何が間違ってるのかな。」
    「負けたな。」
    「ちょっと死相出てた。ちょっと死相出てた。」
    これらの言葉に全く違和感を感じないのです。

    さらに巧みな比喩。
    「そうめんのように細長く千切った紙屑」
    「味噌汁の砂が抜けきっていないあさりを噛みしめて、じゃりっときた時と回じ」
    「人間に命の電気が流れていると考えるとして、(中略)にな川の瞳は完全に停電していた。」
    こんな比喩が最初の5Pほど読んだだけでたくさん出てくるのです。もう参りました。というしかないです。

    知事は選評で「主題がそれぞれの青春にあったことは当然(中略)それにしても(中略)なんと閉塞的なものであろうか」と非難していますが、私はそう思わない。
    人間と人間の関りのなかで、普通の人と同じようにうまく接点が取れない、或いは取らない二人。

    でも、普通って何だろう。一般的って何だろう。当たり前って何だろう。
    みんながそうするから私も仲間に───などと簡単に思い切れないハツ、そしてにな川。
    本当は二人ともバーチャルではないリアルな関係を持ちたいんだ。でも安易にそうしていいのかな、と悩むんだ。
    ほんとは、ほんとは、あなたと───。
    「蹴りたい。愛しいよりも、もっと強い気持ちで」
    ここにはそれまでずっと耐えていた仄かな愛が見えます。
    何度も何度も読み返すと、この場面は感動する。
    若さゆえ傷つくのが恐い。それをずっと我慢してたんだ。
    そう思ったら、私の「はく息が震えた。」
    こんなに素晴らしい小説とは思っていなかったので、本当に読了後、はく息が震えました。天才だったんだね、綿矢りさ、と。
    でも、どうして八年前は読めなかったんだろう、不思議です。
    いや、ネタバレしないように、引用しつつレビュー書くのは結構難しい。というか、これレビューじゃないな……。

    • koshoujiさん
      うさこさん、”いいね”ありがとうございます。
      これは数ある私のレビューの中でも、かなりよく書けたと個人的には思っている自信作です(笑)。
      ...
      うさこさん、”いいね”ありがとうございます。
      これは数ある私のレビューの中でも、かなりよく書けたと個人的には思っている自信作です(笑)。
      レビューなんてものではありませんけどね。
      でも、ここから、私の個人的な綿矢りさ研究が始まったのです。(^^)/
      2015/11/09
    • koshoujiさん
      出張は先週でしたので、今週は家に帰って少しのんびりしています。お気遣いなく。<(_ _)>
      本棚に入れた津村記久子さんの最新作は、結局読め...
      出張は先週でしたので、今週は家に帰って少しのんびりしています。お気遣いなく。<(_ _)>
      本棚に入れた津村記久子さんの最新作は、結局読めずに、泣く泣く今日返却してしまいました。
      再び図書館に予約を入れているところです(笑)。
      ただし、綿矢さんの最新作「ウォーク・イン・クローゼット」が入荷した
      との連絡を図書館からもらったので、明日借りてくる予定です。
      これはたしか『文藝』か『文學界』のどちらかに今年の夏ごろに掲載された作品です。
      図書館で見た記憶があります。これだけは何としても読みたいと思っています。
      2本だけあるブクログのレビューをちら見したら、面白そうなので。(^^)/
      2015/11/10
    • koshoujiさん
      この蹴りたい背中のレビューで触れた”カンブリア龍村上”について、
      仙台では「カンブリア宮殿」が放送されていないことに気付いたので、
      急遽...
      この蹴りたい背中のレビューで触れた”カンブリア龍村上”について、
      仙台では「カンブリア宮殿」が放送されていないことに気付いたので、
      急遽、その説明のためのブログを作成しました(笑)。
      テレビ東京の話題にも触れており、結構面白いのではないかと、
      書いてから自分でも思った(^^)/ので、是非ご覧ください。※河北オンラインコミュニティが終了したので、ヤフーに書いたものへリンクを変更しました(笑) 2018/12/26
      https://blogs.yahoo.co.jp/koshouji/64103690.html
      2018/12/26
  •  『勝手にふるえてろ』の映画がとても面白かったので、芥川賞受賞作を読んで見たら、びっくりするほどショボい話で面白かった。

     綿矢りささんはどうやら一人っ子で、オレも一人っ子でその問題を「迷惑さえかけなければいいと思っている自分本位のクズ」とまとめていたのだが、この小説の中で「人にして欲しいことばっかりなんだ、人にやってあげたいことなんか何一つ思い浮かばないくせに」と表現されていて、ゾッとした。オレは50前に、子供と接することでようやくその問題を自覚したのだが、綿矢さんは10代でそれに気づいて客観視していて、すごすぎる。オレなんかよりはるかに頭が良くて、数段上のレベルにいる人だ。

     解説も素晴らしかった。

  • はぁ。思えば、初めて読んだ綿矢りさの作品は、学級文庫にあった、この蹴りたい背中でした。当時はよく分からなかったような気もするし、それなりに感動したような気もする。ただ一つ確信できるのは、この作品は読むたびに、心にグサグサと突き刺さるその鋭利さを増す。それは私が年を重ね続けているからなのかもしれない。振り返れば、自我の原点たる私の青春は、ハツのように、痛々しい自意識の塊だったのだから。
    こうゆう深い共感を呼ぶ作品が、やっぱり好きだ。人間失格と同様に、ここまでに私を表現する作品はこれくらい。言葉の隅々にまで行き届いた痛々しいハツとにな川2人それぞれの孤独が、私の青春の孤独を埋めるのです。

