終着駅へ行ってきます (河出文庫 み 4-4)

著者 :
  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (250ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309410227

作品紹介・あらすじ

北は根室本線の根室から、南は指宿枕崎線の枕崎まで、25の終着駅を訪れる"行き止まり"鉄道紀行。全線完乗、最長片道切符の旅、そして終着駅へ…宮脇俊三の鉄道に対する愛情は、徹底して乗り尽くす旅路に詰まっていた。刊行から25年以上が経過し、本書で訪れた終着駅のいくつかが姿を消した。終着駅へ至る車窓は、在りし日の昭和の記録でもある。

感想・レビュー・書評

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  • 「国鉄」で日本一周しようと時刻表を飽かず眺めていた子ども時代を思い出した。ほっとする鉄道エッセイ。

  • →は感想。他は引用。

    解説 円熟期に生み出された必然と幸運 小牟田哲彦

    本書に登場する各終着駅に至るまでの移りゆく車窓や人との出会いの描写は、どれも微に入り細を穿つ緻密さが行間から滲み出るほどで、それでいて表現は簡潔にしてさりげない。いくら卓越した文章力を持っていても、記憶のみに頼っていては、ここまでの作品に仕上げることは絶対に不可能である。何もない無名の終着駅への旅を魅惑の鉄道紀行として描き出した本書が、旅先での諸事観察とその記録に相当の精力を用いていた時期に生み出されていたことは、必然にして幸福であったと言えるかもしれない。

    本書に登場する終着駅のうち、比立内と海部は路線の延伸によって行止りの終着駅ではなくなったが、その一方で、根室標津、十勝三股・糠平、瀬棚、熱塩、東赤谷、谷汲、片町、杉安の八駅は、路線の廃止等に伴って姿を消してしまった。間藤や三国港は、駅の所属する路線の運営母体が別会社に変わった。最南端の枕崎は、接続していた鹿児島交通が昭和五十九年に廃止されて行止り駅となった(略)伊勢奥津を終着駅とする名松線は国鉄末期の廃線候補リストから除外されて奇跡的に生き残ったものの、平成二十一年秋の台風で家城―伊勢奥津間が不通になった。この事態に対してJR東海は、路線運営は全線で維持するものの、不通区間は鉄道として復旧せずにバス輸送に切り替えると発表した。これはまさに、かつての士幌線糠平―十勝三股間のような休線・バス代行輸送スタイルの再現である。伊勢興津の駅に再び列車がやってくる日が、果たしてあるだろうか。

    →と危惧された名松線だが平成二十八年春6年振りに全線復旧し、伊勢奥津に再び列車がやってきた。幸運な路線である。一方、本書に取り上げられた増毛駅を含む留萌本線の留萌―増毛間は同じく平成二十八年十二月に廃線が決定し、残る深川―留萌間も廃止の方向で動いている。本書には取り上げられていないが、日高線も平成二十七年の高潮による路線被害により鵡川―様似間のバス代行輸送が行われているが、同区間の廃止はもはや既定路線のようだ。運営母体の経営状況の差と言ってしまえばそれまでだが。

  • 1986年(底本1983年)刊行。月刊誌「旅」に連載したものを集積。著者は鉄道紀行文ライターとして著名。国鉄全線完乗等の鉄道紀行書の多い著者が、全国各地の盲腸線の終着駅を目指す旅行記である。増毛、比立内、氷見、枕崎などの真正ローカル線のみならず、武豊、片町、鶴見といった都心近辺の終着駅まで幅広い。国鉄、国鉄車輌、寝台特急、青函・宇高連絡船が健在など本書自体が昔日の一級記録。宿泊先での食事・料理描写も垂涎。

  • 宮脇俊三の本を読むと旅に出たくなります、いつかは終着駅の旅もしてみたいな

  • 亡き宮脇俊三さんが、北は北海道から南は鹿児島まで
    様々な路線の終着駅に行ってきたという紀行文です。
    今と違うのはJRがまだ「国鉄」と言われていたこと。
    ここでも宮脇さんの鉄道熱ぶりが全開です。
    旅に出ている気分になります。
    32年たって路線が伸びて終着駅でなくなった駅、
    路線の廃止によって姿を消した駅が出てきたのが
    残念でならないと思いました。
    でも、私がいけそうな海芝浦(鶴見線)なら行けるかも
    しれないです。

  • さて、鉄道紀行文学。私が生まれる1〜2年前…ということで、まだ国鉄時代!鉄道本って言えばもうヲタク気質満載のふむふむ本なイメージだけど、これはほんとに「鉄道で、紀行文学」。読んでいるだけでゆったり鉄道旅行しているようだった。素敵!

  • 行ってらっしゃい

  • 宮脇俊三の紀行文。
    北から南まで、終着駅について書いています。
    氏の飄々とした語り口が面白いです。

    すでになくなってしまった終着駅もあり、その点で、貴重な記録だと思います。

  • 終着駅といふ言葉には旅情をそそるものがります。
    ここでいふ終着駅とは、列車の終点といふ意味だけではなく、線路がそこで途切れて文字通りの行止りの終点といふ意味であります。その終着駅のいくつかを宮脇俊三さんが訪れるのですが、駅の選定が渋いのであります。普通なら観光ガイドを兼ねるやうな書籍になりさうですが、宮脇さんにはさういふ思惑はほとんど無いやうに思はれます。

    例へば北海道で取り上げてゐる終着駅...根室・根室標津・十勝三股・糠平・増毛・瀬棚。
    根室はそれなりの町の筈ですが、そこまで行く路線は貧弱な単線が延びてゐるだけです。「どこへ行く当てもないけれど線路が敷いてあるから走るしかありません、といったような走り方である」(本書より)
    眺望は良いけれど、これといつた観光地がある訳ではなく寂寞とした風景が続くだけであります。十勝三股へ向かふ代行バスでは、乗客は宮脇さんの他わづか2名でしたが、「いずれも鉄道ファンらしい若い青年である。訊ねてみると、はたしてそうで、一人は埼玉、一人は神戸から乗りに来たとのことであった。まともな客はひとりもいないのだ」(本書より)といふ笑へない現状。

    特に象徴的なのは、私が住む愛知県にある、武豊線武豊駅であります。
    本文にもありますやうに、武豊線は東海道線よりも古い、由緒ある路線で、何かと数奇な経緯をたどつてゐます。歴史に造詣の深い宮脇さんとしては「私には歴史的な思い入れや判官びいきがあって、このシリーズに武豊線は欠かせないと信じている」(本書より)のでありますが、一般の人が乗つても何も面白くないでせう。沿線風景も平凡、終点に観光地もありません。しかし宮脇氏の筆になると、行きたくなつて、うずうずするのでした。
    これこそ文章の力と申せませう。

    河出文庫6月新刊ですが、内容は25年以上も前の鉄道事情が述べられてゐます。廃線によつて現存しない終着駅が多いですので、注意が必要であります。では。

    http://genjigawakusin.blog10.fc2.com/blog-entry-158.html

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著者プロフィール

宮脇俊三
一九二六年埼玉県生まれ。四五年、東京帝国大学理学部地質学科に入学。五一年、東京大学文学部西洋史学科卒業、中央公論社入社。『中央公論』『婦人公論』編集長などを歴任。七八年、中央公論社を退職、『時刻表2万キロ』で作家デビュー。八五年、『殺意の風景』で第十三回泉鏡花文学賞受賞。九九年、第四十七回菊池寛賞受賞。二〇〇三年、死去。戒名は「鉄道院周遊俊妙居士」。

「2023年 『時刻表昭和史 完全版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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