  • にな川はオリチャンのファンをやってたはずだったけどいざ目の前にすると遠すぎる存在だと知る叶わない愛情、ハツはにな川が傷つくのを見たいという歪んだ愛情。どっちも不器用であり、それを切り取ることに成功してる作品だと思う。
    僕が思うに愛情の真の姿はそういうところではあるやろうけど、彼らがこの先の人生を幸せだったり上手だったりして生きていく未来が見えない。それは未だに僕も分からないこと。

  • さびしさは鳴る。

    高校1年生の主人公は、クラスで孤立している。
    同じクラスには、もう一人、モデルに夢中の孤立した男子がいる。
    この余り者同士不思議な関係の物語。

    今更の『蹴りたい背中』です。
    綿矢りさ、5冊目。
    すっごく好きです、これ。

    高校生の女子の、満たされない想いとか、閉塞感、
    自分でどうしようも出来ない相手へのモヤモヤ。
    蹴りたくなる気持ち、わかる気がします。

    最後のシーン、
    にな川は、ハツの気持ちを受け止めたのでしょうね。
    でも、きっと、先には進まない、
    そこがいいのだと思います。

    う~ん、歯がゆい。

    さらっとした文章で、重いテーマも軽く感じさせる、
    上手いなと思います。
    さすがですね。
    上からですみません。

  • 主人公に共感。寂しがり屋の一人好き。疎外感。走るのも。
    会社での上司に対する同僚たちの態度が女子部員たちのようなんて思ったからか、先輩の一言にちょっとギクッとしたり。
    とかって、まだまだ自分は子供だったか。。。大人にならねば。。

  • インストールに比べて突出しているとは思わなかったが、もう少し広い世界を描いているという点で発展系かもしれない。ちょうどいいバランスで色んなものが描かれていてる。
    主人公にとってはとても奇妙に成り立っている世界(学校の「一般的」な社会も、にな川の周りを気にしていない風の態度も、どちらも)を「蹴りたい」衝動であると感じたが、それは主人公が自分を保つために必要だったことなのだろう。
    解説に、主人公の感覚が研ぎ澄まされている、とあったがそれはとても共感を生むところで、それは主人公が行動をしていないということと表裏一体。そこが主人公の孤独を印象的なものにしている。だからこそ、背中を蹴る、お見舞いに行くという行為がダイナミックに映るのだろう。

  • 著者が19歳の時の受賞作品という紹介が念頭にあったせいか、変に意識しながら読んでしまった。
    作品全体に淡くトリッキーな性癖が感じられて、作者の個性が作品の雰囲気に色濃く反映されていた。小説には珍しく、かなり控えめ・芽生えたてのエロティシズムで、登場人物のフレッシュさが伝わってきて良かった。

  • 芥川賞作品ということで硬質な作品を期待すると肩透かしを喰らうかもしれない。しかし絶妙な感情の文章表現は卓越したものがある。愛情と嫌悪が並存する言葉で表現できない感情を、19歳という感性を通して小説という手段を用いて的確に表現している。

    思春期特有の倒錯した感情、あるいは衝動といえばよいか、弱い者から弱い者へ連鎖する愛でるような暴力。人からみればそれは恋かもしれない。自分に嘘をつき喜怒哀楽を抑制する初美と、孤独に無関心なにな川への羨望と彼の性癖への嫌悪感、自己整理のつかぬ複雑性が入り混じり、「蹴る」という行動に昇華する。

    話題性が先行し文章の稚拙さは多少あるものの、小説というものを天才的な肌感覚で理解する著者の今後に期待したい。

  • タイトルはずっと前から知っていたが、あらすじすらも知らない状態から読み始めた。

    特段どんでん返しがあるわけでもオチがあるわけでもない。
    孤独な高校一年生である主人公「私(長谷川初実=ハツ)」と、そのクラスメイトで同じくクラスから浮いた存在の「にな川」との関係が、「私」の一人称形式で鮮やかに描かれていく。

    ハツの感覚や感情は、これまで何らか「孤独」を感じたことのある人であれば、基本的には少なからず共感できるところがあるのではないか。
    しかし、本書のタイトルにもなっている、核心の場面及びその後のハツの行動は、かなり突飛である。
    なぜ「その行動」なのだろう?
    この疑問が、読み終わった後もついて回った。

    本書末の解説は、これについてひとつ「なるほど」と思わせる解釈を加えている。
    とはいえ、それもあくまで一つの解釈であり、別途いろいろと妄想を巡らせてみると楽しい。

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著者プロフィール

1984年京都府生まれ。2001年『インストール』で文藝賞を受賞して作家デビュー。04年『蹴りたい背中』で芥川賞、12年『かわいそうだね?』で大江健三郎賞を受賞。ほかの作品に『夢を与える』『勝手にふるえてろ』『ひらいて』『しょうがの味は熱い』『憤死』『大地のゲーム』『手のひらの京』などがある。

「2018年 『100万分の1回のねこ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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